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04 この世の終わり
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(どうしよう! 早坂に私の趣味がバレたっ)
早坂は私が感じていた通り裏表がある人間だ。爽やかな男性ではなかった。
私はヘナヘナとその場に力なく座り込み腰が抜けた様になる。何とか這いつくばって早坂の側にたどり着き、動画再生のボタンを震える手で止めた。
「あっ。何で止めるんだよ。これから山場ってとこなのに」
「当たり前でしょー!」
「別にいいだろ。最後まで一緒に見ようぜ。それにしてもお前の部屋、居心地いいよな」
面白がって早坂が白い歯を見せて笑う。クマが出来ている二重の瞳を細めて私を見つめる。
(うっ。笑っているけど、どう見ても悪魔だ)
私はカラカラに乾いてしまった喉に唾を飲み込んで、早坂と正座で向かい合う。
早坂の側で彼の息を確認するが、全くお酒の匂いはしない。顔は青白いし目の下にクマも出来ているから早坂自身は疲れているのだろう。だけど、酔っ払って眠ってしまう事はなさそうだ。
(と、なると──ボウリングから酔っ払って眠るまで、全部演技だったって事?!)
私は震え上がり、両腕を胸の前で組んだ。
キッと早坂を睨みつける。
「何が目的よ?」
「ん?」
「『ん?』じゃないよ。わざわざ酔っ払った振りしてタクシーにまで乗り込んで。私の家まで来て何が目的なのよ!」
「目的ねぇ……」
早坂は胡座をかいたまま片肘を再びついて、パソコンに繋がれているマウスホイルをくるくると動かす。アダルト動画の通販サイトのページをめくりながら面白そうに笑う。
(だから、そのページは見るなっての)
早坂のパソコンを見つめる視線と含んで笑う口元が気になるが、状況が状況だけに言葉を飲み込んでしまう。
早坂は振り返り私を下から覗き込んで見つめると、ゆっくりと顔を近づけた。
(こんな意地悪な顔、会社で見た事がない)
眉の根に皺を寄せて瞳をつり上げる。怒っている顔ではなく、完全に面白がって笑いをこらえている顔だ。こんな時も整っている人間の顔は絵になる。
(何なのよ。無駄に整ってるし迫力があるから近づかないで欲しいのに)
早坂は私が落とし転がってきたペットボトルを片手で取る。そしておもむろに蓋を開けるとごくごくと飲み干す。それからゆっくりと口を開く。
「吉村と大村がさ、直原の付き合いが少し前から悪くなったって。もしかして彼氏が出来たんじゃないかって」
「えっ」
(吉村って。舞子と彼氏の大村が? 私に彼氏が出来たって思っていたって事?)
実際、最近の週末は残業もしない様に頑張り直帰する。それからどっぷりAV鑑賞という流れだったので付き合いが良かったとは言えない。でも舞子と大村は付き合っているから、私がそこから抜けても気にしないと思っていた。
(だとしても。だからって何で早坂がこんな事するのよ?)
私の怪訝そうな顔を見て、手に取る様に分かったのだろう。早坂は淡々と続けた。
「最近元気がないから、コソコソ隠れて付き合う様な彼氏なのかもしれない。って、吉村がひどく心配していたのさ。大村に相談を何度もしていたそうだが、大村ではどうしようもないって事になって。吉村から大村。大村から俺へ。直原の事を探ってくれって頼まれたのさ」
両手を上に向けて肩をすぼめる早坂だ。
(何だってー?! 舞子の馬鹿っ。どうしてそんな事を心配するのよ~そして何故そこに早坂が登場するのよ。早坂は同じチームに属していたとはいえ、仕事以外では目立つから関わりたくないって言った事あるのに。そもそも何度も彼氏なんていないって言ってるのに!)
