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032 カナヅチ男と3分男

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 時間泊の部屋にあるテーブルには、大皿の料理が並んでいた。全て熱々だ。

 モッツァレラチーズとトマトソースのピザにはバジルがトッピングされている。サラダには美味しそうな粉チーズがたっぷりかかっているし、コーンスープはトロッとしている。固めのパンを浸すとちょうど良さそうだ。更に、魚介類と夏野菜のパエリアに、白身魚のソテー。肉料理は羊肉の香草焼き。パスタはアラビアータでピリッと辛かった。

 私は初めてダンさんの料理を食べた時と同じ様に、二、三人前をペロリと平らげる。

 無言で食べ続けるが、皆がジーッと私の食べる様子を見つめていた。別に見つめる必要はないと思うけれど。私は一度食べ始めると、手を止める事が出来なかった。

 何か言葉を発しようとするとお腹の方が返事をするのだ。お腹が何度もなるのを聞いたザックが隣で吹き出していた。

 恥ずかしいったらないのに。人の気も知らないで。

 私はジロッと隣のザックを睨むと、ザックは笑いながら謝り、甲斐甲斐しく大皿から料理を取り分けてくれる。

「ダンの料理は美味いよな。幸せな気持ちになる。ゆっくり食えよ」
 最後には私の頭を叩いて撫でてくれた。

 うん。分かっているよ。出来るだけゆっくりと咀嚼して味わう。

 ああ、美味しい~。

 あまりの美味しさに幸せを感じる。満面の笑みでモグモグと無言で食べ続ける。

「森でこんな飯の食い方する動物を見た事がある様な。ああ、リス?」
 大皿料理を運んで来たシンが呟く。

「しかし、何度見ても綺麗に飯を食うなぁ。しかも一口がでかい。よくあんなに頬張っても綺麗に食えるもんだ」
 褒められているのか、貶されているのか分からないが、感心しているのはノアだった。

「ナツミったら、あの体の中の何処に食事が入っているの?」
 次々とお皿を空にする私を見つめながらミラが呟く。

 そうかぁ、ミラは私がこんなに大食いになっているところを見るのは初めてだよね。私だって驚く位食べているし。

 私は最後にレモンの輪切りが入った冷たい水を勢いよく飲んで一息ついた。
「はぁ、落ち着いた」
 みんなの為に運ばれて来たであろう昼食の半分程を平らげて、ようやく言葉を発する事が出来た。二十分程食べ続けた結果、言葉を発してもお腹が先に返事をする事はなくなった。

 私が溜め息をついて一息ついたら、ワッと歓声が上がり拍手が起こった。

 何故。

「皿が半分空になったな。追加を持ってくる」
 ダンさんが嬉しそうに私の肩を叩いて、空になった皿を下げて部屋を出ていった。
「料理人冥利に尽きるわよね~。あれだけ美味しそうに食べてもらえれば」
 ジルさんはお昼にはワインを飲むのが癖の様だ。片手にはワイングラスが握られている。
「いやぁ~しかし、素晴らしい食べっぷりですね。慌てず無理に飲み込まず、一口一口味わって実に美味しそうでした!」
 パチパチと手を叩くのはネロさんだ。すっかり腰が治った様で、ベッドの端に背筋を伸ばして座っている。先ほどまで腰が痛いとのたうち回っていたのが嘘の様だ。

「ハハハ。どうも」
 私は引きつりながら笑うしかなかった。

 嬉しくない! 医療魔法とか凄いとは思うけれど、代償が体力でしかも酷くお腹が減るって。そんなの恥ずかしい魔法だなんて。

 私はショックが隠せずうなだれてしまう。
 
「まぁ色々話をしたいけど、食事をみんなで取りながらにしましょうか」
 ワインを飲み干し、ジルさんがフォークを握りしめた。

「オー!!」
 時間泊の部屋にすし詰め状態になった皆が、思い思いの料理を手に取っていく。

「私はピザを食べたいわ」
「マリン、ずるい。それナツミが一番美味しそうに食べてたから、あたしだって食べたい」
「追加はすぐにダンが持って来てくれるわよ。私はパエリアにするわ。最初に食べていたのはこれだったわね」
 マリン、ミラ、ジルさんの女性陣はピザやパエリアに群がっていた。
「俺はソテーにしようかな。ナツミが一番笑ったのはこの料理だし」
「俺はこれかな? ナツミが口にしたら、目が点になって可愛かったし」
「思ったより辛かっただけじゃないか? でも、確かに目が点になっていた」
「うーん、僕は羊肉にします。ナツミさん結構長くモグモグしていましたからね。きっと食べ応えがあったんでしょう」
 シン、ザック、ノア、ネロさんの男性陣はバラバラに食事を取り始める。

