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第二十一章 それでもぼくはきみに笑おう
第七話 亡霊と病の出処
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前回のあらすじ
村を壊滅に追い込んだ悪魔。
その正体に対して一言。
「えっきもい」
「《生体感知》」
「ふえ?」
「あーあーあー……こうして可視化しちゃうと鳥肌立つくらいきもいなあ」
よくわかっていないらしいクヴェルコさんの横で、私は《技能》を通して村を見渡した。
《生体感知》は、ざっくりいえば生物を見抜く《技能》だ。隠れていても、障害物があっても、この《技能》を使えば光の点のような形で生命が見えるようになる。
普通は物陰の多いところとか、隠れるのが得意な敵を探すために使うけど、こういう小さい生き物を発見するのにも便利ってわけだ。
いやまあ、いままで気づいていなかっただけで、無数の光点が村中を埋め尽くしているのを見ると、ちょっとぞっとしないが。
なんだっけなあ。菌がデフォルメされた姿で見える主人公が出てくる漫画あったなあ。あれはまだかわいげがあったけど、こっちはひたすらにきもい。光るだけで、虫は虫だもんなあ。しかも有害なやつ。
夜闇の中に無数の輝きが散らばっているのは、ある種星空のように見えなくもないけど、でもこれは全部ダニなのだ。地の光はすべて敵だな。
私は試しにリリオの肌に張り付いた紅真蜱を観察してみた。
小さな光がリリオの肌の上でしばらくじっとしていると、その光は微妙に膨らんでいく。多分これが、血と魔力を吸っているっていうことなんだろう。リリオ自身の発する光は、味方っていうことなんだろう青い光で、紅真蜱らしい光は敵Mobとして赤い光なので、十分見分けがつく。
しばらくの間そのまま待ってみると、赤い光がぴょんと跳ねてリリオから離れた。
十分に血を吸ったってことなんだろう。光も強く、その向こうに見える身体も太って見える。
ぴょんこぴょんこと素早く跳ねる姿を、《暗殺者》の動体視力で追いかけてみれば、外へ向かっている。
追いかけて外に出れば、隠れるでもなく紅真蜱は一直線に跳んでいく。どこに行くものかとゆっくり後を追ってみると、不思議なことに合流する別の紅真蜱があった。
赤い点が一つまた一つと増えていく。
そうして追いかけていく光点が、また別の光点の群れに合流していく。
単に紅真蜱同士が群れているというわけではなく、これは同じ方向に向かううちに合流したという感じに見えた。
「うーん、こいつらに社会性があるようには見えないけど……」
うん。
立ち止まって光点を眼だけで追いかけてみると、村から出てきた紅真蜱はみんな、同じ方向を目指しているようだった。
そして反対に、すこし小さな、つまり血を吸っていないんだろう光点が、反対方向から村にやってくる。
「……これは、森に向かっていって、それで森からやってきてる、ってことかな」
「森に……そういえば、最初期に被害があった人は、みんな森に入る人だったそうです」
「フムン。森で発生したのが、村で餌を大量に見つけて大繁殖、かな」
しばらく観察してみたけど、紅真蜱は森からやってきて、そして森へ帰ってくる流れができあがっていた。
村に入ってから獲物を探すように動き回ることはあるけど、行って帰っての流れは変わらない。
村の中では吸血だけして、他には何もしない。
「ダニの生体は詳しくないんだけど……決まった産卵場所とかあるのかな」
「私も詳しくはないんですが……紅真蜱には生殖器なんかが見つからないんです。もしかしたら女王蜂みたいに女王ダニがいて、森の中で産卵してるのかもしれません」
「フムン。ずいぶん妙なダニだけど……そうなると、その産卵場所が好適過ぎて、大繁殖したのかな。逆に言えばそこを壊しちゃえばこれ以上増えない、とは期待したいけど」
