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第十六章 おかえりなさい

第四話 鉄砲百合ととどっこさま

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前回のあらすじ

第一村人が何を言っているかわからない件。
書いてる人も良くわかっていない件。





 村の中でも一等大きな村長の家に向かう道すがら、毛むくじゃらの村長は村の様々なことを教えてくれた。これは馴染みの顔であるあたしたちが、見慣れない顔を連れていたので気を遣ってくれたのであり、そして存外にお喋りだからだった。

 聞いているのかいないのか特に気にした風もなく、例の口をはっきり開かない北部訛りの強い辺境弁がつるつると流れていくけれど、もちろんウルウには何を言っているのかさっぱりわかっていない。
 そもそも喋っているのか唸っているのか歌っているのかそれさえもわかっていない。
 一応何とか聞き取ろうとは努力してるみたいだけれど、なにしろ内地の言葉の神の神官が、自力での聞き取りを断念して、加護を賜ってようやく理解できたほどだ。あたしだって時々わかんないのに、いかにも都会っ子のウルウにわかろうはずもない。

 リリオが通訳するとしょっちゅう話が飛ぶので、あたしがちょこちょこ要約しながら伝えるのを、ウルウは神妙な顔で聞いている。
 なんだかんだ負けず嫌いな所があるので、あたしの通訳を足掛かりに意地でも自力で翻訳しようとしているのだろう。ご苦労様だ。

「えーっと、楓蜜ふうみつの旬は雪解けしてくる春先だから、いまは見せらんないって」
「年中採れるわけじゃないんだね」
「そうね。春先の寒暖の差が激しい二か月くらいの間だけよ。その二か月で、一年分以上の楓蜜を摂るの」
「大変そうだ」
「大変は大変ね。死ぬまでは最近はあんまりないけど、けが人は毎年出るし」
「えっ?」
「でも蜜を煮詰めると物凄く甘いにおいが立ち込めるし、幸せな気持ちになるわね。出来立ての蜜をふるまうお祭りもあって、こう、雪に垂らして、冷えて固まった蜜を棒で巻き取ってそのまま食べるなんていうお菓子もあるのよ」
「情報量が多い」

 時期になると、働ける人たちはみんな総出で楓蜜小屋に仕事に行って、一日中楓蜜を作るのよね。
 なんなら泊まり込みだって普通にするわ。その時期だけの村ができるようなもの。
 だから帰ってくる頃には全身から甘いにおいがしちゃって、もう大変。
 でもその甲斐あって、辺境の楓蜜は内地の高級店にだって下ろせる自慢の仕上がりってわけ。まあ辺境産ってだけで、大概なんでも高値がついちゃんだけどね。

 そんな期間限定の楓蜜とは違って、もう一つの主要産業である養蚕は通年でやってる。
 村人たちの言うところの、ってやつだ。

「ちょうど作業してるだろうから、見学できるって。せっかくだから見てく?」
「蚕って、虫だよね……」
「まあ、虫は虫だけど、可愛いもんよ。ふわふわしてるし」
「すごく嫌な予感がする……」

 なんて口では言いながら、好奇心には勝てないのがウルウって女だ。おっかなびっくりって具合でついてくる。
 村長が案内してくれたある家では、とどっこさまの糸球を大きな蒸し器で蒸しあげているところだった。あまり高温で蒸してもいけないし、低温でもいけない。温度の違ういくつかの蒸し器で段階的に蒸すのだ。
 程よく蒸して程よくほぐしてやり、病や虫を殺したら、かびないように広げて、乾いた室内で乾燥させる。大体、一か月くらいかしらね。それくらいで糸球も落ち着くとか。
 この家はその保管用の部屋が家のほとんどを占めてるわね。

 次に案内された家では、大きな鍋で糸球を煮ていたわ。
 日常づかいの囲炉裏の他に、それ専用の場が用意されてるのよ。
 程よい温度の熱湯の中で煮られた糸球は、絡まった糸がだんだんほぐれて、その表面をちっちゃな箒で撫でてやっている。そうすると糸口、つまり糸の端っこが見つけられるから、何本かをりながらまとめていく。
 こう、ちっちゃい木枠みたいのに、くるくると撚り合わせた糸を巻き取ってくのよ。
 このときに、撚る向きとか、撚り数とかで糸の性質や品質は変わってくるから、それぞれの家できちんと統一できるよう、子供の頃から叩き込まれるらしいわね。

 で、そうしてまとめた糸は、まだ濡れてるからそのままだと糸同士がくっついちゃうし、よれてたり乱れもある。引き伸ばしながら巻いてるから、伸びきってて切れやすくもある。だからこれを整えながら大きな枠に巻きなおして、湯を沸かして程々の湿気のある部屋で落ち着かせてやる。

 そうしたらようやく、染めとか織りとかできる状態になる訳ね。
 ココネーヨ村では染めはやってないけど、機織り機はある。そこで織った絹布や、大枠に巻いた絹糸なんかを出荷するわけだ。

 もちろん、途中途中で何年もやってる熟練の職人が、厳しい目で検査して、市場に出せるものだけ出してるけどね。特産はただ売ればいいってもんじゃないのよ。きちんと厳選して価値を高めないといけない。
 検査落ちしたのはどうなるかというと、普通に村で使ったりするので、もしかしたら帝国で一番絹を使ってる、贅沢な地域かもしれない。

