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019 海へ! その1
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初めてお店に出てから七日が経った。
ウエイター係の仕事は……コホン、間違えた。ウエイトレス係の仕事は重労働だがいつも忙しいかと問われるとそうでもない。この三日程は比較的ゆっくりと過ごす事が出来ている。
初めてお店に出た時の忙しさがずっと続くのかと思ったが、あの日はたまたま多くの軍人が立ち寄った日で、更にマリンが踊るという事もあり特別だった様だ。
あれからザックはお店に来ていない。
ミラの情報網によると仕事がとても忙しいからだそうだ。
「別の女のところには行っていないと聞いたから大丈夫。大隊長の話では凄く仕事が忙しいんだって。もちろんシンもだけど。今度来た時は頑張りなさいよ。私もシンが来た時頑張るから!」
親指を立ててウインクをしていた。凄い情報網だ。何が大丈夫なのだろう。そしてシンの情報まで私にとっては重要ではないのだけれども。
ザックと次に会った時どんな顔をすればいいのか、ますます分からなくなってきた。
私はお昼頃から起き出し、身支度を調えると軽めの食事を取る。
午前中洗濯係だった人とバトンタッチして本日三度目のシーツの洗濯に取りかかる。人が一人、入れるぐらいの樽に沢山の使用済みのシーツを放り込み、フローラルの香りがする液体を垂らし蓋をする。いわゆる洗濯洗剤だ。
樽の横に設置されているダイヤルを回すと、あら不思議。洗濯機として動きはじめる。これも魔法石のお陰だ。樽の形をしているが全自動洗濯機の役割をしっかりこなしている。どう見ても樽なのに……洗い上がるまで三十分程度かかる。
この大量のシーツはもちろん時間泊の部屋のシーツだったりする。
タオルの使用量も凄いけれど、シーツも凄いなぁ。
それだけ『ジルの店』は大盛況なのだそうだ。
洗濯物を干しているのは宿の中庭だ。宿の建物が四方を取り囲んでいて、広場の様になっている。中央付近には、直径二メートル程度の小さな円形の噴水が設置されている。
中央からは水が一メートルの高さで噴き出している。
水面には水草が浮いていて、蓮の花の様なピンク色の花が咲いている。
中庭の大きさは例えるならば、二十五メートルプール程の大きさと同じぐらいの様な気がする。芝が生えているが所々砂土のところがある。海を近くに感じる。
噴水の縁に腰掛けて私は溜め息を大きくついて、空を見上げる。
見上げれば雲一つない青い空。吸い込まれそう。乾いた風が頬を撫でると潮の香りがする。
このファルの町は日本と同じ様に夏真っ盛り。とても気温が高い日が続くが、湿度が低いのかカラッとした暑さだ。
仕事はこなすがやはり七日も経つとストレスが溜まってくる。
「泳ぎたい……」
私は空に向かって呟く。
思えばアルバイト三昧とはいえ、海、プールと毎日どこかで泳いでいた私としてはこんなに水につかっていないのは久しぶりだった。冬ですらプール三昧の生活だったのだから、泳ぐという事がそれだけ近くに当然の様にあったのだ。ついに昨日、大浴場で人がいないのをいい事に浴槽で泳いでいたら、入ってきたミラに驚かれ「何してんのよ!」と怒られた。
あんなに体を動かしているのに泳ぎたいとは。どれだけ体力が有り余っているのだろう。
「それだけ泳ぐ事が好きって事かな……」
水泳選手として終わってしまった後とても寂しかった。
自分に価値がない様な気がしたけれど、そんな事は関係なかったな。
泳げればそれでよかったのだ。
卒業して半年も経ってから理解するなんて私も残念な人だ。
「ナツミ暇か?」
突然、青い空を遮る様にしてダンさんが現れた。
慣れたつもりだった。
左目に大きな傷のあるダンさんの屈強な顔が目の前に広がる。
私は声なく驚きそれはそれは大きな飛沫を上げ、噴水にバク転でダイブした。
「……すまん」
ダンさんが申し訳なさそうに呟きながら私に乾いたばかりのタオルを被せてくれた。
「いえ、勝手に落ちたのは私ですから。それに、今日は晴れてるからすぐに乾くと思いますし」
私は渡されたタオルで髪の毛を拭う。噴水の水はぬるま湯の様だったし、これだけ晴れていればすぐに乾くだろう。