とはいえ、森の中に連中のなにかがあるのは確かっぽいので、ここをカットするだけで村への被害は減る、と思う。多分。
わかんないけど、でも他に何も手掛かりがない以上、森を探ってみるのはありだろう。
「ううん……でも、森はとても危険ですよ」
「村の中がすでに危険だからなあ……」
「そうなんですけど、そうじゃなくて、最近は森の様子も変なんです」
「フムン?」
聞けば、すこし前から森の獣や鳥たちが姿を見せなくなったという。そういえば、鳴き声も全然しなかった。
まあ、十中八九紅真蜱の仕業だろう。人間を襲うダニが、他の動物を襲わないってこともないだろうし。
村を全滅させる規模のダニの群れだ。森の中で暮らしていた野生動物たちに深刻な被害を与えていてもおかしくはない。あるいは野生動物を狩りつくしたから人里に出てきたか。
「それに、森の動物が減ったせいか、厄介な虫が増えてきちゃってるんです」
「厄介な虫って、紅真蜱以外に?」
「ええ……ちょっと見てもらえますか?」
クヴェルコさんに連れられて行ったのは、牧舎だった。家畜を住まわせてる小屋だね。
この牧舎では豚とかを飼っていたらしい。
「豚たちも紅真蜱にやられてしまって、でもその頃には村の方たちも倒れてしまったから、処分もできなかったんですけど……」
ぷん、と鼻につく血の匂いと腐敗臭。
なるほど。弱った家畜を助けることもできず、そのまま衰弱死。でも死体も処分できず、腐るままになっていたってことなんだろうけど……。
そこに、ぶん、と耳につく羽音。
ぶん、ぶぶん、ぶううん、ぶん、ぶん。
《生体感知》に、ダニじゃない光点が見える。もっと大きい、そして素早い、赤い光点。
それは牧舎のそばに転がっている、もはやなにものともわからなくなった肉塊に飛びついて、肉をむしっていった。
そんなのが何匹も何匹も、ひっきりなしに死体に取り付いて肉をはいでいく。
「……あれって、蜂? でもすごく大きい……」
「灰鷹蜂です。とても凶暴なスズメバチの仲間で、ああして死体の肉をむしるだけじゃなくて、迂闊に近づくと人間にも攻撃してきます」
スズメバチ、と言えば、確かに。
背中は灰色がかっているけど、お腹は黄色と黒の縞模様がいかにも警告色って感じに派手だ。
しかし、それにしても。
「でっか……でかすぎない?」
「帝国最大のスズメバチですから……医の神の神殿にも、毎年被害報告が来るんです」
確か最大のスズメバチであるオオスズメバチで四センチとかだった。
でもこの灰鷹蜂は、タカとは言わないまでも本当に雀かそれより大きいくらいの体長はある。十五センチはあるんじゃないか。なんでそのサイズで飛んでるんだ。航空力学仕事しろ。
おまけに尾にある針は、いや針っていうかもはやナイフみたいのがついてて、それで肉をザクザク切ってる。顎もデカくて肉をぶちぶちむしる音が聞こえてきそう。
「厄介だな……しかもあれが、森で殖えてるって?」
「はい、多分森の中の獣が紅真蜱にやられて、その死骸を餌にして殖えてしまったんだと……」
「うわあ……生態系が滅茶苦茶じゃないか」
紅真蜱が大繁殖して、その紅真蜱が衰弱させた動物が餓死するか、それより先に灰鷹蜂に殺されて餌にされ、そうして殖えた灰鷹蜂が人里に出てきて餌場を開拓して、普通なら人間が駆除するけどその人間も軒並みダウンしてるので、家の中に隠れていても遠からず人間を餌にし始めて……ひどい結末しか見えない。
「うーん……一応《魔除けのポプリ》を村長宅に設置するとしても……すでに入ってるやつには効かないし、そこまで広範囲カバーできるかわかんないし……」
「とにかく、森は危険なんですよ……!」
「危険だから、早くなんとかしないとね」
「一人じゃ危ないですって!」
「いや、独りだからちょうどいいよ」
クヴェルコさんは心配して必死に引き留めてくれる。いい人だなあ。
私が医者だったら絶対もう逃げだしてるし、この人はいい人なんだろう。
