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106 ウエイトレスに変身 その2
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「ねぇ以前ミラが作ってくれた水着の色違いはどうかな」
「却下。ナツミあんたねぇ、これだけあるのに何で同じ形のやつを選ぶのよ」
「じゃぁ、この三角ブラの大きめのやつで」
「ナツミ……それは比較的胸の大きい人向けよ。ナツミならこっちの小さい方が可愛いわよ」
「えぇ~小さいって言ったね! まぁ小さいけどさぁ。だからといってマリンの手に持っている赤いやつは、ブラジャーのところが小さすぎるしっ」
「試しにあたしが着たけど全然気にならないわよ。いい? ナツミ、こういうのは堂々とする方が格好いいのよ」
「ミラは衣装で着慣れてるからだってば」
「衣装と変わらないから着ても大丈夫だってば。じゃぁさ、やっぱりあたしのおすすめウサギちゃんで──」
「何でうさ耳つきなの! それは絶対駄目ッ」
「じゃぁ、これは? 黄色からピンクのグラデーションで、ブラジャーの首元にフリンジがついていて可愛い」
「マリンの持っているそれ? それならまだまし──」
「ましってどういう事なのよ、ましって!」
「ごめん、ごめんってば、ミラ。そういう意味じゃなくて」
店の開店前だというのに次から次へとハンガーに吊してある水着を私の前に当てていく。ミラの新作はどれも素敵だけれど着るには勇気がいる水着が多かった。
セクシーで際どい。可愛い水着もハンガーラックにかかっているのに、何でそれを持ってきてくれないの。ミラ曰く「夜の店にふさわしい水着にしましょう」だそうだ。
沢山作った中から私が選んだのは、最後にマリンがすすめてくれたハイネックビキニになった。上半身の部分は首から胸下にかけて、薄黄色からピンクのグラデーションになっている。首の部分に白のフリンジと、黄色の鳥の羽が数本飾られている。
首の後ろと背中部分で細い紐を結ぶ。後ろから見たら細い紐のビキニかと思うけれど、前から見ると短いタンクトップ風に見えるという。
それからショーツ部分は濃いピンクだった。が、唯一気になるのはこのショーツだ。ショーツはハイカット。そして横は紐が二つ。リボンと言うより紐なのだ。
「ピッタリ! ナツミの日焼けした肌。背中の部分は水着の日焼けの跡が見えてるところがイイわね! 果物の様な水着をデザインしたんだけど、これはまさに──」
私の周りをグルグルまわるのはミラだ。そして真後ろに立ってお尻の部分をジッと見つめる。私は鏡越しにミラのニタリとした顔が見えた。
「まさにって何? そんなにニヤニヤするほど変なお尻?」
私は慌てて尋ねると、真正面で覗き込んだマリンがホワッと頬を染めて微笑んだ
「そうね、まさに果物のモモね」
「モモ……」
私は改めて自分の全身が映っている鏡を見つめた。
黄色からピンクへのグラデショーンは確かに果物のモモだ。
日焼けした肌ではピンクは浮くから水着や洋服では避けていた傾向があるけれど、思い切って着てしまえばそうでもない。
「うん! お尻の部分もモモっぽい。ナツミってさ、お尻がキュッと引き締まってて、でも丸いし羨ましいぐらい決まってるわ」
「本当ね。まさにモモだわ。それに、このぐらいのカッティングの水着をドンドン着たらいいと思うわ。ねぇミラ。ナツミが明日着る水着を選ぶのも楽しみね」
キャッキャッとはしゃぐ二人に私は腰元がスースーして少し心もとなかった。
「でも、ちょっと冷えるっていうか腰元がその、横は紐だしポロっていったりしないか心配だよ」
