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第十四章 処女雪
第四話 白百合とカンパーロ男爵領
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前回のあらすじ
静かにまどろんでいたいウルウVS絶対に子供を寝かせないトルンペート。
波打つ雪の海のような境の森を抜け、空から見下ろしてもなお広い遮りの河を飛び越え、ついに、ついに私たちは辺境領にやってきたのでした。
「と言っても、まあ」
「あんまり変わり映えしないね」
「まあ冬だもの」
適当な森の傍に着陸しましたが、正直冬場の雪国はどこも似たようなものです。
とりあえず白い。
これです。
勿論、慣れ親しんだ森とかならある程度の区別もついてくるんでしょうけれど、でもそれさえも怪しくなってくるのが冬場の怖い所です。
辺境は獣も強く、飛竜も現れる、その上そんな中でも健気に野盗が現れる、とても危険な土地ですが、でも死因を比べてみると、上位に来るのは「自然」です。
獣に襲われれば死にますし、飛竜に襲われればもっと確実に死にますし、野盗と戦えばどっちが死ぬかわかりません。何なら病気でも死にます。
でもそんなものを待たなくても、辺境では人は何もしなくても死ぬのです。
凍って死ぬ。それが辺境でもっともありふれた死に方です。
内地の人間は自然との闘いとかそう言う言葉を平然と口にしますが、そもそも自然とは闘いになりません。闘ったら死にます。いかに闘わないかが自然との付き合い方なのです。
「わかりましたか、ウルウ」
「御説いちいち御尤もだと思うんだけど」
「だけど?」
「ちびっこが言うと説得力がない」
「むがー!」
そりゃあ私は小さいですけれど、しかし自然との付き合い方はウルウよりもよっぽど熟知しています。
ウルウのような都会派とは人間強度が違うのです。
「辺境貴族は体の造りが違うから話半分に聞いた方がいいわよ」
「ですよねえ」
「むーがー!」
物理的な人間強度の問題にされてしまいました。
いや、確かに辺境人の中でも辺境貴族は特に頑丈で強靭ですけれど。
まあ実際問題として、辺境領に入ったからと言って何もかもがすっかり切り替わるわけではありません。
入り口も入り口のカンパーロはまだ穏やかな方で、他所からのお客さんも観光したりできる程度ではあります。それでも大分不便は感じるようですけれど。
さて、ここから男爵がおられる町まで飛ぶとすっかり夜になってしまいますので、私たちは早めに野営の準備を整えてここで一夜を明かし、翌朝早くに出発しました。
一夜明けた朝の日差しに照らされた辺境は言葉にできないほど美しいものでした。
なんて言えば観光雑誌に記事が書けそうですけれど、正直なところこれほど見ごたえのない光景もそうはないのではないかというのが私たち《三輪百合》の総意でした。
一面の銀世界がきらきらと輝くさまは確かに美しいものかもしれませんが、ウルウ風に言えば「もう見た」というやつです。さすがに見飽きました。
ただでさえ真っ白で距離感がおかしくなるのに、何しろ恐ろしく降り積もるので、あらゆるものが起伏を失って、平坦な白がどこまでも続くのです。
ところどころに集落は見つかりますが、誤差範囲内です、もはや。
死にかけながらも、もしや辺境ってずっとこんな感じなのではとウルウが勘付き始めたころ、到着を知らせるお母様の声がしました。
それからすぐに竜車は例の激しい揺れをはじめ、私たちはしっかりと体を固定し、ウルウは世界を呪う顔をしました。
無力。
なでなでしてあげましょう。トルンペートも一緒になでなでしてくれます。
ウルウも喜んで虚無を呼吸するような顔をしてくれます。
なんかごめんなさい。
竜車が無事に着陸した様で、ようやく揺れが収まりました。
私とトルンペートは固定帯を外し、身なりを整え、それから干からびた蚯蚓のように横たわるウルウを起こしてなんとか介抱してあげました。
とはいえ、素人造りの竜車に乗った冒険屋風情です。
身なりを整えると言っても、たかがしれています。
せいぜい舐められないように、っていうくらいですもんね。
その点、私たち《三輪百合》は舐められる要素一杯です。
成人したての私に、女中の格好のトルンペート、それに場合によってはそもそも姿を見せないウルウ。
これはひどい。
まあ、別に冒険屋としての見栄を張る必要はあんまりないんですけど、一応。
程なくして外から竜車の扉が開かれ、私たちが程々には見えるように姿勢を正して竜車場へと降りていくと、ずらりと並んだ儀仗兵たちが槍を掲げ、楽団が歓迎の曲で出迎えてくれます。
私はなんだかんだこういうのに慣れていますし、その私付きの侍女であったトルンペートも同じくそうです。
ウルウは全く慣れていないようですけれど、まあウルウはやはりウルウといったところで、突然の大音量にちょっと眉を上げただけで、平常運転です。
もうちょっとこう、驚いてくれてもいいと思うんですけど。
内地の貴族なんかはもっと派手で仰々しいこともしたりするんでしょうけれど、単なる訪問者の出迎えにここまでしてくれるのってそうそうないんですよ?
