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098 変わるわよ!
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カラッと雨が上がった日だったけれど、雨は降るかもしれないので乾燥室で洗ったばかりのシーツを干していた時だった。
同じ様にシーツを干しに来たマリンに、私は飛び上がって驚いていた。
「マ、マ、マ、マリンなの?」
「ふふふ。そうよ。プッ。ナツミったら。目が凄く大きくなってるわね。可愛いけど」
マリンは首を傾げて微笑んだ。それから目一杯驚く私の顔を「可愛い」と言って、吹きだしていた。
マリンの微笑みは、例えるなら可憐な薔薇が咲き誇る様に美しい。
しかし今日はそれに輪をかけて無邪気な様子がうかがえる。
マリンはブルーのワンピースの上に白いシャツを羽織っていた。シャツは腰の辺りで縛って腕まくりをしている。ワンピースだけなら可憐だが、シャツが活動的な様子を表していた。
そして、トレードマークのフワフワのプラチナブロンドが──
「え? だって。昨日は、あったよね?!」
「そうね、あったわねぇ」
マリンが自分の頭を撫でる。
綿菓子の如くフワフワの──
腰の辺りまであるプラチナブロンドが──
「えっ? ど、どういう事? いつの間に?」
「昨日の夜ね、早めに仕事が終わったノアが協力してくれてね」
「ノアが?!」
「そうなの。ふふ、どう? 似合うかなぁ」
マリンは私の前でシーツを持ったまま片足でクルリと一回転してくれた。
膝丈のワンピースの裾が広がって白い太股が見え隠れする。
いつもならそれと一緒にプラチナブロンドが柔らかく宙を舞うのに、さっぱりとなくなっていた。
そう、マリンはショートカットになっていた。
「どうって、そんなの。似合うに決まってる!」
私は両手を口の前で合わせ笑った。
私はマリンの周りをグルグルと二周した。後ろから、横から、とにかく四方八方から新しい髪型を観察した。興奮した私の様子にマリンは肩をすくめながら笑っていた。
「凄い! 綺麗にカットできている。そういえばノアって料理をしてくれた時から器用だなとは思っていたけど、こんなに綺麗にカットできるんだ」
確かおにぎりを食べてしまったお礼に、ザックと共同で作ったリゾットをわざわざ薄焼き卵の巾着で包んでくれたっけ。
「そうなの。仕上げはノアがやってくれたのよ。凄く嬉しかった」
「へぇ! おお~耳の下辺りのボブカットがベースだよね。マリンは元々髪の毛のボリュームがあるから、ペタッとなっていなくて、シルエットが丸く見えるショートだね!」
「ぼ、ぼぶ?」
「うんうん! それに、右側だけが顎の辺りまでの長さがあるアシンメトリーカットかぁ! あ、左側は耳にかけているから短く見えるのかな? このバックも刈り上げないでいる所がいい!」
「あ、あしん、めと、めとり?」
矢継ぎ早にカットの状態について早口で説明する私にマリンが目を丸めてしまう。
長年ショートカットをしている私としては、カットにも多少のこだわりがあるので思わず観察してしまう。
「とにかく! スッゴく似合ってる! 素敵過ぎて驚いたよ。長い髪型も素敵だったけど短いのも似合うよ!」
私がマリンの目の前で親指を立てて笑うと、マリンはとても嬉しそうに微笑んだ。
ピンク色の唇が弧を描いて微笑む。左耳の青いピアスが美しく光っていた。
「ありがとう。生まれて初めてこんなに短くしたから、髪の毛の短いナツミに素敵だって言ってもらえて凄く嬉しい!」
とびきりの笑顔で子どもの様に笑った。白い頬が薄いピンク色に染まる。今まで髪の毛をアップにしないと見えなかったすらりとした首が見える。
やはり、美人は髪の毛が長くても短くても美人なのだな。改めて実感。
