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17 最短二週間、最長三ヶ月
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食堂でお弁当を広げると今度は周囲からお弁当内容チェックが始まりそうなので、私と和馬は屋上の休憩が出来るベンチで食事を取る事にした。それなら二人きりでゆっくり食事が出来る。
私の会社は自社ビルで、その屋上は社員に開放されている。しかも屋上には緑が設営されていていて、ベンチが多数置かれている。緑が多数設置されているので、季節によっては花を咲かせる。先日まではあじさいの鉢が置かれていて楽しめるものだった。
設営されたベンチやテーブルにはそれぞれパラソルやら屋根がついているのでちょっとした雨でも十分楽しめるし、ミストシャワーもあるので比較的涼しく過ごせる。
角にあるベンチに私と和馬は座り、お弁当を広げる事にした。和馬のリクエスト通りタコの形をしたウインナーを入れている。
和馬はお弁当の蓋を開けるなりガッツポーズをする。
「やった! タコだ。凄ぇ~このタコ眼がついてる」
そんなにタコさんウインナーが食べたかったのだろうか。
「ありがとう、那波。いただきます」
きちんと目を合わせてのお礼と、手を合わせてから食事を始める和馬だった。礼儀正しいその姿に私も素直に「うん」と答えるしか出来なかった。
(私の思いと裏腹に好感度が上がっていくので止めて欲しい)
等とは言えない。
私は諦めの溜め息をついてお弁当を次々広げる。
「はい。お茶はこっちね。あと今日はおにぎりだから」
和馬と私が座るベンチの間に、お茶を置きおにぎりを並べる。
「えっ。おにぎり?」
大きな口を開けてタコさんウインナーを食べようとした手を止めて和馬が目を丸めた。
「おにぎり、嫌だった?」
普通の白いごはんが良かったかな。お弁当箱のカサを減らす為、おにぎりにしたのだ。そうしたら、おにぎり分は帰る時軽くなる。
私は並べたラップに包んだおにぎりを引っ込めようとした。が、和馬が首がちぎれるほど左右に振る。
「違う違う! おにぎり大好きだから。わぁ~おにぎりの中身は何だろ。楽しみ。とにかく、先にタコ食べるぞ?」
「う、うん。それなら良かった。うん。タコさん食べて良いよ」
別にタコさんウインナーを食べる許可はいらないのに。わざわざ食べると私に許可を取り、それから口に入れた。
和馬は、初めて私の家で卵サンドとコーヒーを飲んだ時のようにブルブルと体を震わせてにっこり笑った。
「うまーい。タコ最高。三倍増しで美味く感じる」
「単なるウインナーだってば」
「分かってるよ。だけど美味いと思うんだよ。じゃぁ次はブロッコリー」
和馬は嬉しそうに仕切り代わりの野菜、ブロッコリーを食べていく。
(もしかして和馬は手作りとかお弁当に飢えているのかな。確かに家族経営だと何かと大変なんだろうけど)
和馬のお父さんは社長で、お母さんは副社長。だから実家では忙しいのかも知れない。子供の頃はなかなか手料理にありつけなかったという事なのかな。
自分もお弁当を頬張りながら和馬の食べ進める姿をぼんやりと見つめる。あまりにも私が不思議そうに和馬の顔を見つめていたのが伝わったのか、お茶で一息をついたらポツポツと呟きはじめた。
「小さい頃は母親も食事を作ってくれたよ。今もたまには作るみたいだけど。でも、会社が段々大きくなっていくにつれて父親も母親も家事が出来なくなってさ」
私のお弁当を見つめながら懐かしそうに呟く和馬だ。
「そっか……」
(だからお弁当が恋しい感じなのかな?)
「大学以降は俺も実家を出て一人暮らしだし。それにしても、兄貴も掃除とか食事にはうるさかったなぁ。でも学生の頃にはお手伝いさんが家に何人もいるようになったから、そもそも食事とか家事に困る事はなかったけどな」
「……」
(前言撤回。そうでもないって事かよ!)
私は笑いながら思わず箸を真っ二つに折りそうになってしまった。
◇◆◇
お弁当を食べ終わると和馬は礼儀正しく手を合わせ「ごちそうさま。ありがとう」と言って私に最高の微笑みをくれた。
「いいえ。お粗末様でした」
唐揚げは冷凍食品だし、おにぎりも梅干しとおかかだからたいした事はない。何一つ豪華な特徴のあるお弁当ではなかったけれども和馬は本当に嬉しそうに完食してくれた。
(それでも、褒めてくれるのって嬉しいものね)
普段から特段感謝も、褒められる事もない私にとって和馬の反応はとても新鮮で嬉しいと思った。これが仕事だったらとも思う。心が温かくなって次回はもう少し頑張ってみようって……
(ん? 次回?)
