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035 ミラの水着製作

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 水泳教室の話が出てから二日経った。

 残念ながらノアやザックは軍関連の仕事が多忙となり『ジルの店』に顔を出せないでいる。色々相談したいがこればかりは仕方がない。だってお仕事なのだし。

 さて、水泳教室だが一つ問題があった。男性は海で泳いでいた時も普段着ているパンツで問題ないみたいだけれど、マリンの水着をどうするべきか?

 やはり踊り子の衣装を変形させるべきなのか? 作るしかないのかな。しかし、そんなの簡単には出来ないだろうし。まとまらない考えに唸りながら中庭へ続く道を歩いていた。

 空を見上げると真っ青の空と黒々とした雨雲が交錯していた。ポツポツと雨粒が落ちて来た。
「あっ」
 突然のスコールとなり、中庭に干していたシーツを慌てて取り込む。通りかかったミラとマリンが手伝ってくれた。昼食を取ろうと自分達の部屋から出て来た時だったそうだ。通りがかった二人のお陰でシーツはずぶ濡れにならずに済んだ。
 取り込んだシーツを折りたたみリネン室の棚に置くと、昼食を取ろうと三人で酒場に向かって歩く。
「あ、ナツミ。ちょうど良かった。これ、ザックさんから届いていたよ」
「え?」
 店の男の子がザックから私宛に荷物が届いていると、わざわざ持ってきてくれた。
 掌に載るぐらい木の小箱だ。赤いリボンを解くと、中からメッセージカードと一個ずつ紙に包まれたキャンディーが出てきた。とても小さなキャンディーは女性が喜びそうな品物で、実に可愛い。
「流石! ザックね~」
 ミラが私の肩を軽く叩いて、冷やかしてきた。
「二日しか経ってないのに……」
「二日って関係ないわよ。ファルの町の男って、女性にアピールする時贈り物をするのよ。あっ、しかもこのキャンディー! 中々手に入らない人気なヤツよ。いいなぁ、羨ましいなぁ~あたしもシンからもらいたい~」
 ミラが私の手に持ったキャンディーを覗き込みながら目をパチパチさせている。聞けばマリンもノアから贈り物が届く事があるそうだ。主に花束なんだって。
 雨音を聞きながら、星形、丸形、三角錐など様々な形をした小さな粒を、ミラ、マリン、私達は口に放り込んだ。三人見合ってニッコリ笑う。色も味も様々で楽しい。
 残念ながら直筆のメッセージカードは、文字が読めないので分からない。
 流れる様な文字は中々綺麗だ。ザックって意外と達筆なんだな。
「読めないなんて残念」
 ザックが来た時に聞こうか。だけれど、送った本人に聞くのっておかしいし。
 呟いた私の言葉を聞いたのがマリンだった。
「もし良かったら、私が代わりに読むけど。でも、そうなると中身を見ちゃう事になるし」
「えっ! マリンって字が読めるの?」
 私は驚いて、マリンを振り返った。マリンはまだ飴が口に残っているのか、モグモグ動かしながら微笑む。
「ええ。昔母に教えてもらってね」
 マリンは肩紐の白い綿のワンピースを着ており、腰には紺色の布をベルト代わりに巻いていた。鎖骨に滑り落ちるプラチナブロンドを後ろに撫でながら、首を少しだけ傾げて微笑んだ。
「そうなのよ、マリンは字が読めるのよっ。凄いでしょ!」
 何故かミラにも自慢される。
 確か文字が読める女性は少ないと聞いたけれど。ミラも確か読めなかった。
 私も数字は認識できるが、それ以外の文字は全く読めない。
「じゃぁ、お願いしようかな」
 私は二つ折りのメッセージカードをマリンに渡した。
「うん。じゃぁ、読むわね「ナツミへ 多分この手紙は他の誰かに読んでもらっているんだろうな。少し仕事が忙しくて会いに行けないのが残念だ」あら、誰かに読まれる事バレてるわね」
 マリンが目を丸くしている。
「あはは、ホントだ」
 私も笑ってしまう。
「えっと、続きを読むわよ。「今後そっちに行くと毎晩ジルに手伝わされるだろうけど……」ふふふ。来たいのか来たくないのか、複雑みたいね」
 マリンがそこまで読んで笑った。
「仕方ないわよね。バラされたくないならって、お願いしちゃったんだし」
「そうだよね」
 ミラも私も小さく笑った。
「続きはまだあるわよ「早く会いたい。会って抱きしめたい。色んなところに連れていきたい。宿から連れ出してやれない代わりにキャンディーを送る。花束も考えたがナツミの場合、食べられないって言われそうだし。またな」だって。最後はザックも照れ隠しかしらね?」
 マリンがカードを私に返しながら「照れ隠しなんて彼にしては珍しいわ」と、からかう様にウインクをした。
「ホント、ホント、ごちそうさまって感じ!」
 ミラも自分をパタパタ仰ぐ仕草を見せてマリンと笑い合った。
「たっ、食べられなくたって花束でも嬉しいもん」
 私は憎まれ口を呟きながら、嬉しさと照れくささが入り交じり顔を赤くした。





