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路地裏の密談 ~誤解を呼ぶ男達~

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「ザックはどう思う?」
「どうって。驚く事だらけで、何から整理をしたらいいのか……」
 見送りに来たマリンの一つ頭上で難しい顔をしたのはノアとザックだった。

 マリンはノア、ザック、シンを追いかけて店を出たが、三人は通い慣れた路地裏道で立ち止まっていた。店が面している大通りでは沢山の人が行き交って行く。

 丁度お昼休みを終えた人々が店を出た時間だから賑わっている。

 ジルの店は坂の上にあるので、路地裏と言っても見通しがよくキラキラと光る海が見える。心地よい乾いた潮風が頬を撫でる。太陽がまぶしさと対照的に、狭い路地裏で大きな男が二人、曇った顔で唸っていた。

「何か気になる事があって、間諜説を疑っているんですか?」
 黒バンダナのシンが後ろを振り返り、マリン以外誰も付いてきていない事を確認して、ザックに問いかけた。

「ナツミの事をどうして怪しいと思うの? あんなにかわいそうな境遇なのに」
 懲りずに疑っている事にあきれかえったのはマリンだった。マリンはナツミ奴隷説を疑っておらず、かわいそうだと言い張った。

「奴隷なんだと思うんだが。少年の様でいて実は成人した女性。奴隷なのに、躾けられた様に飯を食べるのが綺麗って。ちぐはぐなのが」
 気になると、ザックが腕を組んで壁に背中を預けた。

「食事でのマナーは奴隷だったとしたらすぐに分かる。だからかんちようかと思ったが、間諜という言葉を知らないと。しかし知識がない事を演じているのかも知れない」
 今度はノアがザックと向かい側の壁に背を預けてしまった。

 大男が両腕を組んで唸ったあと、何も言わずそのまま考え込んでしまった。

「そんな……」
 マリンは困り果ててしまい二人の様子を見つめる。

「そういう事ですか。そういえば綺麗と言えば」
 シンが納得して思い出した様にポンと手を叩いた。
「泳ぐのも凄く綺麗でした。泳いでいる人を見て美しいって思ったの俺、初めてでした」
 シンの言葉にノアとザックは溜め息をつく。昨日から何度も聞いたセリフだ。

 マリンはライバル店の踊り子から妬まれ、無理矢理船で沖へ出されたあげく突き落とされた。そのせいで溺れたのだ。そんなマリンを助けるためシンは木船を漕いで沖まで出た。そこで海から飛び上がる様に浮いてきたナツミを見つけた。

 シンはナツミの第一発見者なのだ。

「シンは繰り返しその事を話すよな。そんなに凄かったのか?」
「そりゃぁ、もう!」
 シンは目を輝かせて改めてどういう風な泳ぎ方だったかを説明する。

 いかに美しかったか、綺麗だったかを身振り手振りで伝えようとするのだが、ノアやザックには普通にシンが泳いでいる様にしか見えない。

 シンは昨日からその事を何度も訴える。いい加減シンの話に飽きた頃、まさかの当の本人を目の前にして驚きの事実を連続して聞かされる。

 男ではない事そして成人した女性だという事。

「……だったら、なおさら間諜の可能性だって捨てきれないな。女で泳げるんだ。この国では聞いた事がない」
 厳しく冷たいノアの声が響く。

「そうかもな……でも女の間諜だったらもっと、こう、ほら、男を手玉に取る様な、何かあるだろ?」
 女の間諜と言えばもっとハニートラップが出来る様な、見た目も華やかな感じではないのかと表現したかったのだろう。胸の辺りでボリューム感を出す様な仕草をする。疑いたい様な疑いたくない様な気持ちが入り交じって、断言できないザックだった。

 その時、思いついた様にノアが声を上げた。
「そうだザック。監視するために、あいつをものにしろよ。どうだ?」
 語尾の最後は面白そうに上がっていた。冗談めかしているが馬鹿にしている様な笑い方だ。