確かに最近、会社での低評価っぷりに落ち込んでいたけど。そこまで露骨な事はなかったのに。私はがっくりと両手をラグについて溜め息をついた。
「舞子め。彼氏なんていないって何度も言ってるのに!」
「そんなに恨めしそうに声を上げるなよ。吉村は心配だっただけだ。不倫しているとかって。でも、それ以上だよな。直原が彼氏や不倫どころか、こんなオモシロ趣味をお持ちだとはな~」
トントンとディスプレイを軽く叩いて早坂は笑う。
その様子に私が何を週末にしていたのか全て早坂にバレてしまった事を理解した。私は諦めて、体を起こし天を仰いで灰になっていく。
「一生誰にもバレる事なく墓場まで持っていくはずの趣味だったのに。もう、終わりだわ。人生の終わりよ。会社にもいられない……私の居場所はないのよ」
もうバレてしまったのならどうしようもない。
どんなに取り繕っても早坂が私の弱みを握ったのは明らかな事実だ。普段だったら心で呟く事を声に出して話した。
早坂は私の灰になる様と萎んでいく声を聞いて、改めて天を仰いでカラカラ笑う。
「ハハハ! 何で終わりなんだ。会社だっていていいじゃねーか。やべー趣味だけど」
「だって早坂は絶対面白がって同期や会社の人に言いふらすでしょ?」
「んー? それはまぁ……」
そこで早坂はチラリと私の顔を見た。
(あっ、これは絶対言いふらす顔だ)
私は顔を両手で覆って再び天井を仰いだ。
「『直原ってこんな趣味があるんだぜ! 笑えるだろ?』とかって、絶対馬鹿にして変態扱いするのよ。そして『地味原なのに心の中ではエロい事ばっかり考えている変態なんだ』とか。それから『あいつ男もいないのにこんなの見て自分で慰めてるんだぜ、キモいよな』とか言いながら笑い者にするつもりなのよー!」
考えられる悪口を想像し私は口にした。何だか情けなくて涙が溢れてきた。
「おい、おい。何で泣くんだよ」
早坂は、突然泣き始めた私の両肩を掴んだ。
思った以上に大きな早坂の手に私は驚きながら、涙で濡れた顔を晒す。
「もう、お嫁に行くどころか、結婚相手を作る前に、人生が終わったも同然よ!」
歯ぎしりをしながら言い捨てると、色々想像出来てしまい涙が滂沱と溢れた。
その私の顔を見て早坂が我慢の限界だとラグに転がって笑い始めた。
「うはははっ! お前、何だよ『お嫁』とかって言うなよな。それにその泣き顔、何だよ必死過ぎ。人生が終わったって。こんなエロ動画ごときでさ。ワハハハハ!」
私の泣き顔と台詞が相当ツボにはまったのか腹を抱えてひとしきり笑った。
私はその姿を見ていると泣いているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「そんなに笑わなくても。エロ動画ごときって言うけど、こっちはこんなに恥ずかしい趣味がバレて死ぬほど恥ずかしいのに。本当に失礼ね早坂は」
私が涙を引っ込めて怒り出すと早坂はようやく体を起こした。
「悪い悪い。はーっはーっ。もう俺こんなに笑ったの久し振りで。はぁ」
早坂は青白かった頬をほんのり赤らめていた。笑う事で血色が良くなっていた。目尻に溜まった笑い涙を自分の長い指で拭った。
「もう……はぁ。何か疲れたわ。それで? この事を会社で話して、私を笑いものにするのね」
私はがっくりとうなだれる。
(流石に恥ずかしくて会社にいられないわ。地味原呼びのあだ名どころじゃないわよこれは。退職も考えるしかないかしら)
そんな事を考えた時、早坂が私の両肩を再び掴んで顔を近づける。
「黙っていてもいいぜ」
「えっ! ホントに?」
突然の申し出に私は顔を上げて早坂の顔を間近に見つめる。にっこりと優しく笑う早坂だ。
「でもタダってわけにはいかないけどな」
軽い口だけど優しい言い方に私は思わず反応してしまう。
「もちろん。黙っていてもらえるなら、何でもするよ!」
「──そうか、何でもするんだな?」
突然、早坂は低い声になった。
長い睫毛にダークブラウンの瞳。優しそうな色合いなのに意地悪に笑っている。
普段はスマートでお洒落な好青年という印象なのに、一転して何とも言えない意地悪な様子に私に悪寒が走る。
(今日一番の悪い顔だ。嫌な予感)
早坂は私の両肩をゆっくりと倒してラグに横たえる。
「何なの?」
私はラグと早坂を何度も見直しながら慌てる。
「まずは、俺も結構ストレスが溜まっていてさ。そんな時に、こんなエロいの見たら……それはもう」
ニヤニヤと笑いながら、ジャケットを脱ぎ捨てる。
「えっ。何言って」
ゆっくりと私の上に影を落とす早坂に冷や汗を流す。
