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第十六章 おかえりなさい

第六話 亡霊と雪の中で

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前回のあらすじ

久々の粗食に真顔になるウルウ。
なんとも失礼な女である。





 おい粥食わねえか。
 おはようございます。
 今朝も陰気にやってまいりましょう異世界紀行辺境編。

 朝からテンションおかしいのは勘弁して。
 仕方がないんだ。
 辺境入ってから美味しいもの食べてばっかりだったから期待が高くなりすぎてたんだ。
 いやほんと、仕方ない。これは仕方ない。

 いや、だって、ねえ。
 思い返してごらんよ。
 辺境に入ってからの食事というものを。
 野宿してる時でさえさ、何しろうちの面子は食材確保に困らないんだよ。
 森がスーパーマーケットを地で行ってるんだよ。ちょっとしたついでで、獣狩ったり適当に歩いたりしながらキノコとか山菜とか一品二品平気で増やしてくんだよ。
 それをさ、それをだよ、私がこれでもかとチートしてガン積みしてる調味料とか香辛料とか調理器具とか使ってさ、美味しく仕上げるわけだよ。
 森がキッチンなんだよもはや。目の前で狩猟採取して目の前で調理して目の前で提供されるんだよ。
 しかもさあ、何食べてもこの上なくしあわせみたいな食べっぷりを横でされながら頂くわけだよ、その料理を。
 辺境来る前からそんな感じっちゃあそんな感じだったけど、食べ慣れない食材も出てきて日替わりでお楽しみ状態だったんだよこっちは。

 で、貴族のお屋敷だとか要塞だとかで、今度は貴族の振舞い料理を頂いたわけだ。
 飛竜のぶあついローストとか、飛竜の卵のでっかいオムレツとか、そういう特別ないかにもご馳走っていう奴だけじゃなくて、並ぶ食事が全部貴族様の食事だったわけでさ。
 麺麭パーノひとつとっても焼き立ての香り立つようなやつでさ、それをずっと頂いてたわけでさ。
 それが急にこう、蕎麦粥ファゴピラカーチョ、ねえ、これ、味のないお粥にメープルシロップかけたやつみたいな感じになると、ギャップが酷い。落差で発電できそうなレベル。

 いや、これも美味しいんだよ?
 これを常食してるって聞いたら、まあわかるかなってくらいには食べられるんだよ。
 塩気が圧倒的に足りないなーって思うけど、まあその代わり甘くして食べれば食べられるし。
 最初は甘いお粥っていう時点で脳が混乱したし、試しにちょっとメープルシロップかけて食べてみたら味のないもちゃっとした粥(一部甘い)っていう、虚無にシロップかけて食ってるような有様に喉を通らなかったけど、開き直ってシロップかけまくったらまあ、ギリそう言うもんかなって。

 かつてブロックタイプの栄養食品とゼリータイプの補給食品で生きてきた人間が言うのもなんだか間違ってると思うけど、毎日これが続くと思うと、成程、冬の辺境は地獄だ。
 辺境で生きている皆様に対してあまりにも失礼すぎるかもしれないけれど、それは私ではなく、私を美味しいごはん食べなければ生きていけない体にした《三輪百合トリ・リリオイ》の二人に言ってほしい。私のせいではない。

 朝からもちょもちょと無心に蕎麦粥ファゴピラカーチョを頂いて、そんな下らないことを考えてみたりしたが、現実は変わったりしない。
 冬場はどうしたってものもないので、基本的に食べるものといえばもっぱら蕎麦粥ファゴピラカーチョだという話を聞いて絶望を深めるなど。

 いっそ私たちの持ってきた食料を提供するというのはどうだろうかと考えたけれど、意外にもリリオに窘められた。

「確かに私たちはたくさん食料を積んでいますけれど、もし旅程が長引けば、その分ピーちゃんキューちゃんの餌の分ががっつり差し引かれます。そうでなくても限りはあります。村長にだけ分ければ、村長は村人から恨まれるでしょう。村人全員に分けようとすれば、今度は足りなくなるでしょう。誰も幸せになりません。止めておきましょう」

 ガチ目の正論でまっすぐに窘められてちょっとへこんだ。
 なにも私も本気で言ったわけではないのだけれど、普段ポンコツ気味のリリオにまっとうなことを言われると自分がとてつもないポンコツのように思われて、こう、るものがある。

「あんた時々忘れてるかもしんないけど、一応貴族の娘なのよ。教養あるのよ?」
「ああ、そんな設定あったっけ。活用されないから……」
「ぶっとばしまーすよー?」

 そのようにじゃれながら普段よりも早い朝を過ごし、厚着してから外に出てみると、分厚い雲に覆われた空から、零れ落ちるようにひらりひらりと雪が降っていた。
 勢いこそないものの、昨夜の内からもう降り始めていたようで、柔らかい新雪が昨日の私たちの足跡をすっかり隠してしまっていた。
 村の中ではちらほらと、朝の早い村人がせっせと雪かきをしているようだった。