そこで和馬に振り向いて思わず尋ねる。
「お弁当ってさ、明日もいるの?」
勝手に今日一日だけだと思っていたけれども、今後ずっと例の趣味を黙っていて貰うのであれば継続なのだろうか。
すると私の質問にキョトンとする和馬がいた。長めの前髪の奥、目が丸くなっている。気が抜けている顔で仕事をしている時よりも幼く見えた。
「そのつもりだけど?」
「えー」
やっぱりか! と、私が残念そうな声を上げると、すぐに和馬は口をへの字にした。
「だってアダルト──ムグッ」
和馬が例の趣味の事について口にしようとしたので、慌てて和馬の口を両手で塞いだ。
「分かっています。作りますから。だからその事は言わないでってば!」
(そりゃそうよね。当面、和馬が飽きるまでお弁当も恋人関係も続いていくのだろう)
何もかも諦めた私は溜め息を一ついた。
すると口を塞いだ私の手を和馬は握りしめると、チュッと掌にキスを落とした。
「ヒッ!」
私が驚いて手を引っ込めると、和馬は会社では見せない意地悪な顔をしてニヤリと笑った。
(その顔は)
ベッドの上で初めて体を重ねた、そしてお風呂場で散々焦らした時と同じ顔だった。
私はその事を思い出して顔に熱が上がるのが分かった。ズイッと顔を近づけた和馬が低い方の声でぽつりと呟く。
「こんなさ、ちょっと触れたぐらいで顔を赤くして。思い出してるんだろ? 俺とのアレを。良い反応だな。会社だけど抱きしめたくなる」
瞬間、伸びてきた和馬の手が私を強く引き寄せ抱きしめた──という自分の姿を想像してしまい、私は耳まで真っ赤になったのが分かった。
「だっ!」
私は声をひっくりかして出来るだけ和馬と距離を取る為ベンチの端までお尻を移動する。そんな姿を見て和馬は笑って前髪をかき上げた。
「ハハッ。おもしれぇ。すぐに何でも想像出来るんだな。さっすが! ビデオ見て悶々としていた日々を送っていただけはあるな」
ニヤニヤと嫌らしく笑う和馬が、片手をついて雲一つない空を見上げた。
「うるさいっ」
私は自分の顔を両手でパタパタと仰いで必死に熱を逃す。
天気も良い初夏のお昼。屋上は太陽が降り注いでる。だからベンチの屋根にはミストシャワーがついている。緑も多いし、隣のビルの方が背が高いから日陰になっている部分もあって、未だ今日は外で過ごす事が出来る。風が通り抜けると少しの涼しさを感じていた。
(全く! すぐにからかうんだから)
恋愛した事がない私にとっては何もかも想像から抜け出せないものばかりだ。
こんな私を相手にしなても、和馬なら女性を選び放題のはずだろう。何度考えても結局は同じ考えにたどり着く。その時、和馬と付き合う事になったと言った、周りの社員の反応を思い出した。
『意外だよな。早坂なら女を選び放題なのに。でも二週間だろ?』
確か、男性社員の一人が二週間と言っていた。
(二週間って何?)
だから私は和馬にその事を尋ねてみた。すると和馬はスーツの上着を脱いでベンチの横に置きながら「あー」と声を上げていた。
「多分だけど、俺が女と付き合っても長く続かない事を言っているんだろ?」
それから和馬はペットボトルのお茶のキャップを開けた。
「えっ。あんた付き合うの二週間しかもたないの?!」
驚いて思わず『あんた』呼ばわりになってしまう。
(一ヶ月ももたないなんて。社会人だったらそうそう会える時間もないからほとんど付き合ってすぐ別れる様なものじゃない。まさにワンナイトラブってヤツでは。どうしてそんな事になるの?)
