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130 ナツミとネロ その9
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ネロに歩み寄るノアはゆっくりと口を開いた。
「実はナツミとネロが『ジルの店』を出てから跡をずっとつけていたのさ。気がつくと思っていたのに全く気がつかなかったなんてネロらしくない」
ノアの透き通る様な白い肌が今は青白い。
私とネロのやり取りを最初から聞いていたとの事。
ん?
って事は、私がソフトSM風景を覗いていたのをノア達は覗いていたという事かな。
はっ、恥ずかしい!
ノア達には今回ネロさんが最初から『ゴッツの店』に足を向ける事が分かっていたみたいだ。
私は訳の分からない状況と恥ずかしさも相俟って、ひとまず落ち着く為に倒れた椅子を起こし座り直す。
ノアは視線をネロに向けたまま無表情で見つめていた。
「ネロ、俺がナツミを信頼している事と、ナツミに言えば上手く伝えてもらえるとでも思ったのか? まぁ、確かに以前の俺なら混乱するだろうが……大丈夫さ。今ならな」
ノアの言葉に私は目を丸めてしまう。
ネロさんは私を介して伝えて欲しかったって事なのか。
しかしそれはよくない。私はネロさんに対して口を開きかけたが、ネロさんがノアを見上げたのを見て口を出す事をやめた。
「……」
ネロさんは眩しそうにノアを見上げていた。
「俺がどこの馬の骨か分からないのは自分でずっと思っていたから今更いいんだ。ナツミに言う前に俺に話してくれよ。なぁ頼むよネロ。俺はどこの誰なんだ」
怒りでもない困惑でもない。
まるでその事実の可能性がある事を知っていた口ぶりのノアは静かに問いただした。
そのノアの言葉と表情に安堵したのかネロさんは両手を上に上げた。
「僕の推測では、ノアは王の息子じゃないかと考えている」
ネロさんがポツリと呟いた。
その呟き、その場にいた私、ザック、マリン、そしてノアが息を呑んだ。
「王って、北の国の王か?」
馬鹿な。と付け足しながらノアが震える声で呟いた。そんなノアの姿を見つめながらネロさんはゆっくりと頷いた。
「アルマが知っているはずなんだが、絶対に口を割らないんだ。昔から『父の妾というのはおかしいし嘘なのではないか?』と、何度も聞くのに絶対に話さない」
ネロさんは眼鏡を外してベッドの上に放り投げると目頭を軽く押さえた。
「アルマか。先ほどの話だとアルマは母についてきたと言っていたな。頑固なのは知っているがそれ程とは」
ノアが口元を覆いながら溜め息をついた。
「そうだよ本当に優秀な使用人だ。ノアの母上との約束なのか、領主の父との約束なのか。分からないけれども絶対に口を割らない。だから僕は情報を集める事にした。北の国に出張に行った時に、色々な情報を集めてね。そして数年前にたどり着いた答えは──」
ネロさんはベッドに放り投げた銀縁フレームの眼鏡を再びかけるとノアを眩しそうに見上げながらはっきりと答えた。
「ノアは『ファルの町』も統べている、北の国の王の子供さ」
ネロさんの低い声が部屋に響く。私、ザック、マリン、そして当事者のノアは息をするの忘れる程無言でいるほかなかった。
そこにコンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「ナツミ、悪い俺だ。ゴッツだ。取り込み中だと思うが、ノア達も来たのだろ? 開けてくれないか?」
名前を呼ばれて、私はどっと冷や汗が吹き出た。
どうしてこんな大切な話を『ゴッツの店』ではじめてしまったのだろう。
どうしてネロさんは私をこの店にまで連れ出してこんな話をするのだろう。
どうしてノアとザックとマリンはこの店にいる事が分かったのだろう。
どうしてノアとザックがいる事がゴッツさんに分かってのだろう。
ゴッツさんは店の店主なのだから、部屋という部屋を覗ける訳だけだからこの話も筒抜け? って事は『ジルの店』以外でこんな話をしてしまったらどうなるのっ?!
