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02 週末の出来事
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今週は提出した評価シートを元に直属上司と評価面談。
直属上司は私の憧れである、池谷 健一課長だ。なでつけられた髪の毛、ダークグレーのスーツ。骨張った指が静かにノートパソコンのキーボードを叩く。背も高くてがっちりしている。学生時代はラグビーをしていたそうだが男臭い雰囲気はしない。
(こんなに格好いいのに独身だなんて嘘みたい。三十代後半なのに出会いはなかったのかな。社内の女性からも人気があるのに。結婚とかに興味ないのかな)
評価面談前にそんな事を考える。そんな事を考えたところで、普通(以下)の私には手の届かない存在だ。
池谷課長は優しいが評価になると厳しい。売り上げの伸び悩みを指摘された。しかし内勤での働きぶりやフォローについては高評価をしてくれる。
「三ヶ月後も期待しているぞ。具体的な数値をもっと示す様に。方法だが──」
売り上げ以外の部分を数値化するのはこの上なく難しいが、池谷課長は具体的に指導をしてくれた。
「はい。ありがとうございました」
幸か不幸か、私の評価はいつもの様に可もなく不可もなくで終わった。
(ああ。何だかパッとしないな)
外回り営業の山本くんと佐藤くんが話していたのを聞いたけど、いい評価を貰ったそうだ。やっぱり外回りじゃないと評価は難しいのだろうか。外回りなら分かりやすい営業成績としての数値が手に入る。
このままでは同期や他の皆に抜かされ『普通』でいる事も難しい。そう考えると、私のストレスを溜める心のバケツが今週末に向けて一杯になっていく。そして迎えた週末、金曜日。冴えない私の一週間がようやく終わる。
私は早く帰って例の趣味にどっぷりと浸かりたかった。しかし、同期の親友、吉村 舞子の強い誘いを受け飲みに行く事になった。
◇◆◇
屋台村と称したこの場所はいくつか小さな屋台風のお店がひしめき合っている。どの店も凝っているのだが、間口が狭く十人程度しか座る事が出来ない。
私と舞子が選んだのは、唐揚げとハイボールのお店だった。揚げたての唐揚げは絶品だ。家でも再現出来ないかな等と考えてしまう。人に言えない趣味を持つ私だが、お弁当や食事はいつも手作りだ。
「ねぇ那波、聞いてるぅ~?」
「はいはい。聞いてますよ」
私はハイボールを飲みながら舞子の愚痴に付き合う。
舞子は企画部に所属しているのだが、今週は会議でかけた企画が却下となってしまったそうだ。いつもよりは少し多めにお酒を飲む舞子。ハイボールを片手にまるで親の敵の様に唐揚げを囓った。
「却下の理由も分かるけどさ。ガッカリだよ」
がっくりと頭を垂れる舞子。
短く切った髪の毛の襟足が可愛くはねていた。シャツにガウチョパンツというコーデだが背の高い舞子は何を着ても決まっている。舞子の彼氏である同期、大村がプレゼントしたダイヤモンドピアスが耳朶で光っていた。
(みんな頑張っている。壁にぶつかりながら必死にもがいている)
私自身壁にぶつかっているから、舞子が悩んでいる事が手に取る様に分かった。
「残念だったね。舞子は凄く頑張ってるよ」
私は舞子の頭をポンポンと軽く叩いて撫でた。すると私の手をガシッと掴んだ舞子はわざとらしく涙ぐんで見せた。
「ううっ~ありがとう。心の友よ~」
「プッ。何よそれ」
「だって。誰も褒めてくれないからさ。頑張ってるねって言われるだけで嬉しいじゃん」
「そうだね」
確かにそうかも。私も褒められたいと思う。
(褒めてくれない……か。そうだよね私の評価も池谷課長からは結局はダメ出しって感じだったもんね)
働いて三年目。慣れたから次のステップに進むから。そうなのかもしれないけど。たまには褒められたい、頑張ったね、と言われたいと思うのは甘えだろうか。
