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127 ナツミとネロ その6

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 その部屋の壁一面はスクリーンになっていた。椅子を並べて座るとさながら映画館だ。スクリーンとあえて呼ぶが、ベッドが一つ置かれた部屋が映し出されていた。

「マジックミラー……鏡? まさか隣の部屋ではないよね」
 私が呟くとゴッツさんに笑われた。

「鏡ではないし隣の部屋でもない。この壁全体に魔法陣が描かれているのさ。時間泊の部屋の様子を見る事が出来る。店主の俺だけが見る事が出来るが、いたずらに覗く事が目的ではないさ。監視する為にな。どこの店でもしている事だ」
 ゴッツさんは背もたれの高い王様の様な椅子に座る。それはつまり監視カメラが部屋についているのと同じという事か。プライベートもへったくれもないのでは。
 
「どこの店でもしているのならば『ジルの店』でもそういう仕組みがあるのかな」
 ジルさんに見られていたらどうしよう。一抹の不安を感じる。

 私は壁に向かって配置されていた三人がけのソファに座る。フカフカで心地がいい。
 そして私を挟んで左右にはトニとエッバが座った。ソルはエッバ側の手を置く部分に片足を乗せて軽く座った。

 うっ。三人で座っているけれども映画館のペアシートみたい。

「凄い部屋ね。私はよく裏町の路地でやっているのを覗く事があるけれども、こんな高級な椅子に座って眺めるのは初めてだわ」
 エッバがびっくりする事を言い出した。

「えっ。エッバもそういう事があったら覗くの」
 私は風を起こす勢いでエッバに振り向く。するとエッバはキョトンとした顔で私を見つめる。

「当たり前でしょ。路地でヤっているヤツらなんて、覗かれるのは前提でしょ。別に気にしないわよ誰も」
「何て事……」
 一人驚く中、ふとザックがそういった事を昔はしていた、という話を思い出した。

 エッバの発言を受けてトニが笑い出した。
「あるわよねぇ。男性の仲間が見る場合もあるし、女性の仲間が見る場合もあったりね」
「そうそう。それでこう体が熱くなってその場の男と思わず盛り上がるってのもあるわよね」
「あるある。そう言えばソルは最近どうなの? そういうの詳しそうよね」
「うーん。その場で盛り上がるのは最近俺はないな。覚えたての頃とかは結構穴場を皆知ってたりするよな」
 最後ソルまでもが話に花を咲かせる始末だった。

「うーん……カルチャーショック」
 何なのかだんだんわけが分からなくなってきた。覗きの場が出会いの場みたいな話をしないで欲しい。

 って事は、ネロさんに覗かれたぐらいで喚く私がこの世界ではおかしいのか?

 頭を抱えた頃、目の前のスクリーン(あえてそう呼ぶけれども)にネロさんとリンダが映る。今部屋に入ってきた。二人共ゆっくりとベッドに座る。

 思わず両手で口を塞ぐと、ゴッツさんに笑われた。

「安心しろ、こっちの声は向こうには聞こえない」
 ゴッツさんはすっかり寛いでいて、どこから取り出したのか一人ワインを飲みはじめた。
 
「そうですか」
 恥ずかしくて頭を掻いた。飲めよと、ゴッツさんは私達にワインや水を勧めてくれた。そんなに寛いでいいものか。だってこれでは映画館でポルノ映画を見る様なものだ。

「ねぇナツミ。こんな話しするのおかしいとは思うけれどもさ」
「うん」
 私は落ち着く為、水を飲み隣のトニを横目で見る。
「思い切って、同じ相手の経験者として聞くんだけど。ザックってSっぽくない?」
「ブホーッ!」
 思わず含んだ水を吐き出してしまった。気管に入り盛大に咽せる。

「もーナツミ汚いったら。あぁでもそれは分かる。絶対にザックはSよね。あんなに止めてっていうのに止めないしさぁ」
 カラカラと笑いながらエッバが私の肩を叩く。

「いや、それは。そうかもだけれども。S……なのかな」
 分かるけれども。
 どうなのよ~っていうかザックってホントにあちこちで。
 もう、もう、もう。どうしてこんな話をする仲になってしまったの私というか私達。
 私は心の中の言葉ですら整理できなくなってしまった。
 
「そうそう。これ以上は無理って何度も言うのにね。そうかぁSっぽい遊戯ってザックがやっているやつなのか。なるほどねぇ」
「なーんだ。それなら私達経験済みって事よね」
「そういう事になるわねぇ」
 アハハハとトニとエッバが笑い飛ばす。

「そこで意気投合して仲良くなるのもどうなんだよ」
 私の声を代弁してくれたのは意外な事にソルだった。

「いいじゃない喉元過ぎればさ。全部飲み込んだら一周まわって平気になったのよ。だって今はナツミがザックの相手なんだし。もうそれでいいって事なのよ。それよりも音が聞こえないんだけど」
 エッバがスクリーンを見ながら首を傾げた。