私はこれらの疑問がグルグルと渦巻いて思わず叫んでしまう。
「どうしよう。こんな重要な話を『ジルの店』意外でするなんて。そうだ、皆で演劇の練習をしていた事にする? ネロさんとノアの主演って事で。あっ、でもノアは演技が驚くぐらい下手なのに主演はちょっと無理だよね」
私が座ったままザックに縋るとザックが吹きだした。
「何で笑うの?!」
私はザックの顔をグッと睨みつける。ザックは口を覆って笑うのを我慢しようとしていた。
「グッ。俺の演技が下手って」
ノアが悔しそうに唇を噛みしめた。
「プッ、フッ……え、演劇の練習って。フッ、フフ。な、何で別の店にまで来て練習をするんだよ」
ザックが口元を覆い隠しながら震える声で答えた。酷く笑いをこらえている。
「それなら演技じゃなくて痴情のもつれって事にする? 私とネロさんが逢い引きをしていたところに、ザックとノアとマリンがやって来て──喧嘩に。って、それってノアとザックとマリンが三人で逢い引きになるの?!」
自分で提案した内容なのに、ノアとマリンとそこにザックが乱れる姿が浮かび私は慌てて首を振った。
「嫌だっ。マリンとノアとザックが三人でなんて想像したくない」
勝手に想像し半ばパニックになり大声で叫んだ私に、マリンが驚いて声を上げる。
「わっ、私だって嫌よそんな設定」
真っ赤になって怒り出した。
そりゃそうだ。
「じゃぁどうしたらいいの!」
私は椅子に座って地団駄をする。
すると、先ほどまで青白い顔していたノアまでもがとうとう吹きだしてしまった。
「ブハッ! ナツミ何だよそれ。痴情のもつれって、半分冗談になってねぇし。笑いが止まらないだろ!」
「クソっ。重要な話をしているのに、妙なツボにハマって笑いが止まらない」
笑いが止まらないザックとノアだった。
鍵を開けて部屋にゴッツさんを招き入れる。ゴッツさんは傍らで笑い転げるノアとザックに強面のまま呆然としていた。ようやく二人が落ち着いて、ゴッツさんが話し出す。
ゴッツさんは壁に背中を預けてキセルを咥えて紫煙をくゆらせた。
「ジルに頼まれてこの数日調べたのだが、ノアの母親は北の国の王の側室だった事が分かった」
「えっ。ジルさんからの依頼で調べたって。えぇ? 側室?!」
次々出てくる事実に私はオウム返しで驚いてしまう。そんな私の頭をガシッとザックが掴むと後ろから片方の手を回して口を塞がれてしまった。
「こらナツミは静かにするんだどうしても脱線してしまうからな。どうしてジルが依頼したのかは後で説明するから。それに、ナツミには聞きたい事が山程あるしな。大体ネロと二人きりでいた理由もきちんと聞かせてもらうからな」
「……」
ザックに見下ろされ睨まれる。相当怒っている顔だ。
ずっと跡をつけていたのならネロさんのソフトSM行為を覗いていたって知らないのかな。しかし、ザックが言う様に口を出すと脱線してしまうので、私はザックに口を塞がれたまま何度も首を縦に振った。
「ジルの依頼は”ノアの母親の出自”についてだ。今更出自って言われても、北の国出身だろ? としか思わなかったのだが。そもそも盗賊上がりの俺にジルが頼むのか理由が分からなかったんだが」
ゴッツさんが私の姿に苦笑いをしながら話を続けた。確かに、盗賊上がりに調査って不思議だ。
「──調べていくうちに面白い事が分かったのさ。道理で俺に頼む訳だ。この話にはある盗賊集団が関与していた事が分かったのさ。何と盗賊集団が依頼を受けて側室を奪って逃したそうだ」
「えっ。盗賊が側室を奪うって。誰からの依頼を受けてそんな事を?」
ノアが目を丸めてますます分からないと首を左右に振った。
「それはな、王が愛したのは本妻ではなくノアの母親──側室だった。それがはじまりなのさ」
ゴッツさんは削がれた右耳を撫でる。
「側室だったノアの母親に本気になったのは王だった。王は自分の立場も忘れ、側室に入れあげてしまったのだろうな。やがてノアが誕生したが、嫉妬と怒り狂った本妻が手があの手この手でノアと母親共々を殺そうとした」
「そんな……」
