【R18】ライフセーバー異世界へ

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132 初恋の人

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「あーあ。ノアとザックにバレていて、追って来るとはね。ナツミさんとおにぎりの試食をさせるために外に出るという口実は、二人きりになるのにとても良いと思ったのに。泳がされていたのは僕だったとはね」
 ネロさんは調子を取り戻してきたのかいつもの口調に戻りつつあった。

「気がついたのはザックだけどな」
 ノアのアイスブルーの瞳が細くなった。
「へぇ~流石。ザックだね」
 ネロさんが銀縁眼鏡のブリッジを指で上げザックを振り返る。

「俺もナツミから『大恋愛の末結婚したのに浮気をした事になるのか』という話を聞くまで思いつきもしなかった。領主や王が妾を囲う事は珍しい事じゃないからな。普通なら当然だと考える事だ。そうなると、もしかして一番近いネロが何か知っている可能性があるなと思ってさ。だけど知っているなら何年も話さないと言うのはおかしいよな?」
 ノアの横にスッと並びながらザックが、座る私の頭をひと撫でした。

 そう言えば、ザームやエッバに会いに行った海で泳いだ日にザックが何か気がついた様子だった事を思い出した。

 私が思い出して目を大きくするとザックが小さく頷いた。それからノアの肩に手を置いてゆっくりと落ち着かせる様に握りしめ、金色の長い睫毛を伏せて軽く笑った。

「あの時、直ぐにナツミに相談しようと思ったんだけれども。俺もさ、過去に黙ったままで色々やらかしてるからな。まずはノアに伝えるべきだろうと思ってな」

 色々やらかしている──それはノアにマリンとの関係を黙っていた事を指しているのは直ぐに分かった。
 その言葉を隣で聞いたノアが顔を上げて天井を軽く見つめた。それから横にいるザックを見つめると諦めた様に溜め息をついた。

「剣術の練習をしている真っ最中だぞ。しかも真剣でやり合っているのに、剣を合わせた途端何を言い出すかと思えば『お前って領主と血が繋がっていると思うか?』って。はぁ? ってなるだろう普通は」
 ノアが鼻の頭に皺を寄せた。
「ノアと話す時間がそこしかねぇからさ。いやぁ~なかなか理解してくれないから苦労したぜ」
 ザックが頭をガリガリとかきながら苦笑いをしていた。
「練習中だぞ。俺の気を逸らすための何かと思うだろ。冗談だと思って思わず力が入り過ぎて危うくザックを真っ二つにするところだった」
 フンと鼻息を荒くしてノアが怒ると、両腕を組んでそっぽを向いた。
「本当に殺されるかと思ったわ」
 わははとザックは笑っていた。

「笑い事じゃないでしょ。側にいたシンは生きた心地がしなかったって言っていたわよ。単なる練習なのに大けがするところだったって」
 マリンが珍しくザックとノアの二人の間に割って入り怒っていた。

 その声にザックとノアが肩を上げて縮こまった。
 
 言われてみると、一日だけザックの傷が大きい日があった様に思う。丁度店に来ていた町医者のウツさんに直してもらっていたけれども。私は別の仕事をしていたから全部事後で聞いた事だったけれどもそんな事があったとは。

 色々思い出して心配になった私の顔を見つめたザックが、頭を撫でてくれた。
「ナツミ。すまなかったな。ナツミにも俺の考えを共有したかったけれども。そんな時、ジルが『ネロがやたらナツミと接触したがっている様だ』と言ってきたからな。もしかしてネロが知っている事をナツミに話すつもりなのではないかと。だからジルに頼んでネロと二人きりにする様に仕向けたのさ」
「え、ネロさんが私に接触したいって。話すつもりって? 何で?」

 私が向かい側に座るネロさんを改めて振り返る。

 するとネロさんは軽く笑って肩を上げた。ノアがそんなネロさんの様子を見つめながら呟いた。
「ナツミが俺の母親と似てるいるからだろ」
「えっ?!」
 私はびっくりしてノアの顔とネロさんの顔を行ったり来たりした。するとその反応がおかしかったのかザックとマリンが吹きだしていた。

