【R18】まさか私が? 三人で! ~社内のイケメンが変態だった件について~ その3

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Case:岡本 6

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 地下の『名前のない』場所も最初はエレベーターで何処まで下がるのだろうと不安になった。だけどそんな不安もデートを楽しんでいくうちに消え最後は映画館での甘い時間を過ごす事が出来た。そんな余韻もありつつエレベーターに乗り込みホテル以外の別の場所に移動するのかと思ったのに。まさか再び何処まで登るのかと不安になりながらエレベーターに乗る事になるとは。

 え。まさか最上階とか言わないわよね。だって最上階の部屋ってエグゼクティブフロアでも最上級のエリア。スイートルームしかないわよね?

 ようやくエレベーターが止まったけど、再び別のカードを案内人に差し出すのは聡司だ。そのカードを使ってエレベーターのドアが開く。明らかに特別な人しか入れないセキュリティが施されていた。

 開いた先からひんやりした空気が流れ込む。気持ち香りも違う様な気がする。エレベーター内とは異なる光量の照明に一瞬瞳を細めてしまった。
 
「こっ、ここは、もしかして」
 フロアに一歩踏み出してから私はようやく一言発する事が出来た。とてもフロアとは思えない程ふかふかの絨毯にヒールが沈み込む。

 ホテルのフロントは一階だ。エレベーターから降りたばかりの場所なのに、改めてフロントがある。一階のフロントよりもずっとコンパクトだが、テーブルや壁にかけられている絵画を見ると一階のフロントとは違う雰囲気がある。何も言わず頭を下げる白髪のコンシェルジュに、反射的にぺこりと頭を下げてしまい恥ずかしくなった。

「エグゼクティブフロアです。姉は今回ジュニアスイートに泊まってるんです」
「そ、そうなんだ」
 明らかに上手く笑えてない私に聡司は満面の笑みで返す。
「スイートを予約したかったみたいなんですけど今回はスケジュールが合わなかったみたいです。毎回姉は一人で泊まるから、そんなにこだわらなくてもいいと思うんですけどね。どうしても仕事関係の人が出入りするみたいでね」
「ス」
 最初の人文字を口にしてから口を直ぐに閉じる。いけないわこれ以上口が開いていたらお金の事しか呟けなくなりそう。

 スイートに泊まれないからジュニアスイートって……どちらも一泊おいくらなのかしら。ここのホテルのホームページに価格表記はあったかなぁ。

 品のない言葉を口にしてはならない。私はお姉さんに挨拶をするというビッグイベントとは別の緊張を抱える事になった。



 ◇◆◇

 聡司に連れられフロアを進むと一番奥の扉の前にたどり着く。見た感じホテルの扉と言うより高級アパートの玄関だ。ドアフォンを押し部屋主の声を待つ。

『Yes? Who is it?』
 お姉さんの第一声だろう。結構早口の英語だ。ドアフォンにはカメラがついているのでお姉さんから私達二人の姿が見えているはずだ。それなのに誰なのかの確認している。

 もしかして聡司がいつもと違う髪の毛を上げている姿だから? ううん、それとも私を見たから?

 私は言葉を発していないのに緊張で口の中が乾いていく。

 聡司はインターフォンに顔を近づけて声をかけた。
「里羅、僕だよ。聡司」
 
 ああ、緊張する! 私はぎゅっと自分の手を握りしめる。

 悠司の妹さん、陽菜さんに会う時も緊張はした。しかしナンパから守って貰うというハプニングがあったおかげで緊張感がほぐれたのだ。今日はそんなリラックス出来る事件はない。初めての場所と予想以上の高級さに気後れしてしまう。

 しばらくして雑音と共に澄んだ声が聞こえた。

『聡司! ”ザー”待ってた”ザー”今、開ける”ザー”入ってき ブツッ!』
 ドアフォンが壊れている──わけではない。雑音にかき消されたお姉さんの声は断片だけ聞こえる。しかも最後は途切れた。その様子に私と聡司は思わず顔を見合わせる。