私はクルリとまわって、お尻を鏡に映してギョッとする。かなり横尻というのかお尻が見えている様な、大胆なカッティングだ。
「うーん。まぁ、仕方ないか慣れるまでは。じゃぁさ、このあたしの踊り用のヒップスカーフをあげるわ。もうこれは使ってないから」
「ありがとう」
ミラに貰ったヒップスカーフをパレオの様に腰に巻く。ショーツが程よく隠れる長さの物だった。薄ピンクのオーガーンジーの布に金色の丸い装飾が沢山施されていた。重いかと思ったが意外と軽い。
左前の腰骨に近い場所に結び目を持ってくる。それから、ミラとマリンの前でクルリとターンする。ヒップスカーフの飾りが揺れてシャラシャラ音がした。
「どうかな。ウエイトレスに見えるかな」
「見える見える。これでウエイターに間違える馬鹿な男がいたら驚きよ。それにこんな可愛いウエイトレス見た事ないわよ」
ミラが私の頭の先からつま先まで見つめてパチパチと拍手をしてくれた。
「うん。何だかナツミを変身させるのクセになりそうね。凄く楽しい」
マリンが何故かポッと頬を染めて両手でニヤける頬を押さえた。その左手にシルバーのシンプルなリングが光っていた。
あっ、それはもしかして。
いつか私の魔法石のついたネックレスの話をした時に聞いたノアからプレゼントしてくれたリングなのかな。
私は初めて見たリングについて尋ねようとしたが、そのマリンに引っ張られて強引にドレッサーの前の椅子にドンと座らせられた。
「じゃぁ次! 超特急でお化粧しないと」
「あっ、あの。マリン」
「ほら、喋らない喋らない」
「ウッ」
マリンにグイッと顔を真正面に向けられて首にケープをかけられる。白くて細い指だと思っていたが意外に強引だった。思わず私の首がグキっと音を立てる程だった。
「ほんとよほんと。さぁて今回はしっかり化粧しちゃうからね。なんせ夜のウエイトレスなんだから」
ミラがポキポキと両手の指を鳴らして座る私に近づいた。
「え」
私は訳が分からずポカンとしてしまう。
サッとマリンが私の右隣に座る。化粧水をコットンにつけて私の肌を拭っていく。
「冷たい!」
意外と冷たいコットンに私は声を上げるとマリンが私の唇をムニっと摘まんだ。
「ナツミ、静かにしていて。ねぇミラ、私が色を選んでもいい?」
意外と強引なマリンに頷く事しか出来なかった。
今度はミラが私の左側に座り同じ様に肌をコットンで拭き取る。
「マリンもちろん良いわよ~ナツミの睫毛は長くて多いからうーん。そうだなぁ、やっぱり目尻だけ睫毛をピンクってのは?」
「もう。先に言わないでよっ。水着と同じで黄色とピンクの長めのを付け足したいって言おうとしたのに」
ミラとマリンが珍しく言い合いをしながらドンドン手を動かしていく。私の肌はあっという間に整えられる。
「え、え?」
あまりの速さに驚いて声を上げると──
「「もう! ナツミは黙っていて!」」
はい……
マリンとミラに酷く怒られ心の中で頷く事しか出来なかった。
「最短で仕上げたけど……これは予想以上だわね。マリン?」
「うんうん、ミラの言う通りだった。可愛い。口元はほんのりピンクが良いわね」
「でしょー? あたしの言った通り二色使って正解ね。ぷっくり見える」
「かかった時間は五分かぁ。今度はじっくりしたいけど、踊り子の私達はお化粧も時間に追われてるからね」
「そうよねぇ。でも五分でこの出来は私達以外真似出来ないわね。ナツミどう?」
ミラとマリンの手にかかればあっという間だった。お化粧の時間もたったの五分だ。
ゆっくりと目を開いて鏡に映った自分を見る。
目元は目尻に向かって薄いピンクのアイシャドウ。
アイラインは濃いめのブラウンだった。目尻にはピンクと黄色のポイントつけまつげ。唇はほんのりピンク。
