【R18】ライフセーバー異世界へ

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149 ナツミの褒美

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「ナツミ……褒美ってさ、お金とか宝石とか金品の事を指すんだぜ。まさか知らないとか言わないよな」
 ソルがゴミ捨て場の路地でヤンキー座りになって呆れていた。いつものモスグリーンのバンダナは新しくなっていた。更におろしたての生成りのシャツはいつもより厚めでしっかりとした仕立てとなっていた。

 もらった賞金で衣類を一新したのだそう。少しだけ上等な布に変えただけでシンプルな身なりは変わらない。残りの賞金は両親がいない子供達に費やすそうだ。それはザームも同じで子供達が働いている湯屋を営んでいるが修復に当てるとの事。清潔感溢れる湯屋に沢山の観光客や利用者が増えれば利益に繋がる。

「私は金のピアスを手に入れたわよ。余ったお金は店の新しい設備を追加するつもりだし」
 エッバも馬の尻尾に似たポニーテールを揺らし私を見上げた。彼女もソルと同じ様に裏路地にヤンキー座りをする。耳には金のリングピアスが光っていた。金を身に付けていればいつでもお金に変えられるのだとか。

「私達もゴッツさんが受け取って、お店の皆で分けたわよ。今ね何を買うか迷っているの。エッバのピアスを見たらやっぱり私も金のアクセサリーがいいかなって思うわ。トニは何か買った?」

「まだ何も。普段欲しいと思っていてもいざお金をもらうとどうして良いか分からないものね。リンダはピアスよりネックレスの方が良いんじゃない? 踊る時に邪魔にならないし」
 リンダとトニもエッバの隣にヤンキー座りというよりも、両足をピッタリとつけて体育座りで器用にもお尻を浮かせている。タイトスカートだから足を開いて座れないのだろう。

「あたしもさぁ何に使うか悩んでるのよね。やっぱり新しい布がいいかなぁとか。久しぶりに自分の服も新しくしたいし。でもエッバのピアスを見たらやっぱりアクセサリーがいいかなぁなんて」
 ミラがエッバのリングピアスを穴が空くほど見ていた。大ぶりのピアスはとてもエッバに似合っていた。ミラもエッバと同じ様にしゃがみ込み掃除用の箒を片手に持つ。

「そんなに慌てなくてもいいじゃない。ゆっくり考えれば」
 マリンも箒を持ったまま踵を上げてしゃがみ込む。短く切ったプラチナブロンドを耳にかけてうふふと綿菓子の様に笑う。

「僕もゆっくり考える事にします」
 最後にニコがニッコリ笑って締めくくった。可愛い台詞とは裏腹に、ニコもヤンキー座りをしている。

 ソル、エッバ、リンダ、トニ、ミラ、マリン、ニコが円陣を組んでゴミ捨て場所になっている細い路地で座り込む。私もその円の一人となって座り込んでいた。

 無言で皆の意見を聞く私にソルが最後溜め息をついた。
「ほら~皆楽しむ事を色々考えいてるのに。何でナツミだけ『学校を開きたい』とか言いだしたんだよ」
 ソルは呆れた顔をしてヤンキー座りのまま器用に頬杖をついた。

「違うってば……学校を開きたいって言ったんじゃないよ。泳ぎとか計算を教える代わりに、お給金をもらいたいって言っただけだよ」
 私は路地の石畳の上にのの字を書きながら口を尖らせる。

 別荘でアルさんを治療した後、カイさんに褒美について尋ねられた。

 金品と言われてももらったところでピンと来ない。そこで私は、これからの生活を考えて安定して稼げる様、自分の技術と引き換えにお金をもらえないかとお願いをしたのだ。

 発端はザックへのプレゼントなのだが。ジルさんに文句を言うわけではないが、単純に今のお給金では独り立ちは難しい。住み込みは快適なのだが、ジルさんにお世話になってばかりというわけにもいかないし。
 今後の異世界生活を考えると手に職をつけたいわけで。あれこれ考えたら異世界に飛ばされる前の自分のスキルは水泳のインストラクターなのでそれを生かしたいと思ったのだ。

 そもそもこの世界は、教育に関して平等ではない。貧富の差と男尊女卑もあるので、教養や勉強を身に付ける事が困難な場合がある。教育を受ける事が出来ない人達に対して、軍がお金を出してくれるなら喜んで働き、力になりたいと思っていると伝えたのだ。

