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116 裏町へ その4
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「あいつの名前はねザームって言うの」
「ザームさん」
ザックに手を引っ張られながら最後のクプレプを口に放り込む。残念だけれどこれが最後の一口だ。
私のてを引っ張りながら一歩前を歩くザックは、隣に並ぶノアと小声で話をしていた。それでも行き交う人々から守りながら、真後ろにいる私にぶつからない様に気遣ってくれる。
ザックとノアがあいつが誰なのか説明してくれないので半ば諦めていた。しかしエッバが私に並んで説明をしてくれた。
「止めてよね。いちいち『さん』はいらないから。ザームって呼び捨てでいいの。皆そう呼んでるんだから。あ、ザック! そこの角は左だからね。ザームは今日、中央区画の湯屋にいるはずだから」
エッバは後ろから結構な大声でザックに話しかける。ザックは首を捻って後ろのエッバを見て苦笑いで頷いた。
「ザームか……分かったよ。呼び捨てにするね」
「そうよ、それでいいの。そもそもザームなんて『あいつ』で十分よ! あいつはザックとノアにくっついていただけの、おこぼれ野郎なんだから」
エッバが黒いチューブトップの前で腕を組みながら何度も頷いていた。
「おこぼれ野郎」
酷い言われ様だなぁザーム。どんな人なのだろう。
「ザックとノアと私も知り合って大分経つけれども、ザームという名前の人について聞いた事ないわ」
マリンも最後のクプレプを食べ終えて、私を挟んでエッバに尋ねる。
「変なヤツだからねザームは。いちいち話題に出す気もなかったのかもよ。ザームはザックとノアが軍学校に入る前からの付き合いよ。それこそ軍学校にザームは行かなかったけれども。昔はザームは何かあればザックとノアの二人に張り合おうとしてさ。女の数でも腕っ節でも二人に敵う事は何一つないくせに、すぐに二人の真似をしたがるの。ザックと同じ歳なのもあってか、いつも二人の後をついて行って、おこぼれにありついていたって感じなの。ザームはザックとノアさえ絡まなければ、まぁまぁ普通なんだけどね」
エッバが肩を上げて首を左右に振った。
「へぇ~」
どんな人なのかなぁ。
最近は片耳がないゴッツさんとか片目がないカイ大隊長とか。強面強烈な人物ばかりと出会う羽目になったからなぁ。大抵どんな人が来ても驚かないと思うけれど。
幾つか角を曲がり露店が減ったかと思うと急に開けた場所に出た。四方、五階建ての白壁の建物に囲まれた場所は、石畳が眩しく光っていた。
居住区の様だ。まだあどけない子供達がザックとノアを筆頭に私達を遠目で見つめていた。皆、生成りのシャツに白いズボンやチュニック姿だった。
ザックとノアが目立つのはいつもの理由だ。整った顔と鍛えられた体。皆が注目する上に、昔から縁のある場所なので顔見知りが多くいる様だ。周りの皆が二人に手を振っていた。
そんな中、私とマリンはカラフルな水着姿と人種が違うのもあり、それはそれは目立つ事。周りがザックとノアに手を振った後、私とマリンを見て固まっていた。
エッバも派手な服装だけれど、浅黒い肌と赤い髪は『ファルの町』の住人として溶け込んでいた。
開けた場所には特に何もない。奥の建物の入り口は大きく開いていて、桶やタオルを持った子供や女性が出入りしている。エッバが湯屋って言っていたから、あの入り口の向こうは銭湯なのかもしれない。
もちろん日中なので若い男性は仕事に出ているのかあまり見当たらない。肉づきの良い中年女性に若い女性達がザックとノアが来た事でざわついていた。
この二人はその場所にいるだけオーラが違う。魅力的で注目を集める。
そんなザックが不意に振り向き、私の片手を引っ張って隣に並ぶ様に引き寄せる。
「わっ」
不意に引っ張られて驚いてしまう。つんのめりながらザックの胸板に手を添えて体勢を整える。そんなザックは私の腰を抱いて微笑んだ。
「さぁ! ナツミ待望の徒党の親玉──そうだ『ぎゃんぐ』がそこにいるぜ」
そう言ってザックは目の前を見る様に軽く首を振った。
「え? お、親玉? ギャング?」
先ほど「それはない」って言ったのに。わけが分からず真正面を見る。
目の前には、突然布張りの大きなパラソルが立っていた。その日陰にはデッキチェアーに横たわる真っ黒に日焼けした男性がいる。上半身裸で、膝上丈の腰布を巻いているだけだ。
腰布一枚って! 皆チュニックやシャツとズボンなのに何故腰布?
