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第十九章 天の幕はいま開かれり

最終話 天の幕はいま開かれり

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前回のあらすじ

お前……消えるのか……?
ところがどっこい消えません。
そのときがくるまでは。





「……さっむ」

 目を覚ました時の寒さというのは、どうしてこうも耐えられないのか。
 っていうか耐えられないから目がさめちゃうのかしら。
 一度起きちゃうと、この寒さじゃ二度寝もきかない。

 あたしがもぞもぞとベッドを抜け出すと、一人分の熱が逃げだしたことに反応して、でっかいのとちびっちゃいのが湯たんぽを求めてのたうった。
 まあ、そうよね。人間の体温は魅力的ではあるけど、暖まるには物足りない。
 人を救えるのは結局のところ、分厚い壁と暖炉の火よ。

 じんわり熾火になりかけてたストーブに、薪と火精晶ファヰロクリスタロをぶち込む。
 一晩もつのはなかなか優秀だけど、もう少し頑張ってほしい、技術の進歩が望まれるところね。
 あたしはちぢこまりながら暖炉の火にあたり、じっくり身体を炙って暖める。

 昨夜もこんな感じだった。
 あたしたちだってそこまで期待はしてなかったほどの見事な北の輝きノルドルーモに、ウルウは泣きだしちゃうくらい感動してくれた。
 あたしたちは仲良く手をつないで、お互いの体温を分け合って、口づけし合った。
 それで、お酒も入ってたし、程よくお腹も満たされていたし、言ってみれば条件は満たされてたのよ。

 荷物を片付けて小屋に引っ込んで、そのあたりまでは雰囲気も最高だったのよね。
 片付けの手間も、夜のことを思えばちょっとした障害みたいな感じで、かえって燃え上がるみたいな。
 でもその火もベッドに入ってすぐに鎮火したわ。っていうかベッドに消火されたわ。
 だってクソ冷たいんだもん。

 その前の時点でもう、さあ。防寒具脱いで、寝間着に着替える時点で、もう、いや寒いなこれとはなったのよ。
 それでもまあ体温を分け合ってるうちにあったかくなるだろうってベッドに潜り込んだら、これがキンキンに冷えてるわけよ。拷問器具かってくらい。
 いやもう、真顔よね。
 いや、無理、って。
 人肌万能説にも限界があったわ。
 っていうかもうこんだけ寒いと肌が冷たいから、人の肌に触るのも冷たく感じちゃうわけよ。
 ウルウの豊かなお山でさえ、というかほぼほぼ脂肪でできた豊かなお山だからこそ、真冬の登山めいて登頂を拒む厳寒の冷たさだったわ。
 誰よおっぱいに挟まれば暖かいとかいったのあたしだった。

 それでまあ、脱ぎ捨てたばかりの防寒具をもそもそ羽織って、ストーブに火を入れてさ、身体を炙るわけよ。
 あたしの嫁たちが、揺れる火に照らされて裸を見せつけるわけよ。
 何の色気もなかったわ。
 多分二人から見たあたしもそうだったんでしょうね。
 奥歯鳴らしながら、中腰になって、なるべく暖炉の火にあたる面積を増やそうと苦心して炙られてるんだもの。何の儀式かって感じよね。

 特にウルウが、身体大きい割にそんなに熱を作らない体質みたいだから、苦労したわね。
 おっぱいも、特に冷えるみたいで。
 横から見たらそのおっぱいが揺れること揺れること。でもその揺らしてる本人は、そうしないと死ぬって顔して必死こいて腕とか脚とかこすってるわけよ。火熾しかってくらい。
 さすがに色気とかそう言う話じゃなかったわよね。

 いやまあ、それでもまあ、なんていうかまあ、ねえ?
 戦って盛り上がったし、お酒飲んでご飯食べて盛り上がったし、綺麗なものを見て盛り上がったし、あたしたちの中ではいろいろな盛り上がりが積み重なってたわけよ。
 雰囲気も、あったし。お酒ももう少し入れて、身体もあったまって、部屋もあったまって、開き直ったみたいにみんなでシーツ広げてストーブの火に当てたりもして、いろいろあったまったし。

 うん。まあ。なによ。
 なんだかんだでなんだかんだはしたわね。
 そりゃあ……したわよ。しない理由もないし。

 くっついて、じんわり体温分け合って、そうするとこう、気持ちが盛り上がってきて、好きで、大好きで、幸せって気持ちになるのよ。
 それをこう、分けあっていくうちにどんどん高まってなんやかんやよ。
 なんやかんやはなんやかんやね。

