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044 「覚悟」と「自信」と「頼る事」

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 私は真っ暗な砂漠を当てもなくとぼとぼと歩いていた。空には月が出ていてそれはそれは綺麗に輝いている。歩いていると喉が渇いて仕方がない。
 そもそもどうして私は砂漠にいるのか。先程までノアの別荘で森の中にいたのに。
「水……」
 そう呟くと目の前にフタコブラクダに乗った男が現れた。男はフードを目深に被っており顔が見えない。ぼんやり見つめていると、ラクダからひらりとおりる。男は口を開いて何か話すが、声が全く聞き取れない。私は「ヒッ」と声を上げる。

 実はこの男──先程から色々な場面で登場して私にちょっかいをかけてくる。
 先程は砂漠のオアシスにある池の畔で水を飲もうとしたところ、急に目の前に現れ力強く抱きしめられたのだ。
 驚いて思わず「ザック助けて」と声を上げる。
 ザックと名前を呼ぶ度に腕が絡まって強く抱きしめられ、息が出来なくなる。
 そして最後には体が痙攣し快感が体を突き抜ける。
 何なのこれは? それよりも何でこの男はそんな事をするの?

 その男は後ろから冷たく冷えたペットボトルを私の前に差し出した。いきなりペットボトルな事に驚く。
「……水をくれるの?」
 呟くと男は突然目の前に立っていて、ペットボトルを私の口に押し付ける。
「むぐっ!」
 何て乱暴なの! 驚いて目を閉じる。
 しかもペットボトルの口は柔らかく、冷たそうな水なのに流れこんでくる水は生温かい。

 何でこんなに……





 そう思って目を開けると、ザックの長い睫が目に入った。
 どうやら砂漠にいたのは夢の中だった様だ。やたら喉が渇いて水が欲しかったのだが、私はザックに口移しで水を飲まされている。サイドテーブルにはレモンの輪切りが浮かんでいるピッチャーとコップが置かれていた。

 私とザックが宿泊する部屋は真っ暗で、窓から入り込んでくる月の光だけが頼りだ。水を飲まされた後は口内をザックの舌が深く舐め取り最後上顎を掠めて去っていった。
「プッ、はぁ!」
「お、目が覚めたか?」
「何でココに? 私食事の最後に出された飲み物を飲んでたはずなのに……」
「やっぱり酔っ払っていたんだな。ほら水が飲みたいんだろ?」
 そう言って、ザックはベッドに腰掛け、ピッチャーからコップに水を注ぐと私に手渡した。
「頭が痛かったり、気分は悪くないか?」
「うん。大丈夫だけど。私、酔っ払っていたの?」
「ああ、盛大にな。面白かったぜ」
 ザックがニヤリと笑って顛末を話してくれた。