そこまで考えて私は腕時計を見る。二十一時になる頃だった。かれこれ飲み始めて二時間経つ。そろそろお開きにしようか? そう舞子に告げようとした時だった。
舞子のスマホが鳴った。
「電話だ。ごめん……あっ圭吾どうしたの」
舞子はハイボールのグラスを片手に持ちながら話し始めた。
圭吾とはダイヤモンドのピアスをプレゼントした彼氏、大村 圭吾だ。
(彼氏の大村か『舞子、何処にいるんだ~?』かな。これから落ち合う予定かも。それなら私とはここでお別れね)
私はそう思い会計を先に済ませる。荷物などを簡単に片付けた頃に舞子は電話を終えた。
「ごめんごめん何から何まで。私の分、払うから」
舞子は電話を終えたスマホを片手に、ハイボールの残りをぐいっと飲み干した。
「いいよ気にしないで。この間おごって貰ったし。お返しだよ。じゃそろそろ帰ろう」
私は軽く手を上げて笑う。すると私の「帰ろう」という言葉に舞子は慌てていた。
「えーもう少し付き合ってよ。圭吾達が合流してボウリングしようってさ」
「は?」
私は話が飲み込めず目が点になる。
圭吾達とはどういう事だ。それにボウリングって? 私の頭にはてなマークがいくつも点灯する。舞子はそんな私の手を握り、席から立たせるとあっという間に店の外に出て歩き出す。
「さぁさぁ早く早く」
程よくお酒の回った舞子は弾んでいた。
「ちょっと待ってよ。舞子ってば」
私は、背が高く足の長い舞子に引っ張られ歩く。
紺色のストレッチレギンスパンツに低いパンプスの私は、歩幅が違うせいで変なリズムで歩くしかない。屋台の中にもエアコンはあったが、風が回ってるぐらいだ。私のストライプのチュニックシャツに初夏の風が通った。
そして、屋台村を出た辺りでスーツを着た二人の男性が舞子と私を見て手を上げた。
「舞子。ここだ、ここ。直原、久し振りだなぁ~」
一人は大村 圭吾。舞子の彼氏その人だ。茶色く短く切った髪の毛に笑うと八重歯が見える。背の高い大村は昔はサッカー部だったそうで体格もがっちりしている。入社早々、美人の舞子を口説き落としたお調子者……じゃないや、強者だ。
「大村、久し振り。それに……」
私はチラリと大村の隣を見た。
「よう。久し振り。地味原」
私を地味原と呼んだのはもう一人の男性だ。名前は早坂 和馬。同期の中でも飛び抜けて女性にモテる男だ。モテる理由はもちろん容姿がいいからだけど、それだけではない。
早坂は私達が勤める、会社社長の息子だった。三男坊だけど一族経営なので将来はどこか重要なポストに就くだろう。そんな事もあり同期だけではなく女性社員が皆注目している男性だ。
社内女性と付き合うのか噂になっていたが、将来を考えての事なのか告白されても断っていると聞いた。噂では、休日に綺麗な女性と一緒にいたとか。きっと社外に恋人か婚約者でもいるのだろう。
整った外見は百八十に近い身長。しなやかな体つき。学生の頃はバスケットボールをしていたそうだ。大きな大会で成績を残しているとか。柔らかそうな焦げ茶の前髪から覗く少し垂れた二重と高い鼻にシミ一つない肌。笑うと白い歯が見える。
確かに整っている。皆が爽やかだと評価する笑顔だけれども、私には嘘くさい様な気がしてならなかった。
(裏表が激しそうなんだよね。だって判子みたいな笑い顔だし。それって怖い感じがするし)
派手で人気者の早坂に近づくなかれ。
そう心に決めて過ごそうとしたのに、私と早坂は同じチームで社会人一年目を過ごした。外回りの営業である早坂と、内勤営業でフォロー役の私。ペアで仕事をして色んな事を勉強した仲だった。
「早坂も久し振り。元気だった? 前は同じチームだから毎日会っていたけど、違うチームになって会わなくなったもんね。そういえばまともに話をするのは一年振りぐらい?」
私はにっこり笑って背の高い早坂を見上げた。
愛想良くしたのに、早坂は苦笑いになり口を尖らせた。
