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126 ナツミとネロ その5
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リンダがおにぎりを食べて落ち着くと、ネロさんが魔法陣に彼女を入れて診察をしていた。診察しながら食事面についてアドバイスをしている様だった。ネロさんの説明をリンダは素直に聞いている。
リンダとトニの取り巻き達も、いきすぎた自分達の行為や文句を反省したのか、バツが悪そうに舞台の上で大人しく座っていた。私が彼女らを見つめると小さく悲鳴を上げて「ごめんなさい」と呟いていた。
「そんなに怖がらなくてもいいのに。うーん怒鳴ったのがよくなかったかな」
「あのぐらいがいいんじゃないの。文句以外の正しい意見をガツンと言わなきゃ分からないだろうし」
すっかり馴染んできたエッバが私の隣で両腕を組んで頷いていた。つい先ほどまでソルの後ろでガタガタ震えていたのに嘘の様だ。
「それよりもトニに驚いたぜ。ああいうのは最初にトニが先陣切って文句を言いそうなのにな。まさかリンダの悩みを聞いてやるなんて驚きだぜって、痛ーっ!」
ソルも感心しながら呟いたのに最後は拳骨でトニに後頭部を殴られていた。ソルは今日エッバにもトニにも叩かれ大変だ。
「ソルに言われたくないわよ。私はね成長したのよ。変わったのよ。何故なのかナツミなら分かるわよね?」
結構力一杯叩いたのか拳を摩りながらトニが私に話しかけてきた。
「確かにトニは変わったな。それは誰の影響か?」
トニの言葉にゴッツさんが椅子に座って金色のキセルをふかしていた。薄く笑ったゴッツさんが私の顔を見つめていた。
トニが変わった理由なら私は心当たりがある。
「ゴッツさんそれはきっと最近トニは色んな軍人を聞いたりする様にしているみたいだから一気に成長したんですよ」
ゴミ捨て場でアドバイスした事がこんなに生かされるなんて! よかったなぁ。私は満面の笑みを浮かべた。
「トニ。誰の影響か当の本人が全然分かってないぞ」
「フフフ。そこがいいんですよ」
キセルを囓りながらゴッツさんが呟きトニが微笑んだ。
「?」
一体何なのだろう。
そこへネロさんの診察が終わり一緒にリンダがやって来た。先程よりずっと顔色がよくなっている。
「魔法で治療をしたからもう大丈夫ですよ。今晩も直ぐに踊る事が出来るでしょう。今後自分で食事面を調整する様に説明をしたから食べないなんて無理はしない様にしてくださいね」
ネロさんがリンダの背中をそっと押した。リンダの前には椅子に座っているゴッツさんと側で立っていたトニがいた。
「ご迷惑かけてすみませんでした。私……太る事ばかり気にしていて最近まともに踊れていませんでした」
リンダはお団子に結った髪を解いてゴッツさんに向かって頭を下げた。
「俺も様子がおかしいと気がついていたが、十年以上踊りを続けていてしっかりしているリンダだから大丈夫だろうと思っていた。話を聞くべきだった……悪かった」
そう言ってゴッツさんは優しく笑った。
顔を上げたリンダがぎこちなく微笑んでトニに振り返った。
「あんたに助けられるって言うのはちょっと癪だけど。その、ありが……」
トニに謝るのが相当恥ずかしくて悔しいのか、リンダの言葉の最後は聞き取る事が出来ないぐらい小さかった。しかも白い頬が真っ赤になっていた。
「別にいいわよ。それに最初に発言したのは私じゃない。ナツミだしね」
トニは軽く手を振って私を振り返る。そしてリンダが私の目の前までやって来て手をにぎった。
「ナツミありがとう。その……おにぎり、美味しかった。きちんと食べたのは久しぶりだったからおにぎりの味を忘れないと思う」
「うん。無理しないでね。その足を見れば分かるよ、凄く踊りを頑張っているっていうのが」
「足を見ただけで分かるの?」
リンダは私の言葉に目を丸めていた。ブルーの瞳が宝石みたいだった。
「うん。筋肉のつきかたを見れば凄いって分かる。それに踊りはトニとは違う種類なんだろうなって。いつか見てみたいなぁトニとリンダとここにいる皆が踊るところ」
そう言えばトニがいつか踊りを見せてくれるって言っていた。
私の発言を受けてトニとリンダがお互いを見つめて苦笑いをしていた。それを見たゴッツさんが溜め息をついた。
「ん? どうしたの」
微妙な態度に私は首を傾げた。するとゴッツさんが煙を噴かしながら答えてくれた。
「俺の店の踊りは仲のいい仲間同士で踊るだけでな。特にこの二人ときたら長年何かと睨み合っていてな。それでもお互いを意識して踊りの質が上がるからいいと思っていたけれどもな。トニとリンダが一緒に踊るところなんて見た事はないのさ」
「えぇ~それじゃぁこの広い舞台は宝の持ち腐れって事ですか?」
私は驚いて舞台に向かって両手を広げた。
「宝の持ち腐れだと?」
私の言葉に面食らったのはゴッツさんだった。