私の聞き方が不満だったのか、和馬がお茶を一口飲むとすぐにペットボトルのキャップを閉める。それから、後頭部の短く切った髪の毛をガリガリとかきながら口を尖らせた。
「二週間っていうのは歪曲された噂だ。実際はもっと長く付き合ってる……と、思う」
「長いってどれぐらいなの?」
「うーん……そうだな。三ヶ月続いたのが俺の中では最長かな。良いなぁと思って付き合うんだけど、大体嫌になって別れるパターンが多いな」
「三ヶ月って……ええぇ~」
「そんな鼻の頭に皺を寄せて嫌そうな顔をするなよ。仕方ないだろ。付き合っても色々合わなかったんだから」
和馬は私の低い鼻をつまんでパッと離した。
「痛いっ」
私が涙目になって和馬を睨むと、和馬は優しく笑って私の頭を撫でた。まるで犬や猫を撫でるみたいに。
「とにかく噂みたいなのは気にすんな」
少し申し訳なさそうに和馬が眉を下げたのが分かった。
何でそんな顔をするのだろうかと首を傾げる。
(もしかして陰でコソコソ言われたのがちょっと気になっているのかな)
特に女性社員の私に向けられた言葉は辛辣だった。
『えーショック。社外に恋人がいるって聞いていたから諦めていたのに』
『直原さんって普通と言うか地味なのに』
と、言われてもね。本当の事だだから気にならない。そもそも今更だ。新入社員一年目で和馬と組んでいた時なんてもっとひどかった。意味なく狡い! とか。たらし込もうとしているんだろう? とか。どう考えても、単なる言いがかりや悪口はたらふく聞いた。
「今更そんなの気にしてないわ」
私がじっと和馬を見つめると、和馬は私の瞳を見て口角を上げた。
「さすがだね。俺の彼女は強いわ」
そう言って満面の笑みで私の頭を撫でた。
(そういう恋人みたいな行為は困るんだけど)
私はそんな事を考えながら三ヶ月しかもたないと言う和馬の言葉を反芻していた。
(三ヶ月ってワンクールのドラマじゃあるまいし。これだからモテる男って最低だわ。きっとやっては捨て、やっては捨てとか。くそぉ~こっちは付き合った事だってないのに。何なのよそのちぎっては投げ、みたいなの。とにかくそんな事だから和馬は選り好みして……ん? 待てよ。二週間と三ヶ月?)
私はある事に気がついた。
(もしかして。この私とのふざけた関係も、和馬がそのうち飽きて嫌になるんじゃないかしら)
付き合う事が三ヶ月が最長ならば、最大三ヶ月我慢すれば和馬が私を嫌になるって事よね。そもそも湾曲された噂って和馬は言うけれども、二週間っていうのもあながち噂って事もないかも。
最短なら二週間、最長なら三ヶ月のお弁当作りと週末のエッチをやり過ごせばいいわけで。
(きっと私の事なんて嫌になるか飽きるに決まってる。少しの辛抱ね)
その時ズキッと胸の辺りで痛みがあったけど、私は知らない振りをした。
私の会社は自社ビルで、その屋上は社員に開放されている。しかも屋上には緑が設営されていていて、ベンチが多数置かれている。緑が多数設置されているので、季節によっては花を咲かせる。先日まではあじさいの鉢が置かれていて楽しめるものだった。
設営されたベンチやテーブルにはそれぞれパラソルやら屋根がついているのでちょっとした雨でも十分楽しめるし、ミストシャワーもあるので比較的涼しく過ごせる。
角にあるベンチに私と和馬は座り、お弁当を広げる事にした。和馬のリクエスト通りタコの形をしたウインナーを入れている。
和馬はお弁当の蓋を開けるなりガッツポーズをする。
「やった! タコだ。凄ぇ~このタコ眼がついてる」
そんなにタコさんウインナーが食べたかったのだろうか。
「ありがとう、那波。いただきます」
きちんと目を合わせてのお礼と、手を合わせてから食事を始める和馬だった。礼儀正しいその姿に私も素直に「うん」と答えるしか出来なかった。
(私の思いと裏腹に好感度が上がっていくので止めて欲しい)
等とは言えない。
私は諦めの溜め息をついてお弁当を次々広げる。
「はい。お茶はこっちね。あと今日はおにぎりだから」
和馬と私が座るベンチの間に、お茶を置きおにぎりを並べる。
「えっ。おにぎり?」
大きな口を開けてタコさんウインナーを食べようとした手を止めて和馬が目を丸めた。
「おにぎり、嫌だった?」
普通の白いごはんが良かったかな。お弁当箱のカサを減らす為、おにぎりにしたのだ。そうしたら、おにぎり分は帰る時軽くなる。
私は並べたラップに包んだおにぎりを引っ込めようとした。が、和馬が首がちぎれるほど左右に振る。
「違う違う! おにぎり大好きだから。わぁ~おにぎりの中身は何だろ。楽しみ。とにかく、先にタコ食べるぞ?」
「う、うん。それなら良かった。うん。タコさん食べて良いよ」
別にタコさんウインナーを食べる許可はいらないのに。わざわざ食べると私に許可を取り、それから口に入れた。
和馬は、初めて私の家で卵サンドとコーヒーを飲んだ時のようにブルブルと体を震わせてにっこり笑った。
「うまーい。タコ最高。三倍増しで美味く感じる」
「単なるウインナーだってば」
「分かってるよ。だけど美味いと思うんだよ。じゃぁ次はブロッコリー」
和馬は嬉しそうに仕切り代わりの野菜、ブロッコリーを食べていく。
(もしかして和馬は手作りとかお弁当に飢えているのかな。確かに家族経営だと何かと大変なんだろうけど)
和馬のお父さんは社長で、お母さんは副社長。だから実家では忙しいのかも知れない。子供の頃はなかなか手料理にありつけなかったという事なのかな。
自分もお弁当を頬張りながら和馬の食べ進める姿をぼんやりと見つめる。あまりにも私が不思議そうに和馬の顔を見つめていたのが伝わったのか、お茶で一息をついたらポツポツと呟きはじめた。
「小さい頃は母親も食事を作ってくれたよ。今もたまには作るみたいだけど。でも、会社が段々大きくなっていくにつれて父親も母親も家事が出来なくなってさ」
私のお弁当を見つめながら懐かしそうに呟く和馬だ。
「そっか……」
(だからお弁当が恋しい感じなのかな?)
