【R18】ライフセーバー異世界へ

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111 「何も出来ない」から「何が出来るか」へ

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 ノアが奴隷商人の隠れ家を見つけ出し帰ってきたのは数時間後の事だった。もう少しすれば夜が明けるという時間だ。

 途中でシンだけが肩を落として帰ってきた時は、何か大変な事が起こったと思って顔が青くなった。しかし、独り取り残された事を聞いてほっとするやらノアが心配になるやらで複雑な気持ちになった。

 肩を落としたシンにザックは追跡をする場合の注意点を話していた。シンはそれを真剣に聞いていた。

 そんな様子を見ながら、私とマリンは酒場の椅子に二人横並びに座っていた。マリンは何も言わなかったが、テーブルを見つめる視線が不安そうだった。

 待つだけしか出来ないというのは、不安なものだと感じながら「ノアなら大丈夫」と言ったザックの言葉を信じて私は無言でマリンの片手を握りしめた。
 マリンは顔を上げて私の顔を見て微笑むと小さく「大丈夫よ」と呟いた。

 しかし、私達二人は気がつくと肩を寄せ合いお互いを支え合いながら居眠りをしていた。水着と踊り子衣装のまま肩を寄せ合うと触れた肩の部分だけが、温かくて心地よかったからだ。だからノアが無事に帰ってきた時、手をつないだままのマリンと一緒になってノアに抱きついてしまった。

 もちろん、すぐにザックに引き戻されてしまったけれども。

 ノアも無事に戻って来たからこれでゆっくり眠る事が出来ると思ったのも束の間。ノアから奴隷商人の話を聞いた途端、内容の濃さに目が覚めてしまい眠る事が出来なくなってしまった。



 ジルさん、ザック、シン、マリンの私達五人は、ジルさんの狭い執務室でノアの話を聞いた。

 ノアの話は衝撃的な内容だった。北の国に抜ける山道沿いには北の国の役人が住まう屋敷が幾つかあるそうだ。その内の一人、エックハルトという役人を薬で取り込み、隠れ家として使っているそうだ。そして屋敷の中で繰り広げられていた行為についても。

「エックハルトねぇ。閑職に追いやられて……まぁあの性格ではね」
 もう少しで日が昇ると言うのにジルさんはまだワインを飲み続けている。彼女にとってはワインとは水なのだろうか。

 酔っ払っていないのかと彼女の様子を観察しながら、聞き慣れない言葉に私は首を傾げる。

「カンショク?」
ナツミは理解が出来ないのか。ナツミにも分かりやすく言うと、家主のエックハルトは北の国の役人なんだが、能なしで地方に飛ばされたって事さ」
 ノアがマリンの肩を抱き、二人座りの椅子に座りながら説明をしてくれた。

「ああ、なる程……って、って言い方はないよ。左遷って言ってくれたら分かるのに」
「左遷が分かるのにどうして閑職が分からないんだ?」
 シンまでもが目を丸める。すっかり馬鹿な子扱いだ。

 そう言うけれどさ、カンショクって他にも完食とか間食とかあるし……駄目だ漢字が食べ物系しか浮かばない。

「もう。私が言葉を知らないのは自分でも分かってるから。でも、そんな偉い人が簡単に取り込まれちゃうなんて怖い薬だね」
 私は怖くなり自分の両腕を抱きしめる。すると隣で立っていたザックが肩を優しく抱いてくれた。

 ノアはエックハルトさんの屋敷で繰り広げられていた、奴隷商人──バッチ、コルト、ダンクさんの様子を包み隠さず話してくれた。奴隷商人の物騒な話をしながら繰り広げられた行為の事まで。その場にいた女の子達は南の方から連れてこられた様で、二十歳になるかならないかの歳に見えたそうだ。

「魔薬は確かに怖いな。しかし、女を与えられ薬に取り込まれたのはエックハルト自身の問題だろう。本人と話す機会は少なかったが、代々王に仕える家庭で育ち、将来が約束された人間だったと噂で聞いた事がある。土地も沢山所有していて、北の国でも大きな屋敷を持っていると自慢していたし。良い学校に通い勉強も出来ても、役人としては能力がなかった様だな」
 ノアが淡々と話す。その話を聞いてザックが思い出した様に溜め息をついた。