 で、肝心の蚕、とどっこさまはどこで育てているのかっていうと、一番大きな村長宅の二階だった。
 とどっこさまが怯えるといけないので静かに、と注意を受けてから、貴重な財源であり村の宝でもある養蚕室を見せてもらった。
 室内は温度湿度が几帳面に整えられ、いくつもの棚がずらりと並んでいた。
 この棚自体も、年季は入ってるけどよく手入れされていて、大事にされてるってのがよくわかるわね。

 村長がその棚のうち一つを恭しく引き出して、そっと私たちを手招きした。
 あたしたちはもう知ってるから、先頭はウルウに譲ってあげる。
 楽しみのような、ものすごく嫌でもあるような、何とも言い難い複雑な表情で、ウルウはその長身をぎこちなくかがめて棚を覗き込んだ。そして固まった。
 やっぱ駄目だったかな。

 あたしも横からのぞき込むと、そこには手のひら大の真っ白ながもっしもっしと元気よく楓の葉を食べていた。西大陸産の蚕なんかは桑の葉を食べるらしいけど、辺境の蚕は楓の葉を常食する。だから冬になって葉が落ち切ってしまう前に、紅葉した葉をたっぷりと集めて保管して餌にしてる。
 他の葉は食べないから、蚕を増やすのって餌の面でも難しいのよね。

 それにしても蚕っていうのは、不思議な生き物だ。
 すっかり家畜化されてしまったこの生き物は、もう野生では生きていけない。
 脚はすっかり短く退化して、もう自分の足で歩くこともできないし、何かにつかまることだってできやしない。自分の体重だって支えられないから、いつも寝そべっている。
 餌の楓の葉も、口元においてあるから食べるけど、自分で餌の元まで移動することはできないし、すぐそこにあったって、自分で引き寄せることもできやしない。

 唯一、後ろ脚だけは長いけれど、これも歩くことには使えない。
 しゅるしゅると糸疣から吐き出す糸を、くるくると丸めて糸球にして行くっていう、生存には全く関わらない作業にしか使えないし、それだってたぶん自分で考えてそうしてるわけじゃなくて、糸を出したらそういう動きをするっていう、あらかじめ決められた動きをしているに過ぎないんだろう。
 そしてその糸球ですら、大きくなりすぎると自分に絡まってしまって死んでしまうんだから、人がその都度適当な大きさで切り離して、回収してやらないといけない。

 丸っこくて、ふわふわで、何にも傷つけないくせに傷つきやすい。
 可愛らしくもあるけど、哀れでもある。
 食べて、糸出して、寝て、食べて、糸出して、寝て、その繰り返し。
 ずっとずっとその繰り返しなのよ。
 その繰り返ししかできないのよ。
 その上、気温が変わっても、湿度が変わっても、餌が切れても、ちょっとした病気にかかっても、すぐに死んじゃう。
 自分であらがうことができやしない。
 それでも健気に食べて、健気に糸出して、健気に寝て、健気に生きてるのよ。

 そのあまりにも儚い命と、高価な絹糸を吐き出すことで、蚕は尊蚕様とどっこさまって呼ばれて、人々に大事にされているわけね。
  辺境では、蚕一頭の命は人ひとりより重いっていうくらいで、故意に蚕を殺したものは本人はもちろん一族郎党に至るまで恨まれるし重たい罰もあるってくらいよ。

「というわけよ、ウルウ」
「うーん……」
「いけそう?」
「後ろ足がややきもいけど……あと口元が露骨に虫だけど……毛玉っていう認識でいればギリ……」
「まあ、可愛いもんでしょ」
「そう、うん、そう……若干可愛いかもって思い始めた自分が怖い……」

 慣れって大事よね。
 もちろん蚕はお触り厳禁なんだけど、この調子なら裏側は見せない方がいいだろう。
 露骨に虫だから。





用語解説

・楓蜜
 メープルシロップ。
 環境の厳しい辺境で、竜殺しをはじめとした最初の人々が生き延びてこれたのは、このメープルシロップが大きな助けになったのではないかともいわれる。

・とどっこさま
 蚕のこと。
 土蜘蛛ロンガクルルロの中でも糸を紡ぎ布を織る氏族、荒絹フーリオーリが連れてきたとされる。
 現在も、辺境の絹糸の出来を見極め、全体を監督するのは土蜘蛛ロンガクルルロの一族である。
 もとは八つ足八つ目であったが、入植時に既に完全に家畜化されており、目はほとんど埋もれ、脚も後ろ足を除いては痕跡があるばかり。
 内側は内臓がみっちりと詰まっており、体を動かす筋肉はほとんどない。
 なぜ糸球を作るのかは今となってはわかっておらず、もととなった種も不明。

・絹
 辺境産の絹は非常に美しい光沢をもち、西大陸の絹よりも丈夫。
 また魔力の乗りも良く、上質な魔道具などを作るには必須といわれるほど。
 ただし生産性は西大陸のものに比べると高くなく、希少。
 辺境では税の代わりとして納められる。

・重たい罰
 過去、火事によって蚕小屋が失われたある村では、火元の家族は村民全員から激しい暴行が、生きている間も死後も与えられ、郷士ヒダールゴが駆け付けたころには原形をとどめていなかったとされる。
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