「嘘ぉ! 私そんな事をノアに言ったの」
 どうしよう、穴があったら入りたい。思わず頭を抱えながらベッドの上でうな垂れる。
「ああ、傑作だったぜ。『除外』とか、大声で言っていたぜ」
 ザックはベッドサイドに腰をかけ膝を叩いて笑っていた。 
「もしかしなくても。ノアって、相当怒っていたんじゃないの?」
 ノアは実はお坊ちゃんだから、私みたいなポッと出に説教されたら怒るよね。酔っ払っていたとはいえどうしよう。今から謝りに行った方が良いのだろうか?
 人生の中で酔っ払ったりした事ないのに! 異世界へ来てまでアルコールで失敗するなんて。
 いやいや、待て待て。酔っ払っていたから──とは理由にならないよね。それに、謝るって言っても、実は思っていた事をツルッと言ってしまった事には変わりない。
 謝ったとしても、「ううん、本心はそう思っていました」と言うしかないし……
「ああ~どうしたらいいのぉ?」
 私はベッドの上で正座をし髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱した。
「気にしなくて良いと思うぜ。ノアは別に怒ってなかったし」
 悶絶する私をあっさり解放したのはザックのひと言だった。
「え? 怒ってないの。除外とか、やりたくないって、とか言い散らかしたのに」
 私は間抜けな声を上げてザックを見つめる。ザックは私のぐしゃぐしゃになった髪の毛を撫でながら微笑んでいた。
「まぁ、パンチの効いた意見を聞いたから面食らっていたけどな。むしろ良い意見だったんじゃないか?」
「どこが良いの。だけど」
「ん?」
「言い方が悪かったって謝る事は出来ても、思っていた事は訂正できないかも……」
 初めて話を聞いた時から違和感を抱いていた。
 おかしいじゃない領主は代々の引き継ぐ事が決まりだなんて。頭のいい人がいっぱいいるのに誰か一石投じた人はいないのかなって、私は正直にその事をザックに話した。
「……そうだな、ファルの町でしか生きた事がない奴らは考えが凝り固まっているという事の例だろうな。ファルの価値しか知らない奴らは、そうじゃなきゃ駄目だと言い聞かされると思い込んでしまうもんなのさ。つまり、視野が狭い」
 月明かりだけが頼りの部屋でザックが自分の片手を見つめながら話してくれた。
 横顔には感情は見て取れないが楽しそうに見えた。
 そして、私をジッと見つめると顔を近づけて小さく呟いた。
「その枠の中から決めないといけないと思い込んでいる奴らがノアを推薦する。そのくせ、陰口をたたく奴らもいる。だって、今のノアではまだまだ経験不足だ。そんなの本人だって分かっている事さ。だから、ああやってスパンと言いきるのは新鮮だったと思うぜ?」
「そう……」
 ザックの瞳が細くなって優しく光と、私の頬を撫でてくれた。そう言ってもらえるとホッとする。
 確かにザックの言う通り狭い世界に閉じ込められていると価値も視野も狭くなる。新しい事をしようとしたり、嫌だと思った事も言えなかったり出来なかったりする可能性もある。
「ザックは、ファルの町以外にいた事があるの?」
 ふとザックの視野の広い意見が気になり尋ねてみた。
「俺? 俺はなぁ、うーん。何と言うか貧民街に行き着くまで色んな町を転々としてきた、みたいな? だから、その影響だろうな」
 ザックは私の顔を覗き込んでおでこをコツンとつけた。
 え? ザックってファルの町出身ではないのかな。
「じゃぁ、視野が広めのザックがもっと早くにノアに意見したら良かったのに」
 私は間近に迫ったザックに小さな声で抗議をした。
「視野が広めの……広めって、褒めてんのか? まぁ、そういう俺もノアには領主になって欲しいと思う。ナツミが言う様に痛みの分かる人に優しい奴だからな。ちょっと坊ちゃんのせいでわがままなのがアレなんだが……」
「プッ。確かにそうだよね。貧民街にいたわりにはやっぱりお坊ちゃん感が抜けないよね」
 そうなのだ、何だかんだ言って育ちの良いところが所々にじみ出ていると言うか。アンバランスな感じがあるのは少し笑える。
「ノアに必要なのは「覚悟」と「自信」さ。そして、周りをもっと「頼る事」……そう感じてもらえる様になる一石を投じたと俺は思うぜ。まぁ、ナツミのは一石どころか爆弾だった様だが」
「だからそれは酔っ払って、んっ」
 言い訳をしようとしたら、ザックに口を塞がれた。濃厚なキスが突然はじまる。両手で顔を挟まれて、逃がさない様にガッチリ掴まれているが、差し込まれる舌の動きは柔らかく優しい。ゆっくりと口内をなめ回すと私の舌を絡めて、吸いあげようとする。
「プッ、はぁ。も、もう話の途中」
「もう他の奴の話なんか止めようぜ……今は俺とナツミだけだ。ほら口開けて、舌出せ」
 そう言ってザックの高い鼻を私のそこそこ低めの鼻に擦り付ける。
 こんなところでも顔偏差値の差が出るとは。私は素直に舌を出すと、口を開けたままお互いの舌だけを絡ませてキスを繰り返す。
 何か食べられそうなのに食べてもらえない感じが繰り返されてもどかしい。口が合わさって深くキスしたくなってくるのにザックはそうしてくれない。
 ザックの舌は長くて短い私の舌を遊ぶ様に絡めたり、少しずらして上顎を舐めたりする。
 その度に背筋がゾクゾクして、お腹の奥が熱くなってくる。
「いいなぁ、その何か我慢している様な顔……なぁ、どうしたい?」
 舌を絡めるだけのキスの間に低い声で呟かれる。ザックのゴツゴツした長い指が私の首の後ろを撫でていく。
「もっと、凄いキスしたい」
 凄いキスって何? 言った自分に照れてしまう。
「凄いキスか……キスだけで良いんだ?」
 そう呟きながら、ワザとザックは私の唇から少しだけズレたところにキスをする。
 お願いそれ以上焦らさないで。
 正座した両膝をモジモジと擦り合わせてキスで燻っていく快感を何とか逃そうとするけれど、恥ずかしいくらい下着が濡れているのを感じる。
「キ、スだけじゃなくて。その先もしたいけど……やっぱりお風呂に入ってからじゃないと」
 確かに先程雨に濡れてシャワーを軽く浴びただけだから、色々洗いたい気もする。ああ、何だか考えがまとまらなくなってきた……そうやってザックのキスに溺れていた時だった。
「よし! じゃぁ、温泉に行こうぜ!」
「えっ……」
 ザックは私の返事を聞くとパッと離れて、私の両腕を掴んでベッドの上からフカフカのカーペットにおろした。
 あっという間に抱き起こされた私は驚いてしまう。
 後、突然離れていった熱にがっかりしてしまった。
「ん? どうした? もしかしてパンツ濡れ、ムグっ!」
「もう、それ以上言わないでっ!」
 私は両手でザックの口を押さえてセリフを遮った。確かにそうだけれど言われると恥ずかしいからっ!
「へぇ、そうなのか──じゃぁ、温泉へ行こうか」
 ザックは私の手を取って、部屋のドアを開けた。






 何だかザックが凄く嬉しそう。
 この間お風呂は一緒に入ったはずだから初めてではないけれど?
 もしかして、何か企んでいたりするのかな。
「ん? 何だ?」
 訝しげに見つめる私の顔を華やいだ笑顔で見つめるザック。
 まぁ、いいかぁ。何だかこのザックのペースにも慣れてきた。それにザックの事もっと知りたいし。
 そして、手を引かれた時私は目覚める前の砂漠で見た夢について思い出し、ザックに問いかけた。
「ところで、ザック。寝ている私に何かした?」
 私があっさり聞いたせいか、ザックの答えが簡単に返ってきた。
「ああ、それなら、おっぱい触ったりとかお尻を触ったりとかしたけど。あっ」
 ザックはツルッとバラしてしまった口を慌てて片手で覆った。
 犯人はザックだったか!
「もう、道理で変な夢を見ると思った。他には何かしてないよね?」
「え? ナ、ナニモシテナイデス」
 何故に片言? そして、思いっきり目が泳いでいるのだけれど。
「ザック」
「わ、悪かった。あんなになるなんてちょっと予想外で……」
「え? 一体、私に何したのよ~」
 私とザックはなるべく小さな声で揉めながら夜の温泉へ行く為、別荘の裏庭を歩いていた。
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