「直原。どうして普通に挨拶するんだよ。ここは『地味原』呼びをした俺を怒るところだろ?」
「えー。それは別にいいかなって」
「そんな事は」
「だって本当の事だし」
「……相変わらず鉄の心だな。直原は」
早坂は苦笑いから一転、白い歯を見せて優しく笑った。
(あら? 珍しく裏表のない笑い方だ。早坂なりに変なあだ名になった事をずっと気にしていたのかな)
そもそも『地味原』というあだ名(?)は、早坂が私の名字『じきはら』を上手く言えず『じみはら』と口走った為に、同期の中で広まったのが始まりだ。地味で普通過ぎる私の見た目から同期会で散々『直原は地味原』とからかわれた。
早坂はふざけて呼んだわけではなかったので、彼自身は何度か止めようとしていたけれどもあっという間に広がったものだから収拾がつかなくなってしまったのだ。
でも、そんなつまらないあだ名なんて、私にとっては屁でもない。それに、三年も経てばそんな事は皆忘れている。
早坂は『地味原』呼びを怒って欲しかったのかもしれない。謝る機会が欲しいのだろう。
(でも本当に気にしていないのよね。とにかく私は早々に立ち去りたいのよ)
舞子と大村でワンペア。私と早坂でワンペア……に見えるはずはないだろうが、こんな華やかなメンバーと仲良くしているところを見られたら後輩や先輩に何を言われるか。面倒くさい事この上ない。それに早坂への渡りに船みたいに思われても嫌だ。
「無事に合流出来たし、私は帰るわね」
そう言って私は舞子と大村、早坂に手を上げてその場から立ち去ろうとした。
「つれない事言うなよ。久し振りに会ったのに。ボウリングで遊んでいこうぜ。勝負しよう」
早坂に手首を掴まれ強引に引きずられる。
私は驚いて顔を上げるが、早坂が爽やかな笑顔で私を見た。
(相変わらず夜でも爽やかだなぁ)
そんな事を考えるが慌てて私は首を左右に振る。
「何で私が早坂と勝負するのよ」
わめく私の声は金曜日の夜、繁華街の中の雑踏に消えてしまう。
「それなら俺と舞子、早坂と直原で対決しようぜ!」
勝負と聞いて大村が大きな声を上げる。
「どうしてそうなるの? それに何故ボウリング」
私が大村に振り返って呟くが、いい感じに浮かれた舞子が拳を突き上げた。
「よーし! 早坂と那波のペアをやっつけて、勝った方が二軒目でおごりね!」
「二軒目って。何言ってるの舞子」
私は目を丸めるしかなかった。
「せっかくだし体を動かしたいじゃない。ボウリング久し振りだわ」
「いや、だからどうして突然ボウリングなの?」
(何でそんなにノリノリなのよ。私は早く帰って飲みながらいつものAV鑑賞をしたいのに)
という事は言えるはずもなく、私は早坂に引きずられながらボウリング場も兼ね備えたアミューズメントパークへ行く事になった。
◇◆◇
その後、ボウリングを三ゲームもして、惜しくも負けた舞子と大村ペアに二軒目でおごって貰う事になった。早く帰りたいとはいえ、美味しいお酒を堪能した私と早坂だったが──終電がなくなってしまった。
「羽目を外しすぎたわ。近くの漫画喫茶で始発まで時間を潰すしかないかな」
(帰りたかったのにー! でも体を動かして少しはストレス発散したし。土曜日の夜にたっぷりAV鑑賞するしかないか)
そう考えた時だった。早坂が私の住んでいるのは何処だと聞いてきた。
「始発まで時間を潰すって、直原ってどこに住んでるんだ? そうか。遠いんだな」
(そうです遠いんです。だから時間を潰すんです~)
と、思った矢先、早坂は意外な事を言い出した
「俺さ実は今日そっちの方に帰る用事があるんだ。タクシー代は出すから、相乗りしようぜ」
と、ニコニコしながら言い出した。
私の住んでいる『遠い』地域にこんな時間、一体何の用事があるのだろう。早坂は会社近くのタワーマンションに住んでいるはずだ。
そこで私はいらない勘ぐりを入れてしまう。
(『帰る用事』って言ったよね? もしかして彼女の家にでも行こうとしているのかも?)