しかもその腰布には金色と青い色の糸で裾に刺繍が施されていた。まるで古代エジプトの衣装の様。
日焼けした男性の体格はザックやノアと近かった。鍛え上げられた腹筋や胸板、大きく盛り上がった肩の筋肉が見える。
が、肝心の顔が角度をつけたパラソルによって遮られていて見えない。
両サイドには金色の踊り子衣装に身を包んだ見目麗しい女性が二人、孔雀の羽がついた様な扇子で男性を扇いでいた。
「もしかして……ハーレム?」
私が思わず呟いたのを聞いたザックとノアが同時に吹き出して肩を揺らして笑っている。
そんな二人を横目に、目の前に広がる光景に呆然としているのはマリンも同じだった。私とマリンの様子に溜め息をついたエッバが呟いた。
「この女性二人に扇がせているのはね、それこそ『ジルの店』の様な場所で女性を侍らせている──という設定なんだとか」
「そ、そうなのね。でもこれは……違う様な」
マリンも首を傾げ苦笑いになっていた。
「確かに店での男性との接点は踊り子やウエイトレスをしていると多いけど、別にこんな優雅な王様風はないよね……」
私はブツブツと思った事を呟いた。
「やっぱり。知らないからこんな事になるのよねきっと。本当にダサくって呆れるでしょ? だから軍人や上流階級の人間に馬鹿にされるってのに。これがザックとノアよりモテているという訴えらしいわ。全くあいつ──ザームってこういう馬鹿な演出をしたがるのよ。恥だって何度も言っているのに聞かなくて」
エッバが両手を上にして舌を出した。
うん。何となくザームという人物が分かってきた様な気がする。
そこで耐えきれなくなったザックとノアが腹を抱えて声を上げて笑い出す。
「駄目だ笑える。何だよあれ、あんな羽で扇がれたってこの暑さだぞ。熱気をかき混ぜるだけで意味ないだろ。ぶははは」
ザックが天を仰いで大笑いをした。
「こんな照り返しの酷い場所にパラソル一本立てて、デッキチェアーに寝転ぶって馬鹿じゃないのか? ハハハ」
ノアもザックの肩を叩いて笑った。
ザックとノアの声が建物に四方囲まれた広場で響く。その声を聞いたザームがピクリと動いてデッキチェアーから起き上がる。
「む。その声はもしかして! ザックとノアか?」
ザームは横で侍らせていた女性二人を手で制する。女性二人は扇子を畳んでスッと後ろに下がった。
「そーよ。ザーム、あんたの大好きな二人がわざわざ会いに来たの。ザックとノアがいるんだから早くこっちに来なさいよ」
エッバが両腕を腰に添えてよく通る声で呼ぶ。
「べ、別に大好きではない! むぅ。俺に会いにきただと?」
会いに来たと聞いた途端、少し弾んだ声と共にパラソルからザームが飛び出して来た。
そして、笑っているザックの前にあっという間にたどり着いた。
飛び出てきたザームの背や体格はザックやノアと変わりがない。鍛えられた筋肉は女性二人にマッサージされていたのかオイルでヌラヌラと艶やかになっていた。
ザックと同じ年齢だと言っていたはずだが、彼の頭部には髪の毛がなかった。実にツルリとしていてまるでダンさんの様だ。ファルの町のボウズ率って多いなぁ。
それにしても、頭部は綺麗な形な上にツルリとしている。頭もオイルマッサージを施した後なのかな。光る後頭部から首の下にかけて何か複雑な魔法陣をタトゥーで入れいていた。この辺りはアウトロー感がある。
顔は彫りが深く切れ長の目。赤いルビーの様な瞳は小さくて三白眼だった。簡単に言うと強面で実にインパクトのある人物だ。
「ふ、ふん! ザックは最近姿を裏町で見ないと思っていたがどうやら女を一人に絞ったそうだな?」
ザームは鍛え上げ日焼けした体を仰け反る。その姿はエッバの説明がなければザック達を威嚇している様に見える。
