人斬り黄金伝

伊賀谷

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別離

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 故郷の薩摩の坊津ぼうのつの砂浜で海を眺めている。
 聞き慣れた波の音とカモメの鳴き声。
 これが夢であると新兵衛には分かっている。よく見る光景だったからだ。
 新兵衛の父は前ノ浜で船頭をしていた。
 どこで聞いたのか、かつて坊津の海に密貿易船が金塊を積んだまま沈没したという噂を父は信じていた。父は休みの日には沖に出て、海に潜って沈んだ船を探していた。
 ある日、父は溺死した。砂浜に敷かれた筵の上に青白く変色した死体。母が死体に抱き着いて泣いていたのを覚えている。
 新兵衛はまだ幼かったが、船頭の見習いになって金を稼ぎ始めた。
 母は次第に弱って、病でとこに伏すようになった。
 もともと貧しく、新兵衛の稼ぎもわずかなので医者も呼べない。
 そのうち母は息を引き取った。不憫な女であったと思う。

 ――金さえあれば。

 一人になった新兵衛は毎日のように砂浜で海を眺めていた。
 そこで目が覚めた。
 住み込んでいる長屋の布団に寝転がったまま、しばらく天井を見つめる。
 父が見つけることができなかった金塊。
 それを手に入れることが、新兵衛の人生への復讐であった。

◇◆◇◆◇

「おーい、以蔵」

 新兵衛が以蔵と連れだって町を練り歩いていると、前方で手を振っている男がいた。
 精悍な顔と癖のある髪が印象的で、白い砂埃にまみれた旅姿の武士。
 以蔵は近づいて何やら話をし始めた。とは言っても、男の方が大きな身振り手振りで楽しそうに話しており、以蔵はただ頷いているだけである。
 男が以蔵の背中を何度も叩いてから、離れてこちらに向かってきた。以蔵はかすかに笑みを浮かべていた。

 ――めずらしく嬉しそうじゃのう。

 気づくと男が目の前まで来ていた。

「以蔵のことをよろしく頼みます」

 男は愛想の良い笑顔で頭を下げると、そのまま早足で歩いて行った。
 新兵衛は去って行く男の後ろ姿を見送る。男はきょろきょろ周囲を見たり、曲がり角を入ったり出たりしながら人波に消えて行った。

「せわしない奴じゃのう。以蔵、あれは知り合いか」
坂本龍馬さかもとりょうま土佐とさの幼なじみだ」
「坂本か――」

 とくに気にとめずに新兵衛はまた歩き出した。

 それから一年が経った元治元年(一八六四)五月。
 新兵衛と以蔵の仲は疎遠になっていた。
 昨年九月に武市半平太が逮捕されて土佐に戻されてから、以蔵は元気がない。
 新兵衛としても、以蔵の陰気とも言える性格と、いつも俯きながら後ろに付き従う様子にいらいらが募っていた。
 人斬りのあとのたかぶった心を鎮めるために、二人は島原などの遊郭に女を抱きに行くことがある。しかし以蔵が女を抱くことはなかった。

 ――こいつは女が怖いのじゃな。

 新兵衛はこれまでは気にならなかったことにまで不満を抱くようになってしまう。
 いつしか新兵衛から以蔵を仕事に誘うこともなくなった。
 ある日、以蔵が大人数の武士たちに囲まれて引かれて行く姿を見かけた。

 ――京都見廻組きょうとみまわりぐみか。

 京都見廻組は幕府の京都守護職配下の一団であり、洛中らくちゅうを取り締まるのが役割。新兵衛などの不逞浪士ふていろうしから見れば敵である。

「あれはもうだめだな」

 新兵衛はぐったりした以蔵を見送った。
 しばらくして、以蔵が土佐に送られて牢に入れられたと風の噂に聞いた。
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