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091 黒いフードの女 その正体

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「私がザックとマリンの話を知ったのはね」
「ああ」
 ザックが私の体をくるりと回して腰に手を回したまま顔を覗き込んだ。
「カイ大隊長達が夜に宴会を開いた日があったよね? あの宴会中にゴミを捨てに路地に出たら、女の人に声をかけられたの」
「ゴミ捨て場のある路地で声をかけられたのか」
「うん」
「あの路地か……そういやぁ、トニもソルもあの辺をウロウロしてるしなぁ」
 ザックはブツブツ言いながら考え込む。
「それで、女って誰に声をかけられたんだ?」
 ノアが後ろにあるベッドに座ったまま尋ねた。
 私は体を後方にねじりながら当時の事を精一杯思い出す。
「誰なのかは分からない。分かる事といえば、私と同じぐらいの身長って事ぐらいかなぁ。黒いフードが付いたケープコート姿だったし」
「そうか……それで声をかけられて突然俺とマリンの話をしはじめたのか?」
 ザックが私の頬を撫でながら話の先を促す。
「突然話はじめたんじゃなくて、その女性が最初私の顔を見て『本当に黒髪なのね』って近づいてきて」

 そうだ確かこう言った「ザックの恋人のナツミって、あなたでしょう?」

「それで?」
 ザックが今度は私の髪の毛を撫でてくれる。ゆっくり話す様に、思い出す様に促してくれる。
「えぇと。『そうだけど』って答えると、突然腕を掴まれて目を見る様に言ってきたの。それで、変な人だなぁって」
「え?」
「黒いフードの奥にある瞳を見ると、紫色の瞳が光った様な気がしたんだけど。それも気のせいだったみたいで。そうしたら、今度は『ザックはマリンと寝た事があるのよ』って突然言いだしてさぁ。凄く驚いちゃって。だからザックと関係のある女性なのかなって思ってた」
「ぐっ……俺と関係のあった女」
 ザックが私の言葉に反応して顔をしかめた。
「待て待てナツミ。目を見て光ったって。もしかしてその後でフラついてたのか? 確かぶっ倒れそうで俺が助けた時だよな。腹が減りすぎてフラついたと言っていたが──」
 ノアがベッドに座ったまま驚いて声を上げた。それから私ではなくザックに視線を移し強く頷いていた。すると、ザックがハッとした顔をしていた。

「目が光ったのは魔法で暗示をかけようとしたんだな。その女はナツミに何か暗示をかけようとしたって事か」
 ザックが頭上でノアに話しかける。
「ザックの事で揺さぶりをかけてきたのだから、ナツミから仲違いする様に暗示をかけようとしたんだろう。だが、ナツミは自分の身を守る為に医療魔法を発動してかけられなかったのだろう。それでナツミは腹が減ってフラついていたのか」
 ノアがようやく合点がいったという感じで片手をおでこに当て天を仰いだ。

 どういう事だろう。暗示をかけるという魔法もあるのか。それを医療魔法で防ぐ私って一体……お腹が減るのは困ってしまう。そうなるとゴミ捨ての為に路地に一人で出るのも危ないという事なのだろうか。

「女で魔法が使えるとなると限定されるな。ナツミ、他に女の特徴はなかったか?」
「えぇ~そんな事言ったって」
 ザックが私の二の腕を掴んで軽く揺さぶった。私は困ってしまった。顔を見ていないから思い出すにも無理な話だ。
 だが、ザックの必死な様子に瞳を閉じて当時の事を出来るだけ鮮明に思い出す。


 最初やたら私の目を見ろと言っていた黒いフードの女性。


「確か口元だけが見えていて。浅黒い肌でぽってりとした色っぽい口元だったかな。赤い艶のある口紅で。ああ、そうだ。向かって右の唇の横にほくろがあったなぁ」
「赤い口紅にほくろ……」
「うん。そして深い緑の匂いがしたかなぁ。森みたいな感じ?」
 ゆっくりと目を開けるとザックが私の顔を覗き込んで口の端を上げて笑っていた。
「え? な、何?」
 私は何故ザックが笑うのか分からなくて目を丸めてしまう。
「よく思い出せたな。偉いぞナツミ。それは俺と関係のあった女じゃない」
 ザックは私の頭の上にポコンと手を置くと髪の毛を撫でてくれた。
「てっきりザックと関係のある女性だと思ってたのにって、あれ?」
 私は驚いて声を上げる。そこで矛盾に気がついた。

 少し待って、おかしいよね。

 私は口を閉じて首を傾げた。その様子にザックが頷く。
 
「そもそも、ザックとマリンが関係した事を知っているいうのは、ずっと秘密にしていたのだし。二人以外その事を知っているはずないのに。何故その黒いフードの女性は知っていたの?」
 