「はぁ?」
 これにはザックも片眉を吊り上げて不機嫌になった。

「お前は女だったら誰でもいいんだろ?」
 ノアが追い討ちをかけて小馬鹿にした様な言い方をする。

 ザックはカチンときたが、ノアのこういった口の悪い部分が透けて見えるのはザック達の前ぐらいだという事も知っているので、溜め息をついてから聞き流した。

「確かに遊んでいる事は否定しない。だけどなぁ誰でもいいってわけじゃ」
 ないのだと口を尖らせるが、間髪入れずにノアがにやりと笑う。

「ザックがやらないんだったら、俺がやってもいい」
 その気がない癖にザックの前で顎を上げ、鼻で笑ってみせる。

「ノア、お前なぁ……マリンの前だってのに」
 仮にも恋人であるマリンの前で暴言を吐くノアに苛つく。

「いいのよザック、気にしないで……仕事で間諜を監視するなら仕方のない事だわ」
 マリンは何て事もないといった感じで微笑む。ザックには、さみしそうに見えた。

 ノアは時々とんでもなく冷たい態度を取る事がある。

 これは自分が折れるしかなさそうだと観念したが、ただ単に折れるのも悔しい。
 そう思ったザックは思い出した事を一つ口にしてみた。
「あ~お前もしかして、ナツミにその黒い外套を引っぺがされて、コマみたいに回った事を気にしてんのかぁ」
 実際目にしたわけではないが、浜で集まっていた様子の報告を受けた時「ノアがコマの様に回った」という話を聞いて、吹き出した事を思い出した。

 どんな顔して回っていたのか。

「そんなわけないだろ!」
 ノアは間髪入れずにザックの襟元を締め上げた。
「うぉ苦しい!」
 どうやら図星の様だ。ザックはしてやったりの顔をしてから、軽く笑うとノアの締め上げる手をポンポンと叩いた。

「分かった、分かったから。やればいいんだろ? 俺に任せろよ」
「……最初からそう言えばいいんだよ」
「ヘイヘイ」
 ノアはザックの返事を聞き届けると、締め上げていた両手を放した。

 そして路地裏の道を黒い外套を翻して歩いて行く。その後ろをトコトコとマリンが追いかけて行く。

「ノ、ノア待ってよ」
「マリン、お前もあのナツミには気をつけろ。変な素振りがあったらすぐに報告に来い。あと不用意に近づくな。まぁ、ジルの店にいるんじゃ悪さは出来ないだろうけどな」

「え? う、うん」
 ノアは戸惑うマリンを抱きよせて、こめかみにキスを一つ落とした。
「マリン、今晩は歌うのか?」
「ううん、今日は歌わないの。でも久しぶりに踊る予定。だから来てね」
 戸惑いながらキスを受けるが、何度も繰り返されるので、くすぐったそうにマリンは笑う。
「へぇ、それは楽しみだ。でも、無理するなよ」
「うん」
 そうしてマリンの唇に軽く当てる様なキスを一つ落とした。



 その様子を見ながら黒バンダナの頭を掻きながらシンが呟いた。
「相変わらずですねぇ」
「だなぁ」
 マリンは溺れたあとだから仕方ない。心配なのだろう。

 確かにこのファルの町は、領主が交代の時期にあるから内部的反乱も少しずつ発生している。ごたつくのは政治家だけにしてほしいものだ。

 実はマリンが溺れたのも現領主のお家騒動と関係があるのだが。
 まぁ、別件だから一度に悩んでも仕方がない、やめておこう。
 それもあって、ノアは気が立っているのか? ナツミを警戒しているのか?

「で、ザック隊長!」
「ん?」
「本当にヤルんですか?」
 シンが今度はザック顔の近くまで来て興奮気味に目をキラキラさせた。

 食いついてくるシンにザックは目を丸くした。
 シンは腹心の部下なのだが、若い事もあり性欲が盛んなのか、エロ話に興味があるのか、その手の話にはすぐ首を突っ込んでこようとする。

「……あれ? シンもしかしてお前、自分がやってみたいとかって思ってる?」
 わざとからかって両手の人差し指でシンを指差す。

「えっ?! ち、違いますよ俺はザック隊長がどうやって彼女を落とすのか気になって。だって、あんなに少年っぽいのに女性なんですよ。やっぱりほら、どんな感じの体つきなのかなとか、そのエッチなのかなとか……とっ、とにかく! そんな事はこれっぽっちも考えていません!」
「全部漏れてるぞシン……」
 おかしいぐらい心の声が漏れているの事には、さすがのザックも呆れるしかない。

「はっ! 思わず口走ってしまいました!」
「……」
 真っ赤になって慌てる馬鹿な部下を生温かい目で見るしかない。

「さて、やってみるか。気になるのは確かだし」
 落とした女は数知れず。ザックは一人呟いた。
「綺麗な泳ぎ方ねぇ~俺も一度見てみたいなぁ」
 大きく伸びをしながらノア達の後ろを追いかけて歩き出す。

 不思議な女──ナツミには秘密があるのか? この領主交代の時期の内乱に関係があるのか?

「ですよね。俺も、もう一度泳いでいるの見たいッス!」
 大きな声で馬鹿な部下、シンが笑って追いかけて来た。
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