「エックハルトなぁ。俺は城に報告会で会うとからまれてさ。結構嫌味を言う奴だったぜ」
「え? そうなの」
 ザックの言葉に私は思わず反応してしまった。
「ああ『お前と卓を一緒に囲むと思うと虫唾が走る』とか『私に意見する事が出来ると思うな』とかな。俺にだけ聞こえるように言ってくるんだ。思わず振り向いて顔を睨むと知らん顔だし。あれだな典型的なお貴族様で北の国至上主義だから、俺みたいな裏町上がりで南の出身は気に入らなかったんだろう。だけどなぁ自尊心ばかり強くて仕事が出来ないんじゃな。あの性格では北の国でも、人間関係が上手くいかなかったと思うぜ。だから、約束された役人の道とやらも外されたんだろ」
 ザックが色々思い出す事があるのか何を見つめる事もなく淡々と話した。

 男性と女性でも差別があるけれども、出身の国などでも色々差別があるのか。何処の世界でも問題がある様だ。
 
「だからエックハルトは地方に『ファルの町』に飛ばされたと。北の国出身の貴族は、差別をする人間も多くいますが、他国との外交が増えてきた中そういった人種的な差別は廃れていこうとしていますからね。たとえ心の中で思っていても、上手く立ち回る人間が多い中、エックハルトはあからさまでしたしね。更に仕事が出来ないとくればね」
 シンも改めて説明してくれる。

「エックハルトは人望もない上に小太りで背の低いお世辞にも見目の良い容姿ではなかったしね。そういった薄暗い心を持った人間を見極めて、確実に突いてくる。エックハルトも魔薬に蝕まれてどうなっているのか、溜め息しか出ないわね。流石、奴隷商人かしら。それとも、人の懐に入るのは町々を転々とした踊り子集団時代からの常套手段なのかもね」
 ジルさんは片手を天に上げて呆れていた。

 エックハルトの屋敷にいる奴隷商人のリーダーのダンクは、かつてマリンに体を売らせようとした踊り子集団の男性だった。

 マリンが名前を聞いた途端驚いていた。

 だが、仲間らしきコルトと『ジルの店』を偵察のために訪れたバッチは知らないそうだ。様子を直接見てきたノアもここ数年程の付き合いなのではないかと言っていた。

 ダンクが当時から名前も変えず飄々としているのは、様々な町に移動しても捕まらず、上手く立ち回りを続けている証拠だろうとジルさんは分析していた。

「ダンクは口が上手くて、気がつくと誰とでも仲良くなって色んな話をするのよ。それが魅力的だと皆が言っていたわ。整った顔でどんな人間にも優しい言葉をかけるの。仲間内でも踊りで訪れた町でも、皆の人気者だったわ。行く先々で女性には言いよられていたしね。だけど──」

 マリンは溜め息をついて当時の事を話し出す。

「私はその笑顔が作り物に見えて好きになれなかった。案の定、私の両親が亡くなった途端近づいてきて体で金を稼ぐ様に言われたのだけれども。あの時の何ともまとわりつく様な舐める様な目は忘れないわ。瞳が三日月のようになってね、口元が右側に少し上がるの。笑っている様で馬鹿にしている様な……本当にゾッとするものだった」
 マリンは自分の体を自ら抱きしめて首を左右に振った。その時のダンクの顔を思い出して必死に忘れようとしたのだろう。

 ノアは改めてマリンを抱きしめてこめかみにキスを落とした。

 三日月の様な目──ふとバッチが店に訪れ私をフード越しに見つめた目を思い出した。あんな感じだろうか? 確かに気持ちが悪い。
 ブルリと振るえた私の体をザックも優しく抱きしめてくれた。