マリンが堪らず小さく呟いた。ノアの腕の辺りのシャツをギュッと握り絞める。ノアはその手を反対側の手で握りしめていた。それでも視線はゴッツさんから外さないままだ。
ゴッツさんは淡々と話し続ける。
「本妻の恐ろしい行動に我に返った王は、ノアの母親を手放す事にした。心を奪われた女との別れは辛いが、王という立場と本妻を殺人者にする訳にもいかないと理解したんだろうな」
ここでも嫉妬なんて。どうしてこんな悲しい事が繰り返されるのだろう。
私はザックに口を塞がれたまま下唇を噛んだ。それに気がついたザックが口を覆っていた手を外して唇を噛まない様に唇をなぞってくれた。
ゴッツさんはそんな私の顔を見て小さく肩を上げ、ノアとネロに向き直る。
「王が相談した先は、遠く離れた『ファルの町』の領主である信頼出来る部下、アルとネロの父さ。普通に側室を手放すだけでは、本妻の手が及んでしまう事を心配した王と領主は、とんでもない事を思いつく。それが盗賊さ。盗賊にノアと母親を奪わせて、遠く離れた『ファルの町』で新しい人生を歩んでもらう事を思いついたのさ。おそらくアルマとか言う使用人も元々ノアの母親の元で使用人をしていたのだろう。盗賊騒ぎの後ついてきたのだろうな」
「王も父上も、まさか盗賊を使うとは。それは思いつきもしなかった。どんなに調べても分からないはずだ」
ネロさんも真実が分かり溜め息をついた。それから、静まった部屋にネロさんの乾いた笑い声が響く。
まるで真実が分かってほっとした様な、愕然とした様な──それでもネロさんの笑い声が最後、少し泣き笑いの様に聞こえたのは私だけではないはずだ。
「側室は奪われ行方不明になった──と、北の国ではなっている。流石に本妻も盗賊に奪われてしまったとなっては諦めたそうだ。その後は、特に揉め事もなく過ごして今に至っているそうだ。まぁその王も病床に伏せってその命も灯火の様だがな」
そうゴッツさんは締めくくった。
ネロさんの笑い声が響く中、ノアは──
「そうか……」
無表情のままポツリと呟くと長い睫毛を伏せ、笑い続けるネロさんを見つめていた。
「実はナツミとネロが『ジルの店』を出てから跡をずっとつけていたのさ。気がつくと思っていたのに全く気がつかなかったなんてネロらしくない」
ノアの透き通る様な白い肌が今は青白い。
私とネロのやり取りを最初から聞いていたとの事。
ん?
って事は、私がソフトSM風景を覗いていたのをノア達は覗いていたという事かな。
はっ、恥ずかしい!
ノア達には今回ネロさんが最初から『ゴッツの店』に足を向ける事が分かっていたみたいだ。
私は訳の分からない状況と恥ずかしさも相俟って、ひとまず落ち着く為に倒れた椅子を起こし座り直す。
ノアは視線をネロに向けたまま無表情で見つめていた。
「ネロ、俺がナツミを信頼している事と、ナツミに言えば上手く伝えてもらえるとでも思ったのか? まぁ、確かに以前の俺なら混乱するだろうが……大丈夫さ。今ならな」
ノアの言葉に私は目を丸めてしまう。
ネロさんは私を介して伝えて欲しかったって事なのか。
しかしそれはよくない。私はネロさんに対して口を開きかけたが、ネロさんがノアを見上げたのを見て口を出す事をやめた。
「……」
ネロさんは眩しそうにノアを見上げていた。
「俺がどこの馬の骨か分からないのは自分でずっと思っていたから今更いいんだ。ナツミに言う前に俺に話してくれよ。なぁ頼むよネロ。俺はどこの誰なんだ」
怒りでもない困惑でもない。
まるでその事実の可能性がある事を知っていた口ぶりのノアは静かに問いただした。
そのノアの言葉と表情に安堵したのかネロさんは両手を上に上げた。
「僕の推測では、ノアは王の息子じゃないかと考えている」
ネロさんがポツリと呟いた。
その呟き、その場にいた私、ザック、マリン、そしてノアが息を呑んだ。
「王って、北の国の王か?」
馬鹿な。と付け足しながらノアが震える声で呟いた。そんなノアの姿を見つめながらネロさんはゆっくりと頷いた。