 何故、私の食べていた時の顔が基準なの。

 恥ずかしい様な複雑な気持ちで皆の食事風景を見守っていた。



 ダンさんも再び食事を運び、昼食を取りながら今までの話を皆で相談し合う。

 毒を盛られていた話をダンさんが聞いた時は、顔は普通だったのに握っていたフォークの首部分が折れたのには面食らった。ダンさんは今後の管理について検討すると言っていた。

 昼食を終え皆が無言になった時、ジルさんがワインを注ぎながら話し始めた。
「それで、あんた達は今後どうするつもりなの」
 ジルさんが椅子の上で改めて足を組み直す。視線はシンとザックに向いていた。

「ネロに引き続き牢屋で殺されていた二人の毒について調査してもらう。後、この毒が特定出来たら、どのルートで入って来たかが分かるはずだ。アルと繋がりのある奴隷商人の情報も分かるかもしれない」
 ノアは壁際に立ったまま、ワイングラスの中を覗き込み考えながら話していた。

「ふーん。それで?」
 ジルさんはノアの方を見つめその先を促す。

「それでと言われると……」
 ノアがジルさんの視線から逃れる様に顔を横に向けると、口を真一文字に結んでしまった。

「そうさ、ジル。お手上げってヤツさ。アルは『オーガの店』が営業停止処分になったと同時に、長期的な休暇届を出して姿をくらましてしまったし」
 ザックがビールを一口飲んでから、両方の掌を上に上げて肩をすくめた。

 アルさんは今何処にいるのか分からないのだそうだ。

「ハーン。姿を消して潜伏か。アルの方も策を練り直してくるつもりなのでは? 次は本当にノアを亡き者にするつもりでね」
 ジルさんが顎を上げて軽く笑う。

「アルの最終目的は、俺や俺に関わる人間を全て亡き者にして領主になる事だからな。国王の病状にもよるが」
 ノアが俯いたままグラスの中に入ったワインを覗いて笑う。

 とても寂しそうな笑い方に、何だか胸が痛くなる。

 マリンが無言で椅子から立ち上がるとノアの隣に歩いていき、コテンと頭を肩にもたれかける。
「そんな風に笑わないで。ノアは一人じゃないわ」
「マリン」
 ノアはマリンの姿をアイスブルーの瞳に写し、寂しそうに笑うとマリンの肩を抱いた。
 マリンも少しでも勇気づけようとしたのだろう。

「ノアと関わると、ろくな事がないな。この一、二ヶ月で大騒ぎだ」
 ザックも口では憎まれ口を叩いたが、頬杖をついて優しく笑う。

「フン」
 ノアがザックのセリフにツンと横を向いたが、その口元は少し笑っていた。

「全く迷惑な兄弟喧嘩だわね。お陰でウチの看板娘も酷い目にあうし」
「俺の料理には毒を盛られる始末だ」
 ジルさんとダンさんも顔を合わせて笑う。

「本当に済まなかった。今後は巻き込まれない様に気をつけ」
 ノアが頭をジルさんに頭を下げ、今後について申し出た時だった。
「冗談じゃない。アルもそうだけど『オーガの店』の連中も、私の店に手を出したのよ。喧嘩を売ったのは向こう。この私を誰だと思っているの?」
 ジルさんが低い声でテーブルの上にグラスを置いて、ノアを睨みつける。
「だが、アルの俺への怨み方は尋常じゃない。これ以上何かあったら!」
 唇を噛みしめたノアだったが、ジルさんが仁王立ちになった。
「ノア、悪いけどこれはもうあんた達だけの問題じゃないのよ。私の腹の虫が治まらないの。フン。どうしてくれようかしら」

