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第十五章 竜囲い

第五話 鉄砲百合と吶喊子爵

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前回のあらすじ

空から虹色のポエティックモノローグが降ってくる。





 貴族は頭を下げない、なんて口さがない人々は言うらしいけど、辺境ではそんなこともない。
 貴族と平民の距離が近いというか、近すぎるというか。
 まあ内地と比べたらそもそも領地の広さに対して人口が少ないから、領民はみんな領主の顔を知ってるし、何だったら領主も主だった面子は見知ってるし何なら一緒にお酒飲んだこともあるって位には、近い。

 勿論、辺境貴族と平民の間にだって歴とした格差があるけど、それはどちらかというと役割分担みたいなところがある。
 古来、竜殺しを成し遂げることができたのは、当時まだ辺境貴族なんて呼び方をされていなかった、一部の英雄たちだけだった。
 自然と英雄たちは竜の撃退と人々の守護を担うことになり、それができない人々は英雄を支える側に回った。
 その関係がずっと続いていて、それが今の辺境貴族と平民につながってる。

 だからか、できる人ができることをする、っていうのが、辺境の習わしなのよね。
 竜を撃退できる人が竜を撃退し、畑を耕せる人が畑を耕し、古きを学び新しきを生み出せる人が学問に携わる。
 だから人々はできないことを責めたりしないし、自分ができることを誇りに思う。
 ただまあ、才能のない人間が夢を見ることに、とても厳しい環境であるのは確かなんだけど。

 何の話だったかしら。
 ああ、そうそう、辺境貴族は頭を下げるって話よ。
 いくら竜を相手に戦えるくらい強いからって、辺境はそれだけで生きていけるほど甘い環境じゃない。
 領主として祭り上げられた辺境貴族最大の敵は、いつか自分の背中を刺してくるかもしれない不和ってやつなのよね。

 頭を下げて済むなら下げない方が損だ、なんて言葉があるくらいね。

 まあ、それでも、初対面の素性も知れない相手に何のためらいもなく土下座かますのは他では見ないけど。

 凍り付いた石畳に大柄な体を縮こまらせるようにして土下座した子爵閣下と、それを止めるでもなく「子爵がまたやらかしてるんだけど」と言わんばかりの呆れ顔で見下ろしているお付きの護衛。
 いつものこと、なのよね。言っちゃえば。 

「いや! げに! げに相済まんこつばうたもんじゃ! こんげなチビのに来てござったんに、頭のはつからおらびよってからに、ハァ、ほんなこつはんかくしゃあとこば見せてしもうた!」
「いえ、あの、もう、本当にもういいですから」

 石畳にひびが入る勢いの土下座に、珍しくプッツン来たウルウも、さすがにドン引きして落ち着いたみたいだった。
 まあ、あの調子で謝られ続けたらかえって目立って恥の上塗りもいいとこだろう。
 それに、ウルウからしたら謝ってるだろうってのはわかっても、辺境訛りがきつすぎて何言ってるかわかんないだろうし。

 ウルウが何度か制止して、ばっちゃん──子爵付きの武装女中が抱き起して、ようやく閣下は気が済んだようだった。
 抱き起してっていうか、脇腹に遠慮のない蹴りをかまして怯んだところを、腕を取って極めるようにひねり上げて、強制的に立ち上がらせたって感じだけど。
 何してんだこいつって顔でウルウが凝視してたけど、ばっちゃんはしれっとしたおすまし顔だし、閣下も気にした様子はない。
 いやまあ、他所の人間の感覚だとおかしいかもしれないけど、辺境貴族と辺境武装女中の関係としてはよくある光景なのよね。

 ぶっちゃけ、護衛なんて必要ないくらいにはぶっちぎりで強生物であるところの辺境貴族だから、武装女中の主な仕事って主人の露払いとか身の回りの世話とかその程度で、残るのはこうしてあほほど頑強な主人の行動をいさめることになるのよね。
 あたしがリリオの頭はたいたり、蹴り入れたり、極め技かけたりするのと一緒よ。

 何しろ辺境貴族って何をするにしても力加減が必要な生き物だから、下手なことする前に近くの誰かが止めてやらないといけないのよね。
 辺境の武装女中が強い理由の一つは、これよね。
 どんな外敵より強い主人を力技で黙らせられるようにっていう。

「すまんかったな。いや、わしん中ではリリオはまだちゃんこい子供でな。その子供が相方を見定めて連れてくるなんぞと手紙が来たもんで、いや、てっきり。まさか、あのちゃんこいリリオが嫁とってくるとは……」
「本当に、もう、いいので。お願いします」
「いやはや、しかし、ハァ、まあ、とはのう」

 閣下は昔からこういう、考えなしに吶喊しては、勘違いが原因でちょくちょく頭を下げている人なのだった。武装女中のあたしにさえ勘違いでやらかして頭を下げたことがあることを教えたら、ウルウも呆れ顔でため息をついた。
 辺境貴族ってのは、まあ、良くも悪くもこういうところがある。