「大学以降は俺も実家を出て一人暮らしだし。それにしても、兄貴も掃除とか食事にはうるさかったなぁ。でも学生の頃にはお手伝いさんが家に何人もいるようになったから、そもそも食事とか家事に困る事はなかったけどな」
「……」
(前言撤回。そうでもないって事かよ!)
私は笑いながら思わず箸を真っ二つに折りそうになってしまった。
◇◆◇
お弁当を食べ終わると和馬は礼儀正しく手を合わせ「ごちそうさま。ありがとう」と言って私に最高の微笑みをくれた。
「いいえ。お粗末様でした」
唐揚げは冷凍食品だし、おにぎりも梅干しとおかかだからたいした事はない。何一つ豪華な特徴のあるお弁当ではなかったけれども和馬は本当に嬉しそうに完食してくれた。
(それでも、褒めてくれるのって嬉しいものね)
普段から特段感謝も、褒められる事もない私にとって和馬の反応はとても新鮮で嬉しいと思った。これが仕事だったらとも思う。心が温かくなって次回はもう少し頑張ってみようって……
(ん? 次回?)
そこで和馬に振り向いて思わず尋ねる。
「お弁当ってさ、明日もいるの?」
勝手に今日一日だけだと思っていたけれども、今後ずっと例の趣味を黙っていて貰うのであれば継続なのだろうか。
すると私の質問にキョトンとする和馬がいた。長めの前髪の奥、目が丸くなっている。気が抜けている顔で仕事をしている時よりも幼く見えた。
「そのつもりだけど?」
「えー」
やっぱりか! と、私が残念そうな声を上げると、すぐに和馬は口をへの字にした。
「だってアダルト──ムグッ」
和馬が例の趣味の事について口にしようとしたので、慌てて和馬の口を両手で塞いだ。
「分かっています。作りますから。だからその事は言わないでってば!」
(そりゃそうよね。当面、和馬が飽きるまでお弁当も恋人関係も続いていくのだろう)
何もかも諦めた私は溜め息を一ついた。
すると口を塞いだ私の手を和馬は握りしめると、チュッと掌にキスを落とした。
「ヒッ!」
私が驚いて手を引っ込めると、和馬は会社では見せない意地悪な顔をしてニヤリと笑った。
(その顔は)
ベッドの上で初めて体を重ねた、そしてお風呂場で散々焦らした時と同じ顔だった。
私はその事を思い出して顔に熱が上がるのが分かった。ズイッと顔を近づけた和馬が低い方の声でぽつりと呟く。
「こんなさ、ちょっと触れたぐらいで顔を赤くして。思い出してるんだろ? 俺とのアレを。良い反応だな。会社だけど抱きしめたくなる」
瞬間、伸びてきた和馬の手が私を強く引き寄せ抱きしめた──という自分の姿を想像してしまい、私は耳まで真っ赤になったのが分かった。
「だっ!」
私は声をひっくりかして出来るだけ和馬と距離を取る為ベンチの端までお尻を移動する。そんな姿を見て和馬は笑って前髪をかき上げた。
「ハハッ。おもしれぇ。すぐに何でも想像出来るんだな。さっすが! ビデオ見て悶々としていた日々を送っていただけはあるな」
ニヤニヤと嫌らしく笑う和馬が、片手をついて雲一つない空を見上げた。
「うるさいっ」
私は自分の顔を両手でパタパタと仰いで必死に熱を逃す。
天気も良い初夏のお昼。屋上は太陽が降り注いでる。だからベンチの屋根にはミストシャワーがついている。緑も多いし、隣のビルの方が背が高いから日陰になっている部分もあって、未だ今日は外で過ごす事が出来る。風が通り抜けると少しの涼しさを感じていた。
(全く! すぐにからかうんだから)
恋愛した事がない私にとっては何もかも想像から抜け出せないものばかりだ。
こんな私を相手にしなても、和馬なら女性を選び放題のはずだろう。何度考えても結局は同じ考えにたどり着く。その時、和馬と付き合う事になったと言った、周りの社員の反応を思い出した。
『意外だよな。早坂なら女を選び放題なのに。でも二週間だろ?』
確か、男性社員の一人が二週間と言っていた。
(二週間って何?)