「だってゴッツさんが目指しているお店は、踊りやお芝居を楽しむ為のお店なんですね。トニとリンダって言う優秀な踊り子がいるのに一緒に踊らないなんてもったいない」
「「……」」
トニとリンダが私の言葉を受けて二人が見つめ合った。
それからポツリと呟いたのはリンダだった。
「私とトニの踊りは方向性が全く違うのよ。私はどちらかと言うと古い踊りだし」
古い踊りとはマリンの様な踊り方を言っているのだろう。伝統的な踊りかな。
リンダの言葉に頷いたのはトニだった。
「そうね。リンダは物語のある踊りを踊る様式で、私はそこのポールを使って踊る事が多いわ。物語というよりも感じるままに踊るの」
ポールダンスか。それは見てみたいなぁ。
私は振り向いてトニとリンダに笑った。
「だけど二人共優秀な踊り子なのでしょ。切磋琢磨した違う二人ならどうやったらお客さんが楽しめる様な舞台が出来るか、踊りが出来るかを相談して作り上げていけばいいじゃない。そうしたら『ゴッツの店』の独自性のある見世物が出来るよね。凄い事じゃないのかな」
私の言葉にトニとリンダはこれでもかと言うぐらい目を見開いて固まった。
「独自性のある……」
「……見世物」
ゴクンと唾を飲み込んでトニとリンダは見つめ合っていた。
「ナツミってどこまで暢気なんだよ。取り巻きも含めたやり取りを見ただろ? 北の国がどうだとかファルの町がどうだとか。くだらない出身地にこだわって、いがみ合うやつらにそんな事が仲良く出来るのかよ」
鼻で笑ったのはソルだった。
分かっていないなぁソルは。私は人指し指を立てて軽く振った。
「別に仲良くしろなんて思わないよ。意見が違うけれども踊りを踊る事を目標にする人間だから出来る事なんだよ。別に喧嘩したっていいと思うし、意見がぶつかるならとことん言い合えばいいじゃない」
「えぇ~そんなのまとまるかよ」
それでもソルは口を歪めて天を仰いだ。
「……まとまらないと舞台は仕上がらないのだから。意地でもまとめるだろう? トニ、リンダ」
振り向くとニヤリと挑戦的な笑みを浮かべたゴッツさんが呟いていた。その顔を見たトニとリンダが嬉しそうに笑って強く頷いた。
「はい」
「やってみます」
先ほどまでいがみ合い泣いていたトニとリンダが嬉しそうに笑って二人頷いた。
「えぇ~マジかよ……女ってわけが分からない」
ソルが改めて落胆して呟いた。
「ナツミの一言が心に響いたのよきっと」
エッバがそんなソルの肩を叩きながら慰めていた。
「私が言わなくてもいつか気がついたはずだよ。とにかく楽しそうなトニとリンダでよかった」
私は微笑んで二人を見つめる。
あれ? しかしこれは「敵に塩を送る」ってやつかな。
ジルさんにバレたら怒られるかも。私が顔を青くした時、ネロさんが一人大きな拍手をはじめた。
「素晴らしい! 流石ナツミさん。競争相手に対しても対策を提案するとは! これで『ジルの店』が苦境に立たされる可能性もあると言うのに。心が広いですね」
ひーっ! 何て事を言い出すのこの人は。
「ち、違います! ちゃんと『ジルの店』についても考えていますから」
私は慌ててネロさん拍手する手に飛びついた。
「トニとリンダが考える舞台は直ぐには出来るわけではないだろうし。俺が思うにこのおにぎりは売れると思う。安心しろ『ジルの店』は当面安泰さ」
ゴッツさんがネロさんに向かって意見をしてくれた。
「当面安泰とは冷静な分析ですねぇ」
ネロさんは拍手を止めるとゴッツさんに向き直る。ゴッツさんはそんなネロさんの瞳を数秒見つめる。その間ネロさんはスウッと瞳を細めてゴッツさんを睨みつけた。
その様子に私は思わずゾクリとして、後頭部の髪の毛が逆立った。
「……心眼の力を持つゴッツさんに見つめられるのは緊張しますねぇ」
ポツリとネロさんが呟くと、ゴッツさんは口の端を上げて笑った。
「ふん……ネロはいつも何を考えているか分からなかったが、今日はこんなに分かりやすいとはな。ナツミに興味があるのか。滅多に人に興味を示さなかったお前が。珍しい」
「え?」
ゴッツさんの言葉に私は目を丸めてしまった。それからネロさんに振り向くといつもの様にニッコリと笑った。
「そりゃぁ興味がありますよ。だってナツミさんは何を考えているのか丸わかりなのに、口を開いたら僕が考えてもいない事を言い出すので楽しみで仕方ありません」
「どういう意味ですか。表情が丸わかりってそれはそれで困るんですけれども」
それにしても『滅多に人に興味を示さない』とは意外。そんな風にネロさんは見えないけれども。何にでも興味を示していると思うけれども。
「ふん……まぁいいさ。ところでナツミ、トニとリンダの舞台の件はまだ先になりそうだからな。他に俺の店が挑戦出来そうな事ってないか? 僅かな事でもいい。気がついた事があれば言ってみてくれないか」
「えー?! そんな事を突然言われても」
意見なんてあるはずがない。
舞台の話はたまたまなのに。私は驚いてゴッツさんを見つめるが、ゴッツさんの目が真剣で何も言えなくなってしまった。
「これは困りましたねぇナツミさん」