 その様子を見ていたジルさんが、足を高く上げて組み直す。
「ダンク達は自分達は捕まらず、どんな悪事もやってのけるという自信かある様子ね。渡り歩いてきた話術と交渉力からくる自信かしら? そして薬の力を借りて、自分達に従わせる事が出来ると……『ゴッツの店』で娘をいいようにしたのも『オーガの店』で働いていた事での腹いせと見せしめなのかもね。そして、その中でも唯一の黒星であるザックに対して仕返しがしたいと」
 グラスに入ったワインを眺め、机の上積み上がった書類の上に手を置いていた。それから書類の角をペラペラと捲る。それからジルさんは頬杖をつき目の前に立ったままのザックを下から無言で見つめていた。

「俺に仕返しか。しかし俺を直接痛めつけるのではなく、俺の一番大切なものナツミと、当時助けたマリンを奪い、惨めな俺の姿を見たいって事か……ハハッ」
 ザックは私の体を深く抱き込みながら低く笑った。
「ザック?」
 見上げるとザックが私の顔を撫でながら、頬を歪めて笑う。

「もしもナツミ達を傷つけるのならば──」
 ザックはそこまで呟くと口を閉じて私のずっと後ろの壁を睨みつけた。

 濃いグリーンの瞳がスッと細くなって突き刺さる視線だった。とても冷たくて怖い視線を向けられたらそれだけで動けなくなりそうだ。そして告げずに飲み込んだ言葉もきっと恐ろしい言葉で──

 私は慌ててザックの頬を引っ張った。
 ザックの頬が、伸びて冷たかった視線が解かれる。それからザックは私を見つめると無表情のまま呟いた。

「いひゃいかりゃはなへ(痛いから離せ)」
 整ったザックの顔が歪む。低い声だが頬を引っ張った事で酷く間抜けになった。
 
「プッ、変な顔に変な言葉だな。なぁザック気持ちは分かるが、物騒な視線はダンク達に直接向けてやれよ」
 後ろに座るノアが噴き出し、ザックがとても怖い顔をしていた事をやんわりと指摘した。ザックはその言葉を受けて肩の力を抜き溜め息をつき、体をねじってノアを見つめる。

「分かっているさ。ノア……マリンを頼んだぞ」
「当たり前さ。マリンは俺が守ってみせる」
「ありがとう……」
 ノアがマリンを抱きしめる。マリンが安堵の声を上げた。


 その様子を見つめてから、ザックが頬を摘まんでいた私の手を優しく握り指先にキスを落とした。

「ナツミ、必ず守ってみせる」
 ザックが呟いて私を抱きしめた。少し冷たくなった私の肩を抱きしめて温める様に撫でてくれた。

「うん……」
 私は瞳を閉じてザックの背中を抱きしめ返した。

 ザックの事を信じているよ。
 ザックがそう言ってくれたら心配ないって思えるよ。

「でもねザック……」
「ん?」
 ザックが私の頭の上で尋ね返す。
「私はザック達が傷つかないか心配だよ。私を守る事で怪我をしてしまうんじゃないかって」
「……」
 ザックは無言で私を抱きしめ返す。珍しく無言なのは無傷ではいられないと思っているからかもしれない。

 相手は人を人と思っていない。
 バッチという男も用心棒代わりだろう。シンが撒かれた事を考えても優秀かもしれない。

 嫌だよザック。私だってザックが傷つくのは嫌なの。
 けれども、相手と対峙したところで私だけではどうにも出来ない。自分の身を守る事すら出来ないなんて。
 ザックの様に力もないし、ジルさんの様に知識もない。

 得体の知れない不安が広がる。どうする事も出来ない不安。

「私は何も出来ないのかな」
「ナツミ」
 ポツリと呟いた私の言葉に反応してザックが無言で頭を撫でてくれた。
 分かっているさ、気にするな。と言われている気がする。優しいザック。

 このままで良いのかな──そう考えた時だった。

 私の様子を見つめてからジルさんが椅子を引いて立ち上がる。抱きしめられる私を見つめ、優しく微笑んだ。いつもは挑む様な格好いい女性なのに、とても優しい眼差しだった。それからジルさんは視線を私達の後ろに座るノアに移した。