「笑っている場合? だって、どう考えたって似てないでしょ?! ノアもネロさんも視力と頭は平気?!」
 私は吹きだした二人も含めて四人に文句を言う。

 だって、ノアなんて長身で鍛え抜かれた体に、ついている顔なんてびっくりするぐらい小さい。そして通った鼻筋に切れ長な瞳。日焼けなんて全く縁のなさそうなほど透き通った染み一つない白い肌なのに。そのお母さんなら凄く美人だろう。
 それならばどうして私が、標準的な日本人が似ているのだろう。しかも王の側室であったのならお城等で生活していたはずなのに、365日海で過ごしていた私とは月とすっぽんのはず。そんな人物が私に似るはずがない。

「当たり前だ。容姿は全く似てないさ」
 ノアが冷静にとどめを刺す。
「あ、そ、そう、です。よね……」

 そりゃそうだ。

 大騒ぎした事が私は何だか恥ずかしくなって少しだけ頬を染めた。

 そんな私の前にネロさんが立った。私の両手を大切なものを扱う様に包みこんで手の甲をジッと見つめゆっくりと視線を私と合わせふわりと笑った。

「ノアの母上は僕の初恋だったのさ」
「は! 初恋っ?!」
 私は「は」の発声をひっくり返してしまった。

 ネロさんはそんな私の頬を優しく撫でて笑う。
「ノアの母上は死病で亡くなったけれども寝込む前までは活動的でね。木に登ったり、別荘奥にある湖で水遊びをしたりと元気だった。それこそザックが現れるまでアルマに怒られていたのは、僕やノアではなく母上だったよ」
「木登り……」
 私のイメージはそこか。似ているという理由が、ネロさんの一言で何となく理解できた。

 意外とお転婆だったのねノアのお母さんって。それでは側室……お城に静かに留まっているとは思えない。

「そうなんですよ。今考えてもとても側室に留まる様な別荘に籠もっている女性ではなかったんですよ。裏町に降りるわけにも行きませんからね。とりわけ別荘奥の森は彼女の遊び場です。ナツミさんの遊び場は海の様ですけれどもね」
「だからどうしてネロさんは私の心の中を読むんですかっ。魔法ですか?!」
 私はネロさんの頬を撫でる手を振り払い喚いた。

「ナツミの顔を見たら何考えてるのか分かりやすいからだろ。諦めろ」
 ノアまでもがとどめを刺す。

 そんなに分かりやすいかな。私は首を傾げてネロさんをもう一度見つめた。するとネロさんは思い出しながら話しているのか瞳を優しく細めた。
「閉じこもり気味だった僕を、実の母から忘れられてしまった僕を、ノアと同じ様に自分の子供の様に扱ってくれた。森での楽しい遊びも彼女が全部教えてくれた。木に登ったら鳥の巣があるとか、虫が木の蜜に群がるとか。湖の魚を手で掴むとか」

 ああ、聞けば聞くほどノアのお母様像が崩れていく。

 物静かで病弱で儚い女性。
 そう、例えるならばロッキングチェアーに座り本を読み、紅茶を飲んでいるとばかり思っていた。

 可憐な事と程遠い説明に何だか力が入った肩が下がってきた。分かっていた事だけれどもさ。

「そ、そうですか……そのお転婆振りが、私と似ているって事ですね」
「いいえ。そういう事ではなくて。物事の考え方が似ていると言うか。人の噂に惑わされたり、見た目に応じて態度を変えたりしないところ。全てに優しいところ。そして何より──自分がどうありたいかを常に追いかけている人でしたね……だから王も惹かれたし、僕も惹かれた。その後、だんだんと体力が奪われて寝込む様になったのはとても辛かった」
 ネロさんは最後、銀縁眼鏡を光らせ瞳を隠してしまった。