 聡司は切れ長の瞳を細めて考え込む。
「何の音ですかね?」
「分からないわ。でも、声も少し反響してたみたい?」
 私も首を傾げて考える。反響していたという事はもしかしてバスルームにいるのだろうか? でも今開けるって言ってるし。
 色々と考えていたら、カチリと扉の鍵が開く音がした。その音を聞いた聡司は両開きのドアの片方をゆっくりと押した。
「久し振りに会うし恋人を連れてこいって言うからその通りにしたってのに。相変わらずバタバタしているな里羅は。本当にすみません」
 謝りながらもヘニャッと瞳を細くする聡司だった。

 何だかんだ言って久し振りに家族に会うのだ。嬉しいわよね。そんな聡司の可愛い微笑みに私は少しだけ緊張がほぐれる様な気がした。

 部屋に入ると小さな玄関が再び現れる。左手には大きな鏡が飾られていた。更に引き戸がありゆっくりと開ける。目の前にはリビングルームが広がっている。

 リビングルームは比較的コンパクトだが、全てヨーロピアンクラシックで揃えられた家具と部屋の造りだった。テーブルに机、テレビにキャビネット。いずれも家具は豪華な装飾だ。ちょっとした、打ち合わせはここで出来る様になっている。打ち合わせのテーブルの向こうには大きなガラス窓。ガラス窓からの景色は最上階から一つ下の部屋だけに実に見事だ。

「うわぁ素敵」
 私は思わず窓の外の景色に目を奪われて感動の言葉を零す。ビル街を見下ろし遠くまで見渡せる眺望に感動してしまった。私の声に引き寄せられたのか聡司も同じ様に外の景色に視線を移した。
「本当ですね。それに今日はよく晴れているから遠くまで見渡せますね」
 外の空気は冷たいがその分、空気が澄んでいるのか視界がはっきりとしていると感じた。

 聡司と二人でその景色に見とれていると奥の扉の向こうベッドルームからゆっくりと背の高い近づく影があった。
「そうね。部屋は少し狭いけど確かにここから見える景色は見応えがあるわね。でも、その角度じゃなくてベッドルームからの方が綺麗に見えるわよ。ああ、夜景もね素敵よ」
「夜景! それはまた素晴ら──」
 しそうですね。そう言葉を続けようと声の主に視線を合わせたが、私は口が開いたまま塞がらなくなってしまった。

 最初に目に入ったのは細くて長い足だ。膝下が長くふくらはぎが細い。その細さに目を奪われゆっくりと視線を上げてると黒無地のTバックショーツを身につけているのが目に入る。それ以外のボトムスは何も身につけていないのだ。

 パンツ一枚を目にしてしまい驚き、振り払う様にそのまま細いウエストを見て上へ上へと視線を移動する。突然綺麗な形をしたバストが視線に入る。上半身も何も身につけていないから淡い色の乳首を見てしまった。

 そして小さな顔。頭の上からバスタオルをかぶり、タオルの隙間から聡司とよく似た鋭い瞳が覗いた。高い鼻に薄い唇、東洋人特有の肌の色だがシミ一つもないから輝いて見える。濡れた黒髪は背中真ん中まで伸びていた。まだ体中から水滴がしたたり落ちていて、それをバスタオルで豪快に拭っている。

 私がたどった視線から身長は私より高い事が分かる。聡司より顔一つ分だけ低いといったところだろう。

 いきなり現れた長身の東洋美人が聡司のお姉さんである里羅さんである事は間違いないだろう。しかしあまりにもその姿──まさか素っ裸で登場とは思っていなかったので、私は更に動揺する事になった。

 私の固まった視線の先を同じ様に見て、息を吸い込んで怒鳴ったのは聡司だった。
「里羅! シャワーを浴びているならそう言えよ! 涼音は初対面なんだぞ! あまりにも失礼だろ」
 慌てて私の視線を遮る為、里羅さんへ送る視線の間に聡司は身体を入れ替えた。流石、家族なだけあって丁寧な聡司らしい口調ではなかった。乱暴に命令する口調だ。

 私の目の前に聡司の背中が広がりようやく開いていた口を閉じて脱力する。ドアフォンで聞いた雑音はシャワーの音だったのね。バスルームの反響で声が響いていたのも理解出来た。

 気の知れた女友達なら一緒に旅行等で、温泉に入るつまり裸を見る事もあるけれど、初対面でいきなり裸というのは心臓に悪い。それにしても、凄い裸を見てしまった。あんなに細いって羨ましい。いやそういう事ではないわよね!