私が帰ってきたというだけでなく、長らく行方不明だったお母様も一緒に帰ってくるといういわば一大行事だからこそここまでしてくれたわけでして。
そのあたりのことをもうちょっとですね。
「いま朝ごはんが喉元のあたりだからあとでいい?」
アッハイ。
限界のきわきわをつま先立ちで渡り歩くウルウは、それどころではないようでした。
たぶん、あれですね、太鼓とかの打楽器の重低音がもろにお腹に響いてるんでしょうね。
一人一人が内地の騎士を素手で完封できるような儀仗兵の間を、お母様はまるでうららかな午後の花畑でも散歩するような足取りで通り抜けていき、私たちもそのあとに続きます。
辺境を出るまでは、なんとなく、漠然と、この人たちはきっと強いんだろうなあと思っていたものでしたが、実際にいろんな人と触れ、闘い、越えてきた今では、ただの背景に徹しているこの人たちの練り上げられた強さというものがひしひしと感じられます。
具体的には、たぶんお母様が暴れ出したら全員でかからないと話にならないくらいの。
うん。
比較対象が間違っていますね。
私たちが導かれるままに進んだ先で、大きく両手を広げて出迎えてくれたのは、恰幅の良い初老の男性でした。柔和な顔つきとその体系から油断を誘われますが、それは単に太り肉というよりも、大型の獣が蓄えた分厚い肉の鎧を思わせました。
お母様の姿を見るなり大きく声を上げて笑い抱擁を交わし、私の顔を見るなり大きく頷いて柔らかなお腹で抱きしめてくれる。
まるで農家か牧場を営んでいる親戚のおじさんのような人懐っこいこの人が、ここで一番偉い人でした。
彼こそがカンパーロ男爵ネジュヴィロ・アマーロその人でした。
「いや! いや! いや! いやぁー、ようこそおかえりになられた! マテンステロ殿はすっかり顔色が良くなられたな! 南部人はやはり日に焼けたほうがよろしい!」
「おかげさまで。あなたも息災そうでよかったわ」
「いや! いや! 全く! それにリリオお嬢様! 少し見ない間に随分立派になられて!」
「お久しぶりです、おじさま。お変わりないようで」
「お嬢様はすっかり大きくなられた!」
「ふふふ、わかりますか!」
「ええ! ええ! 目を細めてなんとなーく遠めに見ますれば!」
「もー!」
「しかし、立派になられたのは本当ですとも。お顔つきが変わられた。よか武者振りじゃ!」
挨拶もそこそこに、私たちは飛竜場に隣接するお屋敷へと案内されました。
竜車と飛竜は一等腕のいい飛竜乗りが世話してくれるとのことでしたけれど、もとが飛竜乗りの少ないカンパーロの飛竜乗り。野生種のキューちゃんとピーちゃんをうまくあしらえるかちょっと不安ではあります。
お母様がよくよくしつけているから大丈夫だとは言いますけれど。
雪囲い、雪吊りと冬支度をすっかり施され、それでもなお雪に埋もれて高さが半分ほどになった庭を通って、私たちはお屋敷を見上げました。
南部造りの建物が私たちにとって物珍しく感じられたように、北部造りのお屋敷はウルウの目に興味深く映ったようでした。
ヴォーストも北部の町でしたが、あれは都会風の造りでしたし、辺境の造りはまた違います。
辺境では豊富な木材を用いた木造建築が多くみられ、特に丸太を組んだ丸太組作りが一般的です。この造りは北部でもよく見かけられますが、何といっても断熱性が高く、木肌が湿気を吸うので冬も夏も快適に過ごせる優れものです。
屋根は緩めの切妻屋根で、杮葺きか、樹皮葺きが多いですね。
おじさまのお屋敷はこの造りの建物をいくつかつなげたような形で、外壁にさらに厚板を張り、赤い塗料で塗り立てているのが特徴ですね。
この塗料は防腐・防水の役目があるそうですが、同時に派手な色で雪の中でも目立つようにしているとのことです。
「飾り気のない所で申し訳ないが、さ! さ! どうぞ中へ!」
貴族、とは言っても、辺境貴族はあまり飾りません。