ネロさんが隣で両腕を組んだ。首を傾げて眉を八の字にしながら笑っている。
何故笑うのだろう。
「ネロさんその顔は全く困っていませんよね?」
「失礼ですねぇナツミさん。困っているのはナツミさんですよ。僕はナツミさんの面白い意見を待っているのです」
「えぇ~もう。ネロさんは本当にどうしようもないですね。少しは助けてくださいよ」
「助けるねぇ。そうですか……ではナツミさん考えを組み立てるのをお助けしましょうかね」
「はぁ」
何なの。考えを組み立てるって。私は意味が分からず首を傾げた。
ネロさんは人指し指を立てて「そう言えば──」と話しはじめた。
「ナツミさんは『ゴッツの店』の前に来た時、酷く驚いていましたけれども」
「ああ。それは『ジルの店』とは全く異なる外観だからお店の様子が全く分からないので驚いちゃって」
「この黒っぽい外観ですね。でも『ゴッツの店』と分かると「お洒落だ」と言っていましたね」
「お洒落に見えましたけれども、黒っぽい外観が凄く敷居が高くて、私が入るなんて場違いって気がしちゃって」
私がそこまで言うとエッバが突然声を上げた。
「分かる~ただでさえ『ファルの宿屋通り』の店は女には入りにくいっていうのに。想像していた以上って感じ。何が行われているのか怖くて入りにくいって言うか」
「そうそう。高級バーって言う気もするけれど、うーん。それよりも中には凄く綺麗なお姉さんがいるけれどもムチを持っていそうな感じって言うか」
「ムチ! あははそうよねぇ。むしろ男という猛獣を従えてそうよねぇ。ナツミったら上手いこと言うわね」
「あーそうかも。怖い感じするもんねぇ」
私とエッバが二人して手をつないで盛り上がると、私の言葉にゴッツさんが反応した。
「ムチ……だと?」
ゴッツさんの鋭い眼光が突き刺さり私とエッバは二人慌てて体を抱きしめ合って悲鳴を上げた。
「ヒッ。すみません! 勝手な私の想像です。場所が場所だけにSM的なお店っぽく見えたなんて事はないです」
私は鋭い眼光に睨まれてツルリと口走ってしまった。
その言葉にゴッツさんが口を半開きにした。
「ナツミの馬鹿っ。SMって何て事を言い出すのよ。ザームじゃあるまいし」
「えっ。何でSMは通じるの? ダイエットが通じなかったのに?」
「SMは分かるわよ。サドとマゾでしょ」
「えぇ~この世界の言葉の基準が謎なんだけれども……」
「それよりもSM的なお店って何よ。そんなの聞いた事ないわよ」
「そうなの? そういう私もそんなお店にいった事ないから分からないけれども……」
思わず口走ったが単にイメージだけで話しているので、そういったお店が実際どんなサービスを提供しているのか詳しくは知らない。
しかし突然大声でネロさんが叫んだ。
「それですよ~そのお店ですよ! いやぁナツミさんの思いつきや着想は素晴らしい! ねぇゴッツさん」
ネロさんが興奮しながら鼻息を荒くしてゴッツさんに振り向いた。
「そんな興奮しなくてもいいと思うのだけれども」
「いちいち大げさなのね」
私とエッバは二人共抱きついたまま目を丸くしていた。
「ああ本当だな。だが客が集まるか? そんな性癖は公言出来ないだろ? 俺の店がそれを大々的に売るにしたら、来るのはそれが目的ですと言っている様なものだろ」
ゴッツさんはそう呟くと考え込んでしまった。
「まぁ確かにそういう専門の店に通っているとは言いにくいよな。だけど、ザームさんみたいなのもいるし。他にも名前は言えないけれどもそういう性癖の人ってまぁまぁいるよな」
そう言えばとソルが話した。
「そうね。どうもそれっぽいお客だと感じる時があるわね」
「言われてみればそうかも。でもそういった事をしてくれと要求された事はないわよね」
リンダとトニも顔を見合わせてブツブツ言っていた。
「そこが狙い目ですよ。だってこの場所は『ファルの宿屋通り』ですよ? 別に娼館ではないですが快楽は提供出来るでしょ? それに店それぞれで軍人も多く立ち寄りますから彼らが話す情報は外部に漏らしてはお店が成り立ちませんから。それを武器に秘密にしておけばいい」
ネロさんがゴッツさんの目の前に座ると小さく呟いた。
「なるほど……そういう客が見極められるのなら、その客だけを遊戯に誘って別料金を取ればいいのか。外部には絶対に言わないと約束をして会員制にするとかも考えられるな。それならわざわざそういう遊戯が出来るという看板を掲げる必要はないな。あくまで決められた人間の裏メニューなのだから」
「そうですよ。ゴッツさんには心眼があるわけですから。お客を見極めるのは簡単でしょう」
まるで悪い事業に誘うが如くネロさんが饒舌に語る。どうしてそこまで楽しそうなのだろう。
「……いいかもしれないな」
以前から過激な事をしたいと言っていたゴッツさん。どうやらネロさんの口車に乗せられて本当にやりそうな勢いだ。
「待ってくださいよ。私達そんな遊戯が出来るとは思えないです。そうよねリンダ?」
「そうですよ。痛いのは嫌ですし痛めつけるのだって……ねぇ」