 こういう考えは破天荒代表の女性、ジルさんを恋人に持つカイ領主代理なら理解してもらえるのではないかと思った。

 カイ領主代理は私のお願いに目を点にして大笑いをしていた。馬鹿にして笑ったのではなく「褒美なのに働くとは。本気か?」と、かなり受けていた。もちろん快く協力してくれる事を約束してくれた。

 すると例の如く『ファルの町』では尾ひれ背びれがついて私の褒美の話が広がった。本当に誰がバラしたのだろう。軍関係の人達も情報管理はきちんとするべきなのに。誰が漏らしたのか、私への褒美が『ナツミが学校を開く事を褒美に要求した』という事になっているそうだ。

「何だよ同じじゃないか。そもそもナツミはおかしいんじゃないか? 何で褒美が働く話になるんだよ」
 ソルは両手を上げて全く理解できないと首を左右に振った。
「そうよ。大体学校と言えば軍学校があるじゃない。何でわざわざナツミがソルみたいな馬鹿な男達に泳ぎや計算を教えないといけないのよ。褒美なんだからお金をもらうべきでしょ?!」
 エッバが目を丸くして私に食いついてきた。

 その言い草にソルが眉をつり上げる。
「俺みたいな馬鹿な男達って酷いい草だな。馬鹿だから学校に通うんだろうがっ」
「ふーんだ。どうせ軍学校に入るのも、町の女の子からモテたいだけでしょ?」
「悪いかよっ」
「悪いわよっ。格好をつける軍人が増える一方だから迷惑よっ」
「何だよ~ザックさんだってそうだったじゃないか」
「ザックとあんたが同じなわけないでしょ」
 座り込んだ順番が悪かったのだろうか。隣り合わせで座っているエッバとソルがおでこを突き合わせて文句を言い合う。

 仲良しと言うよりも兄弟喧嘩に近い。このゴミ捨て場にトニとソルばかりが顔を合わせていたが、最近はエッバとリンダそしてマリンとミラが増えた。
 ソルとトニしかいなかったので、二人がいがみ合う事が多かったが最近はエッバと言い合いになる事が多い。

 ソルは年上から弄られるキャラクターなのかな。確かにつっこみどころ満載だし。

「あんた達うるさいわよ。この場所でコソコソ話し合っているのが表に丸聞こえじゃないのっ!」
 トニが唾を飛ばしながら大声で怒鳴った。
「トニの声こそ十分大きいと思うわよ」
 リンダが呆れた様な声を上げていた。
「そうよ静かにしないと」
「シーッ、ね?」
 ミラとマリンが口の前に人指し指を立てて静かにする様に促すと、大声を上げた三人は小さく俯いた。

 私はそんな様子を見ながら溜め息をついた。
「私は軍学校の人達に教えたいんじゃないよ」
 私が箒を握りしめたまま首を左右に振る。

「えっじゃぁ誰に教えたいのさ?」
 ニコが驚いて目を丸めていた。
「誰に教えたいのさっ? て……泳ぎや計算を覚える必要があるのは軍人になる男性だけじゃないから。ねぇエッバは泳げるの?」
 ニコの言葉に私は小さく息を吐いて、改めてエッバに向き直る。

「お、泳げないわよ……悪い? 貝とか魚は男が捕ってくるものなの」
 私の突然の質問にエッバはそっぽを向き口を尖らせてみせた。

「悪いなんて思ってないよ。トニとリンダは計算できる? 文字は読める?」
 今度はトニとリンダに向き直る。
「計算なんて出来ないわよ。『ゴッツの店』で金は男しか触れないし」
「簡単な文字は読めるわよ。生活する上で看板とか値札とかね。だけど本を読むには程遠いわ」
 トニとリンダが顔を合わせながら「ナツミは何を言ってるのよ」と言いたげな顔を私に向ける。

「ミラとマリンとニコは? 私と一緒にいるから色んな事を伝えてきたけれども。例えば『ファルの町』や他の町の歴史を知ってる? 後医療魔法やその他の知識とか」
 私はミラ、マリン、ニコに向き直る。