 私は聡司の背中でホッと溜め息をつきつつもやはり混乱していた。

 聡司の言葉にカラカラと里羅さんは笑った。
「アハハハ~ごめんごめんいつも利用しているホテルだからさ。ジュニアスイートは初めてだけど自分の家みたいな感覚でいたの。だから思わず、ね?」
 聡司の怒号も何のその。聡司の側までパタパタとスリッパの音を立てて近づくと、バシバシと腕を叩いていた。
「痛っ! 叩くなよ。家みたいな感覚って……それでも来客だったら服は着るだろ?」
「そう? だって聡司とその恋人ならファミリーみたいなものじゃない。問題ないでしょ」
 ファミリーみたいなもの。聡司を挟んだ向こうで嬉しそうに声を弾ませる里羅さん。そんな風に無条件で両腕を開いてくれる言葉は嬉しい。私はポッと頬を赤くしてしまう。しかし里羅さんの返答に納得がいかないのは聡司だった。
「問題大ありだ! 服は着ろ! 何の為の洋服だよ。そして礼節をわきまえろ。あーもう! しかもびしょ濡れのままだし」
 聡司はそう言って里羅さんの頭からかぶっていたバスタオルの上から彼女の頭を拭き始めた。背中越しガシガシと動かしている両手と肩甲骨の動きが目に入る。
「え~堅苦しいなぁもう。プッ! ちょっとヤダ、乱暴に拭かないで! それならさ、えい! こうよ!」
 里羅さんはバスタオルをかいくぐって、聡司の脇腹を掴むとひょっこりと背中に控える私を覗き込んできた。
 眉の下でパッツンと切りそろえられた濡れた前髪。その奥から覗く鋭くも美しい視線。聡司とよく似ている目元は涼しさの中に好奇心が輝いている。長い睫毛をパチパチと瞬かせて、薄い唇を開く。
「まぁ! あなたは──」
「あのっ。そのっ、すみません! シャワーを浴びているところに、こっ、こんにちは! じゃない。は、はじめまして! いや……そうじゃなくて! 私の名前は」
 裸を見てしまった事を謝るべきなのかそれとも挨拶か名前を言うのが先なのか。全てごちゃごちゃのまぜこぜになった状態で私は声をひっくり返した。

 何から先に言ったらいいのー?! こんなの初めてで分からない。

 軽いパニック状態の私を見て更に身を乗り出してきたのは里羅さんだった。

「落ち着いて大丈夫よ。あなたは聡司の勤めている会社で一番美しいMs.kurataじゃない~近くで見ると一段と美しいって言うよりもcuteね~」
「え? う、美しい? きゅ?」
 私の名前は聡司から聞いて知っていると思うけど、その『会社で一番美しい』というのは何調べなのだろう。そんな事実はないし、付け加えられたキュートという言葉も適切ではないと思う。益々私は混乱をしてしまう。

 混乱の局地である私に向かって里羅さんは手を伸ばそうとしたが聡司が許さなかった。里羅さんを引き戻し、再びバスタオルを頭の上に乱暴にのせる。
「こらっ! 里羅! 僕の断りもなく勝手に調べたな? 無駄な金を使って……」
「えっ」
 調べたって。もしかして探偵を雇って調べたって事? 