 あぶっているうちに体があったまってくれば、あたしは手早く着替える。
 あたしは要領のいい女なので、もちろん着替えもストーブであぶってあたためておいた。
 冬場に冷え切った服着るのってなんかの刑罰かってくらいつらいもの。

 うん、と一つ伸びをして、換気のためにも窓を押し上げてみると、まだ日は出ていなかった。
 出る気配も、いまいちよくわかんない。真冬のメズヴィントラ薄明かりクレプスコだしね。
 でもまだ早い時間なのは確かだ。もう少し寝れると思ったけど、なかなか。やっぱりストーブはもっと進歩して欲しいわ。

 あたしは椅子をがこがこ引きずって、ベッドのそばで腰を下ろす。
 ベッドの中では、ウルウが猫みたいに、大きな体を丸めて寝ている。その腕の中では、リリオが抱き枕になっていて、寝ぐせだらけの頭をウルウの胸元に突っ込んでいた。
 まるでお姫様みたいに、あるいは死体みたいに、まっすぐ伸ばしてたみたいに寝ていたウルウは、最近あんまり見ない。なんだかだらしなくなっちゃったみたい、って複雑そうな顔をするけど、あたしはこういう奔放な寝相の方が好きだ。
 あたしがベッドから蹴りだされた時は例外として。

「あーあ。幸せそうにしちゃって。あたしも挟まりたいわね」

 体温の高いリリオに、骨に当たらなければ柔らかいウルウ。
 それに挟まれて二度寝できたらどんなにか幸せなことだろう。
 でもリリオが寝ぼけたら死ぬ。あたしはお利口な武装女中なので、リリオと二人でウルウを挟むことはあっても、リリオに抱きしめられる間合いでは寝ない。子供の頃にそれで何回も修理されてるので、いい加減に懲りた。
 でもまあ、体調が万全で、体力に余裕があって、《玩具箱トイ・ボックス》が近い時なら、たまにはいいかなと思う。あたしをくしゃくしゃに抱きつぶして寝るリリオはそりゃあもう信じられないくらいかわいくてきれいな美少女なのだ。さすがあたしのご主人様だ。

 なんてことをのろけ話としてウルウにしたら、君たちのそう言う関係は本当にヤバいと思うって真顔で言われたから、まあ、そりゃそうなんだろうなとは思う。思うけど、でも仕方ないじゃない。これがあたしの愛なのよ。
 なんならウルウにも抱きつぶしてほしいし、締め上げてほしいんだけど、ウルウにそんなことさせたら絶対嫌がるというか自分が死にそうな顔しそうだから興奮するもといダメよね。うん、ダメよ。まだダメ。

 ああ、でも挟まれたい。
 ウルウ曰くのところによれば、百合に挟まれると死ぬらしいけど、あたしだって《三輪百合トリ・リリオイ》の一人なのよね。黒百合と白百合に鉄砲百合が挟まれてもいいと思うんだけど、ダメかしら。
 っていうか挟まれると死ぬ理論で言うと、白百合と鉄砲百合にいつも挟まれてる黒百合はすでに死んでると思う。まあ、半分亡霊ファントーモみたいな感じなのは確かだけど。

「はあ。もう。早く起きなさいよ。北の輝きノルドルーモは見たけど、他にもいろいろあるのよ。氷滑りしたり、雪滑りしたり……食べ物だって、それにお酒も。あ、温泉あるんだったわね。この時期も開いてるんなら、入らせてもらえないかしらね……」

 ひとつ思い浮かべれば、連想的に次から次へと湧いてくる。
 リリオとはいろんなことをしてきたけど、それをも一緒に楽しむのは悪くない。何度も過ごしてきた退屈な冬だって、あたしたち三人にとってははじめて過ごす一緒の冬だ。
 あたしはウルウの頬を指で押す。むにむに。ぷにぷに。寝ていると少しだけ幼い顔は、まるで大きな子供みたいだった。

「ねえ」

 かわいいもんだ。
 あたしはこいつにいろんなものを食べさせてやろう。
 いろんなものを飲ませてやろう。
 いろんなものを見せてやろう。
 いろんなもので遊ばせてやろう。
 いろんなところにいって、いろんな思い出を作ろう。

「ねえ、あたしたち、きっとどこまでだっていけるわ」

 あたしたち三人で、どこまでも、どこまでも行きましょうね。





用語解説
・どこまでも、どこまでも
 旅の終わりが来るその時まで。
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