「入って、入って」
 ミラが自分の部屋のドアを開けて手招きをする。
「お邪魔しまーす」
 初めての他人の部屋で私は緊張した。
「ゴメン椅子が足りないから、ベッドの上にでも座ってて」
 ミラがズンズン部屋の中を歩いて行き、奥にある窓を大きく開ける。

 先ほどのスコールは既に通り過ぎており、真っ青な空と風と昼の日差しが入り込んできた。暗かった部屋が明るくなり、ミラの部屋の状況が見えてきた。

「あっこれ、新作?」
 スルッと私の後ろから入って来たマリンが壁にかかった踊り子衣装を発見し、声を上げる。

「そう。多分、ベルさんに着てもらう事になりそうだけどね~」
 私の自室は『ジルの店』の五階一番奥にあるが、ミラの自室は私の一つ隣だった。

 部屋の造りは同じだった。お風呂やトイレは共同となっているが、四畳半ぐらいの大きさの部屋で眠るだけなら快適だ。

 自分の部屋以外の部屋に入るのは初めてだった。
 ミラの部屋は何もない私の部屋と違って、壁一面に真っ赤な布が飾られている。棚にはアクセサリーが所狭しと並んでいるし、クローゼットには沢山の踊り子の衣装や洋服がかけられている。ベッドの下には所狭しとハイヒールやブーツなどの靴が並んでいた。

「衣装部屋?」
 部屋をぐるっと見回しながら、ベッドの端っこに腰掛ける。マリンはまだ壁にかかっている衣装を色々な角度から見つめていた。

「アハハハ。そうかもね~。これでも結構片付けたんだけどね」
 ミラはそう言ってテーブルの引き出しの中をあさりはじめた。



 どうしてミラの部屋を訪れているかと言うと、私が昼食中に水着の事について悩んでいると話したのが発端だ。
 ミラは先日の「ノア溺れる、ザック三分の事件(?)」に立ち会ってしまった事で、関係者になってしまった。その為、私達三人はより絆を深める事となった。

 今日もこうして昼食を仲良し三人組として取る。酒場の一番目立たない隅っこに陣取ってダンさんお手製のポレポレットマシューをナイフで切り分ける。今日はトマトソースがかかっている。酒場では昼休みを取った踊り子や従業員が、客と混ざって昼食を取っていた。



「みずぎぃ? 何か悩む必要があるの? だってナツミが着ているヤツよね。恥ずかしい下着みたいな」
「だから、恥ずかしくもないし、下着じゃないってば! そういえば、ミラにはまだ話せてなかったね。実はね」
 私はミラに顔を近づけ、他の誰にも聞かれない様に小声でマリンとノアに水泳を教える事になったと伝えた。
 すると、ミラが凄い勢いで食いついてきた。昼食のポレポレットマシューを危うく喉に詰まらせて咽せるぐらい。
「んぐっ! 何それ面白そう。その、みずぎ、とか言うの、あたしにやらせてくれない?」
「良いわねぇ。ミラは洋服や踊り子の衣装を作るのが得意なのよ」
 マリンが付け合わせのパンにトマトソースを絡めながら小さな口に運ぶ。
「そうなんだ。それは大歓迎だよ。お願いしても良いかなぁ」
 ミラは洋裁が得意だなんて。道理で普段着からお洒落だなと思っていた。
 今日着ているマリンの服もミラのお手製なのだとか。
「踊りの衣装も、衣装屋に頼むと高くてね、若い頃なんて到底手が出なくて。その時から、ミラにお世話になっているの。衣装屋に頼むよりずっと安くて綺麗に仕立ててくれるのよ」
「やだぁ~マリンったらそんなに褒めても何も出ないわよ~」
 ミラは盛大に照れながらパクパクと食事を進める。
 若い頃なんてって、マリンまだ二十代だよね? 私も笑いながらフォークに突き刺したお肉を頬張った。