「知識なんてあるわけないでしょ。歴史を知るとかそんなの本が読めなきゃどうにもならないわよ」
 私の言葉にミラが鼻の頭に皺を寄せた。

「私は本は読めるけど、歴史書は読んだ事はないわ。軍学校に入ると歴史書は手に出来るみたいね。と言う事はソルみたいな男性だけね。読む機会を与えられるのは」
 マリンが人指し指を顎につけて唸ってみせた。

「僕は確かに男だけど、軍学校に入らなければ勉強できないし。軍学校に入るのは狭き門だし。ソルは力が強いから軍学校に入る事が出来たけど僕みたいなひ弱じゃね。医療魔法についても難しい本を読めなきゃどうにもならないよ。聞き伝えられる知識だけでは限界があるしね」
 ニコも寂しそうに呟いた。

「ニコ……ひ弱ってそんな事を言うなよ」
 明るかったソルまでもが落ち込む。そして皆が唇を噛んで俯いてしまう。しゃがみ込み円陣を組んだ皆があっという間に静かになった。
 
「だから私は裏町の皆に泳ぎや計算について教えたいんだ。そういう場所をカイ領主代理にお願いして提供してもらうの」
 私の一声に暗くなった皆が顔を上げて驚く。

「えっじゃぁナツミが教えるのは町の皆って事? そう言えば海でも泳ぎを少し教えていたって聞いたけど」
 エッバが驚いて目を丸くする。

「うんそうだよ。エッバもどう? 泳げる様になったらさ、潜って魚と遊べるし食材も捕れるよ」
 私の一声にエッバが目を輝かせる。そしてゴクンと唾を飲み込んだ。

「計算方法も文字も読める様に教えてくれるの?」
 トニとリンダが目を輝かせる。

「そうだよ。簡単な計算ぐらいしか私は教えられないけれども、きっとお店で役立てられるよ。それに文字が読めたらさ、例の舞台に関する台本とか書けるかもね。そうしたら『ゴッツの店』の皆でお芝居を考える事が出来るかも」
 私が思いつきで言うと、リンダとトニが目をこれでもかと見開いて二人見つめ合っていた。

「でもさ~文字はナツミも読めないんでしょ? それに歴史書はどうするのよ。軍の協力なしにどうにもならないわよね」
 ミラが間髪入れずに意見する。流石頭の回転が速い。

「別に教えるのは私一人じゃないよ。そこはカイ領主代理に頼んで軍学校の講師を紹介してもらうのもいいし。それに、裏町にだって文字が読める人はいるよね」
 私はスッと視線をマリンに合わせる。するとマリンが嬉しそうに顔を綻ばせた。

「私もナツミみたいに先生になれるのね。もちろん文字を教えて本を読めるまで教えるわ。マリン先生って呼ばれるかしら……やだ、嬉しい」
 口の前で手を合わせて先生という言葉を何度も口にしてデレデレしている。余程水泳教室でノアが私をナツミ先生と呼ばれていた事が羨ましかった様だ。

「そっかぁ。町の皆が先生になってお互いを補えば良いんだね。歴史書もカイ領主代理が良いと言えばみせてもらえるわけだし。歴史書はあらゆる歴史が書かれているんだよね。見てみたいよねぇ。そう言えばミラが知りたがっていた服飾の歴史もあるって聞いた事があるよ」
 ニコがポンと手を打ってミラに話を振った。するとミラが驚いて目を丸める。

「えっ?! そうなのそれは見たいわね……でもそれはまず文字が読める様になって」
 ブツブツと呟きはじめるミラだった。

「軍学校に入る人以外も勉強する機会があれば、町の皆の知識が増えて生活が絶対豊かになると思うの。だけど今はその場所や先生がいないでしょ? そういう場所や先生が少しずつでも増えればいいなぁって思うんだ。だけど、私が先生になるにしても無料ってきついよね。皆生活がかかっているでしょ? 他にも歴史書を見る機会も軍にお願いしないといけないし場所だって提供してもらわないとね」
 私がそう伝えるとソルが感心した声を上げた。

「はぁ~それってかなりの改革だよな。だって生活の仕組みや、根本的な世の中の考え方を変える事になるんだろ? って、そうか! だからそれが褒美なんだな。凄いな俺達そんな事考えもしなかったぜ」
 ソルが改めて驚く。