私が夢にまで見た綿菓子の様なふわりと女性らしい感じになっていた。
「わぁ……本当に私? ピンクとかつけた事ない。目元なんてつければつけるほど派手になるからあんまり化粧した事なかったし……」
私は鏡に映る自分を覗き込んで少し睨みつけてみたり笑ってみたり表情を変える。
本当に私なのかな。違う自分みたい。
「可愛いが作れるって言うのは本当だったんだ」
思わず呟いた言葉にミラがバシッと肩を叩いた。
「ウッ、痛い!」
「やぁねナツミ。元々可愛いくせに何言ってるの。でも、もうちょっとお化粧を覚えなさいよ! 明日から特訓ねこれは」
途中口紅を自分でつける様に言われてつけたが、はみ出してミラに激怒された。
「ごめん……お化粧なんてほとんどしなかったからさぁ」
あまりにも女子力の低い自分にガックリしてしまい、私は肩を落とした。
するとマリンも私の背中を見つめながら呟いた。
「本当よ、基礎化粧もあまりしてないなんて驚いたわ。肌は大切にしないといけないわよ。だからこんなに日焼けしていたの?」
「日焼けは海でライフセーバーをしていたのもあって、防ぎようがないというか……」
もごもごと言い訳する私にマリンがフワッと笑う。
左手をほっぺたにつけて首を傾げた。
「私も明日からナツミにお化粧の特訓に参加するわ。あ、ヒールでも歩ける様になりましょうね」
「お、お願いします」
私は微笑むマリンの左手に輝く指輪に視線を戻した。
「そうだ。マリン。もしかして花火の時にノアから貰ったって言っていた指輪ってそれ?」
「あーっあたしも気になっていたのよそれ」
私とミラがマリンの指輪に飛びついた。そんな私達にマリンは仰け反りながら嬉しそうに笑った。
「う、うん。ずっとつけようかどうしようか悩んだんだけど。ほら、つけると結構冷やかされそうだし……私がっていうよりノアの方が鬱陶しいって思うかもしれないって思って」
マリンは指輪を見つめながら微笑んだ。
「……マリンって本当に引っ込み思案なんだから」
私は笑ってマリンの手を取った。
色々思う事があったのだろう。
マリンの事だから誤解されやすくて、女性からの当たりも多いだろうし。ノアはノアで、軍人仲間の冷やかしもあるのだろう。
しかし、過去のわだかまりを話したマリンは変わろうとしていた。
「そうよ。でもさ、マリン今更よ」
ミラもマリンの手を取って笑った。
「ふふふ。そうよね」
そうして三人手をつないで笑い合った。
ミラの腕には金色の数本ブレスレットが重なっている。手をつないだらシャラっと音がした。しかし、そのうちの一つの装飾が複雑で変わっているのを見つけた。
これはもしかして。
「ねぇミラ、そのブレスレット──」
「よくぞ気づいてくれました! あたしもさぁ。実はもったいなくてなかなかつける事が出来ないって言うか。ちょと恥ずかしいって言うか。嬉しくてさ。こうやって紛れていたらいいかなって」
ミラもシン貰ったブレスレットをつけていた。このブレスレットも花火の時に貰ったと言っていた。
「素敵よね。シンもミラがブレスレット好きなの知っていて装飾が美しいブレスレットをプレゼントしてくれたのね。きっと沢山悩んで見つけてくれたのね」
マリンが笑ってブレスレットに顔を近づけた。
「も、もう。いいから。あたしだって自慢したけどさ、いざつけるとなると恥ずかしいって言うか。勇気がいるのよねプレゼントを身につけるのってさ。そういえば、ナツミなんてネックレスが外れない様に細工されてるんでしょ? ザックって斜め上を行くわよね。それに、その宝石が魔法石だったなんて」
ミラが冷やかしに耐えられなくなり、矛先を私に向ける。
ミラにマリンとザックが関係があった事を話した時に、ザックが私に魔法石をプレゼントしてくれた事を話していなかった事に気づき、説明をしたばかりだった。