 私は思わずひゅっと息を飲み込んだ。それではもう私の事だけではなく悠司の存在も里羅さんは知っているのでは? 思わず拳を握りしめて口を真一文字に結ぶ。

 里羅さんは観念した様に溜め息をつくと、聡司からバスタオルを奪還し再び濡れた髪の毛を拭い始めた。それからきびすを返してバスルームに向かって歩き出す。

「無駄なお金は使っていないわよ。日本の友達に少しばかり頼んで調べて貰った程度よ」
「友人に少しばかり頼んでって……他人に迷惑をかけるんじゃない」
 聡司は両手を自分の腰に当てて深い溜め息をついた。
「だって聡司が恋人が出来たって報告してくれたのに。なかなか紹介してくれないからでしょ? 人生初の恋人なのに」
「それは……その、アレだよ。里羅の言う通り初めての恋人だから慎重になったんだよ」
 聡司は少しだけ言い淀んでから、あらかじめ用意していた言い訳を早口で伝える。その間、私は口を挟む隙はなくゆっくりと聡司の背中から横へ身体を動かして隣に並んだ。

「慎重って言うけどむしろ私には『何か隠したい事があるのかな?』っ感じたわよ? 私のカンは当たるのよ。だから友達に頼んで少しだけ調べて貰ったの。あっ、あった、あった! バスローブ」
 里羅さんはバスルームからバスローブを引っ張り出して身に纏う。それから長い髪の毛をバスローブの中から引き出して、にっこりと笑って振り向いた。そして里羅さんは長い腕を上げて聡司に向かって手でピストルの形を作って見せた。

「……隠したい事って?」
 聡司も掠れた声で呟く。そして私の肩に手を回して自分の方に抱き寄せた。私は里羅さんが形取った指の先をじっと見つめて身体をこわばらせた。

 里羅さんは私達、三人の関係を知っているという事なのね。観念するしかない。そう思って拳をぎゅっと握りしめ里羅さんの言葉を待つ。

「Ms.kurata、いいえ親しみを込めて涼音と呼ばせて貰っても良いかしら? もちろん私は里羅と呼び捨てでいいわ。涼音、あなたはそうね……聡司の一番のと思っているわ」
 里羅さんはバン! と手首を上げて私と聡司を打ち抜いた仕草をして見せた。

 それから私と聡司はお互いの顔を見つめてそれからもう一度里羅さんに視線を戻す。

「理?」
「解者?」

 確かにそうだとは思うし、そうと言えるけど。何だろう? 何故かピンとこない。

 もしかして英語圏で生活している里羅さんだからだろうか。里羅さん自身、多様性を受け入れているから独特な言葉のチョイスをしているのだろうか。

 何となく恋人という枠を超えての話をしていると感じた。

 何とも言えずモヤモヤしている私の傍らで、聡司は多様性を受け入れる里羅さんに改めて本当の事を伝えるつもりなのか──

 よく分からないけれども私をぎゅっと抱きしめながら微笑んだ。

「そうなんだよ。分かってくれて嬉しいよ里羅。調べて理解しているなら話は早い涼音は僕にとって素晴らしい女性なんだよ」
「ええ、ええ! 調べて私も理解しているわ。もちろんよ。とにかく素晴らしい繋がりを持ったわね! 涼音は一生大切にするべき人よ。こんな素晴らしい事を告白してくれてありがとう。是非乾杯しましょう。ああ、もちろんジュースだけどね!」
 そう言って里羅さんは棚からワイングラスを三つ取り出す。
「え?」
 半ば強引な岡本ファミリーのまとめ方に私は困惑しながら、聡司に促されベッドルーム内にあるソファにエスコートされる。

 聡司と里羅さんはハイタッチから腕のタッチなどを繰り返しゲームで得点が決まった時の様な動きを繰り返す。
「私は歓迎するわ! そうだ、パパやママにも紹介するべきよ!」
「ハハハありがとう! 里羅がそんなに言ってくれるなんて人生初じゃないか?」
「そうだったかしら? フフフ」
 そんな軽口を言いながら二人の会話を聞いていた。全く馴染めないのは私一人だ。

 えっ。何で? 本当にこんな感じでいいの? しかもいきなり乾杯って???