エッバの言葉の通りザームはザックとノアを好いているのは本当の様だ。ザームの後ろにないはずの尻尾が見える。あれだ大型犬が大好きな主人の元に飛んで来た感じだ。
その様子にザックとノアが視線を合わせて微かに頷いた様に見えた。それから私とマリンから手を離してエッバと共に少し後ろに下がっている様に目配せをした。
ザックのこの顔は──何かする気だろう。エッバの店を出る時から二人はコソコソと話をしていたし。
あれ程私に「徒党はない」って言ったのに。ザームに会った途端『親玉』とか『ギャング』と言った。どういう意味だろう。わけが分からないがザックの指示通り後ろに下がった。
そんな私の顔が不安そうにしていると感じたのかエッバは小声で話し始めた。
「ザームは馬鹿っぽいけどさ、って言うか馬鹿なんだけどさ。貧民街で身寄りのない子供や女達の世話をしているのよ。元々ザックとノアがしていた事なんだけどね。ザック達が軍人になったからザームが後を引き継いだのよ」
「! そ、そうなんだ」
私は小声ながら驚いた。慌ててマリンを見つめるが、マリンは知っていた様で静かに頷いていた。
知らなかった。ザック達が裏町の皆に慕われているのはそういう事だからなのか。
私は改めてザックの後ろ姿を見つめた。ザックの優しさに改めて感動した。
「私も世話してもらった一人でさ。身寄りのない私がさっきの店で働く様に口添えしてくれたのもザームとザック達なの。ナツミが言っていた徒党みたいなものだと思うけど、そんな悪いもんじゃないわよ。つまりザック達に憧れているのは女達だけじゃないって事。ザームは憧れているなんて認めないだろうけどね」
エッバがザックの後ろ姿を眩しそうに眺めた。
「皆の憧れだっていう事はよく知ってるよ……」
だって私もザックに救われたし。
ザックが好いてくれて、私を抱きしめてくれて。本当にザックで良かった。
そう思って微笑んだ。
私やマリン、エッバがそれぞれの思いを胸に秘め二人を見つめていた頃、ザックとノアは別の事を考えていた。
ザックとノアの視界の端には、建物の陰に隠れている奴隷商人の一人コルトがいた。
コルトの目的はザック達が裏町に来て何をしようとしているかを探る為だろう。どうやってコルトを撒くか考えながら複雑に裏町を歩いたが、ピッタリあとをついてくる。
これはノアが仲間の一人を追いかけた時と同じだ。『ファルの町』の地理にやたら詳しい。これは隠れ家の家主、エックハルトから仕入れた情報だろう。
ならば裏町の住民との接点はどうだろう? 将来は『ファルの町』で商売をするのだからそれなりに溶け込む必要があるだろう。しかし、ザックとノアの耳にはこれといった噂話や情報は入ってこない。『ジルの店』に頻繁に出入りしているソルですら情報を持っていなかった。まだ、エックハルトの様に誰一人取り込めていないのだろう。
では──こちらから罠を仕掛けてみよう。
ザームは変なヤツだが裏町で生き抜いてきた屈強な男だ。良いヤツだし俺とノアを慕っているのが凄く分かる。だが、どうもひねくれている性格で素直ではない。裏町の人間の特徴だろうか? 裏切られ、親と離れ苦しい生活で生き抜いていこうとすると人当たりがキツくなるのかもしれない。ただそれだけの事だ。
まぁ、それはいいか。更にザームは強面だから誤解をされやすい。
ならばそれを利用してみようか。ザックはノアに目で合図をした。
「ザーム。相変わらず女を侍らせての王様ごっこは健在だな」
ザックは両腕を胸の前で組んでザームの前で同じ様にふんぞり返った。同じ身長で筋肉ムキムキの男性二人が向かい合う。
遠目で見ると眼光が二人共鋭く、睨み合っている様に見える。
「む。そうだぞ。俺はザックとノア以上にこの裏町でモテるのだ」