「アルマが知っているはずなんだが、絶対に口を割らないんだ。昔から『父の妾というのはおかしいし嘘なのではないか?』と、何度も聞くのに絶対に話さない」
ネロさんは眼鏡を外してベッドの上に放り投げると目頭を軽く押さえた。
「アルマか。先ほどの話だとアルマは母についてきたと言っていたな。頑固なのは知っているがそれ程とは」
ノアが口元を覆いながら溜め息をついた。
「そうだよ本当に優秀な使用人だ。ノアの母上との約束なのか、領主の父との約束なのか。分からないけれども絶対に口を割らない。だから僕は情報を集める事にした。北の国に出張に行った時に、色々な情報を集めてね。そして数年前にたどり着いた答えは──」
ネロさんはベッドに放り投げた銀縁フレームの眼鏡を再びかけるとノアを眩しそうに見上げながらはっきりと答えた。
「ノアは『ファルの町』も統べている、北の国の王の子供さ」
ネロさんの低い声が部屋に響く。私、ザック、マリン、そして当事者のノアは息をするの忘れる程無言でいるほかなかった。
そこにコンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「ナツミ、悪い俺だ。ゴッツだ。取り込み中だと思うが、ノア達も来たのだろ? 開けてくれないか?」
名前を呼ばれて、私はどっと冷や汗が吹き出た。
どうしてこんな大切な話を『ゴッツの店』ではじめてしまったのだろう。
どうしてネロさんは私をこの店にまで連れ出してこんな話をするのだろう。
どうしてノアとザックとマリンはこの店にいる事が分かったのだろう。
どうしてノアとザックがいる事がゴッツさんに分かってのだろう。
ゴッツさんは店の店主なのだから、部屋という部屋を覗ける訳だけだからこの話も筒抜け? って事は『ジルの店』以外でこんな話をしてしまったらどうなるのっ?!
私はこれらの疑問がグルグルと渦巻いて思わず叫んでしまう。
「どうしよう。こんな重要な話を『ジルの店』意外でするなんて。そうだ、皆で演劇の練習をしていた事にする? ネロさんとノアの主演って事で。あっ、でもノアは演技が驚くぐらい下手なのに主演はちょっと無理だよね」
私が座ったままザックに縋るとザックが吹きだした。
「何で笑うの?!」
私はザックの顔をグッと睨みつける。ザックは口を覆って笑うのを我慢しようとしていた。
「グッ。俺の演技が下手って」
ノアが悔しそうに唇を噛みしめた。
「プッ、フッ……え、演劇の練習って。フッ、フフ。な、何で別の店にまで来て練習をするんだよ」
ザックが口元を覆い隠しながら震える声で答えた。酷く笑いをこらえている。
「それなら演技じゃなくて痴情のもつれって事にする? 私とネロさんが逢い引きをしていたところに、ザックとノアとマリンがやって来て──喧嘩に。って、それってノアとザックとマリンが三人で逢い引きになるの?!」
自分で提案した内容なのに、ノアとマリンとそこにザックが乱れる姿が浮かび私は慌てて首を振った。
「嫌だっ。マリンとノアとザックが三人でなんて想像したくない」
勝手に想像し半ばパニックになり大声で叫んだ私に、マリンが驚いて声を上げる。
「わっ、私だって嫌よそんな設定」
真っ赤になって怒り出した。
そりゃそうだ。
「じゃぁどうしたらいいの!」
私は椅子に座って地団駄をする。
すると、先ほどまで青白い顔していたノアまでもがとうとう吹きだしてしまった。
「ブハッ! ナツミ何だよそれ。痴情のもつれって、半分冗談になってねぇし。笑いが止まらないだろ!」
「クソっ。重要な話をしているのに、妙なツボにハマって笑いが止まらない」
笑いが止まらないザックとノアだった。
鍵を開けて部屋にゴッツさんを招き入れる。ゴッツさんは傍らで笑い転げるノアとザックに強面のまま呆然としていた。ようやく二人が落ち着いて、ゴッツさんが話し出す。
ゴッツさんは壁に背中を預けてキセルを咥えて紫煙をくゆらせた。
「ジルに頼まれてこの数日調べたのだが、ノアの母親は北の国の王の側室だった事が分かった」
「えっ。ジルさんからの依頼で調べたって。えぇ? 側室?!」