しかし、私はマリンの「生まれて初めて」という言葉を聞いて心配になった。
「そういえば、ファルの町と言うか、女性達は髪の毛が長い方が良しとされているんでしょ? マリンは看板踊り子なのに髪の毛こんなに短く切って大丈夫?」
「うーん、そうねぇ。まぁ、大丈夫でしょう」
「えー? そんなもんなの?」
あっけらかんとしたマリンの言葉に私はポカンとしてしまう。
「だって、ナツミだって短いし」
「私ぃ? それは、私は元々違う世界から来たし。短い女性も多かったし。マリンは私みたいに男の子と勘違いされる事もないとも思うけれどさ」
「うん……でも何て言うか。昨日の出来事は私の人生の中では大きな出来事だったから、私自身何か思い出に残る様な印がほしくて」
「印……」
マリンは手に持ったシーツを改めて抱きしめると私の顔をジッと見つめた。青い宝石の様な瞳が私を捕らえて離さない。
「髪の毛を短くしたからと言って、私がすぐに変わる訳じゃないけど。これからはもっと強く、自分の意志を持って生きていきたいって思って。自分の為にも、こんな駄目な私を愛してくれるノアの為にも。そして、私の大好きな皆の為にも」
「マリン……」
強い光を持ったマリンの瞳に私は目を奪われた。
それからマリンは恥ずかしそうに頬を染めた。
「その、髪の毛を切ったから、憧れているナツミと同じになれる訳じゃないけどね」
「え」
「何てね」
そう言いながらマリンは舌を出すと、持ってきたシーツを干し始めた。
マリンの後ろ姿を見ながら私は、変わろうとする彼女と一緒に頑張っていきたいと思った。
私は背伸びをしてシーツを干すマリンの後ろ姿に声をかけた。
「私も髪の毛が伸びたら、ザックに切ってもらおうかなぁ……」
「良いわねぇ! きっとザックも器用だから上手に切ってくれると思うわよ」
「ふふふ、だと良いなぁ~」
「あっ、そういえば!」
「マリンどうしたの?」
「衣装とか化粧とか──考えてくれているミラに断りなく髪の毛を切っちゃった」
シーツを干し終わってクルリとふり返るマリンは片手を口に当てていた。
「あぁ……それ、ヤバいんじゃないの?」
私はわざとらしい口調でマリンを冷やかした。
「ヤバイかも。ほんとに、ヤバイかも」
私の言葉を真似ながらマリンは呟いた。それから私の手を取って握りしめる。
「な、何?」
マリンが満面の笑みで私に顔を近づけて笑う。
「と、言う事で。一緒にミラに報告に行きましょ?」
「えっヤダぁ。マリンが髪の毛が短くなっても素敵なのは変わりないけど、断りなく切った事は絶対怒るに決まってる」
「だからね。ナツミも一緒に怒られてよ。その他色々報告もあるし」
「えー?! 報告はしたいけどさぁ」
「じゃぁ、これから一緒に行きましょうよ。きっと風邪も良くなっているでしょうし」
そう言ってマリンは笑いながら私の手を握ったまま歩き始めた。
「もう……仕方ないなぁ」
私は諦めてマリンと一緒に歩き始める。
ミラには昨日起こった話をしておいた方がいいだろう。
実は過去にザックとマリンが関係した事があるという事。
私は大失恋してこのファルの町にたどりついた事。
そして奴隷商人はマリンの昔の踊り子仲間である可能性がある事。
だって──
「だって。ミラも含めた三人仲よしが良いもの」
マリンが笑ってふわりと薔薇の香りを漂わせた。色っぽい香りも今だけは爽やかに感じた。
私は大きく頷いた。
「はぁ。驚いたなぁ~マリンの髪型には」
私と同じモスグリーンのエプロンを着けたザックがしみじみと呟いた。
私とザックはお昼ご飯を食べ終わり、例の路地へゴミを捨てる為に一緒にゴミ箱を運んでいた。
「私も驚いたけど、凄く似合ってるよね! よっと」
私はゴミを持ち上げるが重たくてバランスを崩す。
「おっと。重たいだろそれ。やっぱりそれも俺が持つわ」