「しかし、声もなくバク転して噴水に着地するヤツは、初めて見たぞ」
ダンさんは軽く笑って坊主頭を撫でた。太陽の光を浴びて、ツルンと黒光りしていて眩しかった。
「私も、初めてですよ、で? 何か用だったんですよね」
「ああ、これから海の方に貝類を調達しに行くんだが、ナツミもどうかと思ってな。この一週間この建物から一歩も出ていないだろ?」
思ってもないダンさんの申し出に私は飛び上がって声を上げる。
海にいけるの? 泳ぐチャンスがあるかも! 私は満面の笑みで答えた。
「え!? いいんですか」
「ああ、ジルが問題ないと言っていた。ナツミの様な黒髪は珍しいから、一人で出歩く事は無理だろうから。たまにしか連れていく事も出来ないがな」
「……そうですよね。はぁ」
そうか、別に海には入れるわけではないよね。
急にトーンダウンしてしまい肩を落とす。海と聞いたらイコール「泳げる」と思っている自分がいる。大分参っている。あぁ~このストレスはどう解消したらいいかな。
肩を落とした私に、ダンさんが首を傾げた。
「どうした? 一人で出歩けない事が気になるか?」
「それは仕方がないかなと思っているんですが。それよりも、海って聞いて思わず喜んでしまって。あわよくば泳げるかなぁ、なぁんて考えたものですから……」
「そういえば、泳げると言っていたな。貝類の調達は店で購入するものではないんだ。俺が海に潜る予定なんだが……ナツミ、お前も潜ってみるか?」
「えっ!」
再び私は開眼し、ダンさんの太い二の腕に飛びついた。
「おっ、おい!」
「やります! やらせてください! どこへでも潜って泳いでいきます!」
「普通に潜ってくれればいい。シーツを干した後声をかけてくれ。用意して待っているからな」
「やった! ありがとうございます。超特急でシーツを干します!」
私はその場で飛び上がった。
『ファルの宿屋通り』は白い高い屏に囲まれている。店を出ると幅二メートルほどの道幅に『ジルの店』と同じ様な店が何軒も続いている。簡単な看板が出ているがこの国の文字が読めない私にはさっぱり分からない。
この道は『表通り』と呼ばれるそうだ。
白く高い屏の中には、公的に五十軒の店が許されているが、大型店は『ジルの店』を合わせて十軒だそうだ。後の四十軒は中型、小型店になるそうだ。
『ジルの店』は坂道の上にあり、ほぼ突き当たりにある。
店の中に中庭があり広いなぁとは思っていたけれど、大型店だったとは。
『表通り』には、道には白い石畳が敷かれている。レンガに似た四角い石畳だ。所々薄茶色の石がはさまっている。
空の青と白い壁、白い石畳。そして建物は白い壁づくりや茶色い木造が混在しているが、屋根は濃いオレンジ色か赤い色だ。とても色彩が豊かだ。
坂道を下りると門が見えた。入り口は5メートルぐらい幅がある。スライド式の鉄の柵があり、門には四人の門番である男がいた。軍人と同じで腰には剣がぶら下がっている。
ダンさんが手を上げると、門番も軽く手を上げて通してくれた。
門番は無表情でジロジロと私の事を見ていた。
「あいつら黒髪が珍しいのよ、気にする事ないから。ねっ、マリン」
「そうね。気にする事ないわ」
「うんありがとう。ところで、何でミラとマリンまでついてくるの?」
私の両脇にはミラとマリンがニコニコしながらついてくる。
黒髪が珍しいのは分かった。だが、注目を浴びているのはそれだけではない。
私が人気店『ジルの店』の人気看板娘二人を両脇に揃えているからだ。
否応なく視線を感じる。二人共、肩で紐を結んだ薄いブルーのワンピースを着ている。さすがにあの踊り子衣装は店の中だけなのね。
それでも、出るところは出て、締まるところは締まる、スタイルのよい二人は注目の的だ。
しかし暢気にミラとマリンの二人は声を上げる。
「だって、あんたが泳ぐって言うから」
「ついていこうかなって」
口を尖らせたミラと、何か問題でも? と言いたげなマリン。
何なのだ二人共。
「泳ぐって言っても、今回は潜るんだけど」
私は苦笑いで答える。
「えっ? 泳ぐのと潜るのって何が違うの?」
ミラが私の左腕に自分の腕を絡ませる。
「泳いでいる姿は海の上から見えるけど、潜ったら姿が見えないじゃん」
私が説明すると更に首を傾げた。