次々出てくる事実に私はオウム返しで驚いてしまう。そんな私の頭をガシッとザックが掴むと後ろから片方の手を回して口を塞がれてしまった。
「こらナツミは静かにするんだどうしても脱線してしまうからな。どうしてジルが依頼したのかは後で説明するから。それに、ナツミには聞きたい事が山程あるしな。大体ネロと二人きりでいた理由もきちんと聞かせてもらうからな」
「……」
ザックに見下ろされ睨まれる。相当怒っている顔だ。
ずっと跡をつけていたのならネロさんのソフトSM行為を覗いていたって知らないのかな。しかし、ザックが言う様に口を出すと脱線してしまうので、私はザックに口を塞がれたまま何度も首を縦に振った。
「ジルの依頼は”ノアの母親の出自”についてだ。今更出自って言われても、北の国出身だろ? としか思わなかったのだが。そもそも盗賊上がりの俺にジルが頼むのか理由が分からなかったんだが」
ゴッツさんが私の姿に苦笑いをしながら話を続けた。確かに、盗賊上がりに調査って不思議だ。
「──調べていくうちに面白い事が分かったのさ。道理で俺に頼む訳だ。この話にはある盗賊集団が関与していた事が分かったのさ。何と盗賊集団が依頼を受けて側室を奪って逃したそうだ」
「えっ。盗賊が側室を奪うって。誰からの依頼を受けてそんな事を?」
ノアが目を丸めてますます分からないと首を左右に振った。
「それはな、王が愛したのは本妻ではなくノアの母親──側室だった。それがはじまりなのさ」
ゴッツさんは削がれた右耳を撫でる。
「側室だったノアの母親に本気になったのは王だった。王は自分の立場も忘れ、側室に入れあげてしまったのだろうな。やがてノアが誕生したが、嫉妬と怒り狂った本妻が手があの手この手でノアと母親共々を殺そうとした」
「そんな……」
マリンが堪らず小さく呟いた。ノアの腕の辺りのシャツをギュッと握り絞める。ノアはその手を反対側の手で握りしめていた。それでも視線はゴッツさんから外さないままだ。
ゴッツさんは淡々と話し続ける。
「本妻の恐ろしい行動に我に返った王は、ノアの母親を手放す事にした。心を奪われた女との別れは辛いが、王という立場と本妻を殺人者にする訳にもいかないと理解したんだろうな」
ここでも嫉妬なんて。どうしてこんな悲しい事が繰り返されるのだろう。
私はザックに口を塞がれたまま下唇を噛んだ。それに気がついたザックが口を覆っていた手を外して唇を噛まない様に唇をなぞってくれた。
ゴッツさんはそんな私の顔を見て小さく肩を上げ、ノアとネロに向き直る。
「王が相談した先は、遠く離れた『ファルの町』の領主である信頼出来る部下、アルとネロの父さ。普通に側室を手放すだけでは、本妻の手が及んでしまう事を心配した王と領主は、とんでもない事を思いつく。それが盗賊さ。盗賊にノアと母親を奪わせて、遠く離れた『ファルの町』で新しい人生を歩んでもらう事を思いついたのさ。おそらくアルマとか言う使用人も元々ノアの母親の元で使用人をしていたのだろう。盗賊騒ぎの後ついてきたのだろうな」
「王も父上も、まさか盗賊を使うとは。それは思いつきもしなかった。どんなに調べても分からないはずだ」
ネロさんも真実が分かり溜め息をついた。それから、静まった部屋にネロさんの乾いた笑い声が響く。
まるで真実が分かってほっとした様な、愕然とした様な──それでもネロさんの笑い声が最後、少し泣き笑いの様に聞こえたのは私だけではないはずだ。
「側室は奪われ行方不明になった──と、北の国ではなっている。流石に本妻も盗賊に奪われてしまったとなっては諦めたそうだ。その後は、特に揉め事もなく過ごして今に至っているそうだ。まぁその王も病床に伏せってその命も灯火の様だがな」
そうゴッツさんは締めくくった。
ネロさんの笑い声が響く中、ノアは──
「そうか……」
無表情のままポツリと呟くと長い睫毛を伏せ、笑い続けるネロさんを見つめていた。
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