ザームがニヤリと笑ってみせる。頭皮の髪の毛が全くない上に、眉毛も薄くほぼない。そんな大男が含みを持って笑うのだ。
とても怖いのに──微かに聞こえる会話の内容が内容だけに何とも締まりがない。
「ここはさ、ザックが『王様ごっこ』と言った事に対して怒るべきでは?」
私は思わずエッバに小声で尋ねてみる。エッバも嫌そうに顔をしかめて私を見た。
「だからそこなのよ馬鹿って事なの。ナツミも理解したならいちいち言わないでよっ」
エッバは心底嫌そうに私の顔の睨みつけると最後私の腕をペチンと叩いた。
「もう、痛いなぁ~」
「知らないわよ!」
エッバはプリプリ怒ってしまった。
そんな私とエッバのやり取りをザックは横目に微笑んでいた。
そうだ──ナツミとエッバも良い感じだな。
そうやって、あとをつけてコソコソ嗅ぎまわる奴隷商人のコルトとやらに、仲が悪そうだと誤解を与えてくれよ。
コルトには俺達『ジルの店』と裏町の人間が揉めている様に見せるんだ。
ザックは小さく拳を握った。
「ザームさん」
ザックに手を引っ張られながら最後のクプレプを口に放り込む。残念だけれどこれが最後の一口だ。
私のてを引っ張りながら一歩前を歩くザックは、隣に並ぶノアと小声で話をしていた。それでも行き交う人々から守りながら、真後ろにいる私にぶつからない様に気遣ってくれる。
ザックとノアがあいつが誰なのか説明してくれないので半ば諦めていた。しかしエッバが私に並んで説明をしてくれた。
「止めてよね。いちいち『さん』はいらないから。ザームって呼び捨てでいいの。皆そう呼んでるんだから。あ、ザック! そこの角は左だからね。ザームは今日、中央区画の湯屋にいるはずだから」
エッバは後ろから結構な大声でザックに話しかける。ザックは首を捻って後ろのエッバを見て苦笑いで頷いた。
「ザームか……分かったよ。呼び捨てにするね」
「そうよ、それでいいの。そもそもザームなんて『あいつ』で十分よ! あいつはザックとノアにくっついていただけの、おこぼれ野郎なんだから」
エッバが黒いチューブトップの前で腕を組みながら何度も頷いていた。
「おこぼれ野郎」
酷い言われ様だなぁザーム。どんな人なのだろう。
「ザックとノアと私も知り合って大分経つけれども、ザームという名前の人について聞いた事ないわ」
マリンも最後のクプレプを食べ終えて、私を挟んでエッバに尋ねる。
「変なヤツだからねザームは。いちいち話題に出す気もなかったのかもよ。ザームはザックとノアが軍学校に入る前からの付き合いよ。それこそ軍学校にザームは行かなかったけれども。昔はザームは何かあればザックとノアの二人に張り合おうとしてさ。女の数でも腕っ節でも二人に敵う事は何一つないくせに、すぐに二人の真似をしたがるの。ザックと同じ歳なのもあってか、いつも二人の後をついて行って、おこぼれにありついていたって感じなの。ザームはザックとノアさえ絡まなければ、まぁまぁ普通なんだけどね」
エッバが肩を上げて首を左右に振った。
「へぇ~」
どんな人なのかなぁ。
最近は片耳がないゴッツさんとか片目がないカイ大隊長とか。強面強烈な人物ばかりと出会う羽目になったからなぁ。大抵どんな人が来ても驚かないと思うけれど。
幾つか角を曲がり露店が減ったかと思うと急に開けた場所に出た。四方、五階建ての白壁の建物に囲まれた場所は、石畳が眩しく光っていた。
居住区の様だ。まだあどけない子供達がザックとノアを筆頭に私達を遠目で見つめていた。皆、生成りのシャツに白いズボンやチュニック姿だった。
ザックとノアが目立つのはいつもの理由だ。整った顔と鍛えられた体。皆が注目する上に、昔から縁のある場所なので顔見知りが多くいる様だ。周りの皆が二人に手を振っていた。
