【R18】ライフセーバー異世界へ

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143 新 オベントウ大作戦 その9

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 きらきらと色のついたガラスと共にザックとノアが降ってきた。二階建てから飛び降りるほどの高さなのに二人はもろともしない。

 床板を踏み抜きそうな音を立てて着地する。ザックは私の側に着地し、跨がっていたバッチを回し蹴りで蹴り飛ばした。

「ぐはっ!」
 ザックと同じぐらい体格のいいバッチが風に飛ばされる様に吹き飛んで二メートルほど先にある朽ちたテーブルに背中をぶつけて悶絶していた。
 同じ様に鈍い音がしてマリンの側に着地したノアがコルトを殴り飛ばし同じ様に吹き飛ばしていた。

「ナツミ!」
 ザックが直ぐに私に駆け寄り、上半身を抱き上げ後ろに縛られた縄を小型ナイフで切ってくれた。腕が自由になったが、やはり左手が脱臼しているのか上手く動かない。ザックは私の殴られた頬を見て目を丸めた。それから苦しそうに顔を歪ませる。
「こんな……遅くなって済まない」
 ギュッと抱きしめるが左肩が痛くて小さく悲鳴を上げる。するとザックが慌てて身を離して私の頬を震える手で撫でた。
 
 ああ、そんな顔しないで。ダンクの思うつぼだよ。
 
「ザック……ありがとう助けに来てくれて。信じてた」
 私は安堵してザックの瞳に映った自分を見た。酷い顔だ。これからどんどん平手で叩かれた頬が腫れるに違いない。
 するとザックは私の言葉に驚いて頬に優しくキスをした。

「悪かった。もっと早く駆け付ける段取りだったのに。クソッ。殴られる様な事になる前に駆け付けたかった。本当に済まない。最後の最後で見失いかけて焦ったのが原因だ」
「見失いかけたってもしかして」
 ウツさんの店でいつもと売る場所を変える話をしたノアとウツさん。
 それに、ダンさんもわざと私とマリンを二人きりにさせたりしたのも。
 ああ、皆ちゃんと連携してくれていたのだ。

 誰も裏切って等いない。

 私は安堵と嬉しさで涙がポロリと溢れた。腫れかけの顔で泣き笑う。

「私は奴隷商人を捕まえる為の囮だっていうのは最初から分かっていた事だから。大丈夫だよ」
「ナツミ……いいかマリンとここでジッとしていてくれ」
 すると私と同じ様にノアとの再会で再び涙顔になったマリンと小さく座る。マリンと抱き合い私は立ち上がったノアとザックを見上げて「ジッとしているからと」頷いた。

「ザックいいか。マリンとナツミの前なんだ。殺すなよ」
「ああ、分かっているノア、お前こそ」
 ノアとザックが小さく会話を交わす。

 二人の背中しか見えなくなったが、立ち上がる寸前ザックの表情が変わったのが見えた。あんなに怒りで燃えているのは初めて見た。

 ザックの後ろ姿で肩の筋肉が隆起しているのが分かる。

 ザックとノアの二人は腰から剣を抜いて片手で構えた。
 
 軽い脳しんとうがあった様で、首を振りながら立ち上がるバッチとコルトだが、側にはキセルを片手でへし折って怒りに震えるダンクがいた。

「ザックにノア。何故ここが分かったんだ。周到に用意した逃げ道だったのにって──まさか?!」
 ダンクが椅子から慌てて立ち上がり、ギリギリと歯ぎしりをする。

「そうさ騙されていたのはお前の方さダンク。バッチが『ジルの店』に現れた時からお前達が何処に潜伏しているかも知っていたし、俺を痛めつけたいと思っているのも分かっていた。その手段としてマリンとナツミを攫う事もな」
 ザックが低い声でダンクに話しかける。
「くそう、何だとっ」
 ダンクが怒りで震えながら腰の短剣を抜いてザックに向ける。

 ザックはその短剣を無言で見つめる。そしてザックの隣から一歩踏み出したのはノアだった。

「最初に騙したのはソルとエッバの二人だ。彼奴らは香辛料スパイスをカップルを装って使った振りをしたのさ。あの町角でコルトから追加の香辛料スパイスを受け取るソルの演技はなかなかだったし、感想は信憑性があっただろ? 事前にウツが魔薬の分析してくれて助かったぜ」
「何だと。あの感想が演技だったのかよ」
 フラフラと吹き飛ばされたコルトが立ち上がりブルブルと震え出す。剣を構えるノアを睨みつける。ノアはそのコルトの怒りすら鼻で笑った。