魔法石が求婚の印である事はミラも知っている為、飛び上がって驚いていた。
しかも、目の前で自分の血を垂らしたザックの行動にミラはウットリしていた。
マリンもそれは凄いと言っていた。
男性達も魔法石を送る場合、恥ずかしくて血はこっそり垂らしてプレゼントするらしいのだ。エッチを覗く、覗かれるのは恥ずかしくない癖に変なところで恥ずかしがるのだなぁ。『ファルの町』の男性の感性ってよく分からない。
「冷やかさなくて良いから! 二人共もっと近くで見せてよ」
私は苦笑いでそれぞれ身につけているリングとブレスレットを見せてとお願いした。二人はあっさりアクセサリーを指や腕からはずすと私の前に差し出した。
「はい」
「はーい」
いや。差し出さなくてもいいのだけれど。
つけた状態でマジマジ見られるのが恥ずかしいのか。あっさり私の両手にそれぞれのアクセサリーが乗せられた。
「まぁ、いいか。では! どれどれ~」
私は苦笑いのまま天井のランプに近づけて、それぞれのアクセサリーを眺めた。
手作りかな? 綺麗に出来ている。などと観察していると、どちらも内側に小さな輝く宝石が埋め込まれているのが見えた。
へぇ。リングはシンプルだと思っていたけれど内側にアクアマリンみたいな宝石が入っているのか。あ、生活に支障がない様にかな、引っかかるとかしないし。
ブレスレットも何でこんなに端の方に埋め込まれているの? ルビーの様な色をした宝石だ。綺麗だな。
ん? って言うか。宝石ではなくて魔法石なのでは? 何だぁ、だから二人共恥ずかしがっていたのか。
キラッと光った石を見つめながら私は微笑んだ。
私としては微笑んだつもりだったのだけれど、どうもマリンとミラには冷やかしの笑いの様に見えたらしい。
二人が慌てて話し出す。
「もう、ナツミそんな風に光にかざして見たって、何も変わらないわよ」
「そうよ。仕掛けなんてないわよ」
「あはは、分かってるってば。はい、素敵なプレゼントを見せてくれてありがとう」
私は二人にそれぞれのアクセサリーを返しながらお礼を言う。
「「……」」
二人は頬を染めながら無言で受け取っていた。
それぞれが指に、腕にアクセサリーを戻していたのを見つめながら、私は何気なく呟いた。
「魔法石がそれぞれついてるんだね。知らなかったよ」
「「え?」」
するとマリンとミラが驚いて顔を上げる。
「え? だって、指輪の内側にはアイスブルーの色をした石が。ブレスレットの内側には赤い石がついてるよね。二人共魔法石の事を散々言うのに、自分達だって貰っていたんだね」
私がそう言うと、マリンとミラが驚いて見つめ合う。
そして再びアクセサリーをはずしてそれぞれ自分のアクセサリーを私が光にかざした様にしてみる。
それから、二人は顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「ああ……ノア。こんな、こんな事って」
「シンの馬鹿っ。何でこんな分かりにくい事するのよ」
それぞれの瞳に涙が浮かぶ。そしてアクセサリーを抱きしめる。
「もしかして魔法石がついている事気がつかなかったの?!」
私は驚いて二人に尋ねると、マリンとミラは大きく頷いて笑いながらハラハラと涙を流した。
「だって……グスっ。ノア、何も言ってくれなかったから。分かんなかった」
「シンも同じよ。全然そんな素振りも見せなかった。あ、でも後日なんかもにゅもにゅ言ってたかも。グスっ」
マリンとミラは『わーん』と泣き出して二人抱き合う。二人共素敵なプレゼントを恋人から貰っていた。
その様子を見ながら私も折角お化粧をしてもらったのに涙が溢れた。