「何言ってるの? あんたが今から行くところは、もの凄く水が透き通っているから、上からでも潜っている姿が見えると思うけど。そうじゃなくてもファルの海は透明度の高い海なんだから!」
「そうなんだ」
つい大無海岸のある日本海で想像してしまった。
マリンを助けた時も海の透明度なんて気にする暇なかったし。
そこで、私は右側にいるマリンが気になった。
「マリンは大丈夫なの? 溺れたのに海に行くの怖かったりしない?」
マリンにもタメ口が言える様になった今日この頃。
マリンは首を左右に振って柔らかく微笑んだ。ふわっと髪の毛からいい香りがする。
そして私の右腕に自分の腕を絡ませる。
「ナツミは優しいのね。でも大丈夫。溺れた翌日にジルさんに海に連れていかれてね、海は怖くないって何度も言ってくれたの。腰までつかる事も出来たし!」
「えぇ~翌日に……」
何て荒療治な! ジルさんそんなスパルタな事していたのか。
「精神的なものはなるべく早く向かい合わないと恐怖に変わるんだ。特に海なんて大自然を相手にするとな。ジルは海の恐怖を知っているから、早々に対処したんだろう」
一歩先を歩くダンさんが体をねじって振り向いた。左の肩には銛と籐で編んだ壺、そして網目の袋状のものを持っていた。すっかり風貌はシェフではなく海の男だ。
「そうでしたか……だけど、門を抜けても色んなお店が通りには並んでいるんですね」
私はキョロキョロしながら、門をくぐり抜けた後の坂道を歩く。
道は広がり、馬車ともすれ違う。
道なりには市場の様に果物、野菜、おかし、そしてアクセサリーなど色々な店が建ち並んでいる。屋台風の店や、軒下に出しているお店様々だ。中には立ち飲み屋といった小さな飲食店まである。
所々にある細い路地裏に入ると普通に住んでいる居住区などが見られる。建物は大体二階建てから三階建てが多い。
すれ違う人々は至ってシンプルなシャツやワンピース、ズボンといった服装だ。時々色が綺麗なストールを巻きつけた、ドレスタイプの洋服を着ている女性などもいる。若い町娘の様だ。男性と楽しそうに談笑していたりする。その中には軍人もいる。
軍人は皆同じ服だ。ノアやザックと同じだ。腰に長い剣をつけている。
全ての女性は背中から腰の辺りにかけて髪の毛が長い。基本的に赤か茶系の色をした髪の毛が多く、巻き毛だったりストレートだったり様々だ。
女性が私達を見つけると、すぐに嫌そうな顔をする。コソコソ悪口を言っている様だ。あまりいい雰囲気ではない。
男性は女性とは反応が真逆だ。ミラとマリンを見つけるとオッといった感じで驚く。
しかし、何故か私は睨みつけられる。気がついたら、私の両手に腕を絡ませているミラとマリンがいた。
もしかして私は男と勘違いされている?!
ミラとマリンの二人はニコニコしながら周りの男達に愛嬌を振りまいている。
「あの二人共。何をしてるの?」
「え? だってみんなあたしを見て手を振ってくれるからぁ~」
「お店に来てくれるかも知れないし。挨拶しておかないと」
芸能人の様だ。
「で? 何で二人共私の腕を組んでるの」
するとミラが私の腕を撫でながら顔を近づける
「だって、この間も思ったんだけどナツミの肌って、しっとりしていて気持ちがいいの」
「本当ね、しっとりしてるっていうか」
マリンもマジマジと私の腕を見つめる。
二人が左右の私の腕を、それぞれ微妙なタッチで撫ではじめた。
「ふっ、ふへっ、ふははっ。や、やめ、くすぐったっフフ、へっ。アハハハ」
くすぐったくて私は体をよじって逃げようとする。
しかし、いつまで経っても二人共触る事をやめない。
「あたし達はどちらかと言うとサラッとしているのに、ナツミの肌ってモチモチ?」
「吸いつくって感じがするわね!」
「そうそう。他の部分はどんな感触なの? あ、日焼けをしてないところ今度触らせてよ」
「え? ミラ、日焼けって何?」
「そっかぁマリンは知らないんだ。時間泊でノアと過ごしてばかりいるから、ナツミとお風呂入った事ないでしょ?」
「そ、そんな大きな声で言わないでよ。で、日焼けって何?」
「それがね~ナツミったら水着とかいうヤツの形通りに日焼けしていてね」
「それで、それで?」
二人共おしゃべりをしながら私の体をまさぐりはじめる。