「ネロがさっき部屋に行く前に、合図をするまで音を遮断して欲しいと言ってきてな。リンダが勢いでこの体験に手を上げただけなら止める可能性もあると言っていた」
 ゴッツさんが説明をしてくれた。

「へぇ~」
 ネロさん意外に色々考えているのだなぁ。変態だけれども。

 映し出された二人は一言、二言、交わしている。しかし声も音も聞こえない。ベッドの端にリンダとネロさんが腰かける。

 リンダは自分から体験したいと言い出したけれどもやはり緊張するのか俯いたままで肩が震えていた。反対にネロさんは全く緊張のかけらもなくのどかに笑っていた。

「声や音が聞こえなくてもリンダが緊張しているのが伝わってくるな。やっぱり勢いで体験するって言っただけじゃないのか? あれでは遊戯もへったくれもないだろ。無理じゃないのか」
 ソルが偉そうに分析していた。そうかもしれないけれども。

 どさくさ紛れにソルがついてきているけれども一体何の参考にするつもりなのだろうか。私はジットリとソルを睨むが言葉とはうらはらにやたらワクワクした顔のソルに溜め息をついてしまった。

 二言、三言かわしてリンダが小さく笑うと肩の力が抜けた。



 ****

「リンダはどうして体験したいなんて言いだしたのかな。君は体を簡単に許したりしないってゴッツさんに聞いたよ。もしかして勢いだったりする?」

 ネロが銀縁眼鏡のブリッジを指で上げながら尋ねる。ゆったりとした話し方は独特だった。フワフワしていて何をするにも力強い軍人の中でも特に変わっている。

「言われてみると勢いね。フフフ、今朝の私なら考えられないわ」
 フワフワしたネロの尋ね方にリンダは肩の力が抜けた。

 途端にこの状況がおかしくなって、ベッドの上の白いシーツを見つめながら笑ってしまった。プラチナブロンドが揺れて顔にかかった。

「それは思い切りがいいですね。でもそういうのもありですよね」
 ネロは否定をせず首を傾げて笑った。リンダが見つめ返すと何も言わずニコニコしている。

 リンダは思う。

 先ほどまでナツミに絡んでいやらしそうに笑っていたのに。こんな風に優しく笑えるのね。それに治療の時も優しくて驚いた。

 頑張っているのだね、とネロは言った。そして、足の筋肉や張り具合を見てくれた。

 魔法陣の治療は酷く風邪をひいた時、何度か経験した事がある。乱暴な医者の魔法陣は心地の良いものではない。しかしネロは違う。優しく包みこむ様だった。冷たかった手足が温まって心地いい。

 だからネロなら『大丈夫』かもしれないと感じて思わず手を上げてしまった。

「たまには私もいつもと違う事をして、スッキリしてみたいって思ったのよ」
 リンダはシーツを見つめたまま笑った。完全に緊張がほぐれている。

「いいですよねぇそういうの。体験した後はきっと今より心も体もスッキリしてますよ」
 そう言いながらネロは俯いているリンダの顎に手をかけて上に向かせる。

 リンダの青い瞳が潤んでいる。この先の不安と期待が入り混じっている事が分かる。
 リンダはゆっくり近づいてくるネロの唇を見つめた。

 確かに軍人と言えども体を鍛えているわけではない痩せ気味のネロだが白くて美しい肌をしている。触れるとどんな肌触りなのだろう。

 そう考えた時ネロがパッと目を丸くした。
「でも──」
「え?」
 リンダもつられて驚いた顔になる。

「今から色々僕がするけれども。もしリンダの中に潜り込むのが嫌だと思ったら言ってね。だって別にセックスの体験をする為じゃないからさ」
 ネロの声が響く。最初は優しくおどけているのに、最後は低い。

 何が起こるか期待してしまう。胸がドキリとした。

 ベッドの上まで来ておいてリンダだって理解はしている。そんなに言わなくてもいいのに。

「ふふ、分かったわ。ねぇ、今はネロって呼び捨てでもいい?」
「もちろん。いつだって呼び捨てでいいよ。リンダ……力を抜いてゆっくりと横になって」
「ん……」
 リンダはネロの柔らかい口づけを受け入れた。

 ネロはゆっくりとリンダをベッドに沈めながら片手を上げて親指と人指し指で丸を作ってゴッツに合図を送った。

 ****

 ネロさんが手で合図を送ってから、ゴッツさんが掌に青白い魔法陣を浮かび上がらせた。浮かび上がった文字をなぞると映し出されたネロとリンダの声が聞こえた。

 テレビのリモコンみたい、と思いながらスクリーンと化した壁を見つめる。見てはいけない場面を見ているのに、いざ目の前に見ると視線を逸らす事が出来ない。

 触れるだけの柔らかい口づけを何度もネロは繰り返してリンダをベッドに横たえる。あれ程リンダが緊張していたのが嘘みたいだ。おでこを擦り合わせて他愛もない話をはじめる。