「あっ、もう……ザック一人で持っていかないでよぉ」
ザックは私が持っていた大きなゴミ箱を軽々と持ち上げてしまった。
そんなザックの背中を私は追いかける。
「そうだなぁマリンは髪の毛が長い印象しかなかったけど、短いのも似合ってたな。そもそも髪の毛の短い女性もありだよな。まぁ俺にとってはナツミが一番だけど」
「そ、そんな事どさくさ紛れに言って。照れるから……」
さりげなく私を褒めるザックに「ゴミ箱を返してよ」と言えなくなってしまった。
「思っている事を言っただけだろ?」
何で照れるんだ? と、薄暗い通路でザックが笑っていた。
ミラの風邪は大分よくなっていた。
「今日は一緒に仕事できるかも──って、え?」
そこまでミラは話すと、マリンの髪型を見るなりフラフラと部屋のベッドに伏せってしまった。
それから、無断で髪型を変えた事を怒り出す。
怒りながらマリンを私と同じ様に四方八方から見つめ、とても似合う事が分かると早速新しい衣装を作ると言いだした。
流石、創作の固まりミラだ。
それから、昨日起こった出来事を報告すると、驚いていたが最後は一緒に泣いてくれた。
「もう! そんなに悩んでいたなら早く言ってよ。水くさい。今度から二人共一人で悩むの禁止ね!」
そう言って泣きながら私とマリンを抱きしめてくれた。私とマリンはお互いを見つめてから笑って、二人でミラにお礼を言いながら抱きしめ返した。
そして──
お昼ご飯に姿を現わしたマリンに、従業員みんなが驚いた。
女性で髪の毛が短いとそれだけで驚くのに、更に恐ろしく似合っている事にみんなキョトンとしてしまった。
そして男性陣は口々に、
「髪の短い女性ってい言うのもありだな」とか、「そうだよな。うなじが見えるって何か良いよな」とか。とにかく勝手な事を言う始末で、他の踊り子や女性従業員が怒り出した。「男って本当に勝手よね~」と。
しかし、マリンのカットは従業員の中でも好評で、マリンに続いて踊り子が続々と髪の毛をカットしそうな勢いだった。
「もしかしてショートカットがファルの町で流行ったりして!」
だとしたら良いなぁ。そうしたら私もウエイターに間違われないかも!
私は密かにワクワクしてしまった。
そんな妄想を繰り広げる私を暗い通路に取り残して、ザックが一人でゴミを捨てる為、路地へ続くドアを開けてしまった。
「待ってよ! ザック」
私は慌ててザックの後ろに張り付く。
「さて……ソルには釘を改めて刺しとかないとな!」
ザックはそう言いながら小さなドアを開ける。
路地へ続くドアは小さいので、ザックがドアの前に立つと私は外の様子が見えなくなってしまった。
ドアが開く音が聞こえると、路地に待ち構えていたソルとトニの声が聞こえた。
「あっ、ナツミって。違うな。ザックさん?」
「ナツミ! って。ああ、ザックじゃないの」
ソルとトニが最初はずんだ声で私を呼んだが、現れたのがザックだと分かると声のトーンが落ちた。
「そうだけど……本当に二人して待ち構えてるんだなナツミの事を」
ザックが呆れながら呟いていた。
「ザックさんが出てきたって事は。もしかして、ナツミは調子を崩しているんですか? 確かにここ最近ずっと元気がなかったみたいだし。折角果物を持ってきたのに」
ソルがザックの前で慌てていた。
「やっぱり! あんなに目の下にクマを作る程寝不足なら、私もこの差し入れを早く持ってくれば良かったわ! ねぇザック。ナツミの様子はどうなの。寝込んでいるの?」
ソルの言葉にトニもつられて慌てていた。
「いや、ナツミは元気だけど」
二人の食いつく様子にザックが若干引いていた。
しかし本格的に引くのはこれからだった。
ナツミが元気だという言葉を聞くなりソルはザックの胸元のエプロンを握りしめる。