「いやー! くすぐったいからやめてぇぇ!」
私の泣き笑い声が、爽やかな青い空に消えていった。
ウエイター係の仕事は……コホン、間違えた。ウエイトレス係の仕事は重労働だがいつも忙しいかと問われるとそうでもない。この三日程は比較的ゆっくりと過ごす事が出来ている。
初めてお店に出た時の忙しさがずっと続くのかと思ったが、あの日はたまたま多くの軍人が立ち寄った日で、更にマリンが踊るという事もあり特別だった様だ。
あれからザックはお店に来ていない。
ミラの情報網によると仕事がとても忙しいからだそうだ。
「別の女のところには行っていないと聞いたから大丈夫。大隊長の話では凄く仕事が忙しいんだって。もちろんシンもだけど。今度来た時は頑張りなさいよ。私もシンが来た時頑張るから!」
親指を立ててウインクをしていた。凄い情報網だ。何が大丈夫なのだろう。そしてシンの情報まで私にとっては重要ではないのだけれども。
ザックと次に会った時どんな顔をすればいいのか、ますます分からなくなってきた。
私はお昼頃から起き出し、身支度を調えると軽めの食事を取る。
午前中洗濯係だった人とバトンタッチして本日三度目のシーツの洗濯に取りかかる。人が一人、入れるぐらいの樽に沢山の使用済みのシーツを放り込み、フローラルの香りがする液体を垂らし蓋をする。いわゆる洗濯洗剤だ。
樽の横に設置されているダイヤルを回すと、あら不思議。洗濯機として動きはじめる。これも魔法石のお陰だ。樽の形をしているが全自動洗濯機の役割をしっかりこなしている。どう見ても樽なのに……洗い上がるまで三十分程度かかる。
この大量のシーツはもちろん時間泊の部屋のシーツだったりする。
タオルの使用量も凄いけれど、シーツも凄いなぁ。
それだけ『ジルの店』は大盛況なのだそうだ。
洗濯物を干しているのは宿の中庭だ。宿の建物が四方を取り囲んでいて、広場の様になっている。中央付近には、直径二メートル程度の小さな円形の噴水が設置されている。
中央からは水が一メートルの高さで噴き出している。
水面には水草が浮いていて、蓮の花の様なピンク色の花が咲いている。
中庭の大きさは例えるならば、二十五メートルプール程の大きさと同じぐらいの様な気がする。芝が生えているが所々砂土のところがある。海を近くに感じる。
噴水の縁に腰掛けて私は溜め息を大きくついて、空を見上げる。
見上げれば雲一つない青い空。吸い込まれそう。乾いた風が頬を撫でると潮の香りがする。
このファルの町は日本と同じ様に夏真っ盛り。とても気温が高い日が続くが、湿度が低いのかカラッとした暑さだ。
仕事はこなすがやはり七日も経つとストレスが溜まってくる。
「泳ぎたい……」
私は空に向かって呟く。
思えばアルバイト三昧とはいえ、海、プールと毎日どこかで泳いでいた私としてはこんなに水につかっていないのは久しぶりだった。冬ですらプール三昧の生活だったのだから、泳ぐという事がそれだけ近くに当然の様にあったのだ。ついに昨日、大浴場で人がいないのをいい事に浴槽で泳いでいたら、入ってきたミラに驚かれ「何してんのよ!」と怒られた。
あんなに体を動かしているのに泳ぎたいとは。どれだけ体力が有り余っているのだろう。
「それだけ泳ぐ事が好きって事かな……」
水泳選手として終わってしまった後とても寂しかった。
自分に価値がない様な気がしたけれど、そんな事は関係なかったな。
泳げればそれでよかったのだ。
卒業して半年も経ってから理解するなんて私も残念な人だ。
「ナツミ暇か?」
突然、青い空を遮る様にしてダンさんが現れた。
慣れたつもりだった。
左目に大きな傷のあるダンさんの屈強な顔が目の前に広がる。
私は声なく驚きそれはそれは大きな飛沫を上げ、噴水にバク転でダイブした。
「……すまん」
ダンさんが申し訳なさそうに呟きながら私に乾いたばかりのタオルを被せてくれた。
「いえ、勝手に落ちたのは私ですから。それに、今日は晴れてるからすぐに乾くと思いますし」
私は渡されたタオルで髪の毛を拭う。噴水の水はぬるま湯の様だったし、これだけ晴れていればすぐに乾くだろう。
「しかし、声もなくバク転して噴水に着地するヤツは、初めて見たぞ」
ダンさんは軽く笑って坊主頭を撫でた。太陽の光を浴びて、ツルンと黒光りしていて眩しかった。