だから私は和馬にその事を尋ねてみた。すると和馬はスーツの上着を脱いでベンチの横に置きながら「あー」と声を上げていた。
「多分だけど、俺が女と付き合っても長く続かない事を言っているんだろ?」
それから和馬はペットボトルのお茶のキャップを開けた。
「えっ。あんた付き合うの二週間しかもたないの?!」
驚いて思わず『あんた』呼ばわりになってしまう。
(一ヶ月ももたないなんて。社会人だったらそうそう会える時間もないからほとんど付き合ってすぐ別れる様なものじゃない。まさにワンナイトラブってヤツでは。どうしてそんな事になるの?)
私の聞き方が不満だったのか、和馬がお茶を一口飲むとすぐにペットボトルのキャップを閉める。それから、後頭部の短く切った髪の毛をガリガリとかきながら口を尖らせた。
「二週間っていうのは歪曲された噂だ。実際はもっと長く付き合ってる……と、思う」
「長いってどれぐらいなの?」
「うーん……そうだな。三ヶ月続いたのが俺の中では最長かな。良いなぁと思って付き合うんだけど、大体嫌になって別れるパターンが多いな」
「三ヶ月って……ええぇ~」
「そんな鼻の頭に皺を寄せて嫌そうな顔をするなよ。仕方ないだろ。付き合っても色々合わなかったんだから」
和馬は私の低い鼻をつまんでパッと離した。
「痛いっ」
私が涙目になって和馬を睨むと、和馬は優しく笑って私の頭を撫でた。まるで犬や猫を撫でるみたいに。
「とにかく噂みたいなのは気にすんな」
少し申し訳なさそうに和馬が眉を下げたのが分かった。
何でそんな顔をするのだろうかと首を傾げる。
(もしかして陰でコソコソ言われたのがちょっと気になっているのかな)
特に女性社員の私に向けられた言葉は辛辣だった。
『えーショック。社外に恋人がいるって聞いていたから諦めていたのに』
『直原さんって普通と言うか地味なのに』
と、言われてもね。本当の事だだから気にならない。そもそも今更だ。新入社員一年目で和馬と組んでいた時なんてもっとひどかった。意味なく狡い! とか。たらし込もうとしているんだろう? とか。どう考えても、単なる言いがかりや悪口はたらふく聞いた。
「今更そんなの気にしてないわ」
私がじっと和馬を見つめると、和馬は私の瞳を見て口角を上げた。
「さすがだね。俺の彼女は強いわ」
そう言って満面の笑みで私の頭を撫でた。
(そういう恋人みたいな行為は困るんだけど)
私はそんな事を考えながら三ヶ月しかもたないと言う和馬の言葉を反芻していた。
(三ヶ月ってワンクールのドラマじゃあるまいし。これだからモテる男って最低だわ。きっとやっては捨て、やっては捨てとか。くそぉ~こっちは付き合った事だってないのに。何なのよそのちぎっては投げ、みたいなの。とにかくそんな事だから和馬は選り好みして……ん? 待てよ。二週間と三ヶ月?)
私はある事に気がついた。
(もしかして。この私とのふざけた関係も、和馬がそのうち飽きて嫌になるんじゃないかしら)
付き合う事が三ヶ月が最長ならば、最大三ヶ月我慢すれば和馬が私を嫌になるって事よね。そもそも湾曲された噂って和馬は言うけれども、二週間っていうのもあながち噂って事もないかも。
最短なら二週間、最長なら三ヶ月のお弁当作りと週末のエッチをやり過ごせばいいわけで。
(きっと私の事なんて嫌になるか飽きるに決まってる。少しの辛抱ね)
その時ズキッと胸の辺りで痛みがあったけど、私は知らない振りをした。
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