トニとリンダが顔を見合わせて困った様に呟く。それはそうだろう。急にそういったプレイを要求されても困る。
「どんな遊戯をするか明確にしておく必要はあるだろうな。俺もお前達が痛めつけられていいとは思っていない。しかしどんな遊戯をしたら客は喜ぶんだ? それこそ客それぞれだろ?」
全く方向性が掴めずに皆が首を捻る。
「じゃぁザームに聞いてみるってのは?」
エッバがポツリと呟いた。
「馬鹿言えよ。ザームさんは痛めつけられる方だろ? しかもかなり痛くていいんだぞ」
ソルがエッバの意見に嫌そうな顔をした。
「あ、そっか。痛めつけられる方の意見しか聞けないわね。ソルは──最近その手のと寝てないの?」
「その手と寝てないのかって……寝てないよ。俺のは大抵普通だから参考にならねぇよ」
「いざとなったら役に立たないのねぇ。それならザックやノアに聞いた方がまだ経験豊富かも」
「うるさいなぁ。それよりエッバ、ナツミの前で何て事を言うんだ」
「そうだった。ごめん……ナツミ」
何故か一生懸命意見を出そうとするエッバとソルだった。
「ううん。気にしてないから大丈夫。ザックとノアの話は本人からよく聞くしね……」
うん。もう驚くぐらい。私が遠い目をしながらそう言うと、エッバとソルが肩をすくめてしまった。
「あれ~? エッバもソルもそしてナツミさんも重要な誰かを忘れていませんかね」
ネロさんが私達の話に耳を傾けて首を傾げておどける。
「え」
「へ」
「あ」
私達三人は次々に声を上げてネロさんに視線を落とす。
「この一流の変態を忘れてはいませんかね」
ネロさんが何故か白い歯を見せて笑う。
「出来る事なら忘れていたかったです……」
私はエッバと抱き合ったまま俯いた。
「ネロがいい遊戯方法を伝授してくれるのか?」
とうとうゴッツさんまでもが興味を持って身を乗り出して来た。ざらざらと掠れた声で尋ねる。
「僕も専門ではありませんが、相手の気持ちに寄り添った遊戯は得意かと。よかったら優しいものからお伝えしますよ?」
ネロさんが首を傾げて銀縁眼鏡を光らせる。
「優しいものってどんな事ですか。それってやっぱり痛いんですか?」
それって遊戯と言うかプレイ内容を伝えるって事ですよねぇ?!
私は顔を赤くしたり青くしたりして喚く。するとネロさんが私の方に手を伸ばしてきた。
「皆さん勘違いしてますよ。痛い事や痛がる事が気持ちいいわけではないですよ。相手のして欲しい事を叶えるからいいんですよ。つまり快楽をどうやって得るかだと思いませんか? まぁ口で言ってもピンと来ないでしょうから体験するのはどうですか。何となくどんな遊戯をしたらいいかの手がかりになると思うんですよね。どうです? ナツミさん体験してみません?」
「わ、私?! 何で私が?! だって私は『ゴッツの店』の従業員じゃないですし」
「でもナツミさんが提案した事ですよ?」
「えっ?! それは結果的にそうなりましたけれども。提案するところまでは言ってはいないと思います」
何だか話がおかしな方向に転がりはじめた。
体験するなんてとんでもない。そもそもザック以外に触れられるなんて嫌だ。
ネロさんのうねうねと動く指が私に伸びてきたところで凜とした声が響いた。
「ネロさん、待ってください」
振り向くとプラチナブロンドを揺らして一歩前に出たリンダがいた。
「私に体験させてください」
美しく輝いた宝石の様な青い瞳が光った。
「エーッ!」
「何を言い出すの!」
「さっきまで青い顔をしていただろ!」
「そうよいきなりどうしたの!」
私、トニ、ソル、エッバが口々に叫んでリンダを取り囲む。どうしてしまったのだろう。
するとリンダが両手で頬を覆ってモジモジした。
「よく考えたら、こんな事を体験と言うか教えてもらえる事ってそうないと思うのよ。私は踊り一辺倒で男性との付き合いが踊り子の中では少ない方だし。折角の機会だから思い切って素直になってみようと」
「いきなり素直になりすぎだよ! リンダ自分を大切にするべきだよ」
「そうよ! よりにもよってひょろひょろのガリガリとやらなくても」
「さっき診察した時に何かおかしな薬でも飲まされたのか?」
「近くにザームってのがいるけどあいつのセックスはかなり変だし!」
私、トニ、ソル、エッバがリンダを取り囲んだまま唾が飛ぶぐらい呟く。何故エッバがザームさんの行為を知っているのだろう。
するとネロさんが両手を上に上げて嘆かわしいと首を左右に振った。
「皆さん何気に失礼ですねぇ。この中で誰も僕と一夜を共にした事ないでしょ? それに別にセックスしようと言っているわけではないですよ。それならリンダに体験してもらいながら皆さん覗いてはいかがですか? ナツミさんいい機会ですよ。僕のを覗く事が出来ますよ」
「え」
私は思わず固まってしまう。そうだ散々覗かれたネロさんを覗き返す事が出来る機会なんてそうないかもしれない……
私が固まった事で肯定と皆が受け取ったのかゴッツさんがパンと手を叩いた。
「よし決まりだな。それなら隣で覗く事が出来る部屋がある。皆来てくれ」
