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第十四章 処女雪

第八話 亡霊と試合前夜

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前回のあらすじ

「ちょっと切り結ばなーい?」
「いいねー、ちょうど血沸き肉躍るしー」





 辺境人は頭がおかしい。
 とまではさすがに言わないけれど、大分血気盛んというか、腕自慢というか、強さというステータスを最重要視する気風ではあるみたいだ。

 マテンステロさんが余計なことを言ったせいで、男爵さんに「らないか?」とお誘いを受けてしまうことになり、私たち旅の一行はまとめて辺境の戦士たちと手合わせする羽目になってしまった。
 非戦闘員のふりをしようと思ったけど、マテンステロさんが容赦なく「この子が一番強いわよ」などとさらに煽るようなことを言うもので、否応なしに巻き込まれてしまった。
 もう、してしまったとしか言えない。私は何一つ望んでいないんだよそんなこと。

 さすがにお風呂も夕食も済ませた後で手合わせというのもなんなので、明日のお昼前にでもいかがですかな、いいわねえ楽しみにしてるわ、などと遊びの予定でも組むかのように予定外の交流試合を組まれてしまった。
 この人たち他に娯楽がないのだろうかというくらい乗り気だ。
 そんなに力比べしたいなら熊と相撲でもしたらとリリオに八つ当たり気味にぼやいてみたら、それはたまにしますと普通の調子で返されてしまった。
 たまにするのかよ。

 熊も人間のことを恐れますから、運悪く遭遇して、狩る予定がないので追い払おうとすると、まあ相撲になりますよね、などと頭のおかしくなるようなことを言われる。
 そりゃ熊も人間のこと恐れるわ。

 夕食も済ませて、明日を楽しみにしておりますぞなどと、遠足を前にした小学生みたいにきらっきらした目の男爵に見送られてしまった。
 長男の人も割とイケメンなのに、こちらも遠足を前にした小学生みたいにきらっきらした目だ。
 そして隣を見ればこれまた遠足を前にした小学生みたいにきらっきたした目のリリオ。
 君らだけで完結してくんないかなあ。

 げんなりしつつメイドさんに案内された寝室は別棟にあった。
 棟は別とは言え渡り廊下も太い丸太を組んだログハウスっぽい造りで、寒い思いをすることもなく移動できたのはありがたい。
 部屋はそれなりに広いけれど、寒々しいということはない。
 むしろ木肌の見えるログハウス調は視覚的にも暖かみさえ感じる。
 ログハウスに泊まったことはないけれど、なんかこう、私の中では北欧とかカナダとか、あるいはメルヘンな世界観を思わせる。メルヘン、そう、サイズはあれだけど、森の小人たちの家とかそんな感じ。

 足元にある絨毯は毛の長いふわふわしたもので、独特の模様には何かしら魔法っぽい意味合いがあるのか、精霊の動きをわずかに感じる。防寒のためか、絵画の代わりでもあるのか、壁にかけられたタペストリーにお同じような気配を感じる。
 小振りな暖炉も、サイズの割に暖かいことを考えると何か仕掛けがあるのか。

 なんて考えていると、メイドさんが可愛らしいドヤ顔を見せてくれた。

「お目が高い」
「はあ」
「こちらは名物の魔術織りの絨毯でして、ちょっと地味かもしれませんが、てげぬきぃのです」
「てげぬきぃ」
「んんっ、とても暖かいのです、お客様」

 まあ、理屈はわからないけど、暖かいのはいいことだ。
 メイドさんは簡単に部屋のことを説明してくれ、それから呼び鈴みたいなのを渡してくれた。
 小さいけど、なかなかこじゃれたデザインだ。
 どうもこれはある種の魔法の道具の様で、振って鳴らすと組になったもう一つの鈴が共鳴して鳴り出すという。何か用事があるときはこれを鳴らしてくれということらしい。
 便利だけど、うっかり落としたりして鳴らさないように気をつけないとな。

 他に何かご質問はと聞かれたので、ちょっと見下ろしてから、聞いてみる。

「君も武装女中ってやつなの?」
「とんでもない! 私は普通の女中ですよう」
「ふうん。なんだか、身のこなしにスキがないから」
「そうですか? こんなものだと思いますけれど……」

 フムン。
 革の前掛けもしていなかったしまあ普通の女中なんだろうとは思ってたけど、やっぱり武装女中はそんなにごろごろしているものでもないみたいだ。
 まあ、武装女中でもない割に隙もないし、体幹もしっかりしてそうだし、辺境は標準レベルが高そうだけど。
 もしかしたら私が知らないだけで、メイドさんというものは本当にこれくらいが普通なのかもしれないけど。

 正直言うと、私の中のメイドさんの基準値がトルンペートなので、まともなメイドさんの普通が私にはわからないのだった。家事ができて気遣いができて戦闘ができてそして顔がいいんだよ。スタンダードが壊れる。