 しかし雪か。
 これはまた、今日は、

「寒くなりそうだね」
「あったかくなりそうですね!」

 言って、思わず顔を見合わせる。
 雪がちらつき、そうでなくても背の低いリリオなんかは隠れてしまいそうな雪の小山が道沿いに積み上げられているような光景は、どう見ても寒い。いかにも雪国といった寒そうな光景だ。
 でも言われてみると、そんなに寒くない気もする。吐く息は白いけど、もう慣れてしまったくらいのものだ。特別寒い感じはしない。
 最近になってはじめて知った、寒いの上位種である凍ると痛いとがまだ来ないくらいだ。

「雪国の人間じゃないとわかんないだろうけど、雪の日の方があったかいのはほんとよ」
「ええ?」
「分厚い雲があるってことは、それがあったかい空気を逃がさないってことなのよ。蓋されてるのね」
「……成程」

 放射冷却の逆、という感じかな。雪国の人は経験則でそれを知っているのか。

「それに、雪ってあったかいのよ」
「それはさすがに冗談?」
「これもほんと。雪の下に野菜とか埋めて保管するって話、したっけ?」
「聞いてない」
甘藍カポ・ブラシコとか、大根ラファーノとか、林檎ポーモとかをね、収穫した後、雪の下で保存するのよ」
「凍っちゃわないの?」
「凍っちゃわないのよ。雪って、雪洞イグロとかと一緒で、熱をあんまり通さないの。だから、雪自体は冷たいんだけど、もっと冷たい外の寒さは通さないから、凍らずに、けどよく冷えるのよ」
「自然の冷蔵庫、氷室だね」
「そうね、普通の氷室より冷たいけど……そうして保存した野菜ってなんでか甘くなるのよね。まだ雪が積もる前、降り始めの頃なんかは、寒さにさらされた雪菜ネヂャフォリオとか紅根菜スピナーツォとかも甘くなるし」

 いわゆる越冬野菜ってやつだ。
 私もまだ食べたことはない。と思ったけど、もしかしたらカンパーロで頂いた料理の中に使われていたのかもしれない。普通に美味しい美味しいと何も気にせずにいただいていたけど、あれがそうだったのかもしれない。

 村長さんがのしのしやってきて、例の摩訶不思議な辺境訛りで私たちに何か告げる。
 私に伝わりやすいようにと、あるいはもともとの性格として、他の村人に比べて身振り手振りが大げさというくらい大きいので何とかそこから読み取ろうと挑戦はしてみているのだが、さっぱりわからない。
 もしかしたらろくろ回すポーズ的な、特に意味のない奴なのかもしれない。
 この世界の人、というか帝国の文化圏的に、そういう身振りが結構大きめなのは確かだ。PBSほどではないにしても、BBC程度には。

「ウルウ、そのわかったような曖昧な笑顔と適当な相槌は止めた方がいいですよ」
「通じてると思われるわよ」
「お国柄っていうか、そういう癖が染みついててね……」

 駄目だとはわかっているんだけど、なかなか抜けない悪癖だ。
 この国の人たちは、大なり小なり基本的に自分の意見はきちんと言うし、聞く方もちゃんと聞く。わからないことはわからないと言う。態度で示す。
 相手が気を悪くするかもとか、気恥ずかしいとか、そういう骨に染みついたやり方はこの国では通じない。
 言葉よりも仕草や目線で会話する節のある、この寡黙な雪国の人々も、それはきちんと通じているからこそだ。察してくれなんてのは甘えだね。

 私は改めてさっぱりわかりませんという顔で村長の言葉を聞き、そしてリリオの通訳に耳を傾けた。

「空読みによれば、昼くらいまでは穏やかですけど、えー、昼過ぎから風が出始めて、荒れるということです。えー、かなり荒れるみたいです。明日の朝には落ち着くみたいですので、今日は出発を控えた方がいいと」
「空読みっていうのは?」
「空の神の神官よ。その地方の空の具合をずっと研究してるから、天気を先読みできるの。辺境は空が落ち着かないけど、それでも五割を下ることはないわ」

 五割の天気予報か。
 どういう道具を使ってどういう加護があるのか知らないけど、通信機器も人工衛星もなしで五割行くんならかなりの的中率じゃなかろうか。しかも、不規則に風精が荒れてるとかいう辺境の特殊な空を相手にそれだ。

 急ぐわけでもなし、あえて予報に逆らうのも馬鹿らしい。
 私たちは雪男もとい村長さんの忠告を素直に聞き入れることにして、竜車を止めさせてもらった村長宅の裏手に回った。
 そこではマテンステロさんが腹ごなしの運動といわんばかりに、竜車に上って積もった雪を幅広の角スコップみたいので投げ捨てていた。
 スコップって言っても、ブレードの部分も木製だから、すきとか、船のオールとか……ああ、あれだ。あの、なんていう名前かは知らないけど、ピザを窯に突っ込むときに使ってるあの木のでっかいしゃもじみたいなやつ。あれみたいだよね。

