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105 ウエイトレスに変身 その1

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 ネロさんとウツさんが嵐の様に去っていった後、ソルが目覚めた。
 ソルの顔にはくっきりとワインボトルの跡が残っていた。
 ごめんねソル。私は心の中で謝った。

「ソル、明日からまたよろしくね!」

「ああ。ナツミんところでメシが喰えるの楽しみだ。ダンさんのメシは美味いんだよなぁ」
 ソルは笑って親指を立てた。ワインボトルの跡は気にならないのかな。

「……俺もいるけどな」
 仏頂面のザックが腕を組んでソルから私を遮る。

「もう。ザックさんってば。分かってるッスよ。別にナツミに手なんて出しませんから」

 そう言ってソルは、私とザックに手を振りながら裏町に消えていった。

「全く。ソルはああ言っているけどな。ナツミ気をつけろよ、突然抱きつかれるとか、突然キスされたりとか、突然押し倒されたりとか……」
「そんな事をソルがするわけないでしょ! ソルは裏町で女の子に人気なんだってね。私なんか相手にしなくても満足しているでしょ?」
「何だとー?! 十七、八歳位の男の頭の中は、そりゃもうエロい事でてんこ盛りなんだぞ!」

 それは、ザックの体験談なのか……
 私は、被害妄想的な発想に陥っているザックの脇腹をつついた。例の如く筋肉のバリアで全く通用しなかったが。

 ソルを路地から見送ると、辺りはすっかり夕方になっていた。



 後少しで『ジルの店』の午後の部開店となる時間帯、私とマリンはミラの衣装部屋兼自室にいた。私達従業員は各自部屋が与えられているが、ノア、ザック、シンが時間泊に停泊する様になってからは自分の部屋にはほとんど戻らなくなってしまった。ミラも風邪で寝込んでいた時は、時間泊の部屋で眠っていたそうだ。

 久しぶりに訪れるミラの自室は相変わらずの散らかり様だ。
 そして、部屋の一角には、まるでお店でもするかの如く『水着コーナー』が出来ていた。あらゆるデザインの水着が飾られている。

 凄いなぁミラ……これ全部作ったのかな。私は感心してしまった。

 最近色々な事がありすぎて忘れてしまいそうだが、踊り子をはじめとする『ジルの店』の従業員、女性、男性に限らず皆が水着を着て、オベントウであるおにぎりを売る。
 という、かなり無謀な計画が水面下で動いている。

 これで派手に動いて例の奴隷商人達をおびき寄せるという作戦なのだが。
 雨季に入った途端ミラが調子を崩して、水着の話は棚上げになっていたのだ。元気になった今日、夕方のお店開店前に新しい水着を見せてくれるそうだ。

「ずっと風邪で休んでいたけど、調子が良い時に少しずつ進めていたのよね。眠っていてもね夢に出てくる水着がさ、凄く素敵で。デザインが降りてくると言うか──」

 ミラが夜の仕事に向かうため、ドレッサーの前でメイクを終えて振り向きざまに早口で話す。

「もう、ミラったらちゃんと休む様に言ったのに」
 マリンが文句を言いながらミラの隣に座る。マリンは既にメイクと衣装を着ており、大ぶりのシルバーのリングピアスを触りながら怒っていた。

「ちゃんと休んでいたわよ。マリン、折角だからこのパウダーを首から胸元の辺りにはたいてみてよ」
 ミラは貝殻の蓋がついた入れ物を引き出しから取り出しマリンの前に置く。貝殻の蓋を開けると中はパールが入ったパウダーが入っていた。

「これね。あら、ラメが入っている」
「そうよ。髪の毛を切っての初お目見えなんだからもっと派手にしましょうよ! みんな驚くわよ~」
「うん。分かった」
 マリンはパタパタと首後ろから胸元にかけてパウダーをはたいていく。白い肌に銀色のラメがちりばめられていく。銀色のラメがマリンの白い肌を柔らかく輝かせた。

「凄く綺麗。今日の衣装も深い色のブルーで、マリンの瞳と同じ色だね。とても似合っている。あ、そのパウダーを足のスネ辺りにもはたいたら綺麗じゃない?」
 私はドア付近の壁に寄りかかって、二人の邪魔にならない様にしていた。