というか、方向性が違います。
芸術家の絵画や彫刻よりも、獣の剥製や毛皮、武具などを飾ることが多いですね。
しかし無骨一辺倒かというとそんなことはなく、木彫りの人形や、防寒も兼ねた壁掛け絨毯など、居心地の良さを重視した暖かみのある内装なのでした。
特にカンパーロは内地との交流地でもあるので、様々な文化を思わせる品々も見られました。
おじさまはそう言った異国情緒を好むところがあり、以前来た時よりも増えているかもしれません。
それぞれ部屋に通され、荷物を下ろして一息ついたところで、私たちは寒かったろうし、疲れただろうからとお風呂を勧められました。
「おふろ」
お風呂と聞いて復活したのがウルウでした。
とはいえ、実際お風呂に向かってみると、期待とは違ったようです。
というのも、北部や辺境では、お風呂と言ったら蒸し風呂なのでした。
ヴォーストはあれで都会でしたので、浴場形式のお風呂が広まっていましたけれど、昔ながらのお風呂と言えばこれです。
たっぷりの蒸気で満たされた小部屋でじっくりと汗をかき、汚れを落とし、そして戸を開けて外に出て冷気に身をさらしたり、なんなら表面の氷を切り開いたため池に浸かったりします。
「頭おかしいんじゃないの?」
「寒空の下より水の中の方があったかいんですよ」
「頭おかしいんじゃないの?」
辺境理論は内地の方にはあまり理解されません。しかし事実なのです。
水は凍ってないんだから、凍ってる外よりあったかいんですよ。
ウルウも意味わかんないと言いながら私たちに付き合っているうちに、「水の中の方があったかい」と理解してくれました。
それから私たちは蒸し風呂で蒸され、ウルウのしっとりと汗をかく肌を眺め、それから水風呂に吶喊しては芯まで凍えそうな冷たさに沈み込み、また蒸し風呂逃げ帰って蒸されというのを繰り返し、辺境流のお風呂を楽しんだのでした。
用語解説
・儀仗兵
内地では儀仗兵と言えば見栄えは非常にいいけれど実際に闘うことはない張り子の兵、と見られることが多いが、辺境の儀仗兵は「見た目のいいでかくて旧式の武装で最新装備の連中を相手に戦える」エリートがやることになっており、実力も高い。
そもそも全員が飛竜革の鎧や大具足裾払の武器などを装備しているというだけで、内地の騎士とは一線を画している。
・ネジュヴィロ・アマーロ(neĝviro Amaro)
当代カンパーロ男爵。いわゆるトドのような体形と称される恰幅の良い初老の男性。
辺境貴族では最も弱いとされるが、仮に飛竜がカンパーロまで到達してしまった場合でも対応できるだけの胆力と覚悟、実力がある。
・蒸し風呂
辺境や北部の一部では、風呂と言えば蒸し風呂が一般的である。
風呂の神流行が届いていないというのもあるが、大量の水を湧かして温度を維持するというのが極寒のこの国では難しいという理由もあるようだ。
一家にひとつはさすがにないが、集落に必ず一つはある。
静かにまどろんでいたいウルウVS絶対に子供を寝かせないトルンペート。
波打つ雪の海のような境の森を抜け、空から見下ろしてもなお広い遮りの河を飛び越え、ついに、ついに私たちは辺境領にやってきたのでした。
「と言っても、まあ」
「あんまり変わり映えしないね」
「まあ冬だもの」
適当な森の傍に着陸しましたが、正直冬場の雪国はどこも似たようなものです。
とりあえず白い。
これです。
勿論、慣れ親しんだ森とかならある程度の区別もついてくるんでしょうけれど、でもそれさえも怪しくなってくるのが冬場の怖い所です。
辺境は獣も強く、飛竜も現れる、その上そんな中でも健気に野盗が現れる、とても危険な土地ですが、でも死因を比べてみると、上位に来るのは「自然」です。
獣に襲われれば死にますし、飛竜に襲われればもっと確実に死にますし、野盗と戦えばどっちが死ぬかわかりません。何なら病気でも死にます。