目を白黒させる私を見ながら早坂は益々楽しそうに、口の端だけつり上げて笑う。そしてネクタイを解いてシャツのボタンを外す。
「お前だって動画見て興奮して一人でするんだろ?」
「うっ。お願いそういうの言わないで」
改めて『一人でしてるんだろ?』と言われると、顔が真っ赤になってしまう。
(確かにそうだけど。そんなどうしようもない私だけど。まだ誰ともそういう事した事がない。本当は処女なのに)
そう言ったら早坂はどう思うだろう。きっと再び大笑いするに決まっている。次は笑い殺せるかもしれない。
近づく早坂の顔に私は顔を赤くして、ぎゅっと瞳を閉じる。
その様子を見た早坂がクスクス笑い、息を吹きかける。反応して瞼を持ち上げると、私の顔を覆った手をゆっくりと外し握りしめる。
間近に迫った恐ろしく整った顔に、私は硬直するしかない。なのに切なそうに早坂は囁いた。
「一人でするより二人がいいだろ? お前が俺で満足出来るかどうか分からないけど」
「まっ……とっ」
私は声がカスカスになって全部を口にする事が出来なかった。だから目を丸くした早坂が首を傾げて尋ねた。
「まっ? とっ?」
「まっ……満足なんて、そんなの逆でしょ?」
早坂はきっと何人もの女の人と付き合ってきているはずだ。だって、休日にはデートしているって聞いているし。当然こんな突然のエッチだって何度も何度も経験しているはず。
(AV動画でしか見た事のない。しかもその世界は嘘の世界だ。それしか知らない地味で普通以下の私とは違う)
私は自分がとても恥ずかしくて情けなくて視線を反らして呟いた。
「早坂は私とは比べる事自体出来ない程、たくさん経験あるでしょ? そんな早坂なのに」
そう悲しく呟いた私に早坂は小さく低い声で呟いた。
「何だよそれ。関係ないだろ。だけどそんな事を言うのなら、俺に同意したってみなすぞ」
「うん……」
いいよ。もう、どうにでもなれ、だ。
どうせなら早坂みたいないい顔をした男に奪われるのも悪くないだろう。性格は随分と難ありだけど。一度のエッチで趣味の事を黙ってもらえるならそれも悪くない。
早坂は私なんかでは楽しめないだろうけど。
「ふーん。分かったけどさ。人を好き者みたいに言うなよ。傷つくだろ」
そして早坂は私の唇にゆっくりと自分の唇を押し当てた。
早坂は私が感じていた通り裏表がある人間だ。爽やかな男性ではなかった。
私はヘナヘナとその場に力なく座り込み腰が抜けた様になる。何とか這いつくばって早坂の側にたどり着き、動画再生のボタンを震える手で止めた。
「あっ。何で止めるんだよ。これから山場ってとこなのに」
「当たり前でしょー!」
「別にいいだろ。最後まで一緒に見ようぜ。それにしてもお前の部屋、居心地いいよな」
面白がって早坂が白い歯を見せて笑う。クマが出来ている二重の瞳を細めて私を見つめる。
(うっ。笑っているけど、どう見ても悪魔だ)
私はカラカラに乾いてしまった喉に唾を飲み込んで、早坂と正座で向かい合う。
早坂の側で彼の息を確認するが、全くお酒の匂いはしない。顔は青白いし目の下にクマも出来ているから早坂自身は疲れているのだろう。だけど、酔っ払って眠ってしまう事はなさそうだ。
(と、なると──ボウリングから酔っ払って眠るまで、全部演技だったって事?!)
私は震え上がり、両腕を胸の前で組んだ。
キッと早坂を睨みつける。
「何が目的よ?」
「ん?」
「『ん?』じゃないよ。わざわざ酔っ払った振りしてタクシーにまで乗り込んで。私の家まで来て何が目的なのよ!」
「目的ねぇ……」
早坂は胡座をかいたまま片肘を再びついて、パソコンに繋がれているマウスホイルをくるくると動かす。アダルト動画の通販サイトのページをめくりながら面白そうに笑う。
(だから、そのページは見るなっての)
早坂のパソコンを見つめる視線と含んで笑う口元が気になるが、状況が状況だけに言葉を飲み込んでしまう。
早坂は振り返り私を下から覗き込んで見つめると、ゆっくりと顔を近づけた。
(こんな意地悪な顔、会社で見た事がない)
眉の根に皺を寄せて瞳をつり上げる。怒っている顔ではなく、完全に面白がって笑いをこらえている顔だ。こんな時も整っている人間の顔は絵になる。
(何なのよ。無駄に整ってるし迫力があるから近づかないで欲しいのに)
早坂は私が落とし転がってきたペットボトルを片手で取る。そしておもむろに蓋を開けるとごくごくと飲み干す。それからゆっくりと口を開く。
「吉村と大村がさ、直原の付き合いが少し前から悪くなったって。もしかして彼氏が出来たんじゃないかって」
「えっ」
(吉村って。舞子と彼氏の大村が? 私に彼氏が出来たって思っていたって事?)