そんな中、私とマリンはカラフルな水着姿と人種が違うのもあり、それはそれは目立つ事。周りがザックとノアに手を振った後、私とマリンを見て固まっていた。
エッバも派手な服装だけれど、浅黒い肌と赤い髪は『ファルの町』の住人として溶け込んでいた。
開けた場所には特に何もない。奥の建物の入り口は大きく開いていて、桶やタオルを持った子供や女性が出入りしている。エッバが湯屋って言っていたから、あの入り口の向こうは銭湯なのかもしれない。
もちろん日中なので若い男性は仕事に出ているのかあまり見当たらない。肉づきの良い中年女性に若い女性達がザックとノアが来た事でざわついていた。
この二人はその場所にいるだけオーラが違う。魅力的で注目を集める。
そんなザックが不意に振り向き、私の片手を引っ張って隣に並ぶ様に引き寄せる。
「わっ」
不意に引っ張られて驚いてしまう。つんのめりながらザックの胸板に手を添えて体勢を整える。そんなザックは私の腰を抱いて微笑んだ。
「さぁ! ナツミ待望の徒党の親玉──そうだ『ぎゃんぐ』がそこにいるぜ」
そう言ってザックは目の前を見る様に軽く首を振った。
「え? お、親玉? ギャング?」
先ほど「それはない」って言ったのに。わけが分からず真正面を見る。
目の前には、突然布張りの大きなパラソルが立っていた。その日陰にはデッキチェアーに横たわる真っ黒に日焼けした男性がいる。上半身裸で、膝上丈の腰布を巻いているだけだ。
腰布一枚って! 皆チュニックやシャツとズボンなのに何故腰布?
しかもその腰布には金色と青い色の糸で裾に刺繍が施されていた。まるで古代エジプトの衣装の様。
日焼けした男性の体格はザックやノアと近かった。鍛え上げられた腹筋や胸板、大きく盛り上がった肩の筋肉が見える。
が、肝心の顔が角度をつけたパラソルによって遮られていて見えない。
両サイドには金色の踊り子衣装に身を包んだ見目麗しい女性が二人、孔雀の羽がついた様な扇子で男性を扇いでいた。
「もしかして……ハーレム?」
私が思わず呟いたのを聞いたザックとノアが同時に吹き出して肩を揺らして笑っている。
そんな二人を横目に、目の前に広がる光景に呆然としているのはマリンも同じだった。私とマリンの様子に溜め息をついたエッバが呟いた。
「この女性二人に扇がせているのはね、それこそ『ジルの店』の様な場所で女性を侍らせている──という設定なんだとか」
「そ、そうなのね。でもこれは……違う様な」
マリンも首を傾げ苦笑いになっていた。
「確かに店での男性との接点は踊り子やウエイトレスをしていると多いけど、別にこんな優雅な王様風はないよね……」
私はブツブツと思った事を呟いた。
「やっぱり。知らないからこんな事になるのよねきっと。本当にダサくって呆れるでしょ? だから軍人や上流階級の人間に馬鹿にされるってのに。これがザックとノアよりモテているという訴えらしいわ。全くあいつ──ザームってこういう馬鹿な演出をしたがるのよ。恥だって何度も言っているのに聞かなくて」
エッバが両手を上にして舌を出した。
うん。何となくザームという人物が分かってきた様な気がする。
そこで耐えきれなくなったザックとノアが腹を抱えて声を上げて笑い出す。
「駄目だ笑える。何だよあれ、あんな羽で扇がれたってこの暑さだぞ。熱気をかき混ぜるだけで意味ないだろ。ぶははは」
ザックが天を仰いで大笑いをした。
「こんな照り返しの酷い場所にパラソル一本立てて、デッキチェアーに寝転ぶって馬鹿じゃないのか? ハハハ」
ノアもザックの肩を叩いて笑った。
ザックとノアの声が建物に四方囲まれた広場で響く。その声を聞いたザームがピクリと動いてデッキチェアーから起き上がる。
「む。その声はもしかして! ザックとノアか?」