 きっとジルさんはノアに協力すると言ったら、ノアが遠慮すると思っているのかもしれない。だから、こういう風に言って──

「ガキ同士の喧嘩なら放っておくところだけど。私を敵に回してどうなるのか思い知らせてやらないと。ねぇ、ダン?」
「そうだな」
 ジルさんとダンさんが顔を見合わせた。笑いながらだが、二人の瞳は怒りで溢れている。
 
 怖い。流石元海賊。ノアに協力という訳ではなさそうだ。

「それにナツミもザックと一緒になるもんだから、今後はナツミまで標的にされかねないしね」
 ジルさんがひと言漏らした。ウインクをして私に投げるけれど、私は固まってしまった。

「ザックと一緒になるって。ナツミ! そ、それ本当なの?」
 まっ先に話題に飛びついたのはミラだった。

「えーと、そうなんだけど」
 どうしよう。勢いとかもあるのだけれど、何だかんだでザックとお付き合いを開始した訳だし。

「そ、そうだったの。そういえばさっきキスしようとしてたものね?」
 マリンも驚いて私とザックを見つめていた。この急展開には、驚きますよね。

 私は膝の上で両手の人差し指を合わせてモジモジしてしまう。こんな時何て言ったら良いのだろう。照れくさくて言葉が浮かばないで困っていると、肩を掴まれて隣のザックに引き寄せられる。
「そうさ、俺達は恋人同士になったんだ」
 ザックがデレデレしながら私の肩を抱くと、ほっぺたに思いっきりキスをくれた。それからスリスリと頬ずりしてくる。

 みんなその姿を見て「え」という形のまま口が開いて塞がらない様になっていた。

 私は恥ずかしくなって慌ててザックを引き剥がそうとするが、ザックの腕はびくともしない。
「ザ、ザック。人前では、その、恥ずかしいから」
「何でだ」
 こんなに人前でイチャイチャしては本当にバカップルだ。

「ザック隊長がこんなにデレデレって……初めて見た。本当にザック隊長?」
 シンが呆然としている。

「朝の報告会の時からこの調子らしい。ザックの変わり様が酷くてな。ナツミが、まじないや魔法でもかけたのかと思ってな。つい締め上げてしまったんだ。済まなかった」
 ノアは私にキスをくり返すザックの姿を見つめながら、謝りつつ溜め息をついた。

 それでノアはあの剣幕で中庭まで飛んで来たのか。

「そうだぞノア、いきなり締め上げるから驚いたのなんのって」
 ザックがキスをくり返して私の頬の側でノアに対して文句を言った。
「だから、悪かったって!」
 ノアが軽く返す。
「そっか。大丈夫だよノア。でも私は、まじないとか魔法とかはかけてないからね?」
 私は笑いながらノアに片手を上げた。その間ザックはキスを終え、私の肩をずっと撫でている。くすぐったい。

 私が知っているのは、優しく肩を撫でてくれるザックだ。普段のザックはどうだったのだろう。

 確かに出会った時は警戒されてツンツンした感じはあったけれど。初めて酒場で踊りを見に来た時も隣に座った女性の体はよく触れていた。しかし、あまり向き合っている様には感じなかった。来る者は拒まず、去る者は追わずのザックだそうだが、他の女性との付き合い方が分からないので、なんとも言えない。だって、皆が知らないだけで実はデレデレしていたのかもしれないし。

「まぁ、デレデレしていてもザックはザックですからね。僕は今のザックもとても好印象だよ。それにナツミさんの能力はとても貴重ですから。悪用されない為にもザックの様な屈強な男が側にいる事はとても心強いですね」
 ネロさんがニコニコ笑いながらザックと私を交互に見つめた。

 こんな能力が備わっていると他の人にバレたら、どんな目にあうのか分からない。

「ネロ、ナツミの能力ももう少し細かく調べてもらえるかしら? 何だかナツミ自身も上手く発動する事が出来なかったみたいだし。腰が治せて内出血が治せないなんてね」
 ジルさんが私を見つめて考え込んでいた。
「もちろんです! 後日詳しく調べていこうと思います。それに、ここにいる皆さんナツミさんの能力は他言しない様に!」
 ネロさんが人差し指を口にもっていき、秘密にする様に促す。その言葉に皆が頷いた。