「それでネロは俺とナツミを覗く様になったって事か。単純にナツミだけに興味があったんだな。全く油断ならないぜ」
 ザックが両手を組んだまま肩を上げて溜め息をついた。
 私はポカンと口を開けて改めてネロさんを見つめた。

 ネロさんはそんな私を見つめて肩を小さく上げると笑って答える。
「ザックは鋭いね。突然現れた女性は嵐の様だった。何よりも『ファルの町』の文化や、どんな人間も関係なく無敵の発想で頭もいい。それだけなら普通に観察していればよかったけれどもなにより、医療では治せない事をナツミさんはやってのけた。そう、僕の弟を素直にしてしまった」
 眩しそうに銀縁眼鏡の奥で瞳を細める。
「素直って……子供かよ」
 グッと言葉に詰まってノアが苦そうな顔をした。
 するとネロさんが再び椅子に腰を下ろした。足を組んで両手を上に上げる。
「子供っぽいよノアはさ。でも……今日も僕を頼ってくれたし僕の行動が見破られたのを考えると確実に変わってきているよね。もちろんノアだけじゃない、ザックやマリン、ここにいる皆とかね。全部ナツミさんが変えてしまった」
「そんな事はないと思いますよ」
 私は首を左右に振って否定をする。
 
 私と関わった皆は元々その道を目指して進んでいける人だったと思う。異質な私と関わる事で調子を崩し、それぞれ自分を見つめ直すきっかけになっただけだ。

 なのにネロさんは私と同じ様に左右に首をふった。
「いいえ。違いますよ。そんなナツミさんに無意識に「僕も助けて欲しい」と思ったんですよね。ノアの出自について誰とも共有できなかった秘密を聞いて欲しかった。そしたらナツミさんは案の定僕を軽々と引き上げてくれた。ノアと僕と同時にね。本当にありがとう。『ノアのお兄さん』と、呼んでくれた事は一生忘れないよ。この言葉は僕の宝物さ」
 そう言ってネロさんは今までにないぐらいニッコリと笑っていた。まるで子供の微笑みの様だ。

「そうさな──ナツミの男前の言葉だったよな」
 そこでガラガラと酒焼けの掠れた声が聞こえた。

「あっ……ゴッツさん」
 私は驚いて目を丸めるが、よく考えたらここは『ゴッツの店』の一室だった事を思い出し我に返った。




 それから『ジルの店』に戻った頃には夜の部、開店直前となっていた。

 お昼過ぎからトコトコ歩いて、門番さんにおにぎりの感想を尋ねたり、『ゴッツの店』でソフトSMを披露してくれたり、そして最後は涙して大活躍だったネロさんは精も根も尽き果て、ノアにおんぶされて帰宅する事になってしまった。

「何処で油を売っていたんだ! あぁ?! 『ゴッツの店』だぁ? ジルに報告しろよ? それにしてもこぞって出かけてこの時間になるとは分かっているんだろうなぁ。何だそのフニャフニャになったネロは。早く部屋に寝かせてこい!」
 店のドアを開けるなり大声でダンさんに怒られ、私達は慌てて開店の準備に取りかかる。
 店は今日も盛況。その間ザックやノアとは話す機会もなく、あっという間に時間が過ぎた。





「ジルには俺が報告しておいたから安心しろ。って、まだ風呂に入ってなかったのか? 店を上がって随分経っているだろう?」
 店が閉店した後ジルさんの執務室に直行したザックとノアが、それぞれの部屋に戻ってきたのは三十分後だった。
 ザックは部屋のドアの鍵をかけると、汗と油で汚れたタンクトップを脱ぎ捨て、洗濯物を入れる籠に放り投げた。

 私はザックが戻って来たので、今まで開いていた窓を閉めた。
「何だか色々あり過ぎて、やっとゆっくり出来たから少しボンヤリしていたかっただけだよ」
 おにぎりの感想を尋ねるだけの外出だったのに色々あり過ぎだ。