 うろたえる私の真向かいで、里羅さんは空のグラスを手にしたままで突然声を上げる。

「せっかくだから……そうだわ! あの日本のコンビニエンスストアで限定販売している飲み物で乾杯しましょう!」
「は? コンビニエンスストア?」
 岡本は首を傾げた。

 里羅さんはコンビニエンスストアで『鰻の蒲焼き風味サイダー』というゲテモノドリンクを飲んでとても気に入ったそうなのだ。

「えー? そんなゲテモノ食いを発揮して。ホントどんな食生活を送っているんだよ。乾杯なのにノンアルコールの何かにするべきだろ」
 聡司が嫌そうな顔をして首を振る。

 食生活という点においては聡司も家事がほとんど出来ないので里羅さんに意見が出来る立場ではなさそうだが。
 
「いいじゃないのよ~需要があるから供給があるのよ? 凄く気に入ってるの。お願い聡司、ほら私はまだ髪の毛も乾いていないから、近くのコンビニエンスストアで買ってきてくれない?」
 里羅さんはクルクルと表情を変えて聡司におねだりをする。

 裸で登場するしBulletと表現される里羅さん。体型、スタイルもさることながら、可愛い表情もお手の物。有名なヘアメイクアーティストとの事だがモデルでも活躍していたのではないだろうか。その内面は魅力のある女性である事が分かる。

「本当に里羅は我が儘だな。仕方ない。涼音、一緒にいこう?」
 何だかんだ言って優しい聡司はどうやら『鰻の蒲焼き風味サイダー』を買ってくる事にしたらしい。私の手を引いて立ち上がろうとした。
 しかし里羅さんはテーブル越しに座る様に促す。
「待って聡司。私、涼音と少しだけ話がしたいんだけど駄目かしら?」
「え?」
 私は驚いて向かい側の里羅さんを見つめた。里羅さんはにっこり微笑んだ。しかし間髪入れず聡司が否定する。
「駄目だ。僕の悪口を涼音に吹き込むつもりだろ」
 眼鏡の向こう側から里羅さんを睨む。
「誤解よ。弟の良き理解者にそんな事を吹き込むわけないでしょ。聡司の学生時代の女性関係とか話すって事? とんでもない! 話さないわよそんな事」
「いや。それ話す気満々だろ。駄目だ」
「しないわよ! 実はね素敵な涼音の為に何点か洋服をプレゼントしたいと思っているの。この間のコレクションで見つけたもので、ピッタリなのがあるの」
「ええ~本当かな?」
 聡司は訝しげに里羅さんを見つめていた。
「本当だってば……聡司、正直に言うとね。涼音からあなたの日本での生活振りを教えて貰いたいのよ。これでも私は姉で聡司の事を心配しているのよ? 突然離れて暮らす様になったのだから。ね?」
 少し里羅さんは照れくさそうに鼻の頭をかいていた。

 聡司の事を第三者の私から教えて貰いたい。遠く離れた家族だからこそ聡司の日本生活を知りたいのだろう。

 私は聡司の手をそっと放した。
「私なら大丈夫よ」
 そう言って聡司に微笑むと、聡司は困った様に眉を下げて最後は溜め息を一つついてから立ち上がった。
「そこまで言うならまぁいいか。とにかく里羅は変な事を言わない様に!」
「はいはい……ん? ああ、それは日本風で言うと『もっと言ってくれ、是非とも言ってくれ』っていう事かしら?」
「違う!」
 聡司が大きな声でふざける里羅さんの言葉を遮った。里羅さんは聡司を揶揄うのが楽しいのか優しく微笑んだ。