ザームは横で侍らせていた女性二人を手で制する。女性二人は扇子を畳んでスッと後ろに下がった。
「そーよ。ザーム、あんたの大好きな二人がわざわざ会いに来たの。ザックとノアがいるんだから早くこっちに来なさいよ」
エッバが両腕を腰に添えてよく通る声で呼ぶ。
「べ、別に大好きではない! むぅ。俺に会いにきただと?」
会いに来たと聞いた途端、少し弾んだ声と共にパラソルからザームが飛び出して来た。
そして、笑っているザックの前にあっという間にたどり着いた。
飛び出てきたザームの背や体格はザックやノアと変わりがない。鍛えられた筋肉は女性二人にマッサージされていたのかオイルでヌラヌラと艶やかになっていた。
ザックと同じ年齢だと言っていたはずだが、彼の頭部には髪の毛がなかった。実にツルリとしていてまるでダンさんの様だ。ファルの町のボウズ率って多いなぁ。
それにしても、頭部は綺麗な形な上にツルリとしている。頭もオイルマッサージを施した後なのかな。光る後頭部から首の下にかけて何か複雑な魔法陣をタトゥーで入れいていた。この辺りはアウトロー感がある。
顔は彫りが深く切れ長の目。赤いルビーの様な瞳は小さくて三白眼だった。簡単に言うと強面で実にインパクトのある人物だ。
「ふ、ふん! ザックは最近姿を裏町で見ないと思っていたがどうやら女を一人に絞ったそうだな?」
ザームは鍛え上げ日焼けした体を仰け反る。その姿はエッバの説明がなければザック達を威嚇している様に見える。
エッバの言葉の通りザームはザックとノアを好いているのは本当の様だ。ザームの後ろにないはずの尻尾が見える。あれだ大型犬が大好きな主人の元に飛んで来た感じだ。
その様子にザックとノアが視線を合わせて微かに頷いた様に見えた。それから私とマリンから手を離してエッバと共に少し後ろに下がっている様に目配せをした。
ザックのこの顔は──何かする気だろう。エッバの店を出る時から二人はコソコソと話をしていたし。
あれ程私に「徒党はない」って言ったのに。ザームに会った途端『親玉』とか『ギャング』と言った。どういう意味だろう。わけが分からないがザックの指示通り後ろに下がった。
そんな私の顔が不安そうにしていると感じたのかエッバは小声で話し始めた。
「ザームは馬鹿っぽいけどさ、って言うか馬鹿なんだけどさ。貧民街で身寄りのない子供や女達の世話をしているのよ。元々ザックとノアがしていた事なんだけどね。ザック達が軍人になったからザームが後を引き継いだのよ」
「! そ、そうなんだ」
私は小声ながら驚いた。慌ててマリンを見つめるが、マリンは知っていた様で静かに頷いていた。
知らなかった。ザック達が裏町の皆に慕われているのはそういう事だからなのか。
私は改めてザックの後ろ姿を見つめた。ザックの優しさに改めて感動した。
「私も世話してもらった一人でさ。身寄りのない私がさっきの店で働く様に口添えしてくれたのもザームとザック達なの。ナツミが言っていた徒党みたいなものだと思うけど、そんな悪いもんじゃないわよ。つまりザック達に憧れているのは女達だけじゃないって事。ザームは憧れているなんて認めないだろうけどね」
エッバがザックの後ろ姿を眩しそうに眺めた。
「皆の憧れだっていう事はよく知ってるよ……」
だって私もザックに救われたし。
ザックが好いてくれて、私を抱きしめてくれて。本当にザックで良かった。
そう思って微笑んだ。
私やマリン、エッバがそれぞれの思いを胸に秘め二人を見つめていた頃、ザックとノアは別の事を考えていた。
ザックとノアの視界の端には、建物の陰に隠れている奴隷商人の一人コルトがいた。
コルトの目的はザック達が裏町に来て何をしようとしているかを探る為だろう。どうやってコルトを撒くか考えながら複雑に裏町を歩いたが、ピッタリあとをついてくる。