「もし、ここから情報が漏れたら私が直接手を下すわよ」
 ジルさんが低い声で呟くと、両腕を組んで頷いた。
 皆再びジルさんに向かって頷いた。
「ああ、もちろんさ。って何だジル。急に仕切り出すな。これは元々、俺の問題でもあるんだし」
 気が付くとジルさんのペースに巻き込まれていた。主導権を取られたノアが怒り出す。
「あらぁ? 泳げない事を今まで秘密にしていた、領主の三男坊ちゃんが、何か?」
「グッ」
 ノアは言葉に詰まって悔しそうにする。

 そうだ。ノアが泳げなかったとは。そういえば海で貝を拾った時もノアだけ泳いでいなかった。

「海上部隊を希望してないって聞いた時、おかしいと思ったのよね。ザックも海上部隊なのに。理由がやっと分かったわ。泳げないなんてねぇ。ヘェ~。ファルの町の男なのに」
「ウッ」
「良かったわねぇ! 今日は偶然休みを従業員に与えたから、中庭の騒ぎを見られる事もなかったし。まさか足のつく噴水で溺れた事がバレた日には、いい笑い者よねぇ」
 ジルさんが高笑いをしながら、ノアを蔑む様に見る。
「クソッ!」
 ノアは真っ赤になりながら、悔しそうに拳を握りしめた。肩を震わせ俯いている。プラチナブロンドの隙間から見える頭皮が、真っ赤になっているのが見える位だ。

「ジ、ジルさん、もう止めてあげてください。ノアだって泳げないのは辛いんですから!」
 マリンがそんなノアの肩を叩いて庇う様に抱きしめる。
「……」
 ノアが更に固まってしまう。マリン……それは逆効果なのでは。
 そんな恥ずかしさをこらえ発火しているノアに、油をくべる人が私の隣にいた。
「ハハッ! とうとうバレたな。今まで協力して隠してきたけどいい気味だ」
 ザックがしてやったりという様に鼻で笑った。
「何だと! そもそも、昔ザックが海に突き落とした事が原因で泳げなくなったんだろうがっ」
 ノアが真っ赤になって顔を上げて喚いた。
「違うぞ。あれは泳ぎを教えてやろうと思ってやったんだ!」
 ザックもノアに向かって叫ぶ。

 どうやらノアが泳げなくなったのはザックが原因の様だ。
 
「大男二人で煩いわねぇ。あ、そうだ。ザック、あんた三分の話はどうなったのよ」
 ジルさんがワインを一口飲んでザックに問いかける。

「ギクッ」
 勢いよくノアに噛みついていたザックが一瞬にして固まる。私の肩を掴んでいる手が震えた。

「あら? 言えないのぉ。ヘェ~」
 ジルさんはワイングラスを片手に、中央のテーブルに身を乗り出した。たわわな胸をテーブルの上に押しつけ、ザックの顔を下から覗き込んだ。パープルの瞳が細められ、意地悪そうにニタリと笑う。

「いや。その……」
 ザックが目を泳がせ口角を上げて笑おうとするが、引きつって上手くいかない。
「何だ三分って?」
 真っ赤だったノアが少し落ち着きを取り戻し、三分という言葉に純粋に首を傾げた。
「頼むからジルっ! 秘密にしてくれっ! 俺が悪かったぁ!」
 ザックが両手で頭を抱えると、テーブルの上に勢いよく伏せっておでこを打ち付けた。
「秘密?」
 ノアが首を傾げて、ジルさんを見つめる。
 
 ジルさんにはネタにされるから……と唸っていたザックだったが、みんながいる場所でその事を尋ねられるとは……。そして誤魔化す事も出来ずに、自ら正直に打ち明けてしまうとか。
 私は自分も関わっている事だが、苦笑いで丸くなるザックの背中を叩いた。
 バレてからかわれるのはザックだけではないのだけれど。嘘がつけないザックが可愛い様な気がしてきた。
 
 それを見たジルさんが両手を叩いて笑い始める。
「フフフッ、傑作だわ! ノア、実はね~」

 この後──ザックはノアに死ぬほど笑われ続ける羽目になった。ノアが過呼吸に陥る程に。
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