「それにウツの店でもまんまと引っかかりやがって。水着になるのが目玉なのに、城側に売り場を変更するなんて。不自然だと思わなかったのかよ。開けた砂浜でマリンとナツミを攫うのは難しいと思っていただろうからな。城近辺で油断させたらお前達が仕掛けてくるのは分かっていた。おっと」
 コルトが説明しているノアに飛びかかる。しかしノアは片足を引いて軽くコルトをいなす。コルトの短剣を持った手が空を切り体が一回転して、再びノアに背中を向けてしまった。そこでノアは思いきりコルトの背中を蹴り飛ばした。

「ギャァ!」
 再びコルトは飛ばされて朽ちたテーブルに頭をしこたま打ち付ける。テーブルはその勢いで崩壊した。

「ここに来るまでの道のりもザームの仲間とソルが追いかけていたのさ。気がつかないとは間抜けだなお前達も」
 ザックは顎を上げてダンクを見下ろす。

 おっちょこちょいのザームがダンクとコルトを見失いかけてナツミが殴られる羽目になったのだが。襲われる前に助ける事が出来てよかった。安堵したが、無理矢理ナツミに乱暴をしようとしたバッチの姿が蘇り怒りで気がおかしくなりそうだ。

 ザックの剣がバッチに向けられる。

「クソッ。この俺を騙すなんて……クソッ、クソッ、クソッ! この町の住人は何処までも俺の事を馬鹿にしやがって」
 ダンクはブツブツ言いながら頭を抱えて短剣を持ったまま地団駄を踏んでいた。

 ザックは近くで折れて落ちているキセルを目にした。おそらく直前まで吸っていた香辛料スパイスが効きはじめているのだろう。かなりの量をこの三人は摂取しているとウツから報告を受けている。

 精神的にも肉体的にも限界か。

 ザックがそう思った矢先、バッチが大声を上げて突進してきた。

「うぉぉおぉ」
 獣の雄叫びにも似た声、短剣を力一杯ザックに向かって振り下ろす。

「ナツミ、マリン目を閉じていろ!」
「「えっ、は、はい!」」
 ザックが背中越しに怒鳴ったのでとっさにマリンと両手を握りしめ瞳をギュッと閉じた。

「テメェは一番許さねぇ」
 ザックが低い声で唸る。その後、直ぐに金属が擦れ合う音が聞こえた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
 直ぐに雄叫びと悲鳴が混ざったバッチの声が聞こえ、重たいものが落ちる音が聞こえた。

 何が起こったの? 私とマリンは恐る恐る目を開けると、背を向けたザックの後ろに丸太の様な片腕が転がっていた。

「「え」」
 マリンと二人ごろりと転がる腕を見つめて、それがバッチの腕だと気がついたのは数秒後だった。
 何とザックはあっさりとバッチの右腕を切り落としてしまった。

「~~!!!!」
 声にならない声を上げて、思わずマリンに体を抱きしめられ左腕に痛みが走る。

「腕がっ、俺の腕がぁ~」
 力一杯私を平手で殴った手を失いバッチが悲鳴を上げて膝をつき悶絶する。すっぱり切られた腕を左手で押さえて吹き出る血を必死に押さえている。

「さぁ今度は左腕だ。どっちの手がナツミを殴ったのかは知らねぇがまともな姿でいられると思うな」
 ザックが淡々と話しているのが聞こえる。血しぶきを白いシャツに浴びてもなお剣を真っすぐバッチに向けている。

 血の臭いが辺りに漂う。

 どうしよう。
 目をつぶっているべきだった。私は激しく後悔をしてそれでも一度開いてしまった目を閉じる事は出来なくなった。

「よくもバッチをやってくれたなぁ! こいつ」
 するとノアと対峙していたコルトが剣を放り投げるとザックに向かって真っすぐ走る。動きが俊敏で速い。遠くにいたはずなのにあっという間にザックの側にたどり着く。両手一杯に指輪をはめており殴りかかろうとした。

 ザックはコルトを視線だけで追いかけた。何故ならコルトの直ぐ後ろには──

「お前の相手は俺だろう。よそ見をするな」
 ノアがコルトの真後ろにピタリとついて再びコルトの横腹を膝でかち上げ持ち上がった顔に回し蹴りをする。

「ギャァ!」
 吹き飛んだコルトを直ぐに追いかけるノア。

 踏ん張って体勢を整え、今度は真正面からノアに殴りかかったコルトだったが、ノアが閃光の如く剣を下から振り上げた。

「え」
 コルト自身が目を丸めた。

 だって殴ろうとした右腕はノアが切り落としたのだ。なのにその切り落とされた事実にコルトはついていけていない。腕がぼとりと音を立てて目の前に落ち、血しぶきが出て初めてコルトは悲鳴を上げた。