「ええ?! 元気なら何でゴミ捨てに来ないんですかぁ?! ザックさんお願いだからナツミを呼んでくださいよ」
「えぇぇ~呼ぶってお前……」
ソルは彫りの深い目を大きく見開きザックに縋る。これにはザックも思わず手に持っていたゴミ箱を落っことしそうになった。
「そうよ! 元気ならナツミを呼んでよ。ねぇザック。あんたナツミの恋人なんでしょぉ。それに私ナツミに言いたい事があるのっ。ねぇお願いよ」
「恋人ってそうだけど、えぇぇ~?」
トニもザックに縋り付くが、まさか自分に対して甘えるのではなく、ナツミを出せと甘えてくる。
ザックは置かれている状況に呆然としてしまう。
何だよこいつら、すっかりナツミの虜かよ。
ソルだけならまだしもトニまでもが変わってしまった。トニはザックに執着していたはずなのだが。体の関係があったトニだがすっかりそんな事を覚えていないかの様な態度だ。
一体ナツミはこの路地で何をしていたのだ?! ザックは訳が分からなくなった。
「もう~ザック、早く路地に出てよ。私が出られないし」
ザックが路地に出てくれないので、私は相変わらず店の中だ。仕方がないのでザックの後ろでピョンピョンと跳びはねる。
すると私の声を聞いたソルとトニが声を上げた。
「ザックさんの後ろにいるのがナツミなのか? ザックさん、早く出てくださいよナツミが見えない!」
「え、出てくださいって……」
ソルはザックの腕を引っ張り始めた。
「あっ、ナツミ! 良かった。例の意見くれた事を、実は実践したんだけどバッチリだったのよっ! って、もうザック報告したいのに。あんた無駄にでかいんだから」
「え、無駄にでかいって……」
トニもザックの腕をグイグイと引っ張る。
二人に引っ張られてもビクともしないザックなのだが、力が抜けてしまい路地にゴミ箱を持ったまま引きずり出されてしまった。
「「ナツミ!」」
大きな壁がなくなり、ソルとトニは私を見つけた。
ザックはトニとソルに文句を言われ、怒るどころかあまりの扱いにゴミ箱を持ったまま落ち込んでしまった。
同じ様にシーツを干しに来たマリンに、私は飛び上がって驚いていた。
「マ、マ、マ、マリンなの?」
「ふふふ。そうよ。プッ。ナツミったら。目が凄く大きくなってるわね。可愛いけど」
マリンは首を傾げて微笑んだ。それから目一杯驚く私の顔を「可愛い」と言って、吹きだしていた。
マリンの微笑みは、例えるなら可憐な薔薇が咲き誇る様に美しい。
しかし今日はそれに輪をかけて無邪気な様子がうかがえる。
マリンはブルーのワンピースの上に白いシャツを羽織っていた。シャツは腰の辺りで縛って腕まくりをしている。ワンピースだけなら可憐だが、シャツが活動的な様子を表していた。
そして、トレードマークのフワフワのプラチナブロンドが──
「え? だって。昨日は、あったよね?!」
「そうね、あったわねぇ」
マリンが自分の頭を撫でる。
綿菓子の如くフワフワの──
腰の辺りまであるプラチナブロンドが──
「えっ? ど、どういう事? いつの間に?」
「昨日の夜ね、早めに仕事が終わったノアが協力してくれてね」
「ノアが?!」
「そうなの。ふふ、どう? 似合うかなぁ」
マリンは私の前でシーツを持ったまま片足でクルリと一回転してくれた。
膝丈のワンピースの裾が広がって白い太股が見え隠れする。
いつもならそれと一緒にプラチナブロンドが柔らかく宙を舞うのに、さっぱりとなくなっていた。
そう、マリンはショートカットになっていた。
「どうって、そんなの。似合うに決まってる!」
私は両手を口の前で合わせ笑った。
私はマリンの周りをグルグルと二周した。後ろから、横から、とにかく四方八方から新しい髪型を観察した。興奮した私の様子にマリンは肩をすくめながら笑っていた。