でもそんなものを待たなくても、辺境では人は何もしなくても死ぬのです。
凍って死ぬ。それが辺境でもっともありふれた死に方です。
内地の人間は自然との闘いとかそう言う言葉を平然と口にしますが、そもそも自然とは闘いになりません。闘ったら死にます。いかに闘わないかが自然との付き合い方なのです。
「わかりましたか、ウルウ」
「御説いちいち御尤もだと思うんだけど」
「だけど?」
「ちびっこが言うと説得力がない」
「むがー!」
そりゃあ私は小さいですけれど、しかし自然との付き合い方はウルウよりもよっぽど熟知しています。
ウルウのような都会派とは人間強度が違うのです。
「辺境貴族は体の造りが違うから話半分に聞いた方がいいわよ」
「ですよねえ」
「むーがー!」
物理的な人間強度の問題にされてしまいました。
いや、確かに辺境人の中でも辺境貴族は特に頑丈で強靭ですけれど。
まあ実際問題として、辺境領に入ったからと言って何もかもがすっかり切り替わるわけではありません。
入り口も入り口のカンパーロはまだ穏やかな方で、他所からのお客さんも観光したりできる程度ではあります。それでも大分不便は感じるようですけれど。
さて、ここから男爵がおられる町まで飛ぶとすっかり夜になってしまいますので、私たちは早めに野営の準備を整えてここで一夜を明かし、翌朝早くに出発しました。
一夜明けた朝の日差しに照らされた辺境は言葉にできないほど美しいものでした。
なんて言えば観光雑誌に記事が書けそうですけれど、正直なところこれほど見ごたえのない光景もそうはないのではないかというのが私たち《三輪百合》の総意でした。
一面の銀世界がきらきらと輝くさまは確かに美しいものかもしれませんが、ウルウ風に言えば「もう見た」というやつです。さすがに見飽きました。
ただでさえ真っ白で距離感がおかしくなるのに、何しろ恐ろしく降り積もるので、あらゆるものが起伏を失って、平坦な白がどこまでも続くのです。
ところどころに集落は見つかりますが、誤差範囲内です、もはや。
死にかけながらも、もしや辺境ってずっとこんな感じなのではとウルウが勘付き始めたころ、到着を知らせるお母様の声がしました。
それからすぐに竜車は例の激しい揺れをはじめ、私たちはしっかりと体を固定し、ウルウは世界を呪う顔をしました。
無力。
なでなでしてあげましょう。トルンペートも一緒になでなでしてくれます。
ウルウも喜んで虚無を呼吸するような顔をしてくれます。
なんかごめんなさい。
竜車が無事に着陸した様で、ようやく揺れが収まりました。
私とトルンペートは固定帯を外し、身なりを整え、それから干からびた蚯蚓のように横たわるウルウを起こしてなんとか介抱してあげました。
とはいえ、素人造りの竜車に乗った冒険屋風情です。
身なりを整えると言っても、たかがしれています。
せいぜい舐められないように、っていうくらいですもんね。
その点、私たち《三輪百合》は舐められる要素一杯です。
成人したての私に、女中の格好のトルンペート、それに場合によってはそもそも姿を見せないウルウ。
これはひどい。
まあ、別に冒険屋としての見栄を張る必要はあんまりないんですけど、一応。
程なくして外から竜車の扉が開かれ、私たちが程々には見えるように姿勢を正して竜車場へと降りていくと、ずらりと並んだ儀仗兵たちが槍を掲げ、楽団が歓迎の曲で出迎えてくれます。
私はなんだかんだこういうのに慣れていますし、その私付きの侍女であったトルンペートも同じくそうです。
ウルウは全く慣れていないようですけれど、まあウルウはやはりウルウといったところで、突然の大音量にちょっと眉を上げただけで、平常運転です。
もうちょっとこう、驚いてくれてもいいと思うんですけど。
内地の貴族なんかはもっと派手で仰々しいこともしたりするんでしょうけれど、単なる訪問者の出迎えにここまでしてくれるのってそうそうないんですよ?