「そうだね。カイ領主代理は『ファルの町』をもっと豊かにしたいって思っているし皆が幸せに暮らしていける様にしたいって言っていた。だから私の考えをもっと取り入れてくれるって事になってね。先生になる人達のお給金を約束してくれたよ。後場所も今後検討してくれるって言ってた。一度には出来ないけれども、泳ぐ事と計算と文字を教えるのは早々に取りかかれそうだよ」
 私がそう伝えると、円陣を組んだ皆がワッと嬉しそうな声を上げた。

「泳げる様になって──」
「計算を覚えて──」
「文字を覚えて──」
「本が読める様になって──」
「先生って呼ばれて──」
「軍学校にいけなくても歴史書も読める様になるんだね」
 エッバ、トニ、リンダ、ミラ、マリン、ニコが空を仰いで呟く。

 若干マリンの呆け具合がおかしいが、皆が興味を持ってくれるのはいい事だ。

 興味ないって言われると先生をする事も出来ない。何故ならば私はお給料をもらいたいのだ。そうしたら定期的な収入が増えザックに魔法石を贈れる。

 ひとまず魔法石を手配してくれるウツさんにローンの相談をしようっと……って言うか分割はお願いできるのかな。

 などと考えた時、我に返ったエッバが隣のソルを肘でついた。

「何だよ」
 急に脇腹をつかれたソルが嫌そうに声を上げる。
「私の方が軍学校に通うソルよりも先に計算とか覚えちゃうかもよ! そうしたらいつも計算が遅いというアイツもぎゃふんと言わせてやるんだから!」
 計算が遅いアイツとは──ザックと同じ部隊に属している軍人、通称計算マンの事だろう。やたら計算が速い彼はエッバの店の常連だ。彼から計算間違いを日々指摘されるらしいので、追い抜く事をエッバは夢みているのだ。

「馬鹿言え。俺はな計算は今でも出来るんだよっ。ふん俺はザックさんの腹心の部下になってもっと活躍する様になるぜ」
 エッバの言葉を鼻で笑ったソルはそっぽを向いたが、腹心の部下という言葉にミラが反応する。

「腹心の部下ね……残念だけどその位置はソルに与えないからね。シンがもうその位置についているから」
 フフンと鼻で笑ったミラにソルは必死に噛みついていた。

「でもシンさんだって偉くなって小隊長になったでしょ? だから俺が」
 お腹に力を入れて声を張りはじめたソルだったが、突然『ジルの店』裏口の扉が大きな音を立てて開いた。

「やかましい! あんた達一体いつまで油を売っているのよっ。昼休みはとっくに終わったってのに!」
 ジルさんが扉を開けるなり大声で叫んだ。その声はゴミ捨て場の小さな路地だけではなく、大通りまで響いてしまい秘密の井戸端会議も幕を閉じるしかなくなった。





 ランチタイム時間が過ぎ一旦閉店となった『ジルの店』の酒場にジルさんの声が響いた。

「何でゴミ捨て場であんた達はたむろするのよ。トニだけじゃなくリンダにマリンにミラまで……増殖してどうする気よ。あんた達が仲良しなのは皆が知る事になったのだから、正面玄関から入ってきなさいよ。コソコソする必要がなくなったのだから」
 ジルさんの座る前にソル、エッバ、トニ、リンダ、ミラ、マリン、ニコそして私は立たされて怒られていた。
 ジルさんはバシバシとテーブルを叩きながら片手のキセルをふかしていた。

「すみません」
 私達八人は同時に声を上げて頭を垂れるしかなかった。

 確かにコソコソする必要はなくなったのだが、クセが抜けない私達は何となくゴミ捨て場のある路地でたむろしてしまう。日常が戻って来た証拠でもあるのだが。細い路地では声が意外と響くので私達八人はすっかり『ファルの宿屋通り』で有名となってしまっていた。

「ふん……まぁいいわ。そう言えば今日もダンが露店で売る新しい試食を作ったからあんた達食べていきなさいよ」
 ジルさんの言葉に私達八人はワッと声を上げた。

 奴隷商人が捕まり、私とマリンが怪我をした事もあり、移動式の露店もお休みしていた。しかしオベントウは裏町と軍人の間でも大好評で是非続けて欲しいと依頼が殺到したのだ。

「あのオベントウで出てきたおにぎりを食べたい」
「海で水着になって浜辺で遊びたい」
 様々な声が届き復活する事となったのだが、どうせなら別のものも販売してみようと言う事になった。そこでダンさんが動いた。長年店に出してみたかったレシピがあるそうで。