「「「そんな部屋があるんですか?」」」
ゴッツさんの言葉に私、ソル、エッバが思わず声を上げてしまった。唯一お店の事情を知っているトニだけが苦笑いをしていた。
リンダとトニの取り巻き達も、いきすぎた自分達の行為や文句を反省したのか、バツが悪そうに舞台の上で大人しく座っていた。私が彼女らを見つめると小さく悲鳴を上げて「ごめんなさい」と呟いていた。
「そんなに怖がらなくてもいいのに。うーん怒鳴ったのがよくなかったかな」
「あのぐらいがいいんじゃないの。文句以外の正しい意見をガツンと言わなきゃ分からないだろうし」
すっかり馴染んできたエッバが私の隣で両腕を組んで頷いていた。つい先ほどまでソルの後ろでガタガタ震えていたのに嘘の様だ。
「それよりもトニに驚いたぜ。ああいうのは最初にトニが先陣切って文句を言いそうなのにな。まさかリンダの悩みを聞いてやるなんて驚きだぜって、痛ーっ!」
ソルも感心しながら呟いたのに最後は拳骨でトニに後頭部を殴られていた。ソルは今日エッバにもトニにも叩かれ大変だ。
「ソルに言われたくないわよ。私はね成長したのよ。変わったのよ。何故なのかナツミなら分かるわよね?」
結構力一杯叩いたのか拳を摩りながらトニが私に話しかけてきた。
「確かにトニは変わったな。それは誰の影響か?」
トニの言葉にゴッツさんが椅子に座って金色のキセルをふかしていた。薄く笑ったゴッツさんが私の顔を見つめていた。
トニが変わった理由なら私は心当たりがある。
「ゴッツさんそれはきっと最近トニは色んな軍人を聞いたりする様にしているみたいだから一気に成長したんですよ」
ゴミ捨て場でアドバイスした事がこんなに生かされるなんて! よかったなぁ。私は満面の笑みを浮かべた。
「トニ。誰の影響か当の本人が全然分かってないぞ」
「フフフ。そこがいいんですよ」
キセルを囓りながらゴッツさんが呟きトニが微笑んだ。
「?」
一体何なのだろう。
そこへネロさんの診察が終わり一緒にリンダがやって来た。先程よりずっと顔色がよくなっている。
「魔法で治療をしたからもう大丈夫ですよ。今晩も直ぐに踊る事が出来るでしょう。今後自分で食事面を調整する様に説明をしたから食べないなんて無理はしない様にしてくださいね」
ネロさんがリンダの背中をそっと押した。リンダの前には椅子に座っているゴッツさんと側で立っていたトニがいた。
「ご迷惑かけてすみませんでした。私……太る事ばかり気にしていて最近まともに踊れていませんでした」
リンダはお団子に結った髪を解いてゴッツさんに向かって頭を下げた。
「俺も様子がおかしいと気がついていたが、十年以上踊りを続けていてしっかりしているリンダだから大丈夫だろうと思っていた。話を聞くべきだった……悪かった」
そう言ってゴッツさんは優しく笑った。
顔を上げたリンダがぎこちなく微笑んでトニに振り返った。
「あんたに助けられるって言うのはちょっと癪だけど。その、ありが……」
トニに謝るのが相当恥ずかしくて悔しいのか、リンダの言葉の最後は聞き取る事が出来ないぐらい小さかった。しかも白い頬が真っ赤になっていた。
「別にいいわよ。それに最初に発言したのは私じゃない。ナツミだしね」
トニは軽く手を振って私を振り返る。そしてリンダが私の目の前までやって来て手をにぎった。
「ナツミありがとう。その……おにぎり、美味しかった。きちんと食べたのは久しぶりだったからおにぎりの味を忘れないと思う」
「うん。無理しないでね。その足を見れば分かるよ、凄く踊りを頑張っているっていうのが」
「足を見ただけで分かるの?」
リンダは私の言葉に目を丸めていた。ブルーの瞳が宝石みたいだった。
「うん。筋肉のつきかたを見れば凄いって分かる。それに踊りはトニとは違う種類なんだろうなって。いつか見てみたいなぁトニとリンダとここにいる皆が踊るところ」
そう言えばトニがいつか踊りを見せてくれるって言っていた。
私の発言を受けてトニとリンダがお互いを見つめて苦笑いをしていた。それを見たゴッツさんが溜め息をついた。
「ん? どうしたの」
微妙な態度に私は首を傾げた。するとゴッツさんが煙を噴かしながら答えてくれた。
「俺の店の踊りは仲のいい仲間同士で踊るだけでな。特にこの二人ときたら長年何かと睨み合っていてな。それでもお互いを意識して踊りの質が上がるからいいと思っていたけれどもな。トニとリンダが一緒に踊るところなんて見た事はないのさ」
「えぇ~それじゃぁこの広い舞台は宝の持ち腐れって事ですか?」
私は驚いて舞台に向かって両手を広げた。
「宝の持ち腐れだと?」
私の言葉に面食らったのはゴッツさんだった。
「だってゴッツさんが目指しているお店は、踊りやお芝居を楽しむ為のお店なんですね。トニとリンダって言う優秀な踊り子がいるのに一緒に踊らないなんてもったいない」
「「……」」
トニとリンダが私の言葉を受けて二人が見つめ合った。
それからポツリと呟いたのはリンダだった。
「私とトニの踊りは方向性が全く違うのよ。私はどちらかと言うと古い踊りだし」