その後、開店前にいつまで経っても降りてこない私達を叱り飛ばすジルさんが現れ雷が落ちてしまった。
「却下。ナツミあんたねぇ、これだけあるのに何で同じ形のやつを選ぶのよ」
「じゃぁ、この三角ブラの大きめのやつで」
「ナツミ……それは比較的胸の大きい人向けよ。ナツミならこっちの小さい方が可愛いわよ」
「えぇ~小さいって言ったね! まぁ小さいけどさぁ。だからといってマリンの手に持っている赤いやつは、ブラジャーのところが小さすぎるしっ」
「試しにあたしが着たけど全然気にならないわよ。いい? ナツミ、こういうのは堂々とする方が格好いいのよ」
「ミラは衣装で着慣れてるからだってば」
「衣装と変わらないから着ても大丈夫だってば。じゃぁさ、やっぱりあたしのおすすめウサギちゃんで──」
「何でうさ耳つきなの! それは絶対駄目ッ」
「じゃぁ、これは? 黄色からピンクのグラデーションで、ブラジャーの首元にフリンジがついていて可愛い」
「マリンの持っているそれ? それならまだまし──」
「ましってどういう事なのよ、ましって!」
「ごめん、ごめんってば、ミラ。そういう意味じゃなくて」
店の開店前だというのに次から次へとハンガーに吊してある水着を私の前に当てていく。ミラの新作はどれも素敵だけれど着るには勇気がいる水着が多かった。
セクシーで際どい。可愛い水着もハンガーラックにかかっているのに、何でそれを持ってきてくれないの。ミラ曰く「夜の店にふさわしい水着にしましょう」だそうだ。
沢山作った中から私が選んだのは、最後にマリンがすすめてくれたハイネックビキニになった。上半身の部分は首から胸下にかけて、薄黄色からピンクのグラデーションになっている。首の部分に白のフリンジと、黄色の鳥の羽が数本飾られている。
首の後ろと背中部分で細い紐を結ぶ。後ろから見たら細い紐のビキニかと思うけれど、前から見ると短いタンクトップ風に見えるという。
それからショーツ部分は濃いピンクだった。が、唯一気になるのはこのショーツだ。ショーツはハイカット。そして横は紐が二つ。リボンと言うより紐なのだ。
「ピッタリ! ナツミの日焼けした肌。背中の部分は水着の日焼けの跡が見えてるところがイイわね! 果物の様な水着をデザインしたんだけど、これはまさに──」
私の周りをグルグルまわるのはミラだ。そして真後ろに立ってお尻の部分をジッと見つめる。私は鏡越しにミラのニタリとした顔が見えた。
「まさにって何? そんなにニヤニヤするほど変なお尻?」
私は慌てて尋ねると、真正面で覗き込んだマリンがホワッと頬を染めて微笑んだ
「そうね、まさに果物のモモね」
「モモ……」
私は改めて自分の全身が映っている鏡を見つめた。
黄色からピンクへのグラデショーンは確かに果物のモモだ。
日焼けした肌ではピンクは浮くから水着や洋服では避けていた傾向があるけれど、思い切って着てしまえばそうでもない。
「うん! お尻の部分もモモっぽい。ナツミってさ、お尻がキュッと引き締まってて、でも丸いし羨ましいぐらい決まってるわ」
「本当ね。まさにモモだわ。それに、このぐらいのカッティングの水着をドンドン着たらいいと思うわ。ねぇミラ。ナツミが明日着る水着を選ぶのも楽しみね」
キャッキャッとはしゃぐ二人に私は腰元がスースーして少し心もとなかった。
「でも、ちょっと冷えるっていうか腰元がその、横は紐だしポロっていったりしないか心配だよ」
私はクルリとまわって、お尻を鏡に映してギョッとする。かなり横尻というのかお尻が見えている様な、大胆なカッティングだ。
「うーん。まぁ、仕方ないか慣れるまでは。じゃぁさ、このあたしの踊り用のヒップスカーフをあげるわ。もうこれは使ってないから」