それなら、遠慮はいらないと思い私は「うん」と頷いた。
「それならそうしようかな」
お坊ちゃんだしこのぐらいいいよね。タクシー代を出してもらえてラッキーだと考えていた。
しかし、これがそもそも間違いだった。私が先に下りるはずのタクシーだったのに。
「うーん。もう飲めなーい。それに眠くて眠くて。くぁ……」
「何で早坂が潰れてるのよ。ちょっと寝ないでよ。早坂さん? 早坂くん? おーい。はーやーさーかー」
どんなに呼んでも早坂は起きる気配がない。
タクシーの運転手さんが冷たい視線をよこしたので、私はタクシー代を払い、早坂を担いで自宅へ帰る事になった。
直属上司は私の憧れである、池谷 健一課長だ。なでつけられた髪の毛、ダークグレーのスーツ。骨張った指が静かにノートパソコンのキーボードを叩く。背も高くてがっちりしている。学生時代はラグビーをしていたそうだが男臭い雰囲気はしない。
(こんなに格好いいのに独身だなんて嘘みたい。三十代後半なのに出会いはなかったのかな。社内の女性からも人気があるのに。結婚とかに興味ないのかな)
評価面談前にそんな事を考える。そんな事を考えたところで、普通(以下)の私には手の届かない存在だ。
池谷課長は優しいが評価になると厳しい。売り上げの伸び悩みを指摘された。しかし内勤での働きぶりやフォローについては高評価をしてくれる。
「三ヶ月後も期待しているぞ。具体的な数値をもっと示す様に。方法だが──」
売り上げ以外の部分を数値化するのはこの上なく難しいが、池谷課長は具体的に指導をしてくれた。
「はい。ありがとうございました」
幸か不幸か、私の評価はいつもの様に可もなく不可もなくで終わった。
(ああ。何だかパッとしないな)
外回り営業の山本くんと佐藤くんが話していたのを聞いたけど、いい評価を貰ったそうだ。やっぱり外回りじゃないと評価は難しいのだろうか。外回りなら分かりやすい営業成績としての数値が手に入る。
このままでは同期や他の皆に抜かされ『普通』でいる事も難しい。そう考えると、私のストレスを溜める心のバケツが今週末に向けて一杯になっていく。そして迎えた週末、金曜日。冴えない私の一週間がようやく終わる。
私は早く帰って例の趣味にどっぷりと浸かりたかった。しかし、同期の親友、吉村 舞子の強い誘いを受け飲みに行く事になった。
◇◆◇
屋台村と称したこの場所はいくつか小さな屋台風のお店がひしめき合っている。どの店も凝っているのだが、間口が狭く十人程度しか座る事が出来ない。
私と舞子が選んだのは、唐揚げとハイボールのお店だった。揚げたての唐揚げは絶品だ。家でも再現出来ないかな等と考えてしまう。人に言えない趣味を持つ私だが、お弁当や食事はいつも手作りだ。
「ねぇ那波、聞いてるぅ~?」
「はいはい。聞いてますよ」
私はハイボールを飲みながら舞子の愚痴に付き合う。
舞子は企画部に所属しているのだが、今週は会議でかけた企画が却下となってしまったそうだ。いつもよりは少し多めにお酒を飲む舞子。ハイボールを片手にまるで親の敵の様に唐揚げを囓った。
「却下の理由も分かるけどさ。ガッカリだよ」
がっくりと頭を垂れる舞子。
短く切った髪の毛の襟足が可愛くはねていた。シャツにガウチョパンツというコーデだが背の高い舞子は何を着ても決まっている。舞子の彼氏である同期、大村がプレゼントしたダイヤモンドピアスが耳朶で光っていた。
(みんな頑張っている。壁にぶつかりながら必死にもがいている)
私自身壁にぶつかっているから、舞子が悩んでいる事が手に取る様に分かった。
「残念だったね。舞子は凄く頑張ってるよ」
私は舞子の頭をポンポンと軽く叩いて撫でた。すると私の手をガシッと掴んだ舞子はわざとらしく涙ぐんで見せた。
「ううっ~ありがとう。心の友よ~」
「プッ。何よそれ」
「だって。誰も褒めてくれないからさ。頑張ってるねって言われるだけで嬉しいじゃん」
「そうだね」
確かにそうかも。私も褒められたいと思う。
(褒めてくれない……か。そうだよね私の評価も池谷課長からは結局はダメ出しって感じだったもんね)
働いて三年目。慣れたから次のステップに進むから。そうなのかもしれないけど。たまには褒められたい、頑張ったね、と言われたいと思うのは甘えだろうか。
