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Case:岡本 7
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「聡司の隣で買い物かごに食品を入れている男性──そうそうこの彼、アマノ ユージ。もちろん涼音も知っているわよね? だって彼はあなたの会社でとても注目されている社員だものね。うん……いいわね。この聡司にはない華やかさ。彼なら派手なファッションも楽しめるでしょうね。凄く素敵」
「ソ、ソウデスネ」
私は口角をピクピクと痙攣させながら笑顔を作る。聡司のお姉さん里羅さんは天野のフルネームを知っていた。知人に調べて貰ったと言っていたが、もしかしたら探偵が知り合いにいるのかもしれない。
里羅さんが凄く素敵と言いながら見せてくれたタブレット内の写真は、スーパーでの隠し撮りだ。遠くから撮った写真だが、聡司と悠司の表情がはっきりと写っていた。二人は相談をしながら買い物をしている。何枚か写真をめくっていくと悠司が手に取った野菜について聡司が尋ねている。二人は自然と微笑み合い楽しそうに買い物をしていた。
買い物……二人で行っているのね。いいなぁ私も一緒に行きたいなぁ。妙な嫉妬感を覚える私。いやいや、そういう事ではなくて。
恐らくこの写真は週末に撮られたものだろう。私達三人は週末、聡司のマンションに集まって食事をし夜をゆっくりと過ごす。次の日は休日だからそのまま過ごす事が多い。だから食料は買い込んでいると言っていた。天野──悠司は料理が得意で私と聡司はすっかり胃袋を掴まれているのだ。
「外食をせずに家でごはんを食べるなんて……派手な見た目とは違って彼は料理が得意なのね。救世主だわ。こんな健康的な恩恵が受けられるなんて。今までの聡司からは想像もつかない事よ」
「ソ、ソウナンデスネ」
仰る通り。聡司は家事という家事全然しないのでハウスキーパーさん頼みだと言っていた。それがまさかのお家でごはんですからね。里羅さんも驚く変化だろう。
「そうなのよ。ほら、これなんてもう週末同棲している二人としか思えないでしょ? リンクコーデよ。あんまりこういう風な事はしそうにない二人なのね。可愛いわ。聡司はこういうカジュアルさはあまり向いていないと思っていたけど、結構似合っているわね。これは聡司の持ち物じゃなくて彼、ユージの持ち物じゃないかしら? そんな気がするわ」
里羅さんは楽しそうに写真を拡大し、二人が羽織っているシャツとダウンジャケットを指した。聡司はグリーンベースのネルシャツと黒のダウンジャケット。悠司は赤ベースのネルシャツとネイビーのダウンジャケット。どちらもデザインや形は違うけどとても似ていた。
そういえば服の事を悠司が何か言っていたなぁ。いつかの悠司と聡司の会話を思い出す。
『着替えを取りに帰るのが段々面倒になってきた。クローゼットが空いているしさ、俺の服を置いてもいいか? いいよな?』
『拒否の選択肢がないってどんな聞き方ですか……いいですよ別に。空いている場所を使ってください。あ、でもちゃんと整理しておいてくださいね僕の服と混ざっても困りますから』
『……整理をしておいてくださいねって、掃除や片付けが出来ない岡本が言うの?』
『うっ。確かに僕は不得意ですよ。コホン、とにかく僕の持ち物と混ざらない様にしてくださいって事ですよ』
『大丈夫、大丈夫。整理しておくから。あ、何だったら俺の服を着てもいいぜ。だから岡本の服を借りていいか? あんまり俺が買う事がない服が多いんだよなぁお前の着る服……お、このブランドの服なんて俺、一度も買った事がないわ』
『いいですけど、入ります? 僕とサイズが違いますよね? だって天野さんパンツの丈とか僕と比べたら随分違いますよね?』
『何て事を言うんでしょ岡本ったら、恐ろしい子……じゃねぇや。この野郎、足の長さは変わらないだろうが!』
『だって僕の方が背が高いし』
『ほとんど変わらねーだろ!』
と、小競り合いをしていたけど……聡司が悠司の私服を借りているなら、それはリンクコーデになるわよね。
悠司の私物は随分と増えていた。何せ聡司一人では収納だってガラガラだったし。住みやすい様に悠司が手を入れているのかもしれない。そういう意味では週末同棲というのも嘘じゃないかも。そういえば私の下着やコスメも気がつけば収納する場所が出来てたし、思えば私の私物も増えたわね。
ん? いやいやいや、そうじゃなくて! 週末同棲ってどんな言葉よ! それにしても里羅さん、週末という言葉が出るという事はやはり天野……悠司は別のマンションに住んでいる事も調査済みなのね。
何もかも知られていると思った私は、諦めて溜め息をついた。しかしそれから再び我に返る。
待って。それならどうして私の事はスルーなの?! 聡司の身辺調査をプロに頼んだのなら私の事が浮上してきたっておかしくないはずなのに。私も聡司のマンションに出入りしている一人よ? どうして今回の話に、調査結果に浮上しないの?!