私が帰ってきたというだけでなく、長らく行方不明だったお母様も一緒に帰ってくるといういわば一大行事だからこそここまでしてくれたわけでして。
そのあたりのことをもうちょっとですね。
「いま朝ごはんが喉元のあたりだからあとでいい?」
アッハイ。
限界のきわきわをつま先立ちで渡り歩くウルウは、それどころではないようでした。
たぶん、あれですね、太鼓とかの打楽器の重低音がもろにお腹に響いてるんでしょうね。
一人一人が内地の騎士を素手で完封できるような儀仗兵の間を、お母様はまるでうららかな午後の花畑でも散歩するような足取りで通り抜けていき、私たちもそのあとに続きます。
辺境を出るまでは、なんとなく、漠然と、この人たちはきっと強いんだろうなあと思っていたものでしたが、実際にいろんな人と触れ、闘い、越えてきた今では、ただの背景に徹しているこの人たちの練り上げられた強さというものがひしひしと感じられます。
具体的には、たぶんお母様が暴れ出したら全員でかからないと話にならないくらいの。
うん。
比較対象が間違っていますね。
私たちが導かれるままに進んだ先で、大きく両手を広げて出迎えてくれたのは、恰幅の良い初老の男性でした。柔和な顔つきとその体系から油断を誘われますが、それは単に太り肉というよりも、大型の獣が蓄えた分厚い肉の鎧を思わせました。
お母様の姿を見るなり大きく声を上げて笑い抱擁を交わし、私の顔を見るなり大きく頷いて柔らかなお腹で抱きしめてくれる。
まるで農家か牧場を営んでいる親戚のおじさんのような人懐っこいこの人が、ここで一番偉い人でした。
彼こそがカンパーロ男爵ネジュヴィロ・アマーロその人でした。
「いや! いや! いや! いやぁー、ようこそおかえりになられた! マテンステロ殿はすっかり顔色が良くなられたな! 南部人はやはり日に焼けたほうがよろしい!」
「おかげさまで。あなたも息災そうでよかったわ」
「いや! いや! 全く! それにリリオお嬢様! 少し見ない間に随分立派になられて!」
「お久しぶりです、おじさま。お変わりないようで」
「お嬢様はすっかり大きくなられた!」
「ふふふ、わかりますか!」
「ええ! ええ! 目を細めてなんとなーく遠めに見ますれば!」
「もー!」
「しかし、立派になられたのは本当ですとも。お顔つきが変わられた。よか武者振りじゃ!」
挨拶もそこそこに、私たちは飛竜場に隣接するお屋敷へと案内されました。
竜車と飛竜は一等腕のいい飛竜乗りが世話してくれるとのことでしたけれど、もとが飛竜乗りの少ないカンパーロの飛竜乗り。野生種のキューちゃんとピーちゃんをうまくあしらえるかちょっと不安ではあります。
お母様がよくよくしつけているから大丈夫だとは言いますけれど。
雪囲い、雪吊りと冬支度をすっかり施され、それでもなお雪に埋もれて高さが半分ほどになった庭を通って、私たちはお屋敷を見上げました。
南部造りの建物が私たちにとって物珍しく感じられたように、北部造りのお屋敷はウルウの目に興味深く映ったようでした。
ヴォーストも北部の町でしたが、あれは都会風の造りでしたし、辺境の造りはまた違います。
辺境では豊富な木材を用いた木造建築が多くみられ、特に丸太を組んだ丸太組作りが一般的です。この造りは北部でもよく見かけられますが、何といっても断熱性が高く、木肌が湿気を吸うので冬も夏も快適に過ごせる優れものです。
