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115 裏町へ その3
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「店番を代わってもらったから早速あいつのところへ行くわよって……ナツミ、そんな巻き方だと具を溢しながら歩く事になるわよ」
カウンターの外に出たエッバが私の側に来て手元を見つめる。エッバの店でテイクアウト出来るのは、厚手のクレープ生地の様なものに二、三種類の具を選択して巻く『クプレプ』という食べ物だった。
見た目はクレープ風なのだけれど、クレープより生地がしっかりしている。タコスの生地を少し薄くした様な感じだった。クルクル巻くと反動で元の円形に戻る。しかし折り曲げるとちぎれそう。つまり、思う様に上手く巻けない。
「上手に巻けなくてね。マリンのを見様見真似で巻いてみたけど、違う?」
挽き肉と生玉ねぎのみじん切りそしてトマトに似た赤い野菜を厚手のクレープ風の生地に巻いてみたがどうも下から挽き肉がポロポロとこぼれる。
「プッ。へぇ~意外と不器用なのね。何か子供みたい」
エッバが肩を上げて笑った。
おかしいな。マリンは綺麗に巻けているのに何が違うのかな。そんな私のクプレプを横から覗き込んだのはザックだった。
「下の折り曲げ方が甘いからな。だから最初はこの部分をこうして折ってさ」
ザックが改めて巻き直して私に手渡してくれた。ザックが巻き直すと下から具がこぼれなくなった。上の方は具がぎっしり詰まっているのが見える。綺麗に巻かれて見栄えがいい。
「おお~美味しそう。ありがとう。って、ザックはもう食べ終わったの?」
先程までザックの手に握られていたはずなのに。クプレプはなくなっていた。おにぎりの時も思ったけれどかなりの早食いだ。
「そんなに驚く事か? こんなの三口ぐらいで終わりだぜ。軍人は時間がないから早食いが多いんだよ。ほら、ノアも喰い終わったぞ」
ザックが顎をしゃくってノアを見る様に促す。視線をノアに移すと、最後の一口を咀嚼している最中だった。私はマリンと目を合わせて溜め息をついた。
「そんなぁ。ザックの味はどう? とか言いながら一口もらおうと思ったのに」
私が口を尖らせるとエッバが軽く笑い私の肩を叩いた。
「何よそれ? 面白い事を言うわね。そうね、ファルの町で働くヤツらはせっかちなヤツが多いからね。このクプレプは手軽に食べる事が出来るから朝食や昼食代わりにする人がいるわ。でも男だとボリュームが物足りないかもね。だけど色んな食材を一度に食べる事が出来るから良いでしょ?」
「うん! 頂きます~」
私はマリンと一緒に一口目を囓った。
一口食べて目を見開く。挽き肉はしっかりと味がついていて、後味がピリッとする。辛みが強いけれど肉の臭みがなくてあっさりと食べられる。みじん切りの玉ねぎがアクセントになって美味しい。
「この挽き肉の味付けが! モグモグ……」
「モグモグ。本当ねエッバのおすすめ通りの具材にして良かったわね」
私とマリンが口を忙しく動かして感嘆の声を上げる。すると、エッバが嬉しそうに笑った。しかし、私と視線が合うと慌ててそっぽを向いた。
何故そっぽを向くの? 私はモグモグと口を動かしながらエッバを見つめて首を傾げた。
「ふ、ふん、当たり前よ! この微妙な味付けはウチの店のものなんだから。まぁ『ファルの宿屋通り』で毎日酒と高級な食事を振る舞うあんた達には、この良さが分からないだろうけどね。どうせ裏町の味だからって馬鹿にするんでしょ」