「俺は甘いものに目がなくてな」
 筋肉ダルマで片目に傷のある強面のダンさんは、甘いものが大好きだったのだ。

 もちろんシェフとしての腕前は一流なのだが、ずっと海賊時代から甘いものを求めてさすらっていたとか。そう言えばオベントウの話が出た時に甘いもののレシピを取り出していたっけ。生クリーム、クリームチーズ、ココショコ、蜂蜜。とにかく糖分には目がなく、先日はパンケーキを振る舞ってくれた。

「うわぁ~冷たいのにフワフワ!」
 今日はソフトクリームの様なスイーツを開発した様だ。私達八人に振る舞ってくれた。

 皆が試食に飛びついた姿を見つめながらソルが私の耳元で呟いた。

「ジルさん、怒鳴っていたけれども凄く機嫌がいいよなぁ何で?」
 ジルさんが直ぐに怒りを静めた事にソルは疑問を抱いた様だ。鋭いな確かにジルさんは機嫌がいい。
「実はね、ジルさんの希望していた褒美が私の提案した『教える』っていう事と一緒に進めていくなら、いいよって事になってね」



 実はジルさんが褒美として希望していたのは、露店を出していた浜辺の土地をもらい受けるという事だったのだ。

 カイさんが『アレの要望には少々手こずっている』と言っていた理由が分かって私は驚いた。それは手こずるだろう。褒美は金品ではなく土地が欲しいとは何ともジルさんらしい。
 
 あの場所は元々軍の持ち物で一般公開しているけれども人が近寄る事はなかったのだ。しかし露店を出して盛り上がりをみせ、手応えを感じたジルさんはあの一帯に新しい宿屋を建設したいのだとか。

 もちろんプライベートビーチつきの宿屋、ホテルになるだろうから上手くいけば沢山の観光客を呼び寄せる事が出来るだろう。

 流石にこの案にはカイ領主代理も難色を示したが、私が学校の様な事をしたいという事を取り込んで考えるのならば、良いだろうという事になったのだ。ジルさんはその結論に目を丸めていた。

「本当に土地を褒美でもらえるとはね。学校もどきをするって言うの? まぁいいわそれはそれで面白そう。やるじゃないナツミ。それにしても土地をもらえる様差し向けるなんて、もしかして私の後を継ぐのはナツミかもね」
 流石にこの褒美は無理だと半ば諦めていたジルさんだったのだが、私の一声で通る事になったので最近はすこぶる機嫌がいいのだ。

 そうしてジルさんも私と一緒に『ファルの町』教育案という程でもないが、一緒に進めてくれる事になった。



「それ以来ジルさんは機嫌が良いのか。って言うかナツミ大丈夫なのか」
「ん~? 何が?」
「だってジルさんの後を継ぐって、裏町を事実上仕切る事だと思うけど」
 ソルがボソボソと小さな声で呟いていた。
「そんなわけないよ。私がジルさんの跡を継げるわけないし、裏町を仕切っているのはザームさんだし」
「いやいや、そういう意味ではなくて。もっとデカい規模の……裏町って言うより町って言うか……うーん、何て言えばいいんだ? 軍と密接に関係のあるそういう結構ヤバ目の……」
「何の事?」
 首を傾げる私にソルが開いた口を閉じて真顔になった。それから肩をガックリと落とす。
「何を言っても無駄だな。本人に自覚がないんだもんな。そりゃザックさんも心配するはずだ。俺にまで『ナツミに何かあったら止めてくれ』なんて言ってくるから何でかなと思ったけど。言いたくもなるよな……」
 はぁーと溜め息をついてソルがブツブツ言っていた。相変わらずおかしなソルだ。

「ねぇソル! 貴方の好きなレモン味のお菓子があるわよ。早く食べないとニコが全部食べそうよ」
 そんな私達二人の元にマリンがお皿に沢山のスイーツを載せて駆け寄ってきた。マリンの言葉に慌ててソルが駆け出す。

「それはヤバイ。ニコ~俺の分も残してくれよ」
 ソルが慌ててマリンと入れ違いにスイーツにたかる皆の中に入っていった。


「ふふふ。すっかりダンさんの料理と甘いものの虜になったわね」
 マリンがお皿に載ったスイーツを私に渡してくれた。ソフトクリームに似た冷たいスイーツは、口の中で溶けた。ベリーソースが甘酸っぱかった。