 二人が並んで座るドレッサーのテーブルには沢山のメイク道具と大きな鏡。さながら踊り子のバックステージの様だ。

 マリンの衣装はブルーの色をしたブラジャーの縁に銀の糸で編み込まれたバラの刺繍が美しかった。お揃いのブルーのショーツは横に紐がついているタイプだった。更に、オーガンジーで何層にもフリルがついたミニスカートを上から穿いている。ミニスカートと言っても、お尻の方だけフリルが長くて膝の裏まで垂れ下がっている。金魚の尻尾みたいだ。
 シルバーのピンヒールは7 cm。そのヒールで転ばずに踊るのだから凄い。

「良いわね。太股辺りまでパウダーをつけておくとキラキラしていいかも。短い髪の毛のマリンも素敵よね。見た時は驚いたけど。短い髪に合う衣装も用意してみようかな」
 私の言葉に賛同しながら準備の終わったミラは、水着コーナーと化した部屋の一角に足を進める。
 ミラは、幅一メートル高さ一メートルのハンガーラックについているキャスターのストッパーをはずしはじめた。

 私とミラが褒めちぎるのが嬉しかったのか、バラが咲き誇る様な笑みを浮かべてマリンは足を組み直した。
「ありがとう」
 背筋をスッと伸ばして今度は足のすねにもラメの入ったパウダーをはたきはじめた。そしてポツリとマリンが話しはじめる。
「そういえば気になっていたんだけど、ナツミはフロアに出るのにお化粧とか衣装を着ないの?」

「え」
 マリンの意外な言葉に私は驚いて目を丸めた。そして自分の胸元や足元を見る。

 いつものお下がりでもらった生成りのシャツと黒のハーフパンツ。そしてショートタイプのウエスタンブーツだ。

「そうそう。あたしも前から気になってたのよね。いい加減その白いシャツに黒い短パン、変えてみたらどう?」
 ミラが無事にキャスターのストッパーをはずしてゴロゴロと狭い部屋の真ん中にハンガーラックを移動してきた。水着が十数着飾られている。

「だって動きやすいのが一番だし。かなりの量のビールや料理を運ぶんだよ。お化粧だって汗だくになるしさ。落ちると思うんだよね。だから、これ以外の服装なんて考えられないよ」
 私が両手にビールや料理を持って運ぶジェスチャーをしたところ、マリンとミラがお互いの顔を見て大きく溜め息をついた。
 
「何で溜め息をつくの」
 私は目を丸くした。
 
 そんな私の様子にミラが私の頭から足の先まで何度か行き来すると、やれやれという風に笑い再び溜め息をついた。
「確かにねナツミはウエイトレスを兼任している踊り子よりも、沢山のビールを持ったり料理を運んだりするけど。衣装である必要はないわよね」

「えー。だから、これが一番動きやすいんだって!」
 私は両手を腰に当ててふんぞり返る。
 そうだ、この生成りシャツだったらビールが少しかかったって困らないし、洗濯だって気にならない。ヨレヨレは良くないから程よく清潔感は必要だけれど、洗えば綺麗になるしね。
 そんな私の考えが透けて見えたのか、今度はマリンがパンと手を一つ叩いて私を振り向かせる。満面の笑みだったが何か企みがある様だ。

「じゃぁ、動きやすくて可愛い衣装ならどう?」
「可愛い衣装って、どういう事?」
「あたしとマリンはね、ずっと考えていたんだから。ナツミをウエイトレスにしよう計画」
「ウエイトレスじゃ、なかったの? 私」
 私はウエイトレスではなかったのか?! 突然の二人の提案に私はポカンとしてしまう。
「「いつもウエイターに間違われているでしょ!」」
 二人に言いくるめられてしまった。


 ミラの浅黒い肌に幾十にも重ねられた金色のブレスレットが音を立てた。ハンガーラックにかかっている数十着の水着を撫でる様に触る。

「ナツミ様ぁ~こちらに動きやすくて可愛い水着の衣装をご用意しておりまぁす」

「ま、まさか……それを着て私にウエイターをしろと?!」
 何てこった! 私は震えながら水着を指差した。新作だらけの水着達。今回の新作は前回の水泳教室をしていた時と素材が違う。私がこの世界に来る時に着ていた水着を参考にして、ネロさんが魔法で開発してくれた生地を元につくりだされた物だった。

 布地が自由自在になり、踊り子衣装に近い物も増えている。と言うか、色とりどりで面積が小さく過激になっている様な。

「だからウエイターではないでしょ。ウエイトレスなんだってば。ナツミ、あんたはそこから正さないと。これを着てみてよ!」
 ミラがハイと手短に手に取ったハンガーに吊された水着は、叫びたくなる様な物だった。
 やたら面積の小さな赤い三角ブラジャーと同じ色のパンツは両サイドが紐で結ばれた下着の様な物だった。

 そんな過激な水着は着た事がない!

