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022 海へ! その4

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 私とザックは二人一緒に喚きながら、何とか漁を終えた。

 それからダンさんに三十分程度自由に泳いでもよい時間をもらう事が出来た。散々泳いで右から左に行ったり来たりを繰り返し、海の上でプカプカ浮いてみたり、意味のない様な遊びにザックはずっとついていてくれた。

 岩が尖っているところとかを回避する様に、必ずザックはついてきて危ない部分を的確に教えてくれる。貝の捕り方の説明だけは納得がいかないけれども。
 のほほんとしたやりとりのせいか、私はすっかりキスの事を忘れていた。
 
「なぁ疲れていないなら最後に少し深く潜ってみるか? ナツミならこれを使っても問題ないだろ」
 ザックは立ち泳ぎのままで私に笑いかける。

 そして、ズボンのポケットの中から、銀色のケースを取り出しスライドさせた中から、直径一センチ程度の水色のあめ玉の様なものを取り出した。

「それは何?」
「これは魔法石を作っている奴らが開発してくれたもので、潜水時に使用するんだ。誰でも五分程度潜る事が出来るんだ。俺たち海上部隊の軍の奴らはみんな持っている」
「ええ。凄い! 長く潜ると失神したりとか危なかったりするのに。そんなものがあるんだ」
 ザックは髪をかき上げながら一粒取り出し、太陽にかざしてみせてくれた。

 あめ玉の様な水色の玉は、キラキラとしていた。

「これを奥歯で噛んで出てきた液を飲み込むんだ。ほら」
 そう言ってザックはその水色の玉を私の口の中に、押し込んだ。押し込んだ時ザックの指を私が舐める事になり、少しドキッとしてしまう。
「んんっ」
「そうだ。噛んで出てきた液を飲み込んだか?」
 ザックはさほど気にしていない様で、私の様子を見ながら、自分も粒を口に入れるとガリッと音を立てて噛み砕いていた。

 私は顔を赤くしてコクコクと何度も頷いた。
「じゃぁ、行くぞ!」
 ザックはそう言うと私の手を引いて、グッと深く潜った。



 ザックに手を引かれ、導かれる様に潜る。
 貝を捕っていたよりも少しだけ深く潜る。

 あまり深く潜りすぎると危険だけれど、ザックが促してくれるのであれば多分問題ないだろう。彼はファルの海に詳しかったし安全面もずっと気にしていてくれたのだから。

 あるところまで来ると、ザックは更にグイッと引っ張って、私を抱き込む様にしてくれた。それから指差して、私に見る様に促す。

 すると、水面から光が差し込んでいる中、七色の魚が群れをなして泳ぐ姿が目に飛び込んできた。魚のウロコが光に当たって見事に輝いている。凄く綺麗だ。

 私は目を見開いて口を薄く開くが、息が気にならないので、口をパクパクさせてザックと魚を何度も見て、凄く綺麗だという事を伝える。

 ザックは笑って私の肩をポンと叩くと、手を引いてその魚の集団の方へ私を送り出してくれた。

 もしかして、近づいても大丈夫って事?! 
 ザックが頷いて、更に私の背中を押してくれた。

 私は嬉しくてゆっくりと七色の魚の集団に近づく。さも自分が同じ魚になった様に、中央へするっと入り込み魚の集団と一緒にグルグルと周辺をまわってみせる。

 ゆったりと泳いでも魚は気にする事はなくて私はゆっくりとドルフィンキックをしながら少し下にいるザックに笑って手を振った。

 ザックはそんな私を見ると少し驚いていたが、その後すぐに優しく笑ってくれた。
 柔らかそうな彼の金髪が水の中で揺れたかと思うと、ザックも私のところにすぐにたどり着く。
 だがザックは勢いがつきすぎて、まわりの七色の魚を驚かせてしまった。

 あー、残念。魚たちが散り散りになってしまった。
 私はザックに笑いながら、魚を指差す。

 しかし、その手を突然ザックは掴む。
 そして私を、ザックの胸に顔を埋める様にして抱きしめた。
 左手が腰にまわって、右手で私の頬を優しく抱き留める。

 突然の事だった。もしかすると、私を驚かせるためにわざとしたのかも知れない。
 少しザックが力を抜いた時、私は顔を上げてザックを見上げる。
 こんな事では驚かないからと、変顔で対応しようとしていた。
 ザックが優しく微笑んでいたので、つられて微笑むと、トンと唇と唇が軽く当たった。
 冷たい水の中、少しだけ温かさが伝わって目を丸くしてしまう。

 唇が当たって、キス──

 そう思った瞬間、右手を頬に添えたザックが唇を深く合わせてきた。

 思わず、口を開くと肉厚なザックの舌が入り込んでくる。
 海水の塩辛い味と、ザックの熱を唐突に感じる。
 唇をピッタリ合わせて私の舌を逃がさない様に追いかけて絡め取る。