「ねぇノア。ダンクとやらは私達を大分舐めた様な事を言っていたわよね?」
 口の端を上げて笑うジルさん。いつもの笑い方だった。
「ああ。確か『やり手の元女海賊だと聞いていたが、ただのお飾りお守り代わりの女』と、言っていたな」
 ノアがバッチという男が言っていたという言葉を口にした。

「この私がお飾りですって?! ふふふ。久しぶりよそんな事言われたの。ウツの言葉を借りるなら四半世紀振りかしら?」
 ジルさんが肩を揺らせて笑った。
「四半世紀振り──って、え? ジルさんは何歳なんだ、痛っ!」
 反応したシンがポコンとジルさんに叩かれていた。

「このジルを見て『お飾り』って……馬鹿じゃないのか。見る目がなさ過ぎるだろ。それでよく捕まらず生きてこられたもんだぜ。それに何だっけ? ノアも何だか言われていたな、馬鹿な三男だったか?」
 低い声で笑うザックだった。

「馬鹿な三男じゃない『平和ボケした好き勝手に生きる三男』だっ。クソッ! 少し当たっているだけに腹が立つ」
「ノア、そんな事ないわよ」
 ノアは声を張り上げ否定するが、結局認めているところがおかしい。そんなノアにマリンが寄りそう。

「ふふふ。でも、誤解されているのは好都合だわ。大いに油断して貰いましょう? この舐めた真似をしてくれた事は、たっぷり後悔さなくてはいけないしね」
 ジルさんの言葉に、ノア、ザック、シンが強く頷いていた。

「……」
 ジルさんの強くて美しい姿に私はザックに抱かれたまま心が沈んでいく。

 このままで良いのだろうか? 私は何も出来ないまま?
 同じ場所に立っているのに置いてけぼりになった様な気持ちになる。
 置いてけぼりと、そんな事を言っても仕方ない。だって私は奴隷商人と戦って捕まえる事なんてとても出来ない。
 
 悩む私の水着で剥き出しになった背中を、ジルさんが下から上に人指し指で撫でた。

「ヒィ! な、何するんですか?!」
 鳥肌が立ってザックにしがみついたままジルさんに振り向く。
 気がつくと執務テーブルの向こうで立ち上がっていたジルさんが私の真後ろに立っていた。

「あら、背中は随分と冷えているわね。駄目よ冷やさない様にしないと。それにしても、ナツミの考えている事は分かりやすいわね『私は何も出来ない』って思っている顔ね」
「!」
 見事に言い当てられて私は言葉に詰まってしまった。

「図星ね。そんなに驚かなくても。ナツミの大きな黒い瞳に私の顔が写るのが見える程だわ。まぁ、実際『何も出来ない』ものね。。とにかく、ダンクとやらにいい様にされない様にして貰わないとね」
 ジルさんがカラカラと笑う。

 私はそのジルさんのカラカラ笑う姿にカチンときてしまった。

「何も出来ない事ぐらい分かってますよ。役に立ちたいと思っていても、何一つ出来ない事ぐらい自分自身が分かっています。奴隷商人に狙われるのに、私は自分の身を守る事も出来ないし。ザックの足を引っ張るだけで。何も出来ないのって、こんなの……」
 思わず振り向いてジルさんに噛みついてしまう。

 私の言葉を聞いて、部屋にいる皆が静かになった。ただマリンだけがポツリと呟いた。

「そうよね。分かるわ私もそうだから」
「マリン、そう思ってくれるだけで十分なんだ」
 マリンの言葉にノアも小さく呟いた。
「でも……」
 マリンは何か言いたそうにしていたが、ノアに抱き寄せられて言葉を失っていた。
 
 ノアそうではないの! 