古い踊りとはマリンの様な踊り方を言っているのだろう。伝統的な踊りかな。
リンダの言葉に頷いたのはトニだった。
「そうね。リンダは物語のある踊りを踊る様式で、私はそこのポールを使って踊る事が多いわ。物語というよりも感じるままに踊るの」
ポールダンスか。それは見てみたいなぁ。
私は振り向いてトニとリンダに笑った。
「だけど二人共優秀な踊り子なのでしょ。切磋琢磨した違う二人ならどうやったらお客さんが楽しめる様な舞台が出来るか、踊りが出来るかを相談して作り上げていけばいいじゃない。そうしたら『ゴッツの店』の独自性のある見世物が出来るよね。凄い事じゃないのかな」
私の言葉にトニとリンダはこれでもかと言うぐらい目を見開いて固まった。
「独自性のある……」
「……見世物」
ゴクンと唾を飲み込んでトニとリンダは見つめ合っていた。
「ナツミってどこまで暢気なんだよ。取り巻きも含めたやり取りを見ただろ? 北の国がどうだとかファルの町がどうだとか。くだらない出身地にこだわって、いがみ合うやつらにそんな事が仲良く出来るのかよ」
鼻で笑ったのはソルだった。
分かっていないなぁソルは。私は人指し指を立てて軽く振った。
「別に仲良くしろなんて思わないよ。意見が違うけれども踊りを踊る事を目標にする人間だから出来る事なんだよ。別に喧嘩したっていいと思うし、意見がぶつかるならとことん言い合えばいいじゃない」
「えぇ~そんなのまとまるかよ」
それでもソルは口を歪めて天を仰いだ。
「……まとまらないと舞台は仕上がらないのだから。意地でもまとめるだろう? トニ、リンダ」
振り向くとニヤリと挑戦的な笑みを浮かべたゴッツさんが呟いていた。その顔を見たトニとリンダが嬉しそうに笑って強く頷いた。
「はい」
「やってみます」
先ほどまでいがみ合い泣いていたトニとリンダが嬉しそうに笑って二人頷いた。
「えぇ~マジかよ……女ってわけが分からない」
ソルが改めて落胆して呟いた。
「ナツミの一言が心に響いたのよきっと」
エッバがそんなソルの肩を叩きながら慰めていた。
「私が言わなくてもいつか気がついたはずだよ。とにかく楽しそうなトニとリンダでよかった」
私は微笑んで二人を見つめる。
あれ? しかしこれは「敵に塩を送る」ってやつかな。
ジルさんにバレたら怒られるかも。私が顔を青くした時、ネロさんが一人大きな拍手をはじめた。
「素晴らしい! 流石ナツミさん。競争相手に対しても対策を提案するとは! これで『ジルの店』が苦境に立たされる可能性もあると言うのに。心が広いですね」
ひーっ! 何て事を言い出すのこの人は。
「ち、違います! ちゃんと『ジルの店』についても考えていますから」
私は慌ててネロさん拍手する手に飛びついた。
「トニとリンダが考える舞台は直ぐには出来るわけではないだろうし。俺が思うにこのおにぎりは売れると思う。安心しろ『ジルの店』は当面安泰さ」
ゴッツさんがネロさんに向かって意見をしてくれた。
「当面安泰とは冷静な分析ですねぇ」
ネロさんは拍手を止めるとゴッツさんに向き直る。ゴッツさんはそんなネロさんの瞳を数秒見つめる。その間ネロさんはスウッと瞳を細めてゴッツさんを睨みつけた。
その様子に私は思わずゾクリとして、後頭部の髪の毛が逆立った。
「……心眼の力を持つゴッツさんに見つめられるのは緊張しますねぇ」
ポツリとネロさんが呟くと、ゴッツさんは口の端を上げて笑った。
「ふん……ネロはいつも何を考えているか分からなかったが、今日はこんなに分かりやすいとはな。ナツミに興味があるのか。滅多に人に興味を示さなかったお前が。珍しい」
「え?」
ゴッツさんの言葉に私は目を丸めてしまった。それからネロさんに振り向くといつもの様にニッコリと笑った。
「そりゃぁ興味がありますよ。だってナツミさんは何を考えているのか丸わかりなのに、口を開いたら僕が考えてもいない事を言い出すので楽しみで仕方ありません」
「どういう意味ですか。表情が丸わかりってそれはそれで困るんですけれども」
それにしても『滅多に人に興味を示さない』とは意外。そんな風にネロさんは見えないけれども。何にでも興味を示していると思うけれども。
「ふん……まぁいいさ。ところでナツミ、トニとリンダの舞台の件はまだ先になりそうだからな。他に俺の店が挑戦出来そうな事ってないか? 僅かな事でもいい。気がついた事があれば言ってみてくれないか」
「えー?! そんな事を突然言われても」
意見なんてあるはずがない。
舞台の話はたまたまなのに。私は驚いてゴッツさんを見つめるが、ゴッツさんの目が真剣で何も言えなくなってしまった。
「これは困りましたねぇナツミさん」
ネロさんが隣で両腕を組んだ。首を傾げて眉を八の字にしながら笑っている。
何故笑うのだろう。
「ネロさんその顔は全く困っていませんよね?」
「失礼ですねぇナツミさん。困っているのはナツミさんですよ。僕はナツミさんの面白い意見を待っているのです」