 あまりにも突然のしかも水中の突然のキスに驚いて目を見開く。ザックの左手が私の腰にガッチリとまわっていて、気が付くとザックの身体中の熱を体で受けとめていた。

 何度も角度を変えられる濃厚なキスに抵抗が出来ない。
 水の中息づかいやキスの間の艶めかしいリップ音が聞こえるはずがないのに、何故か頭の中で響いてくる。

 食べられそうなキスに、体がカッと熱くなり肌が粟立つ。
 恐怖ではなく確実に感じている自分がいるのを認識した途端、益々体の温度が上昇する。

 気持ちいいとか──私はどうかしている。

 海の中でも抵抗出来るはずなのに出来ない。
 私はザックに水中の中、背中も撫でられ感じて震え上がり、しがみつく事しか出来ない。

 そして、何秒間、何分間なのか訳が分からなくなった頃、ようやく水中から水面に浮き上がる。
 水面に浮き上がる時に、ザックの唇は離れていった。



「かはっ! ゴホッ!」
 飲み込んだ海水を私はむせながら吐き出して、目の前のザックを改めて見上げる。
 ザックは私の腰を両手でガッチリ掴んだまま、下半身をピッタリと合わせて私を持ち上げる様に立ち泳ぎを続けている。

 ザックは水の中でも私を軽々とすくい上げる力がある。
 とても逞しく男らしさを感じる。

 お腹の筋肉が私の体に密着していて否応なく、突然ザックの男の部分を感じてしまう。
 先程までふざけていてそんなの微塵も感じなかったのに。

「と、突然どうしてっ!」
「……突然じゃない」
 ザックは全く慌てる様子もなく、低い声で私にだけ聞こえる声で静かに話した。

 そこで私は都合よく忘れていた、キスの事を思いだした。
「この間、踊りを見に来た日もキスした?」
 ずっと聞くか聞くまいか悩んでいたのに、あっさりと言葉が出た。

 ザックは私のおでこに自分のおでこをピッタリとつけて、グリーンの瞳を私の瞳に合わせる。睨みつける様な感じだが、優しく瞳を細める。

「したよ。気が付かなかったのか? もっとしっかりキスすればよかった」
 そう言うと白い歯を見せて軽く笑う。

「……何でキスしたの?」
「したくなったから」
「え、それだけ?」
 何とも単純な理由に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「そうだけど?」
 ザックは悪びれもせずサラッと言う。
「じゃぁ、今のキスは?」
「ナツミが綺麗で可愛くて、気になるから」
「き、綺麗で可愛いって」
 今までに言われた事がない言葉を並べられ、顔が瞬く間に赤くなる。

「海の中で泳ぐ姿は美しくて綺麗だ。笑った顔も可愛かった。……実はさ」
「うん」
「ノアがまだナツミをかんちようだと疑っていて、俺にお前を監視する様に言われた。今日マリンがついてきたのもそれもあるからだろう」
 おでこをくっつけたまま小さな声で話しはじめる。

「!!」
 私は二の句が継げなくなる。

 そうかまだ疑われているのか。やはり分かってもらえるまで事実を説明するしかないのか。しかしそれで信じてもらえるのかな。少し悲しくなってきた。

 マリンとも仲良くなったつもりだったのに。

「俺が言われたのは監視。俺がお前と付き合って側に置く様に言われた」
「え?」
「ってこんな事を話した事自体バレたらノアが怒り出すな」
 ハハッと軽くザックは笑って、肩まで海水につかる。

 私はザックに抱きしめられたまま、彼の肩に手を置いた。
「怒られるのに……どうしてノアに言われた事を私に教えてくれるの?」

 そこでザックは真剣な顔をして私をギュッと抱きしめると、耳元で囁いた。 
「ナツミが気になるから……ノアに言われたからじゃなくて、本気でナツミと付き合いたいから」
「え?」
 心臓が跳ね上がったが、イマイチ信じられなくて間抜けな声を上げてしまう。

 ザックはそれから、私の脇の下に手を入れてもう一度抱き起こす。
 私はされるがままになり、立ち泳ぎのザックに気が付けば横抱きにされていた。
 海の中でお姫様抱っこされたにもかかわらず、訳が分からずポカンとしたままだ。

 それからザックは整った顔をもう一度近づけて白い歯を見せて笑った。
「なぁ、俺と付き合わない? 俺って結構人気あるんだぜ。お得だと思うけど?」
「ぇ」
 私は小さな小さな声で呟く。

 ええ~!? 何でそうなるのぉ?!

 海の中でお姫様抱っこもはじめてだが、まさかのプレイボーイからの告白にパニックになるばかりだった。
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