でも、本当に、独りだからちょうどいいんだよね。
言い方が悪いけど、そう。
「待ってください……」
「……リリオ。ダメだよ、安静にしてないと」
「リリオさん!? ど、どこにそんな体力が……!」
「気合です!」
「筋肉の神の信者がまた!?」
いやまあ、リリオは村長さんの同類じゃないと思うし、もしそういうの信仰し始めたら私ちょっとマッチョ苦手だから無理なんだけど……。
そうじゃなくって。
剣を杖に、無理をして起き上がったんだろう。
浅く、荒く呼吸するリリオの気持ちはうれしい。うれしいけど、安静にしてもらわないと困る。
「ウルウ、一人に……無理は………させられません……!」
「リリオ……でもね、独りだからちょうどいいんだ」
「一人じゃ、危ないです……!」
「違うよ、リリオ。本当にごめん。でもね」
私はそんなことは言いたくなかった。
リリオを傷つけたくなかった。
でも、はっきり言わなくちゃいけなかった。
「足手まといがいないほうが、やりやすいんだよ」
「……………ッ!!」
リリオも、わかってはいるんだと思う。
私は、根本的にチームプレイに向いていない。
性格的にも、能力的にも、私はソロのほうがやりやすいんだ。
ステータスそのものに圧倒的な開きがあるんだよ。私たちの間には。
普段は二人に合わせて行動してるけど、本当は私一人なら大抵のことは問題なくこなせちゃうんだ。
そんなことには何の意味もないから、普段はそうしないだけで、でもそうする必要があるなら、私は独りで行動したほうがいいんだ。
「それ、でも……それでも……ッ!」
「リリオは、優しいね」
リリオは知ってるんだ。
確かなことは何もわからなくても、私が本当は怪物みたいな存在なんだって、知ってるんだ。
トルンペートがそう察したように、力ある者たちがみんな私の影に見ていたように。
リリオもまた私が怪物だって知っていて……そして、だからこそ、独りにしちゃいけないんだって思ってる。思ってくれてる。
その優しさがうれしいよ、リリオ。君のそういう心を、尊いと思う。からかいなんかじゃない。心の底からそう思う。
でも、だから、だめだよリリオ。
「ごめんねリリオ」
「ウルウ……ッ!」
私は手の内に生み出した鋭い針で、リリオの心臓を貫いた。
「君を死なせないために────君には死んでいてもらうよ」
「そん、な……っ」
崩れ落ちる身体は小さく、軽く、少しずつ冷めていく体温が、寂しくて仕方なかった。
用語解説
・《生体感知》
《暗殺者》の《技能》。隠れた生物や、障害物で見えない向こう側の生物の存在を探り当てることができる。無生物系の敵には通用しないのが難点。
『生命を嗅ぎ取る嗅覚こそが彼の奥義だった。それ故にゴーレムに撲殺されたのだが』
・灰鷹蜂(Nizovespo)
帝国最大のスズメバチ。働きバチは体長十五センチに及ぶ。
単体では丙種だが当たり所によっては危険。群れとなった場合は乙種でも上位の危険性。
広範囲にわたってコロニーが形成された際には甲種認定され、森ごと焼かれた事例がある。
強靭な顎で肉をかみちぎるほか、尾から伸びる針はナイフ状に進化しており、猛スピードで突進してすれ違いざまに切り裂いたり、内臓に深々と刺さってきたりする。
一応毒も持っているが、たいていの場合毒が効く前に獲物は死ぬ。
非常に攻撃的な性格の肉食種で、巣に近寄った動物を無差別に攻撃するほか、縄張り内を積極的に巡回して獲物を探す。
獲物は昆虫、小動物だけでなく、大型の動物も捕食対象としており、熊木菟などの強力な動物相手でも襲い掛かるほか、人里付近に巣を作った際には人間も襲うことから、積極的な駆除対象となっている。
また、ミツバチも積極的に襲うことから養蜂家からは目の敵にされている。
蜂の子は肉厚で非常に美味。
・《魔除けのポプリ》
ゲームアイテム。使用することで一定時間低レベルのモンスターが寄ってこないようにする効果がある。
