仕事人狩り

伊賀谷

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第一章

第九話「煙雨(二)」

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 須磨は雨の中を駆けて来て、茶屋のひさしの下にある縁台に倒れ込むように腰をかけた。

「水をおくれ」

 店の中に声をかけると、「へい」と年老いた声がした。
 心臓が内側から胸を勢いよく打ってくる。荒れた呼吸が喉を擦る。
 牙逸は蛇崩に勝てるだろうか。
 すでに仕事人から足を洗っていた牙逸を、須磨は再び呼び戻してしまった。
 なぜなら銀次郎をるためだ。だが、銀次郎は牙逸を退しりぞけた。
 深川の仕事人で蛇崩に対抗できるのは銀次郎と牙逸だけだろう。
 しかし蛇崩のあの昏い目はどこか人としての感情が欠如していることを示唆している。
 人でなし。
 仕事人などは誰もが人でなしだろうが、蛇崩は突出している。須磨の元締めとしての勘であった。
 雨音の中で突然水を弾く大きな音がした。
 須磨の足元に何かが転がって来た。須磨が目を向けると牙逸と目が合った。地面から牙逸が見上げている。
 それは牙逸の首であった。
 須磨は顔をあげた。そこに蛇崩が立っていた。雨で流し切れていない返り血がまだ顔や胸にこびりついている。

「はい、お水」

 少し腰の曲がった老爺が盆を持って軒先に出て来た。
 蛇崩が盆にのった椀を取り上げた。

「それはこちらの娘さんの――」

 蛇崩は無造作に右手に持つ鉈を老爺の腹に突き刺した。「げっ」と呻いて老爺は倒れた。
 蛇崩は顎をあげて椀に入った水を飲む。
 須磨は縁台の上を転がるように逃げようとした。
 蛇崩が椀を投げ捨てた左手で須磨の左肩を掴む。須磨を振り向かせた。

「気安く触るんじゃないよ、この餓鬼が!」

 須磨は振り向きざまに右拳を蛇崩の左頬に叩き込んだ。拳にはかんざしを握っていた。簪は蛇崩の顔に突き刺さった。

「深川を舐めるんじゃないよ」

 蛇崩の顔は須磨から向かって左を向いていた。蛇崩の左頬が見えている。頬から簪の玉の飾りが生えているのが見えていた。
 蛇崩がゆっくり顔の向きを戻す。右の頬から簪の先端が突き出て、顔を貫通していた。いや、蛇崩は口を開けている。簪は上と下の歯の隙間を貫通していたのだ。頬を少し傷つけたに過ぎなかった。
 蛇崩は勢いよく上下の歯を噛みあわせた。木の簪を音を立てて噛み砕く。顔には喜悦の笑みが浮かんでいる。

「宵闇帳はどこにある。箕作省吾をったのは誰だ」

 須磨の引き攣った喉は悲鳴を上げることができなかった。
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