 こんな自分の惨めな考え方をさらけ出すのは嫌だったけれども、言ってしまったらもう後戻りも出来なくなってしまった。

「何も出来ないって悔しいんです。私なんて医療魔法が使えたって、お腹が空くだけで役に立たないのに。だから、こんなに悩んでいるのに! 悩んでいるけどどうにも出来ないって辛いのに!」
 睨みつける様にジルさんを見上げてしまう。

 ジルさんは私より身長が高い上に、ヒールを履いているので上から私を無言で見下ろしていた。腕を組んで口を閉じていた。

 そんな私をふわりと後ろから抱きしめたのはザックだった。
「ナツミその気持ちだけで十分だ。そんな事考えずに俺に守られていればいいんだ」
 ザックが優しさで包みこむ様に囁いてくれた。それはとても嬉しい事だけれど──

 どう言ったらこのもどかしさを分かってくれるの?!

「ザック、だからそうじゃないって、グッ!」
 突然ジルさんに顎を掴まれて無理矢理上を向かされる。
 後ろからザックに抱きしめられていたが、それを振り切られる力で顎を上に引っ張られた。
「ジルっ!」
 驚いてザックがジルさんの手を掴む。しかし、ビクともしなかった。

 ジルさんは私のおでこに自分のそれをつけて睨みつける。

「ナツミも随分苛ついているみたいね。何も出来ない事が悔しいですって? 笑わせないで、のよ」
「あ……」
 決定的な事を言われて私は顎を掴まれたまま、呆然としてしまう。

 そうですよ。分かっているけれど、怖くて何も出来ない。力もないのにどうやって立ち向かえば良いの? だから悩んで苦しくて──

「こんなに悩んでいるのに、力のない自分は可哀相──ってね。ハハッ、それがどうしたって言いたくなるぐらいの
「っ」
 馬鹿にされたが言っている事は当たっているので言い返せない。
 顎を強く掴まれたまま、私は顔が紅潮して涙が溢れた。

 そうだ、そんな自分のちっぽけさにも呆れてしまうのだ。
 
「ジル頼むからその手を離してくれ。俺だってジルに乱暴な事はしたくない」
 ザックがジルの手を両手で掴んだ。そのザックの手を反対の手でジルさんはひねり上げる。
「煩いわねぇ」
 ジルさんは私の顎を掴んだまま。うなり声を上げる。
「いい? よく聞いてナツミ。私は思うのよと考えるのはナツミらしくないってね」
「ぇ? かはっ」
 苦しくて声を出すと引っ張られた喉が詰まる。

 どういう意味ですか? ジルさん、私らしくないって──

 涙で滲む視界の先、ジルさんの目を見つめた。ジルさんの瞳が優しく光った。

、ではないでしょ?」
 優しくてそれでも意志を強く思ったジルさんの声が響いた。

 何も出来ない私──
 何も出来ないって、もどかしくて──

 しかし、私に出来る事って多くはない。多くはないから──
 そうだ、そうだよね。

「ぁ……」
 私が目を開いたら、ジルさんは顎を掴んでいた手を離してくれた。

 途端に私は体勢を崩してザックに抱きかかえられる。

「ジル! 乱暴にするなよ。いくらジルでも許さない──」
「ケホッ、コホッ。ザック良いの大丈夫。ゲホッ!」
「ナツミ無理して喋るな。大丈夫か?」
 私はザックに優しく抱き留められながらむせかえる。ザックが私の背中をさすってくれた。

 息が苦しくて、あまり酸素が渡らなかった頭が冴えてくる。

 ウエイターの仕事だってそうだったよね? 『ジルの店』の仕事だってそうだったよね?
 何も出来ないのは当たり前なのだ。私に出来ることは元々少ない。

 何を悩んでいたの私は。

 私はゆっくりと立ち上がり目の前で両腕を組んで構えているジルさんの瞳を見上げる。
 ジルさんは私のその目を見て満足そうに頷いた。

「そうよ。それでこそ私の知っているナツミよ」
「はい。ごめんなさい」
 そうして私の頭をポンと撫でてくれた。優しく髪の毛を空いてくれた手をザックが突然はねのけた。
「何が『私の知っているナツミ』だ。乱暴な事をしやがってナツミも謝る必要ないだろ。ちっとも悪くないのに」
 ザックが歯を食いしばりギリギリと音を立てた。今にもジルさんに殴りかかりそうな勢いだ。