 さて、お気軽にお呼びくださいねと言い残してメイドさんが立ち去った後、私はてきぱきと寝間着に着替えてさっさと寝る準備を整える。
 旅してるときは、宿であっても一応すぐに動けるようにコンバット・ジャージを着るか、軽く首元を緩めるだけのこともあるけど、なにしろ領主のお屋敷というこれ以上ない安全地帯だ。
 今日はヴォーストで仕立てておいた寝間着を着ちゃう。
 高めの仕立屋さんで、ちゃんと寸法測ってもらったオーダーメイドだ。まあこの世界、服買おうと思ったら基本古着屋かオーダーメイドの二択なんだけど。

 デザインとしては、ネグリジェって言うのかな、ワンピースタイプのものだ。
 素材にもこだわった結果、結構なお値段がしてしまったが、悔いはない。
 この際ケチってもしょうがないと思って、お金をかけてふんわりピンクでフリルやレースもたっぷりの、少女趣味な感じ。
 私、無駄に図体がでかいからこういうデザインのって大体サイズがなくて悔しかったんだよね。
 最初着たときはやりすぎた、これは犯罪だろと思ったけど、着心地いいし楽だし、リリオもトルンペートも可愛いと言ってくれるのでまあいいかな、と。
 どうせ誰に見せるというわけでもないし、寝るときくらい好きにさせてほしい。

 本当は、たぶん着心地も性能もかなりいいだろう寝間着系の装備アイテムも持っていたんだけど、こっちに来るときはちょうどギルドの倉庫に預けてたから、インベントリには入ってなかったんだよね。残念。

 ベッドは天蓋付きでこれまたメルヘンでお姫様みたいだなとか我ながら甘ったるいことを一瞬考えもしたけど、分厚いカーテンを見るに、もしかすると防寒用なのかもしれない。
 メイドさんがいるからプライバシー保護用という用途も考えられるけど、部屋付きではないみたいだし、純粋に機能的なものかなあ。

 これはカーテンを閉め切った方がいいのかどうかと悩んでいると、ノックの音。
 応答すると、やってきたのはリリオだった。
 リリオも今日はネグリジェタイプの寝間着で、上にカーディガンを羽織っている。私が快適だとお勧めしたからか、二人も似たようなの仕立てたんだよね。さすがに私ほどお金かける気にはならなかったみたいで、グレードはちょっと落ちるけど。

 平然とメイドさんを従えているけど、全くこれっぽっちも気にした風がない自然な感じで、そのあたり一応は貴族なんだなと思う。

「あ、もう休むところでした?」
「いや、大丈夫だよ。眠れないの?」
「そういうわけでは……多分明日のこと面倒くさがってるんだろうなー、と」
「ああ、うん、それは、まあ」

 うん。
 面倒くさいは面倒くさい。

 一応身内である男爵さんのその場のノリと、確実に身内であるマテンステロさんの悪ノリで、私まで巻き込まれてしまったことを一応申し訳なく思ってくれているようだった。
 まあリリオが何かしたというわけでもないし、別に責める気はないが。

「おじさまも悪い方ではないんですけれど、辺境は尚武の気質と言いますか、武を尊ぶといいますか、あんまり他所の人に押し付けたくはないんですけれど、そう言う土地柄でして」
「まあ、悪意のない、善意百パーセントの申し出だったのはわかってるけど」

 地獄への道は善意で舗装されているとかいうけど、まあ、今回のは寄り道みたいなものだ。
 別に急ぐ旅でもないし、というか私には万事が万事急ぐ理由なんて欠片もないし、観劇料と思ってあきらめよう。

「多分、ものすごく面倒くさいと思っているとは思うんですけれど、できれば付き合っていただければ、」
「クッソ面倒だけど」
「ぐへえ」

 言葉にするまでもなく面倒極まりないけど。
 でもまあ、やるならば。

「君は」
「はい?」
「私に勝ってほしいの?」
「それは、もちろん」
「そう」

 まあ、やぶさかでもない。





用語解説

・魔術織りの絨毯
 刺繍に魔術的意味を持たせる技術と同じように、織り方に魔術的意味を持たせた絨毯。
 ただでさえ高価なものが、さらに高価になる。
 ただし、質の良いものは非常に優れた魔道具となり、所有しているだけでステータスとなるほど。

・てげぬきぃ
 意訳:とても暖かい。

・呼び鈴みたいなの
 《共鳴ともなりの鈴》。二つあるいは複数で一組の鈴。
 ひとつを鳴らすと組になっているもう片方も同じように鳴り出す効果がある。
 ただしあまり遠くまでは効果が届かず、精々同じ建物内でしか共鳴しない。
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