 まあ一番呆れるべきは、一人で馬鹿笑いしてる奥様だけど。
 大方奥様が、先触れの手紙に適当なことを書いて寄越したに違いないのだ。
 あたしたちがジト目で睨んでみても、奥様はてんで気にした風もない。
 言い訳さえも笑いながらだ。

「やだもう、そんな目で見ないで頂戴な。悪気があったわけじゃないのよ」
「悪戯っ気は大いにありそうなんですけど、お・か・あ・さ・ま?」
「確認しなかった私も悪いけど、でも確認するようなことでもないし、てっきりウルウちゃんが手引きしてあげると思ったんだもの。大人だものね」
「うぐ」
「それがまさかリリオに手を引かれて、それどころかトルンペートちゃんまでなんて」
「うぐぐ」

 どう考えてもただからかって遊んでいるだけの奥様だけど、言ってることはまあ正論は正論なので、言い返すに言い返せない。というかウルウは完全に赤面して黙り込んじゃった。
 まあ、こういうことに年齢は関係ない、こともないんだけど、でもまあ、成り行きに任せたらそうなっちゃったんだから仕方ないわよね。

 まあ、嫁だなんだって言ったって、あたしたちはみんな女だし、そもそも三人一組だし、古式ゆかしく誰が嫁だの誰が旦那だのって分け方はあんまり具合が良くないわよね。
 誰が上で誰が下ってのも──ああ、偉い偉くないっていう意味じゃなくて、つまり体勢の話だけど──、そりゃあそれぞれの向き不向きや好みもあるけど、いつもいつでもってわけじゃないかもしれないじゃない。
 たまには趣向を変えてとか、今日はこういう気分だとか、そういう、ね。

 だからあたしたちはみんなが嫁でみんなが旦那でって言い方もできるんだけど、まあ、便宜的に決めるなら、子爵の物言いも間違いではないわよね。
 私たちの三人で誰が嫁かって決めるなら、間違いなくウルウだし、傷物にされたのもウルウだし、美味しくいただかれちゃったのもウルウだし。
 うん、こりゃウルウが嫁だわ。

「大変遺憾なんだけど」
「世の中には甲斐性ってもんがあるのよ」
「私にはないとでも?」
「あるの?」
「あるとも言い難いけど、じゃあリリオにはあるの?」
「よし、この議論は止めましょ、不毛だわ」
「だよね」
「二人とも後でお話ですね」

 まあ、こうしてじゃれ合ってる分には誰が嫁でっていうのもどうでもいい問題よね。
 そういうのをはっきりさせたい人は自分たちの身内でやればいいし、議論したい人は議論したい人同士で議論すればいい。
 あたしたちにとって大事なのはあたしたちの関係だけで、あたしにとって大事なのは、嫁っていう響きが存外悪くないわねってことだけだ。
 あたしの嫁……いやまあ、あたしだけのってわけじゃないけど。

「ねえ嫁」
「なにさ嫁」
「そういう軽妙な漫談みたい返しを期待してたわけじゃないんだけど」
「軽妙な漫談みたいな返しをした覚えはないんだけど」
「私のことはぶるの止めませんか嫁たち」
「引っ込んでろ嫁」
「お呼びじゃないわよ嫁」
「何ですかこの軽妙な漫談みたいな返し」

 なんだかこのまま永遠にじゃれ合っていてもいい気もしてきたけど、残念ながらいちゃつくのを楽しめるのは当人たちばかりでまわりは別に楽しくないのが問題ね。
 適当な所で切り上げろやという圧迫感をばっちゃんが発してきたので、そろそろ大人しくしよう。

「まあ、こんなところで長話もなんじゃい。飛竜の旅も疲れるもんじゃし、腹も減ったろう。晩飯の用意はしとるから、飯にしようや」

 きゅるる、と腹で返事をしたのは誰だったか。





用語解説

・「いや! げに! げに相済まんこつばうたもんじゃ! こんげなチビのに来てござったんに、頭のはつからおらびよってからに、ハァ、ほんなこつはんかくしゃあとこば見せてしもうた!」
(意訳:「いや! 本当に! 本当に申し訳ないことを言ってしまったものだ! こんなチビの嫁に来て下さったのに、頭ごなしに怒鳴りつけてしまって、ハァ、本当にみっともない所を見せてしまった!」)

・ばっちゃん
 モンテート子爵バンキーゾ・マルドルチャ付き一等武装女中プルイーノ(Prujno)。
 子爵とは同年代で、爵位継承前から武装女中として付いており、付き合いは長い。
 高齢ではあるが「このやんちゃ坊主が大人しく引っ込むまで」は現役で続けていくつもりらしい。
 なにかと問題行動の多い主について回るため、手が早い。
 遊びに来たリリオやトルンペートは子爵自ら対応(という名目で遊びまわ)していたので、気心は知れている。

・嫁
 帝国法では婚姻の際に婚姻届けを領主に提出する決まりがあり、書式上「夫」、「妻」の項が存在する。
 法律上、婚姻するものの性別を規定していないので、同性婚も多いが、その際は便宜上の「夫」、「妻」を決めることになる。とはいえ、名称以外に違いはないので、どちらがどちらを名乗ろうと何の問題もない。

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