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第十八章 辺境女はしたたか小町

第二話 鉄砲百合と真冬の薄明かり

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前回のあらすじ

雪原を駆け抜ける三人の女中たち。よい子は真似しないでね。





「は……はっ、ハッチュ!」
「おや、健康サーノ!」
「あんがと」

 のっけからくしゃみで失礼。
 しっかり厚着はしてるけど、辺境の冬はやっぱり寒いものね。
 こらえきれずもう一つ重ねてくしゃみ。我慢しようっていっつも思うのに、どうしてもこらえられないのよね。

「トルンペートのくしゃみかわいいよね」
「くしゃみがかわいいって何よ」
「ほら、リリオのくしゃみってかわいげないし」
「あーね」
「えっ、心外なんですけれど」

 リリオはそんなこと言うけど、少なくともかわいいくしゃみじゃないわよね。
 ハックショーイッって盛大なくしゃみするのよ、毎回。もう全身使ってくしゃみするんじゃないかってくらい力強いの。いっそ清々しいくらいなんだけど、前方にいる人はご愁傷様よね。
 最後に畜生とかくそくらえとか言わないだけいいけど、おじさんみたいってたまに思う。まあ、世間一般で言えば貴族のご令嬢のするくしゃみじゃあないわ。

 あたしだって、こらえられないなりに、できるだけ大人しくなるように頑張ってるのよ、これでも。かわいいとまでは自分では思わないけど、リリオと比べるとまだ見れる方だと思う。

「ウルウは……あんたくしゃみするの?」
「人をなんだと思ってるのさ」
「妖精枠」
「ですよねえ」
「君らねえ」

 ウルウによれば、ウルウだってくしゃみするときはするらしい。
 でもそれなりに長いこと一緒にいるのに見たことないんだから、しないっていう方が信じられるくらいだ。

「くしゃみの出やすさは個人差があるからね。確かに私はそんなに出ない、かも」
でも突っ込んでみようかしら──ハッチュ!」
健康サーノ、だっけ。ばちが当たったかな」
「あんがと。そんなことない、は、は、」
「よっこいしょ」
「変な合いの手入れないでよ……ああ、出そうで出ない!」

 くしゃみがたくさん出るのも落ち着かないけど、出そうで出ないって言うのが一番落ち着かないわよね。
 しっかし、それにしてもくしゃみが多い日だ。体調管理には気を付けてるけど、あったかい内地でしばらく過ごしたから、身体が寒さを忘れちゃったのかもしれない。

「それとも、誰かに噂されてるんじゃないの」
「噂? なによそれ」
「ああ、こっちじゃ言わないんだ……私の国だと、くしゃみするのは誰かが噂した時なんだって」
「ふぅん。変なの。まあろくでもない噂しか流れてなさそうだけど」
「かわいい武装女中の話かな」
「私たちの間で盛大に噂話になってますもんね」
「もーうー!」
「牛さんかな」

 まあでも、噂だか何だか知らないけど、ちょっと悪寒があるのは確かだ。風邪ひかないように気をつけないと。
 なにしろ辺境の冬ってやつは恐ろしく冷えるし、あたしはちっちゃくて薄いから熱をため込みづらいし。あたし以上にちっちゃくて薄いリリオは、それ以上に熱を発してるから平気そうだけど。

「辺境は寒い寒いって言うけどさ」
「寒いでしょ」
「それだけじゃなく……あのさあ。天気が悪いからかなって思いこもうとしてたけど、やけに暗くない?」
「もう冬ですからね」
「冬だからって日が短すぎるよ」

 ウルウが胡乱な目付きでようやくうっすら明るくなり始めた山際を眺めた。
 せっかくだからフロントの町も見物しようって、早起きして御屋形から出てきたのは確かだけど、ウルウの感覚だと今時分はもうすっかり明るくなってるはずなんでしょうね。その感覚はまあ、間違ってはいないのよ。
 でもここは辺境なのだった。

「辺境の冬は、昼がなくなるのよ」
「はあ?」
「内地でも冬は日が短くなるでしょうけど、辺境ではどんどん短くなって、ついには日が出なくなるのよ。真冬のメズヴィントラ薄明かりクレプスコってやつね」
「ひと月か、もう少しくらいでしょうか。夜と、この薄暗い感じがずっと続きますね」
「成程。極夜ってやつだ」