 私は慌ててザックに振り返り、彼の両肩に手を置いて瞳を覗き込む。

「違うのザック。私の考えが間違っていたの。何も出来ない、ではなくてさ」
「だからそれは分かっている。だから守ってやるって何度も言っているだろ」
「うん。それはそれでいいんだけどね」
「そうか、分かってくれたなら良いんだが」
「だから、私は『何が出来るか』を考える事にするよ」
「何が出来るか考えるってそうか。なる程って、はぁ~? 何だよそれ」
 私の言葉にザックは驚いて目を丸めた。そして、振り上げたジルさんへの拳を上げたまま固まってしまった。

「そうよね。私は何も出来ない、ではなくて。私には何が出来るか? よね」
 私の言葉を聞いてマリンも椅子から立ち上がる。
 急に立ち上がったマリンにノアが驚いて仰け反る。
「お、おいマリンまで。本気か?」
「本気よ」
 マリンはニッコリ笑って私のところに駆け寄ってきた。
「……」
 ノアは駆け寄るマリンを見つめながら呆然としていた。

 マリンは私の目の前にやってくると両手を握りしめ、宝石の様なブルーの瞳をキラキラと輝かせた。
「私も後ろ向きの考えはやめるわ、そういうのもう嫌になったの。だから髪の毛も短くして生まれ変わろうと決めたんだから」

 私もマリンに大きく頷いた。

 自分なんて──という考えは、お姉ちゃんと秋の出来事で、もう止めるって決めたのだから。私に出来る事を。それを考えるんだ。
 
「そうだよね。私も自分が出来る事を考えていくよ。まずは奴隷商人を捕まえるには、私達が囮になるっていうところだよね。となると、やっぱりオベントウ売りかな。これを成功させて『ファルの町』で話題になって……」
 私はマリンの手を握り返す。
「そうそう。いい意味で目立って相手に隙がある様に見せるのよね。そうだわ、ミラが言っていた水着になっておにぎりを売りましょう。私は外で踊ってもかまわないわ。そうよ。青空の下、砂浜で踊るって良いかも」
「いいねそれ。絶対お客さんが来てくれるよ。じゃぁ、私は泳ごうかなぁ~あっ! それで男性だけじゃなくて、ニコにも頑張って貰って『ファルの町』の女性とも仲良くなって」
「うわぁ~ナツミそれって凄くワクワクするわね」
「そうだよね。それで『ジルの店』にお昼に女性達を沢山呼び込んで」
「うんうん。お店に女性を呼び込むのね。どんなおもてなしをしましょうか? それが問題よね」
「そうだよね、そこで何をするかだけど──って」
 私とマリンが盛り上がる中、視線を移すと目を丸くしたノア、ザック、シンが目を丸くしたまま口を開けていた。

「「どうしたの?」」
 私とマリンが首を傾げて見つめる。
 
「い、いや。その、何だかな。話について行けないというか」
 ノアがしどろもどろになって呟く。

「飛躍的すぎるというか。まぁ、立ち直りが早いのは良い事だと」
 ザックも言葉を繋げる。

「そういう風に思っただけだから、どうぞ続けてください」
 シンも苦笑いで笑っていた。

「ふふふ。それでこそナツミよ」
「「わっ」」
 ジルさんが突然マリンと私を抱きしめた。私達二人はジルさんの大きな胸に顔を埋める羽目になった。


 そして、呆然としていたザック達が優しく呟いたのを私達は聞いた。

「仕方ないか。ナツミは守られているだけの女じゃないしな」
 ザックが優しく笑った。
「それなぁ。ナツミどころか最近マリンまでもが飛び出し始めて困ってるんだ」
「ああ、それミラもそんなですよ」
 そんなザックの言葉に対してノアとシンが深い溜め息をついた。
 
「ははは。だってなぁ、ナツミのはうつるんだ、諦めろ」
 ザックが嬉しそうに笑っていた。

 ありがとうザック。私はザックに守られながら私が出来る事をやっていくよ。

 そんな事を考えているととうとう夜が明けてしまい、私とマリンはずっと意見を出し合いながら同じベッドで眠ってしまった。
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