 私から見たら危うげなくやってる感じなんだけど、あれでマテンステロさんも雪国の生活あんまり得意ではないっぽいので、リリオとトルンペートがやや不安げに見上げていた。

「奥様だからケガとかは心配しないけど……落っこちたり埋まったりはしそうよね」
「するんだ、やっぱり」
「気を付けてても、事故はあるもの。埋まってそのまま春になってようやく見つかるなんてこともあるわ」

 怖っ。
 見回してみれば、他の家なんかでも、屋根の雪下ろしをしてる。
 家の人がやってたり、高所作業の得意な土蜘蛛ロンガクルルロの人が手伝いでやってたりするみたい。天狗ウルカの人は、あんまり腕力が続かないので向かないそうだ。あと性格的に。
 確かに、慣れた人の作業を見てると、マテンステロさんは危なっかしい。
 土蜘蛛ロンガクルルロの、鎚矩ファベルユスフとかいう氏族の人たちらしいんだけど、大工仕事が得意らしくて、彼女らの働きぶりは実に慣れたものだった。
 動きっぱなしで暑いのかやや薄着のまま、するするとはしごを登り、命綱を張り、四本の腕で計画的にてきぱきと雪を下ろしていく。
 マテンステロさん、命綱どころか立ち位置も滅茶苦茶で、なんとなくで手近な雪をポイポイ捨ててるし。

 結局見かねたリリオが加勢に出たので、私とトルンペートは親子の時間を邪魔しないように暖かな村長宅に避難するのだった。






雪洞イグロ
 いわゆるかまくら。イヌイットのイグルーのようなものから、雪を積み上げて掘るかまくらのようなものまで。辺境では冬場によくつくられる。

雪菜ネヂャフォリオ(Neĝa folio)
 実はこれが、と決まった野菜の名前ではなく、雪の時期に収穫する葉物のこと。
 そのため地方によって別ものを指すことも多い。
 北部、辺境にてよく用いられる呼称。

紅根菜スピナーツォ(Spinaco)
 ヒユ科アカザ亜科ホウレンソウ属の野菜。
 赤い根には鉄分を多く含むとされる。
 高温化では自身の成長と生殖に励むので、冷涼な環境の方での栽培が多い。
 収穫前に寒さ、またさほど多くない程度の雪の下にさらすと、葉が縮むが糖分やビタミンなどの濃度が上昇する。
 これを寒締めという。

・越冬野菜
 晩秋に収穫した野菜を畑に放置し、雪の中で冷蔵貯蔵して保存食とする方法。またその野菜。
 冷蔵保存されて新鮮なまま冬季の食材となるだけでなく、糖度が増して甘みが増す。

・PBS/BBC
 それぞれPublic Broadcasting Service、British Broadcasting Corporationの略。
 前者がアメリカの、後者がイギリスの公共放送局。
 ウルウの主観では、アメリカ人の方が身振りが大きく、イギリス人の方が皮肉が利いている。

・空読み
 空模様を読んで天気を予測する人。
 特に空の神の神官のことを言う。
 神からの託宣に頼るだけでなく、独自に統計資料などをまとめており、土地によるがかなり正確な予報が出せるようだ。

・幅広の角スコップみたいの
 雪かき用の円匙ショベリロ
 土などを掘る必要がないため、軽さを優先し、また消耗品として、先端まですべて木製のものも多い。
 硬い氷などを砕く際には鶴嘴や金属製の先のとがった円匙ショベリロを用いる。
 なお、軽銀アルジェンテート製の雪かき円匙ショベリロもあるが、貧しい村で使うことはまずない。消耗品だし。

・ピザを窯に突っ込むときに使ってるあの木のでっかいしゃもじみたいなやつ
 ピザピール、またはピザパドルなどと呼ばれることが多いようだ。
 見た目がそれらしく見えるので、ピザを提供する際に柄の短いものが皿代わりに使われることも。
 木製のものはへらが分厚く、また焼けてしまうので、ピザを放り込むときには使えるけれど、取り出したりちょっと動かすにはあまり向かない。
 そのため金属製のピザピールで取り出すことが多い。と思う。

鎚矩ファベルユスフ
 地潜テララネオと並んでよく知られる大工仕事を得意とする種族。
 鎚矩ファベルユスフが骨を立てて地潜テララネオが肉付けすると言われるコンビネーションで、芸術的な彫刻に飾られた建築物などが建てられることも。
 建物そのものだけでなく、建具や家具、船なども手掛ける。
 ただ、土蜘蛛ロンガクルルロによく見られる芸術家気質は抜けないもので、ちゃんと納期を切って見張る監督役がいないと、数十年がかりで世紀の大建築物を、とか平然とやりかねない。
 地潜テララネオと比べると細身だが、足腰はしっかりしておりバランス感覚や三次元知覚に優れる。
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