「フフフ。分かってるってば。『鰻の蒲焼き風味サイダー』をお願いね」
 聡司は何度も振り返りながらようやくジュニアスイートの部屋から出て行った。



 ◇◆◇

 聡司が出て行ったジュニアスイートの部屋は、私と里羅さん二人きりになり突然の沈黙が訪れた。
 そこで微笑みながら里羅さんがぽつりと呟いた。
「揶揄いすぎたかしら? 聡司を見てるとつい家で飼っていた柴犬を思い出すのよね。真面目で直ぐに真に受けるって言うか……何だか反応が面白くて何度も脅かせちゃうのよね~」
「フフフ。分かります」
 聡司は根は真面目だからいつも天野……悠司に揶揄われているし。流石お姉さんの里羅さんは理解している。
 私が微笑んだら里羅さんは身を乗り出してきた。その片手にはいつの間にかタブレットが握られている。
「さて涼音。ようやく二人きりになれたわ。なかなか聡司があなたから離れようとしないから本題に入れなかったわ」
「離れようとしないなんてそんな事は……え? 本題?」
「このホテルから一番近いコンビニエンスストアは意外と遠いのよ。多分聡司が帰ってくるまで三十分はかかると思うわ」
「え」
 突然低い声になった里羅さんに私は目を丸くして背筋を伸ばす。

 里羅さんは手早くタブレットを操作して、写真を次々私の前に並べていく。

 写真はスーツ姿の聡司だ。営業で外回りをしている時だろう。つい最近のものがほとんどだ。中には天野と一緒に行動しているものもあった。

「聡司に言った通り、実は少し前に知人にお願いしていてね。聡司や周辺の人間関係について調べて貰ったの。まぁ調べた件については姉馬鹿? と言われても仕方ないわね。それで事前に涼音の事は知っていたのよ。初めてあなたの写真を見た時、とても美しくて可愛い女性だと思ったけれども。それよりもよく働き、皆から尊敬されているのね」
 ドキ。思わず心臓が跳ね上がる。
 ああ……里羅さんは私達三人の事に気がついている。そして私と聡司がついている嘘。『二人きりで恋人』という嘘を見抜いている。

 私はそう思って差し出されたタブレットの写真をじっと見つめて呟いた。
「そうでしたか。もうご存じなんですね」
「ええ。全てを知った時、実は私も驚いたの。驚くって……酷い姉よね。私自身、性別関係なく色んな人と付き合ってきた身だと言うのに」
 タブレットの写真に視線を落とす里羅さん。長い睫毛が影になっていた。それでも手は止めずに次から次へと写真を見せてくれる。

 スーツ姿の聡司から一転、休日のスタイルになる。デニムとネルシャツを着ている完全にオフを満喫している聡司の写真になった。明らかに盗み撮りだが昼間に撮影したその写真は遠目でも聡司の品のいい格好良さを際立たせていた。

 私は出かける為に歩いている聡司の写真を見つめてグッと両膝の拳を握った。
「里羅さん。ごめんなさい。本当に騙すとか……そんなつもりは全くなかったんです」
 許されなくても私はこうして嘘をついた事に対して謝るしか出来ない。

 写真を見つめたまま頭を下げた私に里羅さんは優しく声をかける。
「いいえ謝らないで。涼音は何も悪くないわ。あなたは聡司の良き理解者なのだから。私が聡司に恋人がいるなら会わせてと言ったばかりに、聡司が無理を言って一緒に私に会いに来てくれたのよね?」
「そんな! 何も悪くないなんて事は」
 顔を上げて真っ直ぐ里羅さんを見つめる。里羅さんは向かい側に座る私の肩に手をかけて優しく撫でてくれた。
「涼音は優しいのね……私はね、聡司がまともに恋愛をしない事をずっと心配していたの。日本にいきたいと言い出して、ようやく恋人が出来たと聞いてとても嬉しかったわ」
「ええ。そうですよね」
 そうだ心配だっただろう。私も里羅さんの言葉に頷く。
「たいして自分の事は秘密にしない聡司なのに、なかなか紹介してくれないから。もしかして相手が既婚者なのかもと勘ぐったのだけど」
「そうですか……」
 確かに聡司はあまり秘密にしなさそうだ。理解がある里羅さんの前なら尚更。そんな彼が隠し事をしているのだから何だろうと疑問に思うだろう。
「まさかこんなに素敵な男性だったとはね」
「ええ……男性だったとは、え?」

 男性? だんせい ダンセイ? って。え?

 里羅さんの言葉を思わず反芻してから、タブレットの写真に視線を落とす。

 そこには聡司と天野……悠司が一緒に買い物かごが入ったカートを押しながら、仲良く談笑してスーパーで買い物をする姿だった。
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