「えぇ~もう。ネロさんは本当にどうしようもないですね。少しは助けてくださいよ」
「助けるねぇ。そうですか……ではナツミさん考えを組み立てるのをお助けしましょうかね」
「はぁ」
何なの。考えを組み立てるって。私は意味が分からず首を傾げた。
ネロさんは人指し指を立てて「そう言えば──」と話しはじめた。
「ナツミさんは『ゴッツの店』の前に来た時、酷く驚いていましたけれども」
「ああ。それは『ジルの店』とは全く異なる外観だからお店の様子が全く分からないので驚いちゃって」
「この黒っぽい外観ですね。でも『ゴッツの店』と分かると「お洒落だ」と言っていましたね」
「お洒落に見えましたけれども、黒っぽい外観が凄く敷居が高くて、私が入るなんて場違いって気がしちゃって」
私がそこまで言うとエッバが突然声を上げた。
「分かる~ただでさえ『ファルの宿屋通り』の店は女には入りにくいっていうのに。想像していた以上って感じ。何が行われているのか怖くて入りにくいって言うか」
「そうそう。高級バーって言う気もするけれど、うーん。それよりも中には凄く綺麗なお姉さんがいるけれどもムチを持っていそうな感じって言うか」
「ムチ! あははそうよねぇ。むしろ男という猛獣を従えてそうよねぇ。ナツミったら上手いこと言うわね」
「あーそうかも。怖い感じするもんねぇ」
私とエッバが二人して手をつないで盛り上がると、私の言葉にゴッツさんが反応した。
「ムチ……だと?」
ゴッツさんの鋭い眼光が突き刺さり私とエッバは二人慌てて体を抱きしめ合って悲鳴を上げた。
「ヒッ。すみません! 勝手な私の想像です。場所が場所だけにSM的なお店っぽく見えたなんて事はないです」
私は鋭い眼光に睨まれてツルリと口走ってしまった。
その言葉にゴッツさんが口を半開きにした。
「ナツミの馬鹿っ。SMって何て事を言い出すのよ。ザームじゃあるまいし」
「えっ。何でSMは通じるの? ダイエットが通じなかったのに?」
「SMは分かるわよ。サドとマゾでしょ」
「えぇ~この世界の言葉の基準が謎なんだけれども……」
「それよりもSM的なお店って何よ。そんなの聞いた事ないわよ」
「そうなの? そういう私もそんなお店にいった事ないから分からないけれども……」
思わず口走ったが単にイメージだけで話しているので、そういったお店が実際どんなサービスを提供しているのか詳しくは知らない。
しかし突然大声でネロさんが叫んだ。
「それですよ~そのお店ですよ! いやぁナツミさんの思いつきや着想は素晴らしい! ねぇゴッツさん」
ネロさんが興奮しながら鼻息を荒くしてゴッツさんに振り向いた。
「そんな興奮しなくてもいいと思うのだけれども」
「いちいち大げさなのね」
私とエッバは二人共抱きついたまま目を丸くしていた。
「ああ本当だな。だが客が集まるか? そんな性癖は公言出来ないだろ? 俺の店がそれを大々的に売るにしたら、来るのはそれが目的ですと言っている様なものだろ」
ゴッツさんはそう呟くと考え込んでしまった。
「まぁ確かにそういう専門の店に通っているとは言いにくいよな。だけど、ザームさんみたいなのもいるし。他にも名前は言えないけれどもそういう性癖の人ってまぁまぁいるよな」
そう言えばとソルが話した。
「そうね。どうもそれっぽいお客だと感じる時があるわね」
「言われてみればそうかも。でもそういった事をしてくれと要求された事はないわよね」
リンダとトニも顔を見合わせてブツブツ言っていた。
「そこが狙い目ですよ。だってこの場所は『ファルの宿屋通り』ですよ? 別に娼館ではないですが快楽は提供出来るでしょ? それに店それぞれで軍人も多く立ち寄りますから彼らが話す情報は外部に漏らしてはお店が成り立ちませんから。それを武器に秘密にしておけばいい」
ネロさんがゴッツさんの目の前に座ると小さく呟いた。
「なるほど……そういう客が見極められるのなら、その客だけを遊戯に誘って別料金を取ればいいのか。外部には絶対に言わないと約束をして会員制にするとかも考えられるな。それならわざわざそういう遊戯が出来るという看板を掲げる必要はないな。あくまで決められた人間の裏メニューなのだから」
「そうですよ。ゴッツさんには心眼があるわけですから。お客を見極めるのは簡単でしょう」
まるで悪い事業に誘うが如くネロさんが饒舌に語る。どうしてそこまで楽しそうなのだろう。
「……いいかもしれないな」
以前から過激な事をしたいと言っていたゴッツさん。どうやらネロさんの口車に乗せられて本当にやりそうな勢いだ。
「待ってくださいよ。私達そんな遊戯が出来るとは思えないです。そうよねリンダ?」
「そうですよ。痛いのは嫌ですし痛めつけるのだって……ねぇ」
トニとリンダが顔を見合わせて困った様に呟く。それはそうだろう。急にそういったプレイを要求されても困る。
「どんな遊戯をするか明確にしておく必要はあるだろうな。俺もお前達が痛めつけられていいとは思っていない。しかしどんな遊戯をしたら客は喜ぶんだ? それこそ客それぞれだろ?」