そこまで考えて私は腕時計を見る。二十一時になる頃だった。かれこれ飲み始めて二時間経つ。そろそろお開きにしようか? そう舞子に告げようとした時だった。
舞子のスマホが鳴った。
「電話だ。ごめん……あっ圭吾どうしたの」
舞子はハイボールのグラスを片手に持ちながら話し始めた。
圭吾とはダイヤモンドのピアスをプレゼントした彼氏、大村 圭吾だ。
(彼氏の大村か『舞子、何処にいるんだ~?』かな。これから落ち合う予定かも。それなら私とはここでお別れね)
私はそう思い会計を先に済ませる。荷物などを簡単に片付けた頃に舞子は電話を終えた。
「ごめんごめん何から何まで。私の分、払うから」
舞子は電話を終えたスマホを片手に、ハイボールの残りをぐいっと飲み干した。
「いいよ気にしないで。この間おごって貰ったし。お返しだよ。じゃそろそろ帰ろう」
私は軽く手を上げて笑う。すると私の「帰ろう」という言葉に舞子は慌てていた。
「えーもう少し付き合ってよ。圭吾達が合流してボウリングしようってさ」
「は?」
私は話が飲み込めず目が点になる。
圭吾達とはどういう事だ。それにボウリングって? 私の頭にはてなマークがいくつも点灯する。舞子はそんな私の手を握り、席から立たせるとあっという間に店の外に出て歩き出す。
「さぁさぁ早く早く」
程よくお酒の回った舞子は弾んでいた。
「ちょっと待ってよ。舞子ってば」
私は、背が高く足の長い舞子に引っ張られ歩く。
紺色のストレッチレギンスパンツに低いパンプスの私は、歩幅が違うせいで変なリズムで歩くしかない。屋台の中にもエアコンはあったが、風が回ってるぐらいだ。私のストライプのチュニックシャツに初夏の風が通った。
そして、屋台村を出た辺りでスーツを着た二人の男性が舞子と私を見て手を上げた。
「舞子。ここだ、ここ。直原、久し振りだなぁ~」
一人は大村 圭吾。舞子の彼氏その人だ。茶色く短く切った髪の毛に笑うと八重歯が見える。背の高い大村は昔はサッカー部だったそうで体格もがっちりしている。入社早々、美人の舞子を口説き落としたお調子者……じゃないや、強者だ。
「大村、久し振り。それに……」
私はチラリと大村の隣を見た。
「よう。久し振り。地味原」
私を地味原と呼んだのはもう一人の男性だ。名前は早坂 和馬。同期の中でも飛び抜けて女性にモテる男だ。モテる理由はもちろん容姿がいいからだけど、それだけではない。
早坂は私達が勤める、会社社長の息子だった。三男坊だけど一族経営なので将来はどこか重要なポストに就くだろう。そんな事もあり同期だけではなく女性社員が皆注目している男性だ。
社内女性と付き合うのか噂になっていたが、将来を考えての事なのか告白されても断っていると聞いた。噂では、休日に綺麗な女性と一緒にいたとか。きっと社外に恋人か婚約者でもいるのだろう。
整った外見は百八十に近い身長。しなやかな体つき。学生の頃はバスケットボールをしていたそうだ。大きな大会で成績を残しているとか。柔らかそうな焦げ茶の前髪から覗く少し垂れた二重と高い鼻にシミ一つない肌。笑うと白い歯が見える。
確かに整っている。皆が爽やかだと評価する笑顔だけれども、私には嘘くさい様な気がしてならなかった。
(裏表が激しそうなんだよね。だって判子みたいな笑い顔だし。それって怖い感じがするし)
派手で人気者の早坂に近づくなかれ。
そう心に決めて過ごそうとしたのに、私と早坂は同じチームで社会人一年目を過ごした。外回りの営業である早坂と、内勤営業でフォロー役の私。ペアで仕事をして色んな事を勉強した仲だった。
「早坂も久し振り。元気だった? 前は同じチームだから毎日会っていたけど、違うチームになって会わなくなったもんね。そういえばまともに話をするのは一年振りぐらい?」
私はにっこり笑って背の高い早坂を見上げた。
愛想良くしたのに、早坂は苦笑いになり口を尖らせた。
「直原。どうして普通に挨拶するんだよ。ここは『地味原』呼びをした俺を怒るところだろ?」
「えー。それは別にいいかなって」
「そんな事は」
「だって本当の事だし」
「……相変わらず鉄の心だな。直原は」
早坂は苦笑いから一転、白い歯を見せて優しく笑った。
(あら? 珍しく裏表のない笑い方だ。早坂なりに変なあだ名になった事をずっと気にしていたのかな)