「凄い! 綺麗にカットできている。そういえばノアって料理をしてくれた時から器用だなとは思っていたけど、こんなに綺麗にカットできるんだ」
確かおにぎりを食べてしまったお礼に、ザックと共同で作ったリゾットをわざわざ薄焼き卵の巾着で包んでくれたっけ。
「そうなの。仕上げはノアがやってくれたのよ。凄く嬉しかった」
「へぇ! おお~耳の下辺りのボブカットがベースだよね。マリンは元々髪の毛のボリュームがあるから、ペタッとなっていなくて、シルエットが丸く見えるショートだね!」
「ぼ、ぼぶ?」
「うんうん! それに、右側だけが顎の辺りまでの長さがあるアシンメトリーカットかぁ! あ、左側は耳にかけているから短く見えるのかな? このバックも刈り上げないでいる所がいい!」
「あ、あしん、めと、めとり?」
矢継ぎ早にカットの状態について早口で説明する私にマリンが目を丸めてしまう。
長年ショートカットをしている私としては、カットにも多少のこだわりがあるので思わず観察してしまう。
「とにかく! スッゴく似合ってる! 素敵過ぎて驚いたよ。長い髪型も素敵だったけど短いのも似合うよ!」
私がマリンの目の前で親指を立てて笑うと、マリンはとても嬉しそうに微笑んだ。
ピンク色の唇が弧を描いて微笑む。左耳の青いピアスが美しく光っていた。
「ありがとう。生まれて初めてこんなに短くしたから、髪の毛の短いナツミに素敵だって言ってもらえて凄く嬉しい!」
とびきりの笑顔で子どもの様に笑った。白い頬が薄いピンク色に染まる。今まで髪の毛をアップにしないと見えなかったすらりとした首が見える。
やはり、美人は髪の毛が長くても短くても美人なのだな。改めて実感。
しかし、私はマリンの「生まれて初めて」という言葉を聞いて心配になった。
「そういえば、ファルの町と言うか、女性達は髪の毛が長い方が良しとされているんでしょ? マリンは看板踊り子なのに髪の毛こんなに短く切って大丈夫?」
「うーん、そうねぇ。まぁ、大丈夫でしょう」
「えー? そんなもんなの?」
あっけらかんとしたマリンの言葉に私はポカンとしてしまう。
「だって、ナツミだって短いし」
「私ぃ? それは、私は元々違う世界から来たし。短い女性も多かったし。マリンは私みたいに男の子と勘違いされる事もないとも思うけれどさ」
「うん……でも何て言うか。昨日の出来事は私の人生の中では大きな出来事だったから、私自身何か思い出に残る様な印がほしくて」
「印……」
マリンは手に持ったシーツを改めて抱きしめると私の顔をジッと見つめた。青い宝石の様な瞳が私を捕らえて離さない。
「髪の毛を短くしたからと言って、私がすぐに変わる訳じゃないけど。これからはもっと強く、自分の意志を持って生きていきたいって思って。自分の為にも、こんな駄目な私を愛してくれるノアの為にも。そして、私の大好きな皆の為にも」
「マリン……」
強い光を持ったマリンの瞳に私は目を奪われた。
それからマリンは恥ずかしそうに頬を染めた。
「その、髪の毛を切ったから、憧れているナツミと同じになれる訳じゃないけどね」
「え」
「何てね」
そう言いながらマリンは舌を出すと、持ってきたシーツを干し始めた。
マリンの後ろ姿を見ながら私は、変わろうとする彼女と一緒に頑張っていきたいと思った。
私は背伸びをしてシーツを干すマリンの後ろ姿に声をかけた。
「私も髪の毛が伸びたら、ザックに切ってもらおうかなぁ……」
「良いわねぇ! きっとザックも器用だから上手に切ってくれると思うわよ」
「ふふふ、だと良いなぁ~」
「あっ、そういえば!」
「マリンどうしたの?」
「衣装とか化粧とか──考えてくれているミラに断りなく髪の毛を切っちゃった」
シーツを干し終わってクルリとふり返るマリンは片手を口に当てていた。
「あぁ……それ、ヤバいんじゃないの?」
私はわざとらしい口調でマリンを冷やかした。