私という存在に気がついて欲しいのか、気づかないで欲しいのか。複雑な気持ちを抱えた私は、里羅さんの前でどんな顔をしていいのか分からなくなっていた。ただ嫌な汗が噴き出していて、眉間にも皺が出来ている事は自分でも分かった。
しかしそんな私の事はそっちのけで写真に没頭し熱の入った話をするのは、目の前の里羅さんだ。
「ほら二人両手一杯の買い物袋を持って歩いてマンションに帰っていくでしょ? 調査報告ではこのまま週末ゆっくりと過ごして、日曜日の夜までずっと一緒だったそうよ。二人の時間を大切にしているのね。きっと、付き合いはじめて間がないのね。我が弟の事だけど初々しいわ~」
里羅さんはホウと溜め息をついて背をソファに預けた。
私はタブレットの写真を前のめりになったままゴクンと唾を飲み込んだ。何故ならば里羅さんの言葉はほぼ当たっているからだ──私がいないというポイントを除いて……だけど。
里羅さんその通りです。日曜日のあまり遅くない時間に、まず私が聡司のマンションを出る。私が先にマンションを出ないと悠司と聡司が揉めるのだ。揉める内容は、悠司が先に帰ると私と聡司が二人きりになるという事。悠司と私が帰ると、聡司がずるいです二人きりなんて! と言い出すから……そんな「つまらない」ものだ。そんな事になっては三人で過ごした余韻もなくなってしまうので早めに去る事にしている。
私が帰った後、悠司が帰るはずだ。だから私は悠司が帰るシーンを見た事がなかった。
「聡司ったら、ユージが帰る時、わざわざマンションのエントランスの外まで見送りしてるのよ」
悠司が帰る際、聡司が見送りに出ていた写真だった。何故か、二人共満面の笑みだ。そして何と絵になる二人なのだろう。そんな初めて見る二人に私は思わず叫びそうになった。
「どっ」
どういう事よ! 私の時のお見送りは聡司の家の玄関前なのに。だって……二人の別れ際のキスは濃厚だから外では出来ない……じゃなくて!