エッバは頬を染めながらも頑なだった。腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「エッバ、お前なぁ」
「そこで嫌味を言うとか」
ザックとノアが呆れて声を上げる。
その声を聞いた途端、顔を真っ赤にしたエッバがザックとノアに食ってかかる。
「うるさいわねぇ! 人気の店の踊り子が裏町で食事をするのは、大抵店に来る軍人の付き合いか暇つぶしでしかないでしょ。この間も店に来た、北の国出身の踊り子なんて『味付けが濃いばかりの手掴みで食べる食事なんて口に合うと思わなかった』とか言ったのよ。失礼でしょ?! 『ファルの町』出身なら懐かしい味なのに、馬鹿にしすぎよ。……マリンは北の国の出だろうし、ナツミに限っては黒髪だから東の国の出なのでしょ。こんな貧民街の味が分かるはずがないのよ」
エッバは早口でまくし立てた。それはザックとノアが仰け反る程の大声だった。
私は『ファルの町』出身ではないけれど素直に美味しいと感じた。そんな風に言う人がいるせいで同じ様に思われてしまうのならば落ち込んでしまう。そもそも踊り子だからと言って、高級な食事をしているわけではない。三食付いてくるけれどもそれは仕事の報酬の一つだし。大きな誤解があると思うが、心ない発言をする踊り子も現実にいるのだろう。
「凄く美味しいのに裏町の味。『ファルの町』出身ではない私は理解出来ないのかな……」
「私はこの挽き肉の味付け凄く好きなのに……」
私とマリンは俯き暗い顔をして無言で二口、三口と頬張っていく。
私達の声にエッバは振り返り笑顔になる。しかし、すぐに笑顔を隠して口を歪ませる。再び両腕を組んで仰け反った。
「わ、分かればいいのよ。うん……そうやって『美味しい』って素直に言えば私だってさ!!」
エッバは何故か笑顔を我慢している。その為口の端がプルプルと震えている。
もしかして単なるツンデレ? ザックの付き合っていた女性達はトニをはじめ気の強い女性が多いなぁ。
「良かったぁ。今度食べる時は違う組み合わせで食べてみたいな。エッバその時は教えてね。うん、美味しい!」
私はエッバの笑顔を少しだけでも見る事が出来たので安心して、半分になったクプレプに再び齧りつく。
「あ、う、うん。別の組み合わせね。分かったわ」
エッバが気が抜けたのか両腕を解いて返事をしてくれた。
「具材によっては沢山の組み合わせが出来るわね。果物を入れても良さそうね。うん。美味しい~」
マリンも一緒に食べる。ニッコリ微笑む笑顔は相変わらず薔薇色だ。私とエッバは思わず見とれる。
「……はっ! 見とれるとか、私は何をしてるの。そ、そうね。果物もありよ」
マリンの笑顔に目を奪われてポーッとしていたエッバは、慌てて意識を取り戻し素直に頷いた。
「相変わらず嫌味が通じないとはな。ナツミは無敵だな。無敵過ぎて心臓に毛が生えているのだろうな」
ノアが失礼な事を呟いた。
「そうさ無敵なのさ! つまらない事でツンツンするのは無駄だぞ。エッバ」
最後にザックも笑いながらエッバの肩を叩いた。
エッバはザックを見上げ細く綺麗に描いた眉を下げた。それから溜め息をついて首を軽く振った。馬の尻尾に似たポニーテールが揺れる。
「あーあ……喧嘩にもならないなんて。こんなに素直じゃこっちが拍子抜けするっての。ソルの言っていた事は本当なのね。敵わないって──こういう事だったのね。諦めもつくわ」
エッバは両手を上に上げて苦笑いをした。
ソルの言っていた事って何だろう。ソルって勘違いが多いから何だか歪曲して私の話を言いふらしたのかも。ソルにはトニとの一悶着も目撃されているし。
ザックを無言で見つめると彼はニヤリと笑い、私の頭の上にポコンと拳を置いて短い髪の毛を撫でた。