『魔女の作るポプリは評判がいい。何しろ文句が出たためしがない。効果がなかった時には、魔物に食われて帰ってこないからな』
村を壊滅に追い込んだ悪魔。
その正体に対して一言。
「えっきもい」
「《生体感知》」
「ふえ?」
「あーあーあー……こうして可視化しちゃうと鳥肌立つくらいきもいなあ」
よくわかっていないらしいクヴェルコさんの横で、私は《技能》を通して村を見渡した。
《生体感知》は、ざっくりいえば生物を見抜く《技能》だ。隠れていても、障害物があっても、この《技能》を使えば光の点のような形で生命が見えるようになる。
普通は物陰の多いところとか、隠れるのが得意な敵を探すために使うけど、こういう小さい生き物を発見するのにも便利ってわけだ。
いやまあ、いままで気づいていなかっただけで、無数の光点が村中を埋め尽くしているのを見ると、ちょっとぞっとしないが。
なんだっけなあ。菌がデフォルメされた姿で見える主人公が出てくる漫画あったなあ。あれはまだかわいげがあったけど、こっちはひたすらにきもい。光るだけで、虫は虫だもんなあ。しかも有害なやつ。
夜闇の中に無数の輝きが散らばっているのは、ある種星空のように見えなくもないけど、でもこれは全部ダニなのだ。地の光はすべて敵だな。
私は試しにリリオの肌に張り付いた紅真蜱を観察してみた。
小さな光がリリオの肌の上でしばらくじっとしていると、その光は微妙に膨らんでいく。多分これが、血と魔力を吸っているっていうことなんだろう。リリオ自身の発する光は、味方っていうことなんだろう青い光で、紅真蜱らしい光は敵Mobとして赤い光なので、十分見分けがつく。
しばらくの間そのまま待ってみると、赤い光がぴょんと跳ねてリリオから離れた。
十分に血を吸ったってことなんだろう。光も強く、その向こうに見える身体も太って見える。
ぴょんこぴょんこと素早く跳ねる姿を、《暗殺者》の動体視力で追いかけてみれば、外へ向かっている。
追いかけて外に出れば、隠れるでもなく紅真蜱は一直線に跳んでいく。どこに行くものかとゆっくり後を追ってみると、不思議なことに合流する別の紅真蜱があった。
赤い点が一つまた一つと増えていく。
そうして追いかけていく光点が、また別の光点の群れに合流していく。
単に紅真蜱同士が群れているというわけではなく、これは同じ方向に向かううちに合流したという感じに見えた。
「うーん、こいつらに社会性があるようには見えないけど……」
うん。
立ち止まって光点を眼だけで追いかけてみると、村から出てきた紅真蜱はみんな、同じ方向を目指しているようだった。
そして反対に、すこし小さな、つまり血を吸っていないんだろう光点が、反対方向から村にやってくる。
「……これは、森に向かっていって、それで森からやってきてる、ってことかな」
「森に……そういえば、最初期に被害があった人は、みんな森に入る人だったそうです」
「フムン。森で発生したのが、村で餌を大量に見つけて大繁殖、かな」
しばらく観察してみたけど、紅真蜱は森からやってきて、そして森へ帰ってくる流れができあがっていた。
村に入ってから獲物を探すように動き回ることはあるけど、行って帰っての流れは変わらない。
村の中では吸血だけして、他には何もしない。
「ダニの生体は詳しくないんだけど……決まった産卵場所とかあるのかな」
「私も詳しくはないんですが……紅真蜱には生殖器なんかが見つからないんです。もしかしたら女王蜂みたいに女王ダニがいて、森の中で産卵してるのかもしれません」
「フムン。ずいぶん妙なダニだけど……そうなると、その産卵場所が好適過ぎて、大繁殖したのかな。逆に言えばそこを壊しちゃえばこれ以上増えない、とは期待したいけど」
とはいえ、森の中に連中のなにかがあるのは確かっぽいので、ここをカットするだけで村への被害は減る、と思う。多分。