これだけ仲睦まじく微笑み合えば、男性同士といえども誤解する人がいるかもしれない。それぐらい絵になる二人だった。
「そうなのよ~どきどきするでしょ。そうね「ときめく」という言葉が合う写真ね。この写真で私は二人が恋人だという事を理解したの。決定的な証拠よ」
私の飲み込んだ言葉を「どきどき」と間違って理解した里羅さんが強く何度も頷く。
確かに微笑み合う二人の顔は、三人でいる時いつも向けてくれるものだ。だから二人の間には私がいるって思いたい──んだけど。どうしよう……自信がなくなりそうだわ。
そのぐらい岡本と天野が恋人である事を力説する里羅さんに私はすっかり飲み込まれてしまった。
忘れられた私、スルーされる私、透明人間になった私。三人なのに仲間はずれ感をこんなところで味わうなんて。気がついて貰えず寂しいとさえ感じてしまう。
何も言えなくなった私に、里羅さんが改めてバスローブの下で足を組み直し長い髪の毛をかき上げた。そしてパツンと揃った前髪の下、聡司とよく似た鋭い瞳で私を捕らえた。
「涼音。実はあなたの名前も調査対象に上がっていたのよ」
「えっ! っっっ」
ようやく私を見つけて貰えて、思わず嬉しそうな声を上げてしまう。そんな自分の声のトーンに驚き慌てて片手で口を押さえた。
嬉しそうな顔をしてどうするのよ~私の阿呆っ。
その私の表情に里羅さんは別の感想を持った様だ。
「そう。涼音の存在が聡司の励みになっているのね。随分と社内でも涼音の評判はよくて人気があったわ。皆から好かれているのね涼音は。美しいだけじゃない仕事にひたむきな姿勢に、皆があなたを信頼しているという報告を受けているわ」
「あっ、ありがとうございます?」
勝手に調査されてお礼を言う事に若干首を傾げてしまうが、里羅さんはニコニコしながら話し続ける。
「涼音は、聡司とユージそして同僚と一緒にランチをする事もあるそうね。その時、二人のフォローをさりげなくしているとか」
「はぁ。まぁ。ランチはたまに一緒になる事もあって。あの、その……フォローって?」
ランチはリーズナブルな社内カフェで取る事があるからどうしても顔を合わせてしまう。そんなときは周りを気にせず席を一緒にし他の社員と一緒にランチタイムを過ごす事がある。
会話を振られやすい天野と岡本は、週末一緒に過ごした事をポロッと漏らしそうな事がある。男性二人で過ごしたと装えばいいのだろうが、私は思わず慌てて話題を変える様にしてしまう。自分も週末一緒にいたので思わずボロが出ない様にする為なのだが……まさかそれがフォローだと思われている?
それは誤解なんです──と思った私の顔に里羅さんはやはり誤解を重ねて目を輝かせる。そして、テーブル越しに身を乗り出して私の両肩を掴んだ。
な、何事?!
「そうよフォローをしている涼音は素晴らしいわ。あなたは男性同士で恋人という聡司とユージの事を唯一知っている人物。良き理解者なのね! 社会的に理解が難しい二人の関係を上手く隠してくれているのね」
「えっ……えっ? ええっっ……」
私は「え」を繰り返す事しか出来なかった。
良き理解者──聡司が隣にいた時から私をそう呼んでいたから、何だろうと思ったけど。まさか第三者、協力者的な意味だったとは!
更に里羅さんは私の顔を覗き込んで続ける。
「聡司ったら……私は男性を恋人として紹介しても大歓迎なのに。きっと女性しか付き合いがないし身体だけの関係を繰り返して来たから、恋人としていきなり男性、ユージを連れてきたら私が驚くと思ったのでしょうね。それよりも根掘り葉掘り聞かれると思ったのかしら。フフフ確かにね。だって聞かずにはいられないわよねぇ。そんな感じになると思ったから、理解者である涼音──あなたに恋人役を頼んだ。つまりはそういう事ね!」
「ア、アハ。アハハハ……」
私は引きつりながら笑うしかなかった。
ここまで来たら気づいて欲しいのに、気づいてくれない事に私は──呆然とするしかなかった。
「そういう事なら仕方ないわ。今日は騙される事にするわね」
里羅さんは最後私にウインクをしてくれる。やはり誤解をしたままで──どこからこの誤解を解いていいのか私には分からなかった。
それから里羅さんは機関銃の如くしゃべり続ける。タブレットで膨大な写真の中から、聡司と悠司が外回りの仕事を盗み撮りしたものを私に見せる。
「ユージ、彼のスーツなんだけど綺麗な仕立てよね。ほら腰のラインと肩幅のバランス。完・璧だわ。腕のいい職人がいるのね。素晴らしい。どこで仕立てたのか調べたぐらいよ。彼は本当にセンスがいいわ。聡司も綺麗な顔をしているけれども、全体的に細身だし。選ぶスーツを間違えると着られている感が出るでしょ? 聡司も注意しているみたいだけどね。それにしても──この二人は方向性が全く違うのに、二人でいると目を引くわね。お互いが引き立てているという感じがして凄くいいわ。知り合いのコレクションに二人一緒に出て貰うってのも……嫌だわ私……ごめんなさいね、つい仕事に結びつけちゃって…………いや、でも、アリよねアリだわ」