「ナツミはそのままでいいって事さ。さて、喰いながらあいつに会いに行こうぜ」
「そうだな。あいつは昼になると違う女がいる場所に移動するかもしれないし」
ノアもマリンの側に立ってほっぺたについたソースを拭っていた。
その様子に私は首を傾げた。先ほどから言っている『あいつ』とは誰だろう。
「あいつって誰の事?」
クプレプを片手にザックに尋ねるとエッバが代わりに答えてくれた。
「裏町を仕切っているヤツよ。と言っても、ザックやノアが裏町にいた頃からの付き合いよ。ザックとノアには全く歯が立たなかったヤツだけどね。って言うかナツミはザックの恋人なのに知らないの? ああ……仕方ないか、最近なのよね? 『ファルの町』に来たの」
エッバが途中で呆れたが、私の頭から足の爪先まで視線を移動し最後は一人納得していた。
私はエッバの前半の言葉を反芻する。
「もしかして、裏町を取り仕切っているヤツって事は、ギャングとかチーマーとかそういうのかな?」
私はエッバに飛びついて尋ねる。ザックに徒党やシマを荒らすな的な話をしたら、笑われたけれども私は疑っていた。絶対あると思うのだよね。
「ぎゃ、ぎゃんぐ? って何よそれ」
単語が分からずエッバは首を傾げた。
「集団で徒党を組むと言うかね。裏町を取り仕切っているならそういう集団が幾つかあるのかなって。そして徒党同士の揉め事が裏町ではあるのではないかと」
「何よそれぇ。受けるし! アハハハ」
エッバは私の言葉に半ば呆れながら最後は笑い飛ばした。
「そういうのないの? 本当に?」
ザックやノアと同じ態度なので、私は肩を落とし眉を下げてザックを見上げる。ザックは金髪をかき上げながら笑った。
「ナツミは裏町にそういった物語があると信じてるんだな」
「だって……ザックが昔は喧嘩と女に明けくれていたって言うから。きっと毎日徒党同士の喧嘩をして、女性の取り合いとかしていたのかなって」
私が少し残ったクプレプを片手に持ちながら口を尖らせる。
するとザックやエッバそしてノアやマリンが顔を見合わせながら吹き出していた。
「傑作だろ?」
ザックが私の頭を撫でながらエッバに微笑んでいた。
エッバも応える様に肩を上げた。
「面白い発想ね。そんな事を考えていたの? ナツミがいた東の国は治安が悪いんだね。ないわよそんなの。貧民街はね至って平和よ。細かい争いはあるけれども、それは個人の問題よね。大体、徒党なんてそんな事されたら住みにくくて困るわよ」
「そうなんだ……」
日本の治安が悪いとは心外だ。しかし、どうやら住民として問題はない様だ。
エッバは更に人指し指を立てて説明してくれた。
「たださ『ファルの町』以外のよそ者が、貧民街の奥で誰の断りもなくウロウロするのは歓迎されないわ。裏町の奥に入り込みすぎた場合、軽く脅されたり暴行されたりするかもしれないけれどもね。アハハハ~」
「そ、そうなんだ。アハハハ~」
それは平和なのだろうか? 私はひきつりながら笑った。
私とエッバの会話を聞いていたザックが何かに気がついたのか片手で口を覆った。
「待てよ? そのナツミの発想と言うか考え方は使えるかも……そうだ、そうだ。いい事を思いついた。なぁノア、耳を貸せよ」
ザックが口を覆った間呟いているがよく聞こえない。最後、隣に立っていたノアに突然耳打ちをした。ノアは最初の方は眉間に皺を寄せたが、ザックの言葉に徐々に目を丸めてニヤリと笑った。
「ふ、それは良い案だな。やってみるか。どうせあいつ相手だし」
「そうさあいつだしな。エッバ、あいつの場所まで連れていってくれ」
「分かったわ、行きましょ」
エッバが首を外に向けて振る。馬の尻尾の様なポニーテールを揺らし歩き出した。
「ザック。だからあいつって誰なの?」