「私も、初めてですよ、で? 何か用だったんですよね」
「ああ、これから海の方に貝類を調達しに行くんだが、ナツミもどうかと思ってな。この一週間この建物から一歩も出ていないだろ?」
思ってもないダンさんの申し出に私は飛び上がって声を上げる。
海にいけるの? 泳ぐチャンスがあるかも! 私は満面の笑みで答えた。
「え!? いいんですか」
「ああ、ジルが問題ないと言っていた。ナツミの様な黒髪は珍しいから、一人で出歩く事は無理だろうから。たまにしか連れていく事も出来ないがな」
「……そうですよね。はぁ」
そうか、別に海には入れるわけではないよね。
急にトーンダウンしてしまい肩を落とす。海と聞いたらイコール「泳げる」と思っている自分がいる。大分参っている。あぁ~このストレスはどう解消したらいいかな。
肩を落とした私に、ダンさんが首を傾げた。
「どうした? 一人で出歩けない事が気になるか?」
「それは仕方がないかなと思っているんですが。それよりも、海って聞いて思わず喜んでしまって。あわよくば泳げるかなぁ、なぁんて考えたものですから……」
「そういえば、泳げると言っていたな。貝類の調達は店で購入するものではないんだ。俺が海に潜る予定なんだが……ナツミ、お前も潜ってみるか?」
「えっ!」
再び私は開眼し、ダンさんの太い二の腕に飛びついた。
「おっ、おい!」
「やります! やらせてください! どこへでも潜って泳いでいきます!」
「普通に潜ってくれればいい。シーツを干した後声をかけてくれ。用意して待っているからな」
「やった! ありがとうございます。超特急でシーツを干します!」
私はその場で飛び上がった。
『ファルの宿屋通り』は白い高い屏に囲まれている。店を出ると幅二メートルほどの道幅に『ジルの店』と同じ様な店が何軒も続いている。簡単な看板が出ているがこの国の文字が読めない私にはさっぱり分からない。
この道は『表通り』と呼ばれるそうだ。
白く高い屏の中には、公的に五十軒の店が許されているが、大型店は『ジルの店』を合わせて十軒だそうだ。後の四十軒は中型、小型店になるそうだ。
『ジルの店』は坂道の上にあり、ほぼ突き当たりにある。
店の中に中庭があり広いなぁとは思っていたけれど、大型店だったとは。
『表通り』には、道には白い石畳が敷かれている。レンガに似た四角い石畳だ。所々薄茶色の石がはさまっている。
空の青と白い壁、白い石畳。そして建物は白い壁づくりや茶色い木造が混在しているが、屋根は濃いオレンジ色か赤い色だ。とても色彩が豊かだ。
坂道を下りると門が見えた。入り口は5メートルぐらい幅がある。スライド式の鉄の柵があり、門には四人の門番である男がいた。軍人と同じで腰には剣がぶら下がっている。
ダンさんが手を上げると、門番も軽く手を上げて通してくれた。
門番は無表情でジロジロと私の事を見ていた。
「あいつら黒髪が珍しいのよ、気にする事ないから。ねっ、マリン」
「そうね。気にする事ないわ」
「うんありがとう。ところで、何でミラとマリンまでついてくるの?」
私の両脇にはミラとマリンがニコニコしながらついてくる。
黒髪が珍しいのは分かった。だが、注目を浴びているのはそれだけではない。
私が人気店『ジルの店』の人気看板娘二人を両脇に揃えているからだ。
否応なく視線を感じる。二人共、肩で紐を結んだ薄いブルーのワンピースを着ている。さすがにあの踊り子衣装は店の中だけなのね。
それでも、出るところは出て、締まるところは締まる、スタイルのよい二人は注目の的だ。
しかし暢気にミラとマリンの二人は声を上げる。
「だって、あんたが泳ぐって言うから」
「ついていこうかなって」
口を尖らせたミラと、何か問題でも? と言いたげなマリン。
何なのだ二人共。
「泳ぐって言っても、今回は潜るんだけど」
私は苦笑いで答える。
「えっ? 泳ぐのと潜るのって何が違うの?」
ミラが私の左腕に自分の腕を絡ませる。
「泳いでいる姿は海の上から見えるけど、潜ったら姿が見えないじゃん」
私が説明すると更に首を傾げた。
「何言ってるの? あんたが今から行くところは、もの凄く水が透き通っているから、上からでも潜っている姿が見えると思うけど。そうじゃなくてもファルの海は透明度の高い海なんだから!」