「け、結構です!」
 私が叫んで一歩下がると、マリンにぶつかった。

 いつの間に?!

 マリンはメイクに使う刷毛やパフを両手に持って薄笑いを浮かべていた。
「マ、マリン?」
「それにお化粧もしないとね。これから毎日一緒にお化粧するの。いいわね、楽しみだわ~」
 マリンには退路を塞がれた。

 そのまま部屋を出て逃げ様としたのにそれも出来なくなった。

「そんなっ。どうして私だけ水着なのっ。踊り子の衣装と全然違うしっ」
「じゃぁさ、あたしと同じ踊り子衣装を着る? ウエイトレス的にも人気が出るわよ」
 ミラの踊り子衣装はマリンと色違いで燃える様な赤色だった。腰の辺りに金色の金属製の腰飾りがシャラリと音を立てた。
「踊らないからっ!」
 私は仰け反ってそれを否定する。
「それなら水着で良いじゃない。水着も踊り子衣装も大して変わらないと思うわよ? ほら水着だけが嫌ならその白シャツの前を開けて上に羽織るとか、短いスカートを下に穿くとか──」
 グイグイとマリンが私の背中を押してハンガーラックの前まで押し出す。

「シャツを羽織るねぇ」
 そうか、水着の上に服を着ていれば良いのか。

 そう思ってホッとした時だった。

「えーでも隠すと逆にエロくない? だって足元のブーツは良いとして、短いスカートの下から水着の紐パンツが見えるわけでしょ? うわっ真っ赤なパンツ~とか酔っ払った男が見たら思うかも」
 赤い水着の紐パンツ部分を触りながらミラが嫌らしく笑った。

 ウエイトレスとしてビールを運んだ後、あの屈強な酔っ払った軍人達がペロッと私のスカートを捲り……パンツは赤か! とか、言われたら……

 耐えられない!

「ヒッ。却下!」
  私は小さく悲鳴を上げて体を震わせる。

「もう。ミラったらナツミを脅さないでよ。そうだ! 確か上下が分かれている様な水着ではなくて、繋がっているのも用意していなかった? 確かナツミが言っていたワンピースとか言う水着」
 震える私の肩を抱きながらマリンがミラを咎めるが、その台詞にフッと力を抜いた。
「ワンピースタイプの水着もあるの?」
「そうそう、そうだったわ。ナツミの意見を参考に今回追加してみたの。肩紐は鬱陶しいからとってね、胸元からのタイプにしたの。それでさぁ薄いピンク色にしたらさぁ、何だかウサギっぽいなって。確かこういうのもあるって、言ってたよね? ば、ばにー何とかって言う。ほら、思わずウサギの耳もつけちゃった!」

 ハンガーラックから取り出した一着は、ビキニタイプではなく胸元からお尻まですっぽりと繋がっているワンピースタイプ……なのだが、それではなかった。
 薄ピンク色をしたバニーガール風の衣装だった。お尻には白いボンボンとした尻尾、そして耳のついたカチューシャ!

 ああっ、余計な事を言うのじゃなかったっ! 
 調子に乗って様々な衣装について語った過去の私を殴りたいっ

「駄目ッ! そんなの無理絶対駄目だからっ! そ、それなら私はこの黒色の上下にするからっ──って、何でこんなにスケスケなのっ?!」
 慌てて手に取った別の水着に私は驚いた。

「ああ、それね~リンさんの希望を聞いて作ったの。丁度透けているけれども乳房の先や下の毛は見えないの。ほら二重になっていてね、男性が見たい部分はバラの模様で隠れているってわけ。凝ってるでしょ~。でもさこれってネロさんと二人の時に着るって言ってたわ。目的が違うわよね既に」
 ミラがペロッと舌を出して笑っていた。

 リンさんこれは水着ですよっ! 海で泳ぐ時に着るのです!
 私は声に出して叫びたくなった。

 お店が開店するまで後20分。私は半泣きになりながら水着を選んだ──
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