あいつが誰だか分からないまま私は片手をザックに引かれ、また片手には食べかけのクプレプを持ったまま店の外に歩き出した。
カウンターの外に出たエッバが私の側に来て手元を見つめる。エッバの店でテイクアウト出来るのは、厚手のクレープ生地の様なものに二、三種類の具を選択して巻く『クプレプ』という食べ物だった。
見た目はクレープ風なのだけれど、クレープより生地がしっかりしている。タコスの生地を少し薄くした様な感じだった。クルクル巻くと反動で元の円形に戻る。しかし折り曲げるとちぎれそう。つまり、思う様に上手く巻けない。
「上手に巻けなくてね。マリンのを見様見真似で巻いてみたけど、違う?」
挽き肉と生玉ねぎのみじん切りそしてトマトに似た赤い野菜を厚手のクレープ風の生地に巻いてみたがどうも下から挽き肉がポロポロとこぼれる。
「プッ。へぇ~意外と不器用なのね。何か子供みたい」
エッバが肩を上げて笑った。
おかしいな。マリンは綺麗に巻けているのに何が違うのかな。そんな私のクプレプを横から覗き込んだのはザックだった。
「下の折り曲げ方が甘いからな。だから最初はこの部分をこうして折ってさ」
ザックが改めて巻き直して私に手渡してくれた。ザックが巻き直すと下から具がこぼれなくなった。上の方は具がぎっしり詰まっているのが見える。綺麗に巻かれて見栄えがいい。
「おお~美味しそう。ありがとう。って、ザックはもう食べ終わったの?」
先程までザックの手に握られていたはずなのに。クプレプはなくなっていた。おにぎりの時も思ったけれどかなりの早食いだ。
「そんなに驚く事か? こんなの三口ぐらいで終わりだぜ。軍人は時間がないから早食いが多いんだよ。ほら、ノアも喰い終わったぞ」
ザックが顎をしゃくってノアを見る様に促す。視線をノアに移すと、最後の一口を咀嚼している最中だった。私はマリンと目を合わせて溜め息をついた。
「そんなぁ。ザックの味はどう? とか言いながら一口もらおうと思ったのに」
私が口を尖らせるとエッバが軽く笑い私の肩を叩いた。
「何よそれ? 面白い事を言うわね。そうね、ファルの町で働くヤツらはせっかちなヤツが多いからね。このクプレプは手軽に食べる事が出来るから朝食や昼食代わりにする人がいるわ。でも男だとボリュームが物足りないかもね。だけど色んな食材を一度に食べる事が出来るから良いでしょ?」
「うん! 頂きます~」
私はマリンと一緒に一口目を囓った。
一口食べて目を見開く。挽き肉はしっかりと味がついていて、後味がピリッとする。辛みが強いけれど肉の臭みがなくてあっさりと食べられる。みじん切りの玉ねぎがアクセントになって美味しい。
「この挽き肉の味付けが! モグモグ……」
「モグモグ。本当ねエッバのおすすめ通りの具材にして良かったわね」
私とマリンが口を忙しく動かして感嘆の声を上げる。すると、エッバが嬉しそうに笑った。しかし、私と視線が合うと慌ててそっぽを向いた。
何故そっぽを向くの? 私はモグモグと口を動かしながらエッバを見つめて首を傾げた。
「ふ、ふん、当たり前よ! この微妙な味付けはウチの店のものなんだから。まぁ『ファルの宿屋通り』で毎日酒と高級な食事を振る舞うあんた達には、この良さが分からないだろうけどね。どうせ裏町の味だからって馬鹿にするんでしょ」
エッバは頬を染めながらも頑なだった。腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「エッバ、お前なぁ」
「そこで嫌味を言うとか」
ザックとノアが呆れて声を上げる。
その声を聞いた途端、顔を真っ赤にしたエッバがザックとノアに食ってかかる。