「まさかダンさんの夢がお菓子職人だったなんてね……」
 あの強面から誰も想像していなかったけれども実は甘い物好きなんて。きっと新しいスイーツを販売する露店も人気が出る事だろう。

「ふふふ。人は見かけによらないってこういう事を言うのね」
 マリンと私が遠巻きにダンさんや皆を見つめて壁に背をあずけた。

 日常に戻り今まで以上に仲良くなった友達に囲まれ、こんな素晴らしい日々はない。それなのに私とマリンは寂しさを感じていた。

 だってこの場所には、奴隷商人を捕まえる前まで一緒に過ごしていたノアとシンそしてザックががいない。

 三人は奴隷商人とアルさんを捕まえた事で忙しくなり『ジルの店』の手伝いをする事が出来なくなった。

 元々ジルの店はアルさんを捕まえるまで──という約束だったのだからその通りになっただけなのだが。彼ら三人は軍人だから家庭を築かなければ同じ家で暮らす事もない。

 私、マリン、ミラは三人が『ジルの店』に立ち寄るのを待つ身となった。今まで毎日寝泊まりしていた時間がどれだけ尊かったのだろう。

 今更そんな事を強烈に実感していたのだ。

 マリンが一緒のお皿に載ったスイーツを口にしてからポツリと呟いた。
「ノアもザックも忙しいけど頑張っているって、昨日店に来ていた部下の人達が言っていたわ。大隊長就任までが大変だからって」
 マリンはスイーツのお皿を寂しそうに見つめていた。

 あの奴隷商人騒動から二週間が経っていた。私はザックとノアと別荘で少し顔合わせをしたが、マリンは全くノアに会えていないそうだ。

「短い夜の時間ですら一緒にいられない。アルさんを捕まえるまでの短期間、いつも一緒にいた事で、こんなに切ないなんてね」
 マリンが瞳を細めて独り言の様に呟いた。
「少しだけでいいから一緒に過ごしたいよね……」
 私はマリンと一緒にスイーツの載ったお皿を見つめて小さな声で呟いた。

 マリンと同じ様に私にも、夜に店に訪れる軍の仲間がザックの忙しさについて教えてくれる。
「ザックとノアは今までにない大隊長として活躍してくれそうだ」
「他の町や、北の国への顔出しも、引き継ぎが終われば一段落するからさ。そうしたらまたゆっくり過ごせるだろう」
「それまでの辛抱さ。あの二人が浮気しない様にちゃんと見張っているからな」
「恋人に会いたいのはアイツらも同じだろうから頑張れよ」
 奴隷商人を捕まえる為、私達二人が囮になった話が徐々に軍の人間に伝わり、私とマリンに対して皆優しく接してくれた。危険な事をやってのけた私達に気を遣っているのだろう。

「恋人同士ってだけでも嬉しい事なのに、会えなくなるのがこんなに寂しいなんて。贅沢過ぎて私達罰が当たるよね」
 私がポツリと呟くとマリンも大きく頷いた。

「すっかり一緒に過ごすのが当たり前になり過ぎていたのね。それだけ一緒に過ごす時間を大切にしないといけないという事よね」
 マリンが私の肩をポンと叩いた。それから顔を見上げた私にニッコリと微笑んでくれた。薔薇色の微笑みだった。

 以前の不安がるマリンはここにはいなかった。何が大切なのか分かった今なら寂しくても頑張れる。

「軍の就任式は数日後ね。就任式には私達も特別に呼ばれているけれども。それが終われば裏町で就任式に合わせて町を挙げて一晩中お祭り騒ぎになるわね。その時まで我慢しなきゃね」
 マリンが優しく私の頬を撫でて私を慰めてくれた。

「うん……そうだね。ザックに会ったら沢山抱きしめるよ」
 そうだザックも頑張っているのだ。
「ぷっ。抱きしめるって言うのはナツミらしくていいわね。私もノアを沢山抱きしめるわ」
 私とマリンは笑い合った。

 ザックに再会するまでは色々な事をやったと彼に報告できる様になっていたい。

 私は甘酸っぱいスイーツを一口食べて微笑んだ。
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