「そうなんだ」
つい大無海岸のある日本海で想像してしまった。
マリンを助けた時も海の透明度なんて気にする暇なかったし。
そこで、私は右側にいるマリンが気になった。
「マリンは大丈夫なの? 溺れたのに海に行くの怖かったりしない?」
マリンにもタメ口が言える様になった今日この頃。
マリンは首を左右に振って柔らかく微笑んだ。ふわっと髪の毛からいい香りがする。
そして私の右腕に自分の腕を絡ませる。
「ナツミは優しいのね。でも大丈夫。溺れた翌日にジルさんに海に連れていかれてね、海は怖くないって何度も言ってくれたの。腰までつかる事も出来たし!」
「えぇ~翌日に……」
何て荒療治な! ジルさんそんなスパルタな事していたのか。
「精神的なものはなるべく早く向かい合わないと恐怖に変わるんだ。特に海なんて大自然を相手にするとな。ジルは海の恐怖を知っているから、早々に対処したんだろう」
一歩先を歩くダンさんが体をねじって振り向いた。左の肩には銛と籐で編んだ壺、そして網目の袋状のものを持っていた。すっかり風貌はシェフではなく海の男だ。
「そうでしたか……だけど、門を抜けても色んなお店が通りには並んでいるんですね」
私はキョロキョロしながら、門をくぐり抜けた後の坂道を歩く。
道は広がり、馬車ともすれ違う。
道なりには市場の様に果物、野菜、おかし、そしてアクセサリーなど色々な店が建ち並んでいる。屋台風の店や、軒下に出しているお店様々だ。中には立ち飲み屋といった小さな飲食店まである。
所々にある細い路地裏に入ると普通に住んでいる居住区などが見られる。建物は大体二階建てから三階建てが多い。
すれ違う人々は至ってシンプルなシャツやワンピース、ズボンといった服装だ。時々色が綺麗なストールを巻きつけた、ドレスタイプの洋服を着ている女性などもいる。若い町娘の様だ。男性と楽しそうに談笑していたりする。その中には軍人もいる。
軍人は皆同じ服だ。ノアやザックと同じだ。腰に長い剣をつけている。
全ての女性は背中から腰の辺りにかけて髪の毛が長い。基本的に赤か茶系の色をした髪の毛が多く、巻き毛だったりストレートだったり様々だ。
女性が私達を見つけると、すぐに嫌そうな顔をする。コソコソ悪口を言っている様だ。あまりいい雰囲気ではない。
男性は女性とは反応が真逆だ。ミラとマリンを見つけるとオッといった感じで驚く。
しかし、何故か私は睨みつけられる。気がついたら、私の両手に腕を絡ませているミラとマリンがいた。
もしかして私は男と勘違いされている?!
ミラとマリンの二人はニコニコしながら周りの男達に愛嬌を振りまいている。
「あの二人共。何をしてるの?」
「え? だってみんなあたしを見て手を振ってくれるからぁ~」
「お店に来てくれるかも知れないし。挨拶しておかないと」
芸能人の様だ。
「で? 何で二人共私の腕を組んでるの」
するとミラが私の腕を撫でながら顔を近づける
「だって、この間も思ったんだけどナツミの肌って、しっとりしていて気持ちがいいの」
「本当ね、しっとりしてるっていうか」
マリンもマジマジと私の腕を見つめる。
二人が左右の私の腕を、それぞれ微妙なタッチで撫ではじめた。
「ふっ、ふへっ、ふははっ。や、やめ、くすぐったっフフ、へっ。アハハハ」
くすぐったくて私は体をよじって逃げようとする。
しかし、いつまで経っても二人共触る事をやめない。
「あたし達はどちらかと言うとサラッとしているのに、ナツミの肌ってモチモチ?」
「吸いつくって感じがするわね!」
「そうそう。他の部分はどんな感触なの? あ、日焼けをしてないところ今度触らせてよ」
「え? ミラ、日焼けって何?」
「そっかぁマリンは知らないんだ。時間泊でノアと過ごしてばかりいるから、ナツミとお風呂入った事ないでしょ?」
「そ、そんな大きな声で言わないでよ。で、日焼けって何?」
「それがね~ナツミったら水着とかいうヤツの形通りに日焼けしていてね」
「それで、それで?」
二人共おしゃべりをしながら私の体をまさぐりはじめる。
「いやー! くすぐったいからやめてぇぇ!」
私の泣き笑い声が、爽やかな青い空に消えていった。
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