 ネロさんが最近面白かったと思う事、楽しかった事を話しはじめる。リンダは頷くだけで無言のまま話を聞いているだけだった。

 ネロさんは『ジルの店』でも研究に没頭しすぎて食事を食い損ねる事が多いの。ある時、夜中に厨房で食べものを探していると盗人とも間違われてダンさんにフライパンで叩かれた話はおかしくて盗み聞きしている私も吹きだしてしまった。
 ネロさんが興味がある事などを、自己紹介の様な話をリンダの耳元で優しく話す。

 その間リンダはクスクス笑いながら聞くだけだ。
 ただ、話の間に少しネロさんが無言になると、リンダからネロさんの腕をさすったり、時には鼻の頭にキスをしたり、トレードマークの銀縁眼鏡を少し触ったりしていた。
 もっと話して、と促す。

 繰り返していくとリンダからネロさんに触れる事が多くなる。触れられた同じ分だけネロさんも応えてリンダに触れていく。

 あっ! 今リンダの背中を下から上に触った。リンダは驚いてビクッとしたがすぐにくすぐったいと笑ってネロさんの首の下に顔を埋めた。そこは今度ネロさんがくすぐったかった様で笑っていた。

「……何だよ。このほのぼの感は。もっとさ、ガッ! っとして、グッ! とあるんじゃないのかよ」
 飽きてきたのかソルが手足をぶらぶらしながら口を尖らせた。

「でもさ。考えたら凄いかも。あんなにリンダがガチガチだったのにあっという間に緊張がほぐれてるしさ」
 そんなソルの隣でエッバがリンダとネロさんをジッと見つめながら呟く。
「えー、それはそうだけど。何だか全く激しい雰囲気が漂ってこないのにSとかMって言ったって」
 そうソルが言った時、ネロさんが体を起こして上からリンダを見下ろす。

 ネロさんの顔は優しく笑っている。リンダの二の腕を掴んで、何も言わず上半身を倒して軽くキスをした。リンダも優しく笑いながらネロさんのキスを受け入れる。

 突然キスは深くなって激しい息遣いとリップ音が大きくなった。

「えっ急に?」
 まるでこちらの声が聞こえたかの様な展開にソルが目を丸める。衣擦れの音と息遣いが聞こえて艶めかしい。

「うっ、こんな濃厚なの……見ていられない」
 私は両手で顔を覆う。覆っているが……
「そう言いながら指の隙間からしっかり見てるじゃないの」
 トニが私の姿を見て笑った。

「あっ!」
 突然リンダが驚いた声を上げた。

 見るとリンダの両腕は後ろ手に縛られていた。黒いタンクトップとショートパンツのリンダは、後ろ手に縛られた腕のせいで体を極端に反らせて胸を突き出していた。

 いつの間に縛ったの? 
 え。もしかして今のキスの最中で? 

 私は驚いて覆う両手を顔から外した。
「何て早業なの?! しかもその縛った赤い紐はどこから出てきたの?」
 私が呟くと少し離れたところに座っていたゴッツさんが吹きだしていた。

「ナツミは説明が細かいな」
 ざらざらした掠れた声が心底おかしいと言うぐらい笑っていた。

「し、静かにします」
 私は自分の口の前を両手で覆った。

 いきなり縛られたリンダだが、怒ったり不安がるかと思ったがそんな事は全くなかった。それどころかクスクス笑っていた。

(もっと怖がるかと思ったのに。ネロさんって確かに優しそうな顔をしているし。変態だけれども。その変態のネロさんがまともな自分の事ばかり話していた様に思うけれどもそれが良かったのかな?)
 私は心の中で呟く。

「もう。ネロったら。突然でびっくりするじゃない。何だかごそごそしていると思ったら」
 リンダはゆっくりとネロさんと話したからなのかすっかり心を許している。

「驚かせたかったんですよ。それに赤い紐で縛ったんだけど肌の白がより栄えて綺麗だ。腕とか手首は痛くない?」
 ネロさんがリンダの両腕をさすりながら様子を見ていた。
「うん。大丈夫よ食い込んだりしてないし痛くないわ。アハハ~でも解けないわ。どうしよう」
 リンダは頑張って抵抗してみるが外れないと笑い飛ばしていた。

 そんなリンダの足の間に、ネロさんは腰を押しつける。それから自分のチュニックの上に巻いていた腰帯をゆっくりと解いた。

 水色の銀色の刺繍が施された薄い布だ。豪華に見える細長く薄い布をゆっくりと両手に持つとニッコリと微笑んだ。それからリンダの左耳にピタリと唇を当てる。くすぐったいのリンダは肩をすくめた。

 それから響く低い声でネロは呟く。
「リンダの世界でさ、僕だけを感じて欲しいんだけど。いい?」
「……ええ。もちろんいいわよ」
 リンダがそう呟いたのを聞いてネロさんは自分の腰帯でリンダを目隠ししてしまった。
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