「ギャァ! 腕がっ俺の腕がぁぁ」

 私とマリンは抱き合いながら声にならない悲鳴を上げた。あんなに目を閉じている様に言われたのに。腕ってあんなに簡単に切り落とせるものなのだろうか? 夢に出てきそうだ。失敗してしまった。

 バッチとコルトは腕を切りとられて転げ回る。戦意喪失でもうこの傷つけ合う戦いも終わると思ったが違った。
 バッチとコルトがいきなり腰帯から小瓶を出した。コルク状の栓を抜くと、中にあった透明の液体を飲み干す。すると突然天を向いて大声を上げた。


「オオオアアアアア──」

 猛獣の雄叫びの様で近くの森に住んでいる鳥達がざわついて飛んでいく。

 切り落とされた腕から血が滴り落ちるのもかまわず立ち上がり、歯を剥き出しにして目を血走らせている。白目の部分に赤い血管が浮き出ているのが分かる。赤い涙が見えるほどだ。

「ここまで魔薬に頼るとは。愚かな」
 ノアは剣を構えて腰を落とす。残念だが命を奪う勢いで戦わなくてはならない。

「自我を失わないと勝てないと思ったのか。馬鹿な奴だ。だがそれでも容赦はしない」
 ザックも剣についた血を振り払う。ノアと同じ様に腰を下ろしていつでも前に飛び出せる体勢を取る。

 魔薬は人の神経を麻痺させる。快楽だけのものではない。

 自我を失い、痛みさえ感じなくなる。その先に待っているのは死だけだ。

「おおあああ、の、あああ。ノア!」
 コルトが意味不明の言葉を、よだれを垂らしながら呟く。意味不明の言葉は、ノアの名前だと分かった。
「俺の腕ぇ。俺の腕を返せぇぇぇ、ザックゥ!」
 バッチも短剣を拾い上げてザックに飛びかかろうとしている。

「もうお前達は終わりだ」
「悪いが手を緩めるつもりはない」
 ノアとザックはそう言って飛びかかってくるコルトとバッチの攻撃を受けていた。

 すると少しノアとザックが押されはじめていた。それぐらい魔薬で強化されたコルトとバッチの力は尋常ではないのだろう。

「クッ」
「このっ!」
 ノアとザックが飛びつかれながら繰り出される攻撃を避ける。受けとめた時は、体がぶれて後ろに少しずれるほどだった。

「ど、どうしたら」
 口元に手を添えてマリンが小さく呟いた。

 その声に私は我に返った。
「ボンヤリ見ている場合じゃないよね。建物の外に出て誰か助けを呼ばないと」
 私はそう言って痛む左腕を押さえながら何とか立ち上がる。平手打ちをされた頬が痛んで頭痛がする。右耳の奥がザーッと音がする。鼓膜も破れているのだろうか。
「ナツミ、私、私、立てない……」
 マリンはどうやら足が震えて立てない様だ。私も似た様なものだが何とか立ち上がることが出来た。
「待ってて。私が呼んでくるから。あっ!」
 すると痛い左腕を突然捻り上げられる。

 ダンクだった。

 ダンクの口からは果物の腐った匂いがする。

 そうだ先ほどダンクも香辛料スパイスの入った煙を沢山吸い込んでいた。瞳孔が開いていて息が荒い。もしかしてダンクも冷静さを失っているのか。

「そんな事はさせるか。黒髪女、来い!」
 ダンクに自由がきかない左を捻り上げられ、引っ張る様に歩かされる。歩いていく先は、集会所の入り口、つまり海側だ。入り口を出ると崖が見える。

 私を人質にして逃げようとしているのだろうか。
「痛っ、痛っ。ザック、ザック!」
 私は戦っているザックに声を上げて起こっている事を知らせる。

 ザックとノアが首を捻って引きずられる私とダンクを見つけた。

「あいつ!」
 ノアが唸ってコルトの攻撃を剣で受けた。コルトは片手でノアの剣を殴りつける。指輪越しだから切れる事はないが、まるで剣を折ろうとする勢いだ。尋常ではない。
 
「ダンク。これ以上俺を怒らせるなぁ!」
 ザックが鬼の形相でダンクを睨み上げた。バッチがその隙を狙ってザックの顔に向かって短剣を突き立てた。しかしザックがあっという間に薙ぎ払ったのが見えたのが最後だった。私は捻り上げられた左腕の痛さに耐えきれず、ダンクの方に振り返る。