「色々って。そうだよな、ネロの話とゴッツさんの調べについては驚きだよな。ジルにもちゃんと報告しておいたぜ。もちろんノアも一緒だ。ノアの様子も落ち着いていたから大丈夫だろ」
 ザックも溜め息をつきながら私の側に近寄り、近くにあった椅子に手をかける。その椅子をクルリと回し背もたれを自分の前に持ってくると大きく跨がって座る。背もたれの部分に片肘をついた。
「うん……ありがとう」
 私はそんなザックの側に立ちザックの髪の毛を一房とって撫でた。
 
 ノアは驚いた様子だったけれどもしっかりと事実を受けとめているのか取り乱す様子はなかった。もし孤独だと感じても、部屋に戻ればマリンもいる。

 ザックは私の髪の毛を触って手を掴むと手の甲にキスをした。それから小さく微笑むと私の顔を下から覗き込んだ。

「ネロは眠りこけていたから仕方ないけれども、今晩はネロの事をリンが様子を見てくれるそうだ。目が覚めてもネロも一人じゃない。大丈夫だろう」
 リンさんは先輩の踊り子だが、何だかんだでネロさんに惹かれている様なのできっとネロさんが落ち込んでいる様だったら優しく慰めてくれるだろう。

「うんそれならよかった。ネロさん体力ないのにね。今日は沢山歩いたし『ゴッツの店』ではソフトSMを披露したし疲れたんだよ」
 私はザックの掴んだ手を反対側の手で包みこんだ。
 
 更に、その後は──引き続きネロさんがずっと隠していたノアの出自について、爆弾発言して涙するし。

「とにかくさ、何て言うのかな。盆と正月が一緒に来た? うーん違うけどそれぐらい凄い大変だったって言うか。とにかく丸くおさまってよかったよ──ね?」
 すると目の前のザックがガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。私の手をきつく握りしめたまま。

「ザック? どうし、あっ!」
 そこで私は思わず自分の口を閉じてしまった。

 そう言えば、ソフトSMの話をザックやノアにしたっけ? 私は冷や汗をダラダラと流しながらゆっくりと視線を上げる。

 案の定ザックは私を見下ろしながら、眉間に皺を寄せ片方の眉だけを上げた。濃いグリーンの瞳がギラッと光る。

「SMって何だ。そう言えばネロはどうして上半身裸だったんだ? しかもあいつ……シャワーを浴びた様な感じだったよな?!」

 どの辺りからザックは『ゴッツの店』にいたのだろうとは思っていたが、前半のリンダとネロさんの、その、何だ、アレなのだよね。ソフトSMの話は知らないのだろう。

「えっと、その~元々は」
 私は思わずしどろもどろになり、視線をザックから逸らして辺りを彷徨う。

 ど・う・し・よ・う。

 自分が『ゴッツの店』でソフトSMを提案し、そのお手本をリンダと共にネロさんが披露したのを覗いていましたって、言えばいいのだけれども。こんな恥ずかしい話をどう説明したら良いものか。

 悩んでいるとあっという間にザックに顎を掴まれ無理矢理上を向かされる。もう片方の腕を腰の後ろに回されてあっという間に引き寄せられた。
「何故視線を逸らすんだ?」
 酷く冷静なザックの声に私は震え上がった。
 だって口調はいつもと同じなのに、声がいつもの倍以上低い。

 コレハ チョット マズイカモ

 私は慌てて口を開き話そうとしたが、それより先にザックに俵の様に担がれた。

「グッ?!」
 突然担がれたので、ザックの肩が胃に刺さる。おかげで上手く話す事が出来なくなる。

「じっくり聞く必要がありそうだな。そうだ。ナツミも風呂まだだよな? 一緒に入ろうか」
 そうザックはいつもの口調で優しく話す。なのに、最後私のお尻を勢いよく叩いた。

 そう──恐怖の夜が始まった。
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