「ヤバイかも。ほんとに、ヤバイかも」
私の言葉を真似ながらマリンは呟いた。それから私の手を取って握りしめる。
「な、何?」
マリンが満面の笑みで私に顔を近づけて笑う。
「と、言う事で。一緒にミラに報告に行きましょ?」
「えっヤダぁ。マリンが髪の毛が短くなっても素敵なのは変わりないけど、断りなく切った事は絶対怒るに決まってる」
「だからね。ナツミも一緒に怒られてよ。その他色々報告もあるし」
「えー?! 報告はしたいけどさぁ」
「じゃぁ、これから一緒に行きましょうよ。きっと風邪も良くなっているでしょうし」
そう言ってマリンは笑いながら私の手を握ったまま歩き始めた。
「もう……仕方ないなぁ」
私は諦めてマリンと一緒に歩き始める。
ミラには昨日起こった話をしておいた方がいいだろう。
実は過去にザックとマリンが関係した事があるという事。
私は大失恋してこのファルの町にたどりついた事。
そして奴隷商人はマリンの昔の踊り子仲間である可能性がある事。
だって──
「だって。ミラも含めた三人仲よしが良いもの」
マリンが笑ってふわりと薔薇の香りを漂わせた。色っぽい香りも今だけは爽やかに感じた。
私は大きく頷いた。
「はぁ。驚いたなぁ~マリンの髪型には」
私と同じモスグリーンのエプロンを着けたザックがしみじみと呟いた。
私とザックはお昼ご飯を食べ終わり、例の路地へゴミを捨てる為に一緒にゴミ箱を運んでいた。
「私も驚いたけど、凄く似合ってるよね! よっと」
私はゴミを持ち上げるが重たくてバランスを崩す。
「おっと。重たいだろそれ。やっぱりそれも俺が持つわ」
「あっ、もう……ザック一人で持っていかないでよぉ」
ザックは私が持っていた大きなゴミ箱を軽々と持ち上げてしまった。
そんなザックの背中を私は追いかける。
「そうだなぁマリンは髪の毛が長い印象しかなかったけど、短いのも似合ってたな。そもそも髪の毛の短い女性もありだよな。まぁ俺にとってはナツミが一番だけど」
「そ、そんな事どさくさ紛れに言って。照れるから……」
さりげなく私を褒めるザックに「ゴミ箱を返してよ」と言えなくなってしまった。
「思っている事を言っただけだろ?」
何で照れるんだ? と、薄暗い通路でザックが笑っていた。
ミラの風邪は大分よくなっていた。
「今日は一緒に仕事できるかも──って、え?」
そこまでミラは話すと、マリンの髪型を見るなりフラフラと部屋のベッドに伏せってしまった。
それから、無断で髪型を変えた事を怒り出す。
怒りながらマリンを私と同じ様に四方八方から見つめ、とても似合う事が分かると早速新しい衣装を作ると言いだした。
流石、創作の固まりミラだ。
それから、昨日起こった出来事を報告すると、驚いていたが最後は一緒に泣いてくれた。
「もう! そんなに悩んでいたなら早く言ってよ。水くさい。今度から二人共一人で悩むの禁止ね!」
そう言って泣きながら私とマリンを抱きしめてくれた。私とマリンはお互いを見つめてから笑って、二人でミラにお礼を言いながら抱きしめ返した。
そして──
お昼ご飯に姿を現わしたマリンに、従業員みんなが驚いた。
女性で髪の毛が短いとそれだけで驚くのに、更に恐ろしく似合っている事にみんなキョトンとしてしまった。
そして男性陣は口々に、
「髪の短い女性ってい言うのもありだな」とか、「そうだよな。うなじが見えるって何か良いよな」とか。とにかく勝手な事を言う始末で、他の踊り子や女性従業員が怒り出した。「男って本当に勝手よね~」と。
しかし、マリンのカットは従業員の中でも好評で、マリンに続いて踊り子が続々と髪の毛をカットしそうな勢いだった。
「もしかしてショートカットがファルの町で流行ったりして!」
だとしたら良いなぁ。そうしたら私もウエイターに間違われないかも!