全く方向性が掴めずに皆が首を捻る。
「じゃぁザームに聞いてみるってのは?」
エッバがポツリと呟いた。
「馬鹿言えよ。ザームさんは痛めつけられる方だろ? しかもかなり痛くていいんだぞ」
ソルがエッバの意見に嫌そうな顔をした。
「あ、そっか。痛めつけられる方の意見しか聞けないわね。ソルは──最近その手のと寝てないの?」
「その手と寝てないのかって……寝てないよ。俺のは大抵普通だから参考にならねぇよ」
「いざとなったら役に立たないのねぇ。それならザックやノアに聞いた方がまだ経験豊富かも」
「うるさいなぁ。それよりエッバ、ナツミの前で何て事を言うんだ」
「そうだった。ごめん……ナツミ」
何故か一生懸命意見を出そうとするエッバとソルだった。
「ううん。気にしてないから大丈夫。ザックとノアの話は本人からよく聞くしね……」
うん。もう驚くぐらい。私が遠い目をしながらそう言うと、エッバとソルが肩をすくめてしまった。
「あれ~? エッバもソルもそしてナツミさんも重要な誰かを忘れていませんかね」
ネロさんが私達の話に耳を傾けて首を傾げておどける。
「え」
「へ」
「あ」
私達三人は次々に声を上げてネロさんに視線を落とす。
「この一流の変態を忘れてはいませんかね」
ネロさんが何故か白い歯を見せて笑う。
「出来る事なら忘れていたかったです……」
私はエッバと抱き合ったまま俯いた。
「ネロがいい遊戯方法を伝授してくれるのか?」
とうとうゴッツさんまでもが興味を持って身を乗り出して来た。ざらざらと掠れた声で尋ねる。
「僕も専門ではありませんが、相手の気持ちに寄り添った遊戯は得意かと。よかったら優しいものからお伝えしますよ?」
ネロさんが首を傾げて銀縁眼鏡を光らせる。
「優しいものってどんな事ですか。それってやっぱり痛いんですか?」
それって遊戯と言うかプレイ内容を伝えるって事ですよねぇ?!
私は顔を赤くしたり青くしたりして喚く。するとネロさんが私の方に手を伸ばしてきた。
「皆さん勘違いしてますよ。痛い事や痛がる事が気持ちいいわけではないですよ。相手のして欲しい事を叶えるからいいんですよ。つまり快楽をどうやって得るかだと思いませんか? まぁ口で言ってもピンと来ないでしょうから体験するのはどうですか。何となくどんな遊戯をしたらいいかの手がかりになると思うんですよね。どうです? ナツミさん体験してみません?」
「わ、私?! 何で私が?! だって私は『ゴッツの店』の従業員じゃないですし」
「でもナツミさんが提案した事ですよ?」
「えっ?! それは結果的にそうなりましたけれども。提案するところまでは言ってはいないと思います」
何だか話がおかしな方向に転がりはじめた。
体験するなんてとんでもない。そもそもザック以外に触れられるなんて嫌だ。
ネロさんのうねうねと動く指が私に伸びてきたところで凜とした声が響いた。
「ネロさん、待ってください」
振り向くとプラチナブロンドを揺らして一歩前に出たリンダがいた。
「私に体験させてください」
美しく輝いた宝石の様な青い瞳が光った。
「エーッ!」
「何を言い出すの!」
「さっきまで青い顔をしていただろ!」
「そうよいきなりどうしたの!」
私、トニ、ソル、エッバが口々に叫んでリンダを取り囲む。どうしてしまったのだろう。
するとリンダが両手で頬を覆ってモジモジした。
「よく考えたら、こんな事を体験と言うか教えてもらえる事ってそうないと思うのよ。私は踊り一辺倒で男性との付き合いが踊り子の中では少ない方だし。折角の機会だから思い切って素直になってみようと」
「いきなり素直になりすぎだよ! リンダ自分を大切にするべきだよ」
「そうよ! よりにもよってひょろひょろのガリガリとやらなくても」
「さっき診察した時に何かおかしな薬でも飲まされたのか?」
「近くにザームってのがいるけどあいつのセックスはかなり変だし!」
私、トニ、ソル、エッバがリンダを取り囲んだまま唾が飛ぶぐらい呟く。何故エッバがザームさんの行為を知っているのだろう。
するとネロさんが両手を上に上げて嘆かわしいと首を左右に振った。
「皆さん何気に失礼ですねぇ。この中で誰も僕と一夜を共にした事ないでしょ? それに別にセックスしようと言っているわけではないですよ。それならリンダに体験してもらいながら皆さん覗いてはいかがですか? ナツミさんいい機会ですよ。僕のを覗く事が出来ますよ」
「え」
私は思わず固まってしまう。そうだ散々覗かれたネロさんを覗き返す事が出来る機会なんてそうないかもしれない……
私が固まった事で肯定と皆が受け取ったのかゴッツさんがパンと手を叩いた。
「よし決まりだな。それなら隣で覗く事が出来る部屋がある。皆来てくれ」
「「「そんな部屋があるんですか?」」」
ゴッツさんの言葉に私、ソル、エッバが思わず声を上げてしまった。唯一お店の事情を知っているトニだけが苦笑いをしていた。
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