「うるさいわねぇ! 人気の店の踊り子が裏町で食事をするのは、大抵店に来る軍人の付き合いか暇つぶしでしかないでしょ。この間も店に来た、北の国出身の踊り子なんて『味付けが濃いばかりの手掴みで食べる食事なんて口に合うと思わなかった』とか言ったのよ。失礼でしょ?! 『ファルの町』出身なら懐かしい味なのに、馬鹿にしすぎよ。……マリンは北の国の出だろうし、ナツミに限っては黒髪だから東の国の出なのでしょ。こんな貧民街の味が分かるはずがないのよ」
エッバは早口でまくし立てた。それはザックとノアが仰け反る程の大声だった。
私は『ファルの町』出身ではないけれど素直に美味しいと感じた。そんな風に言う人がいるせいで同じ様に思われてしまうのならば落ち込んでしまう。そもそも踊り子だからと言って、高級な食事をしているわけではない。三食付いてくるけれどもそれは仕事の報酬の一つだし。大きな誤解があると思うが、心ない発言をする踊り子も現実にいるのだろう。
「凄く美味しいのに裏町の味。『ファルの町』出身ではない私は理解出来ないのかな……」
「私はこの挽き肉の味付け凄く好きなのに……」
私とマリンは俯き暗い顔をして無言で二口、三口と頬張っていく。
私達の声にエッバは振り返り笑顔になる。しかし、すぐに笑顔を隠して口を歪ませる。再び両腕を組んで仰け反った。
「わ、分かればいいのよ。うん……そうやって『美味しい』って素直に言えば私だってさ!!」
エッバは何故か笑顔を我慢している。その為口の端がプルプルと震えている。
もしかして単なるツンデレ? ザックの付き合っていた女性達はトニをはじめ気の強い女性が多いなぁ。
「良かったぁ。今度食べる時は違う組み合わせで食べてみたいな。エッバその時は教えてね。うん、美味しい!」
私はエッバの笑顔を少しだけでも見る事が出来たので安心して、半分になったクプレプに再び齧りつく。
「あ、う、うん。別の組み合わせね。分かったわ」
エッバが気が抜けたのか両腕を解いて返事をしてくれた。
「具材によっては沢山の組み合わせが出来るわね。果物を入れても良さそうね。うん。美味しい~」
マリンも一緒に食べる。ニッコリ微笑む笑顔は相変わらず薔薇色だ。私とエッバは思わず見とれる。
「……はっ! 見とれるとか、私は何をしてるの。そ、そうね。果物もありよ」
マリンの笑顔に目を奪われてポーッとしていたエッバは、慌てて意識を取り戻し素直に頷いた。
「相変わらず嫌味が通じないとはな。ナツミは無敵だな。無敵過ぎて心臓に毛が生えているのだろうな」
ノアが失礼な事を呟いた。
「そうさ無敵なのさ! つまらない事でツンツンするのは無駄だぞ。エッバ」
最後にザックも笑いながらエッバの肩を叩いた。
エッバはザックを見上げ細く綺麗に描いた眉を下げた。それから溜め息をついて首を軽く振った。馬の尻尾に似たポニーテールが揺れる。
「あーあ……喧嘩にもならないなんて。こんなに素直じゃこっちが拍子抜けするっての。ソルの言っていた事は本当なのね。敵わないって──こういう事だったのね。諦めもつくわ」
エッバは両手を上に上げて苦笑いをした。
ソルの言っていた事って何だろう。ソルって勘違いが多いから何だか歪曲して私の話を言いふらしたのかも。ソルにはトニとの一悶着も目撃されているし。
ザックを無言で見つめると彼はニヤリと笑い、私の頭の上にポコンと拳を置いて短い髪の毛を撫でた。
「ナツミはそのままでいいって事さ。さて、喰いながらあいつに会いに行こうぜ」
「そうだな。あいつは昼になると違う女がいる場所に移動するかもしれないし」
ノアもマリンの側に立ってほっぺたについたソースを拭っていた。
その様子に私は首を傾げた。先ほどから言っている『あいつ』とは誰だろう。
