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03 家族
しおりを挟む 見たことの無い銀月の表情に面食らった白狼は、自身の胸をどんと叩いた。
「さっき翠明様が言ってただろ? 茶を飲んだだけだし、ほら俺ぴんぴんしてるぜ?」
「遅効性の毒の可能性だってある。様子がおかしくなったらすぐ言ってくれ」
「大丈夫だって。同じ茶を目の前で皇后も飲んでたしさ」
配られる際に何かを混入される可能性だってある、ということはこの際置いておく。とにかく今は銀月を宥めることが先決だと、白狼は飛び跳ねて見せた。脈絡がなさすぎてどう見えるかなど考えている余裕もない。
案の定、泡を食ったような銀月に白狼は肩から押さえつけられた。
「本当になんともないのだな?」
「おうよ。むしろ血のめぐりが良くなる茶だとかで手足の先まであったけえや」
「……なら、よいが」
な、とぷらぷら手を振り大袈裟に笑ってみせると、銀月もようやく落ち着いたのか肩の力を抜いたようだった。
身代わりを命じられた時の様子といい、どうもおかしい。以前であれば早く着替えろ、様子をしっかり見てこい、代わりはいるくらい言いそうなものだが、さっきから白狼が替え玉になることを良しとしていない風である。
それどころかなにやら過度に心配をしているような、そんな素振りに白狼は首を傾げた。自分がへまをやらかしたせいで疎んじていたのではないのか。
うーん、と白狼の視線が宙を彷徨う。訳が分からないままなのは、やっぱり釈然としない。白黒つけたい性分がむくむくと湧き上がる。
「なあ」
白狼は銀月の顔を見上げた。自分が動かした目線の位置で、ああ、もう「見上げる」ほどに身長差ができてしまったのだ、と気が付いてまた少し胸が痛む。わずかな寂しさと甘さを含んだその痛みには覚えがあった。
だめだ、と白狼は思う。
これは感じてはいけない痛みだ。
白狼がどんっと勢いよく胸に拳を叩きつけると、銀月は目を剥いた。
「なにをしてる」
「いや、なんでもねえ」
「何かつかえているのか? 吐き気は?」
「なんでもねえってば。それよりこっちも聞きたいことがあんだよ」
胸の痛みを強引に物理的な痛みに変換した白狼は、銀月の胸倉をねじり上げた。
そうだ、ここ数日のもやもやした気分を思い出せ。まずはそこからはっきりさせてやるほうがいい。絹の着物を握りしめ乱雑なしわを寄せたまま、白狼はじろりと銀月を睨み上げる。帝姫と目が合うと、その瞳にはあからさまに動揺の色を浮かべていた。
「最近のあれはなんだ? あと、身代わりの仕事を取り上げようとしてんじゃねえよ」
できうる限り思い切り低い声で恫喝する。とはいえ所詮は小柄な白狼の声である。一般的にはやや低い少年の声程度に抑えられたが、それでも普段より気合が乗っていたのだろう。抵抗するかと思っていた銀月はすぐにしおらしい表情になり、小さくすまなかったと呟いた。
華の顔は憂いを帯びてなお美しい。が、その様子に思わず白狼はかっとなった。
「なんだってんだよ、調子狂うだろ!」
襟元を握った拳に力を入れて怒鳴りつけると、さすがの銀月も白狼の手を払いのけた。細い眉とともに切れ長の目が吊り上がる。
「なんだと言われてもこちらが悪いと思って謝っているのだから、素直に謝罪を受け入れればいいだろう」
「謝ってる側の言い方じゃねえぞそれ」
白狼がはんっと吐き捨ててやると銀月もかっとなったのだろう。白い頬が紅潮し、眉がますますつり上がった。しかし数日分の鬱憤が溜まっていたせいで退き時を失った白狼の口も止まらない。
「おまけに妙に気遣う風にしながら辛気くせえ面しやがって。鬱陶しいんだよ」
「鬱陶しいとははなんだ。こっちは心配で胸がつぶれるかと思ったんだぞ」
「何だそれ! こないだからお前の方がこっち無視しといて一体何なんだよ、俺がなんかしたならはっきり言えよ」
「何もしておらんわ」
核心をはぐらかそうとしているように、銀月はぷいっと顔を背けた。納得できない白狼はなおも言い募る。
「なんかしたから怒ってたんだろ? 何? 俺が謝ればいいか? どーもすいませんでしたってな」
おかしい、こういうことを言いたいわけじゃない。とは思うものの、もはや売り言葉に買い言葉の様相を呈している。ここで退いたら何かに負ける気がして、白狼は語気を強めて銀月に食って掛かった。それが悪かった。
銀月の顔色がさっと変わった。
「なんだその言い草は。こっちは心配していたというのに」
「なんだそれ気色悪い」
「心配だったから心配だったと言って何が悪い」
「それが気色悪いって言ってんだ! てめえが勝手に身代わりに雇ったくせに今更妙な気ぃつかってんじゃねえよ!」
「お前の体の事は心配するに決まってるだろうが」
「だからなんだっつーんだよ! 余計なお世話だ!」
「ついこの間倒れたばかりなのだぞ! 当たり前だろう!」
散々言い合いはしたが、雇われてから今まで聞いたことがない程の大声で怒鳴りつけられた白狼は、目を丸くしてぴたりとその口を閉じた。驚きで普段より三割増しで目を見開いて銀月を見上げると、当の帝姫は肩で荒い息を吐いた。