わかんないけど、でも他に何も手掛かりがない以上、森を探ってみるのはありだろう。
「ううん……でも、森はとても危険ですよ」
「村の中がすでに危険だからなあ……」
「そうなんですけど、そうじゃなくて、最近は森の様子も変なんです」
「フムン?」
聞けば、すこし前から森の獣や鳥たちが姿を見せなくなったという。そういえば、鳴き声も全然しなかった。
まあ、十中八九紅真蜱の仕業だろう。人間を襲うダニが、他の動物を襲わないってこともないだろうし。
村を全滅させる規模のダニの群れだ。森の中で暮らしていた野生動物たちに深刻な被害を与えていてもおかしくはない。あるいは野生動物を狩りつくしたから人里に出てきたか。
「それに、森の動物が減ったせいか、厄介な虫が増えてきちゃってるんです」
「厄介な虫って、紅真蜱以外に?」
「ええ……ちょっと見てもらえますか?」
クヴェルコさんに連れられて行ったのは、牧舎だった。家畜を住まわせてる小屋だね。
この牧舎では豚とかを飼っていたらしい。
「豚たちも紅真蜱にやられてしまって、でもその頃には村の方たちも倒れてしまったから、処分もできなかったんですけど……」
ぷん、と鼻につく血の匂いと腐敗臭。
なるほど。弱った家畜を助けることもできず、そのまま衰弱死。でも死体も処分できず、腐るままになっていたってことなんだろうけど……。
そこに、ぶん、と耳につく羽音。
ぶん、ぶぶん、ぶううん、ぶん、ぶん。
《生体感知》に、ダニじゃない光点が見える。もっと大きい、そして素早い、赤い光点。
それは牧舎のそばに転がっている、もはやなにものともわからなくなった肉塊に飛びついて、肉をむしっていった。
そんなのが何匹も何匹も、ひっきりなしに死体に取り付いて肉をはいでいく。
「……あれって、蜂? でもすごく大きい……」
「灰鷹蜂です。とても凶暴なスズメバチの仲間で、ああして死体の肉をむしるだけじゃなくて、迂闊に近づくと人間にも攻撃してきます」
スズメバチ、と言えば、確かに。
背中は灰色がかっているけど、お腹は黄色と黒の縞模様がいかにも警告色って感じに派手だ。
しかし、それにしても。
「でっか……でかすぎない?」
「帝国最大のスズメバチですから……医の神の神殿にも、毎年被害報告が来るんです」
確か最大のスズメバチであるオオスズメバチで四センチとかだった。
でもこの灰鷹蜂は、タカとは言わないまでも本当に雀かそれより大きいくらいの体長はある。十五センチはあるんじゃないか。なんでそのサイズで飛んでるんだ。航空力学仕事しろ。
おまけに尾にある針は、いや針っていうかもはやナイフみたいのがついてて、それで肉をザクザク切ってる。顎もデカくて肉をぶちぶちむしる音が聞こえてきそう。
「厄介だな……しかもあれが、森で殖えてるって?」
「はい、多分森の中の獣が紅真蜱にやられて、その死骸を餌にして殖えてしまったんだと……」
「うわあ……生態系が滅茶苦茶じゃないか」
紅真蜱が大繁殖して、その紅真蜱が衰弱させた動物が餓死するか、それより先に灰鷹蜂に殺されて餌にされ、そうして殖えた灰鷹蜂が人里に出てきて餌場を開拓して、普通なら人間が駆除するけどその人間も軒並みダウンしてるので、家の中に隠れていても遠からず人間を餌にし始めて……ひどい結末しか見えない。
「うーん……一応《魔除けのポプリ》を村長宅に設置するとしても……すでに入ってるやつには効かないし、そこまで広範囲カバーできるかわかんないし……」
「とにかく、森は危険なんですよ……!」
「危険だから、早くなんとかしないとね」
「一人じゃ危ないですって!」
「いや、独りだからちょうどいいよ」
クヴェルコさんは心配して必死に引き留めてくれる。いい人だなあ。
私が医者だったら絶対もう逃げだしてるし、この人はいい人なんだろう。
でも、本当に、独りだからちょうどいいんだよね。
言い方が悪いけど、そう。
「待ってください……」