「へぇ水着ってこんな風になっているのかぁ~」
 ミラは私の水着を引っ張ったり、ひっくり返したりして細かく観察していた。

 先ずは水着を作るに当たり、どんな布で、どの様に縫製するか考えたいとの事で、ミラは私の水着を手に取りじっくりと観察していた。

「やっぱり布が問題かなぁ。こんな伸びるししっかりした布はあまり見た事がないし」
 ブツブツと言うミラをよそに暢気なマリンが、ベッドの上に座り込みミラの製作した踊り子の衣装を手に取り眺めていた。
「形は踊り子の衣装に近い方が、逆に動きやすい様な感じがするわね。慣れているし」
「確かに。踊り子の衣装の様なブラジャータイプの水着もあるし、それにブラジャーって言っても、ホルターネックの様な形もあるよ」
 私はノートサイズの黒板に、チョークで絵をかきながら二人に説明する。その他ワンピースの形をした水着等も紹介する。
「へぇそういう形もあるのね。面白いわぁ」
 ミラはふんふんと頷きながら目を輝かせていた。

 本当に好きなんだな。私はベッドの上で体育座りをしながら目を輝かせるミラを眩しそうに見つめた。何かに必死になって頑張る姿は素敵だ。
 私もライフセーバー時のスポーツタイプの水着しか今手元にないが、確かに色々なタイプの水着を持っていた。競泳用の水着はもちろんの事、夏ビーチで着る為の水着なども何着か持っていた。
 スポーツタイプな物が多かったなぁ。過激な物はなかったけれど、比較的水着を着る事に抵抗はあまりなかった。過激な物と言えば……私は思い出した様に新たに黒板にあまり上手いとは言えない絵をかきはじめる。

「あとね、このショーツの後ろがほとんど前側と同じカッティングになっていて、お尻が半分見えている様な形とか。あとTバックになっている物や、サイドが紐になっている物もあるんだよ! 重ねて着るとかもあるし」
 調子に乗った私は、思わず様々な水着について紹介してしまった。

「紐って良いわねぇ! それに後ろもお尻のところに食い込む様な形って格好いいかも!」
「いやぁ、そうだけど、泳ぐのには最適かどうかは別だけど」
 水泳競技をしない程度の泳ぎなら問題ないかも、そう続けようとしたが私はどうやらミラの違うスイッチを押してしまった様だ。

「踊りの時だって一緒よ! だって横の紐が解けて裸になるから困るし。じゃぁ、水着も同じかも!」
「え」
「水着の素材をどうするかだけど、やっぱり美しく、可愛く着飾りたいじゃない! 見ててよ! 特別に二人に似合う踊り子衣装に負けない物を作るから!」
 目をキラキラさせ、私の前に拳を突き出したミラは鼻息を荒くした。
「泳ぎを教えてもらうのも楽しみだけど、水着も楽しみ! ナツミ、もちろんノアとザックにもお披露目しましょうね」
 パチパチと小さく拍手をしながらマリンも頬をほんのり染める。
「え、ええ?!」
 何だか話が変わってきたぞ。
 しかも踊り子衣装並みの凄いヤツが出来上がるのでは、私はたまったものではない。
「良いわねぇそれ! その時はあたしも着てみようかしら。もちろんシンも一緒に来る様ザックにお願いしてよね! ナツミ」
「う、うん」
 きゃっきゃっとベッドの上で楽しそうに笑う二人を眺めながら冷や汗を流す。
 どんな水着を着る事になるのやら。
 しかし、そんな事とは別に三人で楽しく話が出来るこの時間がとても大切だと感じた。   
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