「さっき翠明様が言ってただろ? 茶を飲んだだけだし、ほら俺ぴんぴんしてるぜ?」
「遅効性の毒の可能性だってある。様子がおかしくなったらすぐ言ってくれ」
「大丈夫だって。同じ茶を目の前で皇后も飲んでたしさ」
配られる際に何かを混入される可能性だってある、ということはこの際置いておく。とにかく今は銀月を宥めることが先決だと、白狼は飛び跳ねて見せた。脈絡がなさすぎてどう見えるかなど考えている余裕もない。
案の定、泡を食ったような銀月に白狼は肩から押さえつけられた。
「本当になんともないのだな?」
「おうよ。むしろ血のめぐりが良くなる茶だとかで手足の先まであったけえや」
「……なら、よいが」
な、とぷらぷら手を振り大袈裟に笑ってみせると、銀月もようやく落ち着いたのか肩の力を抜いたようだった。
身代わりを命じられた時の様子といい、どうもおかしい。以前であれば早く着替えろ、様子をしっかり見てこい、代わりはいるくらい言いそうなものだが、さっきから白狼が替え玉になることを良しとしていない風である。
それどころかなにやら過度に心配をしているような、そんな素振りに白狼は首を傾げた。自分がへまをやらかしたせいで疎んじていたのではないのか。
うーん、と白狼の視線が宙を彷徨う。訳が分からないままなのは、やっぱり釈然としない。白黒つけたい性分がむくむくと湧き上がる。
「なあ」
白狼は銀月の顔を見上げた。自分が動かした目線の位置で、ああ、もう「見上げる」ほどに身長差ができてしまったのだ、と気が付いてまた少し胸が痛む。わずかな寂しさと甘さを含んだその痛みには覚えがあった。
だめだ、と白狼は思う。
これは感じてはいけない痛みだ。
白狼がどんっと勢いよく胸に拳を叩きつけると、銀月は目を剥いた。
「なにをしてる」
「いや、なんでもねえ」
「何かつかえているのか? 吐き気は?」
「なんでもねえってば。それよりこっちも聞きたいことがあんだよ」
胸の痛みを強引に物理的な痛みに変換した白狼は、銀月の胸倉をねじり上げた。
そうだ、ここ数日のもやもやした気分を思い出せ。まずはそこからはっきりさせてやるほうがいい。絹の着物を握りしめ乱雑なしわを寄せたまま、白狼はじろりと銀月を睨み上げる。帝姫と目が合うと、その瞳にはあからさまに動揺の色を浮かべていた。
「最近のあれはなんだ? あと、身代わりの仕事を取り上げようとしてんじゃねえよ」
できうる限り思い切り低い声で恫喝する。とはいえ所詮は小柄な白狼の声である。一般的にはやや低い少年の声程度に抑えられたが、それでも普段より気合が乗っていたのだろう。抵抗するかと思っていた銀月はすぐにしおらしい表情になり、小さくすまなかったと呟いた。
華の顔は憂いを帯びてなお美しい。が、その様子に思わず白狼はかっとなった。
「なんだってんだよ、調子狂うだろ!」
襟元を握った拳に力を入れて怒鳴りつけると、さすがの銀月も白狼の手を払いのけた。細い眉とともに切れ長の目が吊り上がる。
「なんだと言われてもこちらが悪いと思って謝っているのだから、素直に謝罪を受け入れればいいだろう」
「謝ってる側の言い方じゃねえぞそれ」
白狼がはんっと吐き捨ててやると銀月もかっとなったのだろう。白い頬が紅潮し、眉がますますつり上がった。しかし数日分の鬱憤が溜まっていたせいで退き時を失った白狼の口も止まらない。
「おまけに妙に気遣う風にしながら辛気くせえ面しやがって。鬱陶しいんだよ」
「鬱陶しいとははなんだ。こっちは心配で胸がつぶれるかと思ったんだぞ」
「何だそれ! こないだからお前の方がこっち無視しといて一体何なんだよ、俺がなんかしたならはっきり言えよ」
「何もしておらんわ」
核心をはぐらかそうとしているように、銀月はぷいっと顔を背けた。納得できない白狼はなおも言い募る。
「なんかしたから怒ってたんだろ? 何? 俺が謝ればいいか? どーもすいませんでしたってな」
おかしい、こういうことを言いたいわけじゃない。とは思うものの、もはや売り言葉に買い言葉の様相を呈している。ここで退いたら何かに負ける気がして、白狼は語気を強めて銀月に食って掛かった。それが悪かった。
銀月の顔色がさっと変わった。
「なんだその言い草は。こっちは心配していたというのに」
「なんだそれ気色悪い」
「心配だったから心配だったと言って何が悪い」
「それが気色悪いって言ってんだ! てめえが勝手に身代わりに雇ったくせに今更妙な気ぃつかってんじゃねえよ!」
「お前の体の事は心配するに決まってるだろうが」
「だからなんだっつーんだよ! 余計なお世話だ!」
「ついこの間倒れたばかりなのだぞ! 当たり前だろう!」
散々言い合いはしたが、雇われてから今まで聞いたことがない程の大声で怒鳴りつけられた白狼は、目を丸くしてぴたりとその口を閉じた。驚きで普段より三割増しで目を見開いて銀月を見上げると、当の帝姫は肩で荒い息を吐いた。
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