屋根は緩めの切妻屋根で、杮葺きか、樹皮葺きが多いですね。
おじさまのお屋敷はこの造りの建物をいくつかつなげたような形で、外壁にさらに厚板を張り、赤い塗料で塗り立てているのが特徴ですね。
この塗料は防腐・防水の役目があるそうですが、同時に派手な色で雪の中でも目立つようにしているとのことです。
「飾り気のない所で申し訳ないが、さ! さ! どうぞ中へ!」
貴族、とは言っても、辺境貴族はあまり飾りません。
というか、方向性が違います。
芸術家の絵画や彫刻よりも、獣の剥製や毛皮、武具などを飾ることが多いですね。
しかし無骨一辺倒かというとそんなことはなく、木彫りの人形や、防寒も兼ねた壁掛け絨毯など、居心地の良さを重視した暖かみのある内装なのでした。
特にカンパーロは内地との交流地でもあるので、様々な文化を思わせる品々も見られました。
おじさまはそう言った異国情緒を好むところがあり、以前来た時よりも増えているかもしれません。
それぞれ部屋に通され、荷物を下ろして一息ついたところで、私たちは寒かったろうし、疲れただろうからとお風呂を勧められました。
「おふろ」
お風呂と聞いて復活したのがウルウでした。
とはいえ、実際お風呂に向かってみると、期待とは違ったようです。
というのも、北部や辺境では、お風呂と言ったら蒸し風呂なのでした。
ヴォーストはあれで都会でしたので、浴場形式のお風呂が広まっていましたけれど、昔ながらのお風呂と言えばこれです。
たっぷりの蒸気で満たされた小部屋でじっくりと汗をかき、汚れを落とし、そして戸を開けて外に出て冷気に身をさらしたり、なんなら表面の氷を切り開いたため池に浸かったりします。
「頭おかしいんじゃないの?」
「寒空の下より水の中の方があったかいんですよ」
「頭おかしいんじゃないの?」
辺境理論は内地の方にはあまり理解されません。しかし事実なのです。
水は凍ってないんだから、凍ってる外よりあったかいんですよ。
ウルウも意味わかんないと言いながら私たちに付き合っているうちに、「水の中の方があったかい」と理解してくれました。
それから私たちは蒸し風呂で蒸され、ウルウのしっとりと汗をかく肌を眺め、それから水風呂に吶喊しては芯まで凍えそうな冷たさに沈み込み、また蒸し風呂逃げ帰って蒸されというのを繰り返し、辺境流のお風呂を楽しんだのでした。
用語解説
・儀仗兵
内地では儀仗兵と言えば見栄えは非常にいいけれど実際に闘うことはない張り子の兵、と見られることが多いが、辺境の儀仗兵は「見た目のいいでかくて旧式の武装で最新装備の連中を相手に戦える」エリートがやることになっており、実力も高い。
そもそも全員が飛竜革の鎧や大具足裾払の武器などを装備しているというだけで、内地の騎士とは一線を画している。
・ネジュヴィロ・アマーロ(neĝviro Amaro)
当代カンパーロ男爵。いわゆるトドのような体形と称される恰幅の良い初老の男性。
辺境貴族では最も弱いとされるが、仮に飛竜がカンパーロまで到達してしまった場合でも対応できるだけの胆力と覚悟、実力がある。
・蒸し風呂
辺境や北部の一部では、風呂と言えば蒸し風呂が一般的である。
風呂の神流行が届いていないというのもあるが、大量の水を湧かして温度を維持するというのが極寒のこの国では難しいという理由もあるようだ。
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