「……リリオ。ダメだよ、安静にしてないと」
「リリオさん!? ど、どこにそんな体力が……!」
「気合です!」
「筋肉の神の信者がまた!?」
いやまあ、リリオは村長さんの同類じゃないと思うし、もしそういうの信仰し始めたら私ちょっとマッチョ苦手だから無理なんだけど……。
そうじゃなくって。
剣を杖に、無理をして起き上がったんだろう。
浅く、荒く呼吸するリリオの気持ちはうれしい。うれしいけど、安静にしてもらわないと困る。
「ウルウ、一人に……無理は………させられません……!」
「リリオ……でもね、独りだからちょうどいいんだ」
「一人じゃ、危ないです……!」
「違うよ、リリオ。本当にごめん。でもね」
私はそんなことは言いたくなかった。
リリオを傷つけたくなかった。
でも、はっきり言わなくちゃいけなかった。
「足手まといがいないほうが、やりやすいんだよ」
「……………ッ!!」
リリオも、わかってはいるんだと思う。
私は、根本的にチームプレイに向いていない。
性格的にも、能力的にも、私はソロのほうがやりやすいんだ。
ステータスそのものに圧倒的な開きがあるんだよ。私たちの間には。
普段は二人に合わせて行動してるけど、本当は私一人なら大抵のことは問題なくこなせちゃうんだ。
そんなことには何の意味もないから、普段はそうしないだけで、でもそうする必要があるなら、私は独りで行動したほうがいいんだ。
「それ、でも……それでも……ッ!」
「リリオは、優しいね」
リリオは知ってるんだ。
確かなことは何もわからなくても、私が本当は怪物みたいな存在なんだって、知ってるんだ。
トルンペートがそう察したように、力ある者たちがみんな私の影に見ていたように。
リリオもまた私が怪物だって知っていて……そして、だからこそ、独りにしちゃいけないんだって思ってる。思ってくれてる。
その優しさがうれしいよ、リリオ。君のそういう心を、尊いと思う。からかいなんかじゃない。心の底からそう思う。
でも、だから、だめだよリリオ。
「ごめんねリリオ」
「ウルウ……ッ!」
私は手の内に生み出した鋭い針で、リリオの心臓を貫いた。
「君を死なせないために────君には死んでいてもらうよ」
「そん、な……っ」
崩れ落ちる身体は小さく、軽く、少しずつ冷めていく体温が、寂しくて仕方なかった。
用語解説
・《生体感知》
《暗殺者》の《技能》。隠れた生物や、障害物で見えない向こう側の生物の存在を探り当てることができる。無生物系の敵には通用しないのが難点。
『生命を嗅ぎ取る嗅覚こそが彼の奥義だった。それ故にゴーレムに撲殺されたのだが』
・灰鷹蜂(Nizovespo)
帝国最大のスズメバチ。働きバチは体長十五センチに及ぶ。
単体では丙種だが当たり所によっては危険。群れとなった場合は乙種でも上位の危険性。
広範囲にわたってコロニーが形成された際には甲種認定され、森ごと焼かれた事例がある。
強靭な顎で肉をかみちぎるほか、尾から伸びる針はナイフ状に進化しており、猛スピードで突進してすれ違いざまに切り裂いたり、内臓に深々と刺さってきたりする。
一応毒も持っているが、たいていの場合毒が効く前に獲物は死ぬ。
非常に攻撃的な性格の肉食種で、巣に近寄った動物を無差別に攻撃するほか、縄張り内を積極的に巡回して獲物を探す。
獲物は昆虫、小動物だけでなく、大型の動物も捕食対象としており、熊木菟などの強力な動物相手でも襲い掛かるほか、人里付近に巣を作った際には人間も襲うことから、積極的な駆除対象となっている。
また、ミツバチも積極的に襲うことから養蜂家からは目の敵にされている。
蜂の子は肉厚で非常に美味。
・《魔除けのポプリ》
ゲームアイテム。使用することで一定時間低レベルのモンスターが寄ってこないようにする効果がある。
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