 ザックとノアに背を向けるしかなかった。だが、その後魔物と化したバッチとコルトの断末魔が私の背中から聞こえて私はギュッと瞳を閉じた。

 ダンクはその叫び声を聞いて高笑いをした。
「ハハッ! バッチもコルトも用済みだ! 俺にはこの黒髪女、ナツミさえいればいくらでもザックを陥れる事が出来る。さぁ来い!」
 ダンクの目も血走っている。きっと尋常じゃない。この扉を出て、廃屋を出たところでどうにもならない事は分かっているはずなのに。

 直ぐにザックが追いかけて来るのだから。

 なのにダンクは集会所の朽ち果てている扉を開けて、眩しいほどの日差しを浴びた。潮風と波の音が大きくなった。

 そして、その外には予想外の風景が私とダンクを待ち構えていた。

「な、んだと?」
 その光景に呆然としてダンクはとっさに私を抱き込み首に短剣を突き立てる。

 集会所の入り口から崖までの十数メートル。その道を囲う様に裏町に住む人々と『ファルの宿屋通り』の踊り子や仕事仲間である料理人が埋めつくす様にいた。
 皆それぞれ包丁や肉を叩く道具、投げつける事が出来る石等を手にしていた。

 私とダンクは三百六十度ぐるぐる回りながら囲まれた人々の顔を見ていく。


「ナツミ」
 まずはエッバだった。エッバは心配そうに私の顔を見つめ目が合った途端彼女はダンクを睨みつけていた。ああ、久しぶりに会うエッバだ。いつもの気が強くて恐がりのエッバだった。隣のソルの背中に隠れても睨んでいた。

「ナツミ」
 今度はエッバに腕を掴まれたままソルが声を上げた。一番の功労者。ソルの演技がなかったらきっとここまで奴隷商人を追いつめる事は出来なかっただろう。

「むぅ。ナツミ。直ぐに助けるぞ」
 真後ろの人だかりからザームの独特な声が聞こえた。反応したダンクが振り向くとそこには腰巻きをした上半身裸のザームがいた。私とマリンを追いかけてきてくれたザーム。黒光りの坊主頭が見事に輝いている。

「ナツミ、酷い怪我が」
「皆が助けるから」
「何て酷い事をするの」
 ザームの側にはミラ、トニ、リンダ、ニコがいた。もちろんいつも一緒に働いている踊り子の皆がいる。皆心配そうに見つめていた。

「痛いと思うが我慢だ」
 その隣にはゴッツさんとダンさんがいる。片目や耳をそぎ落とされた過去を持つ強面の二人が私に声をかけてくれる。

「戻って来たら僕がっ、手当をするから」
「心配はするな」
 今度はまた真後ろで声がする。

 ネロさんとウツさんだった。二人共変態の魔法使いだが頼りになる。二人の協力がなかったら魔薬の謎にたどり着けなかっただろう。

 皆口々に私の名前を呼ぶ。覚えがある顔だ。

 泳ぎたいと言っていた女の子。水着を着たら楽しそうに笑った女の子。
 そしていつも飲みに来てくれる軍人達。皆が勢揃いしてこの集会所の入り口を取り囲んでいたのだ。

「どうなっているんだ。この町の住人は。頭がおかしくなりそうだ。ハ、ハハハ」
 ダンクは青い顔のまま乾いた声で笑う。

 ダンクに短剣を喉元に突きつけられたまま、クルクルと回り百人以上の人だかりに囲まれ、とうとう崖の縁まで来てしまった。

 崖の真下は海。

 ダンクは真後ろの崖を覗き込んで息を飲んでいた。きっとダンクは泳ぐ事が出来ないのだろう。

香辛料スパイス商人、いや奴隷商人のダンク。もう逃げ場はない」

 辺りに響いた声が聞こえる。

「誰だ!」
 ダンクが大声を張り上げて、顔を上げる。輝く太陽の真下、集会所の入り口のもっと上。屋根の部分に三人の人影が見えた。

 一人はウエーブのかかった長い前髪で左目を隠した男、陸上部隊のカイ大隊長だ。

「大人しくナツミを解放しろ」
 低くてよく通る声にざわついて町の皆が静かになる。

「ダンク。お前は数々の罪を償う必要がある」
 カイ大隊長の隣で、一回り体の大きな男、もみあげの長い海上部隊のレオ大隊長が弓矢を構えた。

 そしてもう一人。

「ナツミを人質に取るなんて馬鹿な男ね。あんたはファルの町にいるヤバイ人間達を敵に回したのよ」
 屋根の上に上っても高いハイヒールは脱がない様だ。ジルさんがスリットが大胆に入った紫色のスカートから足を覗かせ、レオ大隊長と同じ様に弓矢を構えていた。

「ジルさん!」
 私はジルさんの姿を見たら堪らずに涙が溢れ出た。
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