「ありがとう」
ミラに貰ったヒップスカーフをパレオの様に腰に巻く。ショーツが程よく隠れる長さの物だった。薄ピンクのオーガーンジーの布に金色の丸い装飾が沢山施されていた。重いかと思ったが意外と軽い。
左前の腰骨に近い場所に結び目を持ってくる。それから、ミラとマリンの前でクルリとターンする。ヒップスカーフの飾りが揺れてシャラシャラ音がした。
「どうかな。ウエイトレスに見えるかな」
「見える見える。これでウエイターに間違える馬鹿な男がいたら驚きよ。それにこんな可愛いウエイトレス見た事ないわよ」
ミラが私の頭の先からつま先まで見つめてパチパチと拍手をしてくれた。
「うん。何だかナツミを変身させるのクセになりそうね。凄く楽しい」
マリンが何故かポッと頬を染めて両手でニヤける頬を押さえた。その左手にシルバーのシンプルなリングが光っていた。
あっ、それはもしかして。
いつか私の魔法石のついたネックレスの話をした時に聞いたノアからプレゼントしてくれたリングなのかな。
私は初めて見たリングについて尋ねようとしたが、そのマリンに引っ張られて強引にドレッサーの前の椅子にドンと座らせられた。
「じゃぁ次! 超特急でお化粧しないと」
「あっ、あの。マリン」
「ほら、喋らない喋らない」
「ウッ」
マリンにグイッと顔を真正面に向けられて首にケープをかけられる。白くて細い指だと思っていたが意外に強引だった。思わず私の首がグキっと音を立てる程だった。
「ほんとよほんと。さぁて今回はしっかり化粧しちゃうからね。なんせ夜のウエイトレスなんだから」
ミラがポキポキと両手の指を鳴らして座る私に近づいた。
「え」
私は訳が分からずポカンとしてしまう。
サッとマリンが私の右隣に座る。化粧水をコットンにつけて私の肌を拭っていく。
「冷たい!」
意外と冷たいコットンに私は声を上げるとマリンが私の唇をムニっと摘まんだ。
「ナツミ、静かにしていて。ねぇミラ、私が色を選んでもいい?」
意外と強引なマリンに頷く事しか出来なかった。
今度はミラが私の左側に座り同じ様に肌をコットンで拭き取る。
「マリンもちろん良いわよ~ナツミの睫毛は長くて多いからうーん。そうだなぁ、やっぱり目尻だけ睫毛をピンクってのは?」
「もう。先に言わないでよっ。水着と同じで黄色とピンクの長めのを付け足したいって言おうとしたのに」
ミラとマリンが珍しく言い合いをしながらドンドン手を動かしていく。私の肌はあっという間に整えられる。
「え、え?」
あまりの速さに驚いて声を上げると──
「「もう! ナツミは黙っていて!」」
はい……
マリンとミラに酷く怒られ心の中で頷く事しか出来なかった。
「最短で仕上げたけど……これは予想以上だわね。マリン?」
「うんうん、ミラの言う通りだった。可愛い。口元はほんのりピンクが良いわね」
「でしょー? あたしの言った通り二色使って正解ね。ぷっくり見える」
「かかった時間は五分かぁ。今度はじっくりしたいけど、踊り子の私達はお化粧も時間に追われてるからね」
「そうよねぇ。でも五分でこの出来は私達以外真似出来ないわね。ナツミどう?」
ミラとマリンの手にかかればあっという間だった。お化粧の時間もたったの五分だ。
ゆっくりと目を開いて鏡に映った自分を見る。
目元は目尻に向かって薄いピンクのアイシャドウ。
アイラインは濃いめのブラウンだった。目尻にはピンクと黄色のポイントつけまつげ。唇はほんのりピンク。
私が夢にまで見た綿菓子の様なふわりと女性らしい感じになっていた。
「わぁ……本当に私? ピンクとかつけた事ない。目元なんてつければつけるほど派手になるからあんまり化粧した事なかったし……」