私は密かにワクワクしてしまった。
そんな妄想を繰り広げる私を暗い通路に取り残して、ザックが一人でゴミを捨てる為、路地へ続くドアを開けてしまった。
「待ってよ! ザック」
私は慌ててザックの後ろに張り付く。
「さて……ソルには釘を改めて刺しとかないとな!」
ザックはそう言いながら小さなドアを開ける。
路地へ続くドアは小さいので、ザックがドアの前に立つと私は外の様子が見えなくなってしまった。
ドアが開く音が聞こえると、路地に待ち構えていたソルとトニの声が聞こえた。
「あっ、ナツミって。違うな。ザックさん?」
「ナツミ! って。ああ、ザックじゃないの」
ソルとトニが最初はずんだ声で私を呼んだが、現れたのがザックだと分かると声のトーンが落ちた。
「そうだけど……本当に二人して待ち構えてるんだなナツミの事を」
ザックが呆れながら呟いていた。
「ザックさんが出てきたって事は。もしかして、ナツミは調子を崩しているんですか? 確かにここ最近ずっと元気がなかったみたいだし。折角果物を持ってきたのに」
ソルがザックの前で慌てていた。
「やっぱり! あんなに目の下にクマを作る程寝不足なら、私もこの差し入れを早く持ってくれば良かったわ! ねぇザック。ナツミの様子はどうなの。寝込んでいるの?」
ソルの言葉にトニもつられて慌てていた。
「いや、ナツミは元気だけど」
二人の食いつく様子にザックが若干引いていた。
しかし本格的に引くのはこれからだった。
ナツミが元気だという言葉を聞くなりソルはザックの胸元のエプロンを握りしめる。
「ええ?! 元気なら何でゴミ捨てに来ないんですかぁ?! ザックさんお願いだからナツミを呼んでくださいよ」
「えぇぇ~呼ぶってお前……」
ソルは彫りの深い目を大きく見開きザックに縋る。これにはザックも思わず手に持っていたゴミ箱を落っことしそうになった。
「そうよ! 元気ならナツミを呼んでよ。ねぇザック。あんたナツミの恋人なんでしょぉ。それに私ナツミに言いたい事があるのっ。ねぇお願いよ」
「恋人ってそうだけど、えぇぇ~?」
トニもザックに縋り付くが、まさか自分に対して甘えるのではなく、ナツミを出せと甘えてくる。
ザックは置かれている状況に呆然としてしまう。
何だよこいつら、すっかりナツミの虜かよ。
ソルだけならまだしもトニまでもが変わってしまった。トニはザックに執着していたはずなのだが。体の関係があったトニだがすっかりそんな事を覚えていないかの様な態度だ。
一体ナツミはこの路地で何をしていたのだ?! ザックは訳が分からなくなった。
「もう~ザック、早く路地に出てよ。私が出られないし」
ザックが路地に出てくれないので、私は相変わらず店の中だ。仕方がないのでザックの後ろでピョンピョンと跳びはねる。
すると私の声を聞いたソルとトニが声を上げた。
「ザックさんの後ろにいるのがナツミなのか? ザックさん、早く出てくださいよナツミが見えない!」
「え、出てくださいって……」
ソルはザックの腕を引っ張り始めた。
「あっ、ナツミ! 良かった。例の意見くれた事を、実は実践したんだけどバッチリだったのよっ! って、もうザック報告したいのに。あんた無駄にでかいんだから」
「え、無駄にでかいって……」
トニもザックの腕をグイグイと引っ張る。
二人に引っ張られてもビクともしないザックなのだが、力が抜けてしまい路地にゴミ箱を持ったまま引きずり出されてしまった。
「「ナツミ!」」
大きな壁がなくなり、ソルとトニは私を見つけた。
ザックはトニとソルに文句を言われ、怒るどころかあまりの扱いにゴミ箱を持ったまま落ち込んでしまった。
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