これはノアが仲間の一人を追いかけた時と同じだ。『ファルの町』の地理にやたら詳しい。これは隠れ家の家主、エックハルトから仕入れた情報だろう。
ならば裏町の住民との接点はどうだろう? 将来は『ファルの町』で商売をするのだからそれなりに溶け込む必要があるだろう。しかし、ザックとノアの耳にはこれといった噂話や情報は入ってこない。『ジルの店』に頻繁に出入りしているソルですら情報を持っていなかった。まだ、エックハルトの様に誰一人取り込めていないのだろう。
では──こちらから罠を仕掛けてみよう。
ザームは変なヤツだが裏町で生き抜いてきた屈強な男だ。良いヤツだし俺とノアを慕っているのが凄く分かる。だが、どうもひねくれている性格で素直ではない。裏町の人間の特徴だろうか? 裏切られ、親と離れ苦しい生活で生き抜いていこうとすると人当たりがキツくなるのかもしれない。ただそれだけの事だ。
まぁ、それはいいか。更にザームは強面だから誤解をされやすい。
ならばそれを利用してみようか。ザックはノアに目で合図をした。
「ザーム。相変わらず女を侍らせての王様ごっこは健在だな」
ザックは両腕を胸の前で組んでザームの前で同じ様にふんぞり返った。同じ身長で筋肉ムキムキの男性二人が向かい合う。
遠目で見ると眼光が二人共鋭く、睨み合っている様に見える。
「む。そうだぞ。俺はザックとノア以上にこの裏町でモテるのだ」
ザームがニヤリと笑ってみせる。頭皮の髪の毛が全くない上に、眉毛も薄くほぼない。そんな大男が含みを持って笑うのだ。
とても怖いのに──微かに聞こえる会話の内容が内容だけに何とも締まりがない。
「ここはさ、ザックが『王様ごっこ』と言った事に対して怒るべきでは?」
私は思わずエッバに小声で尋ねてみる。エッバも嫌そうに顔をしかめて私を見た。
「だからそこなのよ馬鹿って事なの。ナツミも理解したならいちいち言わないでよっ」
エッバは心底嫌そうに私の顔の睨みつけると最後私の腕をペチンと叩いた。
「もう、痛いなぁ~」
「知らないわよ!」
エッバはプリプリ怒ってしまった。
そんな私とエッバのやり取りをザックは横目に微笑んでいた。
そうだ──ナツミとエッバも良い感じだな。
そうやって、あとをつけてコソコソ嗅ぎまわる奴隷商人のコルトとやらに、仲が悪そうだと誤解を与えてくれよ。
コルトには俺達『ジルの店』と裏町の人間が揉めている様に見せるんだ。
ザックは小さく拳を握った。
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桜庭かなめ
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紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。
明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。
ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。
「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」
「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」
明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!
※特別編8が完結しました!(2024.7.19)
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