私は鏡に映る自分を覗き込んで少し睨みつけてみたり笑ってみたり表情を変える。
本当に私なのかな。違う自分みたい。
「可愛いが作れるって言うのは本当だったんだ」
思わず呟いた言葉にミラがバシッと肩を叩いた。
「ウッ、痛い!」
「やぁねナツミ。元々可愛いくせに何言ってるの。でも、もうちょっとお化粧を覚えなさいよ! 明日から特訓ねこれは」
途中口紅を自分でつける様に言われてつけたが、はみ出してミラに激怒された。
「ごめん……お化粧なんてほとんどしなかったからさぁ」
あまりにも女子力の低い自分にガックリしてしまい、私は肩を落とした。
するとマリンも私の背中を見つめながら呟いた。
「本当よ、基礎化粧もあまりしてないなんて驚いたわ。肌は大切にしないといけないわよ。だからこんなに日焼けしていたの?」
「日焼けは海でライフセーバーをしていたのもあって、防ぎようがないというか……」
もごもごと言い訳する私にマリンがフワッと笑う。
左手をほっぺたにつけて首を傾げた。
「私も明日からナツミにお化粧の特訓に参加するわ。あ、ヒールでも歩ける様になりましょうね」
「お、お願いします」
私は微笑むマリンの左手に輝く指輪に視線を戻した。
「そうだ。マリン。もしかして花火の時にノアから貰ったって言っていた指輪ってそれ?」
「あーっあたしも気になっていたのよそれ」
私とミラがマリンの指輪に飛びついた。そんな私達にマリンは仰け反りながら嬉しそうに笑った。
「う、うん。ずっとつけようかどうしようか悩んだんだけど。ほら、つけると結構冷やかされそうだし……私がっていうよりノアの方が鬱陶しいって思うかもしれないって思って」
マリンは指輪を見つめながら微笑んだ。
「……マリンって本当に引っ込み思案なんだから」
私は笑ってマリンの手を取った。
色々思う事があったのだろう。
マリンの事だから誤解されやすくて、女性からの当たりも多いだろうし。ノアはノアで、軍人仲間の冷やかしもあるのだろう。
しかし、過去のわだかまりを話したマリンは変わろうとしていた。
「そうよ。でもさ、マリン今更よ」
ミラもマリンの手を取って笑った。
「ふふふ。そうよね」
そうして三人手をつないで笑い合った。
ミラの腕には金色の数本ブレスレットが重なっている。手をつないだらシャラっと音がした。しかし、そのうちの一つの装飾が複雑で変わっているのを見つけた。
これはもしかして。
「ねぇミラ、そのブレスレット──」
「よくぞ気づいてくれました! あたしもさぁ。実はもったいなくてなかなかつける事が出来ないって言うか。ちょと恥ずかしいって言うか。嬉しくてさ。こうやって紛れていたらいいかなって」
ミラもシン貰ったブレスレットをつけていた。このブレスレットも花火の時に貰ったと言っていた。
「素敵よね。シンもミラがブレスレット好きなの知っていて装飾が美しいブレスレットをプレゼントしてくれたのね。きっと沢山悩んで見つけてくれたのね」
マリンが笑ってブレスレットに顔を近づけた。
「も、もう。いいから。あたしだって自慢したけどさ、いざつけるとなると恥ずかしいって言うか。勇気がいるのよねプレゼントを身につけるのってさ。そういえば、ナツミなんてネックレスが外れない様に細工されてるんでしょ? ザックって斜め上を行くわよね。それに、その宝石が魔法石だったなんて」
ミラが冷やかしに耐えられなくなり、矛先を私に向ける。
ミラにマリンとザックが関係があった事を話した時に、ザックが私に魔法石をプレゼントしてくれた事を話していなかった事に気づき、説明をしたばかりだった。
魔法石が求婚の印である事はミラも知っている為、飛び上がって驚いていた。
しかも、目の前で自分の血を垂らしたザックの行動にミラはウットリしていた。