そもそも『地味原』というあだ名(?)は、早坂が私の名字『じきはら』を上手く言えず『じみはら』と口走った為に、同期の中で広まったのが始まりだ。地味で普通過ぎる私の見た目から同期会で散々『直原は地味原』とからかわれた。
早坂はふざけて呼んだわけではなかったので、彼自身は何度か止めようとしていたけれどもあっという間に広がったものだから収拾がつかなくなってしまったのだ。
でも、そんなつまらないあだ名なんて、私にとっては屁でもない。それに、三年も経てばそんな事は皆忘れている。
早坂は『地味原』呼びを怒って欲しかったのかもしれない。謝る機会が欲しいのだろう。
(でも本当に気にしていないのよね。とにかく私は早々に立ち去りたいのよ)
舞子と大村でワンペア。私と早坂でワンペア……に見えるはずはないだろうが、こんな華やかなメンバーと仲良くしているところを見られたら後輩や先輩に何を言われるか。面倒くさい事この上ない。それに早坂への渡りに船みたいに思われても嫌だ。
「無事に合流出来たし、私は帰るわね」
そう言って私は舞子と大村、早坂に手を上げてその場から立ち去ろうとした。
「つれない事言うなよ。久し振りに会ったのに。ボウリングで遊んでいこうぜ。勝負しよう」
早坂に手首を掴まれ強引に引きずられる。
私は驚いて顔を上げるが、早坂が爽やかな笑顔で私を見た。
(相変わらず夜でも爽やかだなぁ)
そんな事を考えるが慌てて私は首を左右に振る。
「何で私が早坂と勝負するのよ」
わめく私の声は金曜日の夜、繁華街の中の雑踏に消えてしまう。
「それなら俺と舞子、早坂と直原で対決しようぜ!」
勝負と聞いて大村が大きな声を上げる。
「どうしてそうなるの? それに何故ボウリング」
私が大村に振り返って呟くが、いい感じに浮かれた舞子が拳を突き上げた。
「よーし! 早坂と那波のペアをやっつけて、勝った方が二軒目でおごりね!」
「二軒目って。何言ってるの舞子」
私は目を丸めるしかなかった。
「せっかくだし体を動かしたいじゃない。ボウリング久し振りだわ」
「いや、だからどうして突然ボウリングなの?」
(何でそんなにノリノリなのよ。私は早く帰って飲みながらいつものAV鑑賞をしたいのに)
という事は言えるはずもなく、私は早坂に引きずられながらボウリング場も兼ね備えたアミューズメントパークへ行く事になった。
◇◆◇
その後、ボウリングを三ゲームもして、惜しくも負けた舞子と大村ペアに二軒目でおごって貰う事になった。早く帰りたいとはいえ、美味しいお酒を堪能した私と早坂だったが──終電がなくなってしまった。
「羽目を外しすぎたわ。近くの漫画喫茶で始発まで時間を潰すしかないかな」
(帰りたかったのにー! でも体を動かして少しはストレス発散したし。土曜日の夜にたっぷりAV鑑賞するしかないか)
そう考えた時だった。早坂が私の住んでいるのは何処だと聞いてきた。
「始発まで時間を潰すって、直原ってどこに住んでるんだ? そうか。遠いんだな」
(そうです遠いんです。だから時間を潰すんです~)
と、思った矢先、早坂は意外な事を言い出した
「俺さ実は今日そっちの方に帰る用事があるんだ。タクシー代は出すから、相乗りしようぜ」
と、ニコニコしながら言い出した。
私の住んでいる『遠い』地域にこんな時間、一体何の用事があるのだろう。早坂は会社近くのタワーマンションに住んでいるはずだ。
そこで私はいらない勘ぐりを入れてしまう。
(『帰る用事』って言ったよね? もしかして彼女の家にでも行こうとしているのかも?)
それなら、遠慮はいらないと思い私は「うん」と頷いた。
「それならそうしようかな」
お坊ちゃんだしこのぐらいいいよね。タクシー代を出してもらえてラッキーだと考えていた。
しかし、これがそもそも間違いだった。私が先に下りるはずのタクシーだったのに。
「うーん。もう飲めなーい。それに眠くて眠くて。くぁ……」
「何で早坂が潰れてるのよ。ちょっと寝ないでよ。早坂さん? 早坂くん? おーい。はーやーさーかー」
どんなに呼んでも早坂は起きる気配がない。
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