里羅さんの熱狂的な二人の話は妄想も含まれながら続いていく。
里羅さんの話は聡司が『鰻の蒲焼き風味サイダー』を三十分かけて買ってくるまで続いた。
「ソ、ソウデスネ」
私は口角をピクピクと痙攣させながら笑顔を作る。聡司のお姉さん里羅さんは天野のフルネームを知っていた。知人に調べて貰ったと言っていたが、もしかしたら探偵が知り合いにいるのかもしれない。
里羅さんが凄く素敵と言いながら見せてくれたタブレット内の写真は、スーパーでの隠し撮りだ。遠くから撮った写真だが、聡司と悠司の表情がはっきりと写っていた。二人は相談をしながら買い物をしている。何枚か写真をめくっていくと悠司が手に取った野菜について聡司が尋ねている。二人は自然と微笑み合い楽しそうに買い物をしていた。
買い物……二人で行っているのね。いいなぁ私も一緒に行きたいなぁ。妙な嫉妬感を覚える私。いやいや、そういう事ではなくて。
恐らくこの写真は週末に撮られたものだろう。私達三人は週末、聡司のマンションに集まって食事をし夜をゆっくりと過ごす。次の日は休日だからそのまま過ごす事が多い。だから食料は買い込んでいると言っていた。天野──悠司は料理が得意で私と聡司はすっかり胃袋を掴まれているのだ。
「外食をせずに家でごはんを食べるなんて……派手な見た目とは違って彼は料理が得意なのね。救世主だわ。こんな健康的な恩恵が受けられるなんて。今までの聡司からは想像もつかない事よ」
「ソ、ソウナンデスネ」
仰る通り。聡司は家事という家事全然しないのでハウスキーパーさん頼みだと言っていた。それがまさかのお家でごはんですからね。里羅さんも驚く変化だろう。
「そうなのよ。ほら、これなんてもう週末同棲している二人としか思えないでしょ? リンクコーデよ。あんまりこういう風な事はしそうにない二人なのね。可愛いわ。聡司はこういうカジュアルさはあまり向いていないと思っていたけど、結構似合っているわね。これは聡司の持ち物じゃなくて彼、ユージの持ち物じゃないかしら? そんな気がするわ」
里羅さんは楽しそうに写真を拡大し、二人が羽織っているシャツとダウンジャケットを指した。聡司はグリーンベースのネルシャツと黒のダウンジャケット。悠司は赤ベースのネルシャツとネイビーのダウンジャケット。どちらもデザインや形は違うけどとても似ていた。
そういえば服の事を悠司が何か言っていたなぁ。いつかの悠司と聡司の会話を思い出す。
『着替えを取りに帰るのが段々面倒になってきた。クローゼットが空いているしさ、俺の服を置いてもいいか? いいよな?』
『拒否の選択肢がないってどんな聞き方ですか……いいですよ別に。空いている場所を使ってください。あ、でもちゃんと整理しておいてくださいね僕の服と混ざっても困りますから』
『……整理をしておいてくださいねって、掃除や片付けが出来ない岡本が言うの?』
『うっ。確かに僕は不得意ですよ。コホン、とにかく僕の持ち物と混ざらない様にしてくださいって事ですよ』
『大丈夫、大丈夫。整理しておくから。あ、何だったら俺の服を着てもいいぜ。だから岡本の服を借りていいか? あんまり俺が買う事がない服が多いんだよなぁお前の着る服……お、このブランドの服なんて俺、一度も買った事がないわ』
『いいですけど、入ります? 僕とサイズが違いますよね? だって天野さんパンツの丈とか僕と比べたら随分違いますよね?』
『何て事を言うんでしょ岡本ったら、恐ろしい子……じゃねぇや。この野郎、足の長さは変わらないだろうが!』
『だって僕の方が背が高いし』
『ほとんど変わらねーだろ!』
と、小競り合いをしていたけど……聡司が悠司の私服を借りているなら、それはリンクコーデになるわよね。
悠司の私物は随分と増えていた。何せ聡司一人では収納だってガラガラだったし。住みやすい様に悠司が手を入れているのかもしれない。そういう意味では週末同棲というのも嘘じゃないかも。そういえば私の下着やコスメも気がつけば収納する場所が出来てたし、思えば私の私物も増えたわね。
ん? いやいやいや、そうじゃなくて! 週末同棲ってどんな言葉よ! それにしても里羅さん、週末という言葉が出るという事はやはり天野……悠司は別のマンションに住んでいる事も調査済みなのね。
何もかも知られていると思った私は、諦めて溜め息をついた。しかしそれから再び我に返る。
待って。それならどうして私の事はスルーなの?! 聡司の身辺調査をプロに頼んだのなら私の事が浮上してきたっておかしくないはずなのに。私も聡司のマンションに出入りしている一人よ? どうして今回の話に、調査結果に浮上しないの?!