マリンもそれは凄いと言っていた。
男性達も魔法石を送る場合、恥ずかしくて血はこっそり垂らしてプレゼントするらしいのだ。エッチを覗く、覗かれるのは恥ずかしくない癖に変なところで恥ずかしがるのだなぁ。『ファルの町』の男性の感性ってよく分からない。
「冷やかさなくて良いから! 二人共もっと近くで見せてよ」
私は苦笑いでそれぞれ身につけているリングとブレスレットを見せてとお願いした。二人はあっさりアクセサリーを指や腕からはずすと私の前に差し出した。
「はい」
「はーい」
いや。差し出さなくてもいいのだけれど。
つけた状態でマジマジ見られるのが恥ずかしいのか。あっさり私の両手にそれぞれのアクセサリーが乗せられた。
「まぁ、いいか。では! どれどれ~」
私は苦笑いのまま天井のランプに近づけて、それぞれのアクセサリーを眺めた。
手作りかな? 綺麗に出来ている。などと観察していると、どちらも内側に小さな輝く宝石が埋め込まれているのが見えた。
へぇ。リングはシンプルだと思っていたけれど内側にアクアマリンみたいな宝石が入っているのか。あ、生活に支障がない様にかな、引っかかるとかしないし。
ブレスレットも何でこんなに端の方に埋め込まれているの? ルビーの様な色をした宝石だ。綺麗だな。
ん? って言うか。宝石ではなくて魔法石なのでは? 何だぁ、だから二人共恥ずかしがっていたのか。
キラッと光った石を見つめながら私は微笑んだ。
私としては微笑んだつもりだったのだけれど、どうもマリンとミラには冷やかしの笑いの様に見えたらしい。
二人が慌てて話し出す。
「もう、ナツミそんな風に光にかざして見たって、何も変わらないわよ」
「そうよ。仕掛けなんてないわよ」
「あはは、分かってるってば。はい、素敵なプレゼントを見せてくれてありがとう」
私は二人にそれぞれのアクセサリーを返しながらお礼を言う。
「「……」」
二人は頬を染めながら無言で受け取っていた。
それぞれが指に、腕にアクセサリーを戻していたのを見つめながら、私は何気なく呟いた。
「魔法石がそれぞれついてるんだね。知らなかったよ」
「「え?」」
するとマリンとミラが驚いて顔を上げる。
「え? だって、指輪の内側にはアイスブルーの色をした石が。ブレスレットの内側には赤い石がついてるよね。二人共魔法石の事を散々言うのに、自分達だって貰っていたんだね」
私がそう言うと、マリンとミラが驚いて見つめ合う。
そして再びアクセサリーをはずしてそれぞれ自分のアクセサリーを私が光にかざした様にしてみる。
それから、二人は顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「ああ……ノア。こんな、こんな事って」
「シンの馬鹿っ。何でこんな分かりにくい事するのよ」
それぞれの瞳に涙が浮かぶ。そしてアクセサリーを抱きしめる。
「もしかして魔法石がついている事気がつかなかったの?!」
私は驚いて二人に尋ねると、マリンとミラは大きく頷いて笑いながらハラハラと涙を流した。
「だって……グスっ。ノア、何も言ってくれなかったから。分かんなかった」
「シンも同じよ。全然そんな素振りも見せなかった。あ、でも後日なんかもにゅもにゅ言ってたかも。グスっ」
マリンとミラは『わーん』と泣き出して二人抱き合う。二人共素敵なプレゼントを恋人から貰っていた。
その様子を見ながら私も折角お化粧をしてもらったのに涙が溢れた。
その後、開店前にいつまで経っても降りてこない私達を叱り飛ばすジルさんが現れ雷が落ちてしまった。
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