実際、最近の週末は残業もしない様に頑張り直帰する。それからどっぷりAV鑑賞という流れだったので付き合いが良かったとは言えない。でも舞子と大村は付き合っているから、私がそこから抜けても気にしないと思っていた。
(だとしても。だからって何で早坂がこんな事するのよ?)
私の怪訝そうな顔を見て、手に取る様に分かったのだろう。早坂は淡々と続けた。
「最近元気がないから、コソコソ隠れて付き合う様な彼氏なのかもしれない。って、吉村がひどく心配していたのさ。大村に相談を何度もしていたそうだが、大村ではどうしようもないって事になって。吉村から大村。大村から俺へ。直原の事を探ってくれって頼まれたのさ」
両手を上に向けて肩をすぼめる早坂だ。
(何だってー?! 舞子の馬鹿っ。どうしてそんな事を心配するのよ~そして何故そこに早坂が登場するのよ。早坂は同じチームに属していたとはいえ、仕事以外では目立つから関わりたくないって言った事あるのに。そもそも何度も彼氏なんていないって言ってるのに!)
確かに最近、会社での低評価っぷりに落ち込んでいたけど。そこまで露骨な事はなかったのに。私はがっくりと両手をラグについて溜め息をついた。
「舞子め。彼氏なんていないって何度も言ってるのに!」
「そんなに恨めしそうに声を上げるなよ。吉村は心配だっただけだ。不倫しているとかって。でも、それ以上だよな。直原が彼氏や不倫どころか、こんなオモシロ趣味をお持ちだとはな~」
トントンとディスプレイを軽く叩いて早坂は笑う。
その様子に私が何を週末にしていたのか全て早坂にバレてしまった事を理解した。私は諦めて、体を起こし天を仰いで灰になっていく。
「一生誰にもバレる事なく墓場まで持っていくはずの趣味だったのに。もう、終わりだわ。人生の終わりよ。会社にもいられない……私の居場所はないのよ」
もうバレてしまったのならどうしようもない。
どんなに取り繕っても早坂が私の弱みを握ったのは明らかな事実だ。普段だったら心で呟く事を声に出して話した。
早坂は私の灰になる様と萎んでいく声を聞いて、改めて天を仰いでカラカラ笑う。
「ハハハ! 何で終わりなんだ。会社だっていていいじゃねーか。やべー趣味だけど」
「だって早坂は絶対面白がって同期や会社の人に言いふらすでしょ?」
「んー? それはまぁ……」
そこで早坂はチラリと私の顔を見た。
(あっ、これは絶対言いふらす顔だ)
私は顔を両手で覆って再び天井を仰いだ。
「『直原ってこんな趣味があるんだぜ! 笑えるだろ?』とかって、絶対馬鹿にして変態扱いするのよ。そして『地味原なのに心の中ではエロい事ばっかり考えている変態なんだ』とか。それから『あいつ男もいないのにこんなの見て自分で慰めてるんだぜ、キモいよな』とか言いながら笑い者にするつもりなのよー!」
考えられる悪口を想像し私は口にした。何だか情けなくて涙が溢れてきた。
「おい、おい。何で泣くんだよ」
早坂は、突然泣き始めた私の両肩を掴んだ。
思った以上に大きな早坂の手に私は驚きながら、涙で濡れた顔を晒す。
「もう、お嫁に行くどころか、結婚相手を作る前に、人生が終わったも同然よ!」
歯ぎしりをしながら言い捨てると、色々想像出来てしまい涙が滂沱と溢れた。
その私の顔を見て早坂が我慢の限界だとラグに転がって笑い始めた。
「うはははっ! お前、何だよ『お嫁』とかって言うなよな。それにその泣き顔、何だよ必死過ぎ。人生が終わったって。こんなエロ動画ごときでさ。ワハハハハ!」
私の泣き顔と台詞が相当ツボにはまったのか腹を抱えてひとしきり笑った。
私はその姿を見ていると泣いているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「そんなに笑わなくても。エロ動画ごときって言うけど、こっちはこんなに恥ずかしい趣味がバレて死ぬほど恥ずかしいのに。本当に失礼ね早坂は」
私が涙を引っ込めて怒り出すと早坂はようやく体を起こした。
「悪い悪い。はーっはーっ。もう俺こんなに笑ったの久し振りで。はぁ」