私という存在に気がついて欲しいのか、気づかないで欲しいのか。複雑な気持ちを抱えた私は、里羅さんの前でどんな顔をしていいのか分からなくなっていた。ただ嫌な汗が噴き出していて、眉間にも皺が出来ている事は自分でも分かった。
しかしそんな私の事はそっちのけで写真に没頭し熱の入った話をするのは、目の前の里羅さんだ。
「ほら二人両手一杯の買い物袋を持って歩いてマンションに帰っていくでしょ? 調査報告ではこのまま週末ゆっくりと過ごして、日曜日の夜までずっと一緒だったそうよ。二人の時間を大切にしているのね。きっと、付き合いはじめて間がないのね。我が弟の事だけど初々しいわ~」
里羅さんはホウと溜め息をついて背をソファに預けた。
私はタブレットの写真を前のめりになったままゴクンと唾を飲み込んだ。何故ならば里羅さんの言葉はほぼ当たっているからだ──私がいないというポイントを除いて……だけど。
里羅さんその通りです。日曜日のあまり遅くない時間に、まず私が聡司のマンションを出る。私が先にマンションを出ないと悠司と聡司が揉めるのだ。揉める内容は、悠司が先に帰ると私と聡司が二人きりになるという事。悠司と私が帰ると、聡司がずるいです二人きりなんて! と言い出すから……そんな「つまらない」ものだ。そんな事になっては三人で過ごした余韻もなくなってしまうので早めに去る事にしている。
私が帰った後、悠司が帰るはずだ。だから私は悠司が帰るシーンを見た事がなかった。
「聡司ったら、ユージが帰る時、わざわざマンションのエントランスの外まで見送りしてるのよ」
悠司が帰る際、聡司が見送りに出ていた写真だった。何故か、二人共満面の笑みだ。そして何と絵になる二人なのだろう。そんな初めて見る二人に私は思わず叫びそうになった。
「どっ」
どういう事よ! 私の時のお見送りは聡司の家の玄関前なのに。だって……二人の別れ際のキスは濃厚だから外では出来ない……じゃなくて!