 あたしはもう慣れちゃったけど、内地の人がこれを体験すると、最初は面白がるんだけど、段々塞ぎ込んじゃって鬱になることもあるらしいのよね。ずっと暗くて日に当たれないのってしんどいらしいわ。
 逆に夏には日が沈まない、昼と薄明が繰り返される夜のない夜マルノークタ・ノークトの時期がある。ずっと明るくてもやっぱり心が辛くなるらしいから、人間って言うのは難しいものよね。

 寒いし、朝も早いし、真冬のメズヴィントラ薄明かりクレプスコで暗いけど、フロントの町は多くの人が出歩いていた。
 みんな毛皮で厚着して、毛皮の帽子をかぶっているから、もこもこと着ぶくれている。あたしたちもだけど。
 ウルウは帽子があんまり好きじゃないみたいだけど、帽子かぶらないと脳が凍るから駄目だって教えたらちゃんとかぶってくれている。いや、冗談じゃなく本当に頭から凍死することがあるから、辺境の冬は怖いのよね。

 それでもみんな明るくなると出てくるのは、日の光が短いからだ。その短い、薄明かりでしかない日の光を最大限浴びるために、みんな散歩したり日光浴したりするのだ。
 なんでかは知らないけど、日の光を浴びないと心だけじゃなくて身体も悪くなるらしいのよね。ウルウによればびたみんがどうとかいうらしいけど、よくは知らない。

「……辺境はベビーブームなの?」
「べび?」
「いやなんか、赤ん坊とか子供連れてる人多いなあって」

 ああ、まあ、確かに辺境は子供が多いのよね。
 いまくらいだとまあ、二、三か月くらいの子供抱いてる人が多い。それ以外にも自分で歩ける子供は、もこもこに着ぶくれてそれにくっついていっている。

「ほら、辺境って雪が積もると道が閉ざされるし、この時期は暗いからできることも少ないし、仕事とかやること少ないのよね」
「うん」
「だから、秋頃に子供が増えるのよ」
「接続詞の意味」

 いやだって、ねえ。やることないからやるしかないのよ。冬って。
 で、今頃やると、十か月後って秋頃なのよ。だから秋頃は産婆さんが大忙しなわけね。
 それを毎年やると、子供がどんどん増えていくのよ。

「ああ、それって、うん、成程ね」

 まあ、増えても増えても、内地と比べるとやっぱり死んでいく数も多いんだけどね。
 辺境は死ぬ理由には事欠かないもの。だからたくさん産む、って言うわけでもないけど。
 いろんな技術が発達して、いろんな神様に加護を願っても、子供が死ぬのって一瞬なのよね。ほんと、目を離した瞬間。それで、その一瞬で取り返しがつかなくなる。あたしも良くこの年まで生きてこれたわ。

「そう言えばウルウって、人間嫌いってうそぶいてるじゃない」
「事実そうなんだけど」
「赤ちゃんとか子供もそうなの?」
「ん、ん、ん、……きらい、って言うほど積極的じゃないけど、でも、得意ではないかな。泣かれるとどうしたらいいかわかんないし、小さくて、弱くて、壊してしまいそうだし」

 そう言うウルウは、なんだか途方にくれたような顔で遠目に子供たちを見守っているのだった。





用語解説

健康サーノ
 誰かがくしゃみをした時、傍にいる人はこのように声をかける風習が帝国にはある。
 もう少し丁寧だとお大事に、とか気を付けてね、とか。

真冬のメズヴィントラ薄明かりクレプスコ(Mezvintra krepusko)
 いわゆる極夜。高緯度帯で日が昇らない夜が続く現象。
 辺境あたりでは、薄明程度には明るくなるが、日が出てくるようなことはないようだ。

夜のない夜マルノークタ・ノークト
 いわゆる白夜。極夜の逆で、高緯度帯で日が沈まず昼が続く現象。
 辺境あたりでは夜の時刻も薄明程度の明るさが続くようだ。
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