「あいつって誰の事?」
クプレプを片手にザックに尋ねるとエッバが代わりに答えてくれた。
「裏町を仕切っているヤツよ。と言っても、ザックやノアが裏町にいた頃からの付き合いよ。ザックとノアには全く歯が立たなかったヤツだけどね。って言うかナツミはザックの恋人なのに知らないの? ああ……仕方ないか、最近なのよね? 『ファルの町』に来たの」
エッバが途中で呆れたが、私の頭から足の爪先まで視線を移動し最後は一人納得していた。
私はエッバの前半の言葉を反芻する。
「もしかして、裏町を取り仕切っているヤツって事は、ギャングとかチーマーとかそういうのかな?」
私はエッバに飛びついて尋ねる。ザックに徒党やシマを荒らすな的な話をしたら、笑われたけれども私は疑っていた。絶対あると思うのだよね。
「ぎゃ、ぎゃんぐ? って何よそれ」
単語が分からずエッバは首を傾げた。
「集団で徒党を組むと言うかね。裏町を取り仕切っているならそういう集団が幾つかあるのかなって。そして徒党同士の揉め事が裏町ではあるのではないかと」
「何よそれぇ。受けるし! アハハハ」
エッバは私の言葉に半ば呆れながら最後は笑い飛ばした。
「そういうのないの? 本当に?」
ザックやノアと同じ態度なので、私は肩を落とし眉を下げてザックを見上げる。ザックは金髪をかき上げながら笑った。
「ナツミは裏町にそういった物語があると信じてるんだな」
「だって……ザックが昔は喧嘩と女に明けくれていたって言うから。きっと毎日徒党同士の喧嘩をして、女性の取り合いとかしていたのかなって」
私が少し残ったクプレプを片手に持ちながら口を尖らせる。
するとザックやエッバそしてノアやマリンが顔を見合わせながら吹き出していた。
「傑作だろ?」
ザックが私の頭を撫でながらエッバに微笑んでいた。
エッバも応える様に肩を上げた。
「面白い発想ね。そんな事を考えていたの? ナツミがいた東の国は治安が悪いんだね。ないわよそんなの。貧民街はね至って平和よ。細かい争いはあるけれども、それは個人の問題よね。大体、徒党なんてそんな事されたら住みにくくて困るわよ」
「そうなんだ……」
日本の治安が悪いとは心外だ。しかし、どうやら住民として問題はない様だ。
エッバは更に人指し指を立てて説明してくれた。
「たださ『ファルの町』以外のよそ者が、貧民街の奥で誰の断りもなくウロウロするのは歓迎されないわ。裏町の奥に入り込みすぎた場合、軽く脅されたり暴行されたりするかもしれないけれどもね。アハハハ~」
「そ、そうなんだ。アハハハ~」
それは平和なのだろうか? 私はひきつりながら笑った。
私とエッバの会話を聞いていたザックが何かに気がついたのか片手で口を覆った。
「待てよ? そのナツミの発想と言うか考え方は使えるかも……そうだ、そうだ。いい事を思いついた。なぁノア、耳を貸せよ」
ザックが口を覆った間呟いているがよく聞こえない。最後、隣に立っていたノアに突然耳打ちをした。ノアは最初の方は眉間に皺を寄せたが、ザックの言葉に徐々に目を丸めてニヤリと笑った。
「ふ、それは良い案だな。やってみるか。どうせあいつ相手だし」
「そうさあいつだしな。エッバ、あいつの場所まで連れていってくれ」
「分かったわ、行きましょ」
エッバが首を外に向けて振る。馬の尻尾の様なポニーテールを揺らし歩き出した。
「ザック。だからあいつって誰なの?」
あいつが誰だか分からないまま私は片手をザックに引かれ、また片手には食べかけのクプレプを持ったまま店の外に歩き出した。
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