これだけ仲睦まじく微笑み合えば、男性同士といえども誤解する人がいるかもしれない。それぐらい絵になる二人だった。
「そうなのよ~どきどきするでしょ。そうね「ときめく」という言葉が合う写真ね。この写真で私は二人が恋人だという事を理解したの。決定的な証拠よ」
私の飲み込んだ言葉を「どきどき」と間違って理解した里羅さんが強く何度も頷く。
確かに微笑み合う二人の顔は、三人でいる時いつも向けてくれるものだ。だから二人の間には私がいるって思いたい──んだけど。どうしよう……自信がなくなりそうだわ。
そのぐらい岡本と天野が恋人である事を力説する里羅さんに私はすっかり飲み込まれてしまった。
忘れられた私、スルーされる私、透明人間になった私。三人なのに仲間はずれ感をこんなところで味わうなんて。気がついて貰えず寂しいとさえ感じてしまう。
何も言えなくなった私に、里羅さんが改めてバスローブの下で足を組み直し長い髪の毛をかき上げた。そしてパツンと揃った前髪の下、聡司とよく似た鋭い瞳で私を捕らえた。
「涼音。実はあなたの名前も調査対象に上がっていたのよ」
「えっ! っっっ」
ようやく私を見つけて貰えて、思わず嬉しそうな声を上げてしまう。そんな自分の声のトーンに驚き慌てて片手で口を押さえた。
嬉しそうな顔をしてどうするのよ~私の阿呆っ。
その私の表情に里羅さんは別の感想を持った様だ。
「そう。涼音の存在が聡司の励みになっているのね。随分と社内でも涼音の評判はよくて人気があったわ。皆から好かれているのね涼音は。美しいだけじゃない仕事にひたむきな姿勢に、皆があなたを信頼しているという報告を受けているわ」
「あっ、ありがとうございます?」
勝手に調査されてお礼を言う事に若干首を傾げてしまうが、里羅さんはニコニコしながら話し続ける。
「涼音は、聡司とユージそして同僚と一緒にランチをする事もあるそうね。その時、二人のフォローをさりげなくしているとか」
「はぁ。まぁ。ランチはたまに一緒になる事もあって。あの、その……フォローって?」
ランチはリーズナブルな社内カフェで取る事があるからどうしても顔を合わせてしまう。そんなときは周りを気にせず席を一緒にし他の社員と一緒にランチタイムを過ごす事がある。
会話を振られやすい天野と岡本は、週末一緒に過ごした事をポロッと漏らしそうな事がある。男性二人で過ごしたと装えばいいのだろうが、私は思わず慌てて話題を変える様にしてしまう。自分も週末一緒にいたので思わずボロが出ない様にする為なのだが……まさかそれがフォローだと思われている?
それは誤解なんです──と思った私の顔に里羅さんはやはり誤解を重ねて目を輝かせる。そして、テーブル越しに身を乗り出して私の両肩を掴んだ。
な、何事?!
「そうよフォローをしている涼音は素晴らしいわ。あなたは男性同士で恋人という聡司とユージの事を唯一知っている人物。良き理解者なのね! 社会的に理解が難しい二人の関係を上手く隠してくれているのね」
「えっ……えっ? ええっっ……」
私は「え」を繰り返す事しか出来なかった。
良き理解者──聡司が隣にいた時から私をそう呼んでいたから、何だろうと思ったけど。まさか第三者、協力者的な意味だったとは!
更に里羅さんは私の顔を覗き込んで続ける。
「聡司ったら……私は男性を恋人として紹介しても大歓迎なのに。きっと女性しか付き合いがないし身体だけの関係を繰り返して来たから、恋人としていきなり男性、ユージを連れてきたら私が驚くと思ったのでしょうね。それよりも根掘り葉掘り聞かれると思ったのかしら。フフフ確かにね。だって聞かずにはいられないわよねぇ。そんな感じになると思ったから、理解者である涼音──あなたに恋人役を頼んだ。つまりはそういう事ね!」
「ア、アハ。アハハハ……」
私は引きつりながら笑うしかなかった。
ここまで来たら気づいて欲しいのに、気づいてくれない事に私は──呆然とするしかなかった。
「そういう事なら仕方ないわ。今日は騙される事にするわね」
里羅さんは最後私にウインクをしてくれる。やはり誤解をしたままで──どこからこの誤解を解いていいのか私には分からなかった。
それから里羅さんは機関銃の如くしゃべり続ける。タブレットで膨大な写真の中から、聡司と悠司が外回りの仕事を盗み撮りしたものを私に見せる。
「ユージ、彼のスーツなんだけど綺麗な仕立てよね。ほら腰のラインと肩幅のバランス。完・璧だわ。腕のいい職人がいるのね。素晴らしい。どこで仕立てたのか調べたぐらいよ。彼は本当にセンスがいいわ。聡司も綺麗な顔をしているけれども、全体的に細身だし。選ぶスーツを間違えると着られている感が出るでしょ? 聡司も注意しているみたいだけどね。それにしても──この二人は方向性が全く違うのに、二人でいると目を引くわね。お互いが引き立てているという感じがして凄くいいわ。知り合いのコレクションに二人一緒に出て貰うってのも……嫌だわ私……ごめんなさいね、つい仕事に結びつけちゃって…………いや、でも、アリよねアリだわ」
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