 私は口を閉じたまま目を見開いて、ザックとノアの顔を見比べる。

 ザックとノアは強く頷いた。

「その女の正体は、例の営業停止中の『オーガの店』雇われ店長のオーガだ。オーガは女性だが魔法が使えるんだ。しかも、暗示をかけるのが得意でな。催眠術みたいな事もできるから、それで快楽を提供する事がある店だったんだよな」
「何て事……」
 ザックの言葉に目が点になってしまう。
 そんなプレイができる店って大丈夫なのだろうか。
 『オーガの店』とはノアの命を狙っているお兄さん、アルさんが懇意にしている店だ。今はマリンを殺そうとした罪で営業停止になっているが。

「そういえば最近オーガさんの名前を聞いた様な……」
 私は記憶を辿るがはっきりと思い出せない。
「ナツミが思い出せないのも無理ないわ。水泳教室をした別荘の夕食で、話が出たぐらいだもの。あの時ナツミは盛大に酔っ払ったしね」
 マリンが大分落ち着きを取り戻してポツリと声を上げる。ノアがマリンを優しく抱きしめながら強く頷いた。そしてマリンの代わりにノアが静かに話し始めた。
「確か別荘でアルマが言っていたな。アルがオーガを連れてアルの母親の命日に来ていたと。オーガはアルの恋人だろう。オーガとアルは繋がっている。逃亡している今も一緒に行動していると考えていいだろう」
 ノアの言葉を受け取り、今度はザックが話を続ける。
「そしてアルは、例の奴隷商人と繋がりがある。今は金の支払いなどで交渉が決裂してアルとの関係は途切れている様だがな」
 ザックが私の髪の毛を撫でながら説明してくれた。
 しかし、私は首を傾げる。
「オーガさんがアルさんと恋人同士っていう事も、アルさんが奴隷商人と関係していたっていう事も理解しているよ。だけど、ザックとマリンの関係を知っていた事とどう関係しているの?」
 私はザックの両腕にしがみついて答えをせがんだ。ザックは私のしがみついた腕を握りしめながら真っ直ぐ目を見つめて話し始めた。
「俺とマリンの関係を知っている関係者がいるとすれば、当時の踊り子集団で悪さをしていた男が考えられる。あの時、逃げ出したマリンを探しに俺にわざわざ会いに来たからな。俺が追い払ったけど。あの男なら、俺がマリンを抱いた代わりにかくまった事を知っている。その男がいる踊り子集団はマリンを諦めて、町を移動してしまったが──」
 そこでザックが一度言葉を切った。それから私の顔をグッと近づける。
 
「そんな男のいる踊り子集団は十年経ったらどうなっているだろうな?」
 ザックの言葉の最後はとても低い声だった。
「あ……」
 私はザック達が言わんとする事がだんだん分かってきて息を呑んだ。
 
 その踊り子集団は、仲間の体を売る様な男がいるせいで、踊り子集団とは名ばかりになり──

「その男を中心に凶暴な奴隷商人に成り下がっているかもしれないな」
 ノアがザックの言葉の答えを続けた。

 話が、人が、繋がってきた。

 私にザックとマリンの秘密について告げ口したオーガさんは、ノアのお兄さんであるアルさんの恋人。そして、アルさんは凶暴な奴隷商人と関係があった。
 その凶暴な奴隷商人は、マリンがいた踊り子集団だった。

 そして当時の事を知るマリンに体を売る様に強要した男が、今も凶暴な奴隷商人の中心にいるとしたら──

 私はブルリと体を震わせてマリンを振り返る。
 
「あの男がまだ生きているなんて。そして、ファルの町で悪さをしようとしているって事になるのね」
 マリンは自分の体を抱きしめた。白い腕が震えている。それをノアが優しく、そしてきつく抱きしめていた。

 その男はマリンを再び狙ってくるだろう。
 だって、ザックがその男を追い払ったと言っていた。本当はマリンを捨てて逃げたくはなかったのだろう。
 そしてそのマリンは、今誰よりも美しい女性になっている。その男はマリンを手に入れたい、取り戻したいと思うに違いない。

 ノアがマリンの髪の毛を撫でながらザックを見上げた。
「マリンも俺もそしてザックお前も。何が何でも結着を付けなきゃいけないらしい」
 ノアが強く呟いた。

 ザックとマリンの出会い。それからノアと出会い、皆が繋がった。
 事情が複雑に絡み合う中、それぞれの脅威に、壁に、問題に、結着を付けなければならないという事なのだろう。

「ああ。そうだな……」
 ザックも瞳を伏せて、しかし力強く呟いた。

 それから、顔を上げて改めてザックはノアを見つめる。

「ノアは誰から俺とマリンの話を聞いたんだ?」
 ザックが改めてノアに問いかける。
 
「俺が一年前に話を聞いたのは、俺の兄貴。今、逃亡中のアルからさ」
 ノアがはっきりとザックに答えた。
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