早坂は青白かった頬をほんのり赤らめていた。笑う事で血色が良くなっていた。目尻に溜まった笑い涙を自分の長い指で拭った。
「もう……はぁ。何か疲れたわ。それで? この事を会社で話して、私を笑いものにするのね」
私はがっくりとうなだれる。
(流石に恥ずかしくて会社にいられないわ。地味原呼びのあだ名どころじゃないわよこれは。退職も考えるしかないかしら)
そんな事を考えた時、早坂が私の両肩を再び掴んで顔を近づける。
「黙っていてもいいぜ」
「えっ! ホントに?」
突然の申し出に私は顔を上げて早坂の顔を間近に見つめる。にっこりと優しく笑う早坂だ。
「でもタダってわけにはいかないけどな」
軽い口だけど優しい言い方に私は思わず反応してしまう。
「もちろん。黙っていてもらえるなら、何でもするよ!」
「──そうか、何でもするんだな?」
突然、早坂は低い声になった。
長い睫毛にダークブラウンの瞳。優しそうな色合いなのに意地悪に笑っている。
普段はスマートでお洒落な好青年という印象なのに、一転して何とも言えない意地悪な様子に私に悪寒が走る。
(今日一番の悪い顔だ。嫌な予感)
早坂は私の両肩をゆっくりと倒してラグに横たえる。
「何なの?」
私はラグと早坂を何度も見直しながら慌てる。
「まずは、俺も結構ストレスが溜まっていてさ。そんな時に、こんなエロいの見たら……それはもう」
ニヤニヤと笑いながら、ジャケットを脱ぎ捨てる。
「えっ。何言って」
ゆっくりと私の上に影を落とす早坂に冷や汗を流す。
目を白黒させる私を見ながら早坂は益々楽しそうに、口の端だけつり上げて笑う。そしてネクタイを解いてシャツのボタンを外す。
「お前だって動画見て興奮して一人でするんだろ?」
「うっ。お願いそういうの言わないで」
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(確かにそうだけど。そんなどうしようもない私だけど。まだ誰ともそういう事した事がない。本当は処女なのに)
そう言ったら早坂はどう思うだろう。きっと再び大笑いするに決まっている。次は笑い殺せるかもしれない。
近づく早坂の顔に私は顔を赤くして、ぎゅっと瞳を閉じる。
その様子を見た早坂がクスクス笑い、息を吹きかける。反応して瞼を持ち上げると、私の顔を覆った手をゆっくりと外し握りしめる。
間近に迫った恐ろしく整った顔に、私は硬直するしかない。なのに切なそうに早坂は囁いた。
「一人でするより二人がいいだろ? お前が俺で満足出来るかどうか分からないけど」
「まっ……とっ」
私は声がカスカスになって全部を口にする事が出来なかった。だから目を丸くした早坂が首を傾げて尋ねた。
「まっ? とっ?」
「まっ……満足なんて、そんなの逆でしょ?」
早坂はきっと何人もの女の人と付き合ってきているはずだ。だって、休日にはデートしているって聞いているし。当然こんな突然のエッチだって何度も何度も経験しているはず。
(AV動画でしか見た事のない。しかもその世界は嘘の世界だ。それしか知らない地味で普通以下の私とは違う)
私は自分がとても恥ずかしくて情けなくて視線を反らして呟いた。
「早坂は私とは比べる事自体出来ない程、たくさん経験あるでしょ? そんな早坂なのに」
そう悲しく呟いた私に早坂は小さく低い声で呟いた。
「何だよそれ。関係ないだろ。だけどそんな事を言うのなら、俺に同意したってみなすぞ」
「うん……」
いいよ。もう、どうにでもなれ、だ。
どうせなら早坂みたいないい顔をした男に奪われるのも悪くないだろう。性格は随分と難ありだけど。一度のエッチで趣味の事を黙ってもらえるならそれも悪くない。
早坂は私なんかでは楽しめないだろうけど。
「ふーん。分かったけどさ。人を好き者みたいに言うなよ。傷つくだろ」
そして早坂は私の唇にゆっくりと自分の唇を押し当てた。
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