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第十章 温泉街なんですけど!?
第二話 亡霊と茨の魔物
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前回のあらすじ
ひなびた田舎町レモへと到着した一向。
何事もなく退屈な町になりそうだと思いきや、何やら騒ぎが。
「茨の魔物が出た、ですか?」
遠巻きにしている住人から話を聞けば、なんでも茨の魔物とやらが出て、それをみんなで逃がさないように囲んでいるとのことだった。
茨の魔物とは何かと聞けば、近頃レモの町を騒がしている奇妙な魔獣で、ひとに憑りついては悪さをさせ、やがて育ち切ると宿主から離れて種をまき、またひとに憑りつくのだという。
その繰り返しで増えていくので、もし前兆が見られたらすぐに確認し、また正体を現したら決して逃がさず倒してしまわなければならないという。
成程。それはなかなか聞かない魔獣である。
そしてまた、住人たちが逃げ惑うだけでなく、きちんと当事者として向かい合い、この魔獣をどうにかしようと対処しているのも他では見ない光景だった。大概の場合、冒険屋や衛兵に任せてしまうものだ。
そういうと、話を聞いていた若者は照れ臭そうに鼻をこすっていった。
「へへっ、そんな情けない真似したら聖女様に申し訳が立たねえや」
聖女様というのは何かと聞けば、いや、聞くのはやめた。どうも目つきが実にキラキラと輝いていて、話始めたらとてもではないが短くは済まなさそうだったからである。
ただその聖女様が来ているのかと聞けば、丁度少し離れたところにいて、今もすぐに人が走って呼びに行き、それに応えて駆けつけようとしてくれているはずだが、どうしたって人の脚であるし、混んでいるから、いましばらくかかるということであった。
「ウルウ」
「好きにしなよ」
これを聞いて頷いたのがリリオである。
まあ、わかり切っていた。すぐにでも聖女様とやらが来て解決してくれるならリリオも手を出しはしなかっただろうが、すぐとはいかず、今現在困っているというのなら、手を貸すのもやぶさかではないというか、手を貸したがるのがリリオというやつなのだ。
とはいえ、ここからでは私はともかくリリオは様子も見えない。
「肩車してあげよっか」
「魅力的ですけれど、また今度」
私たちは人込みをかき分け、輪の中心へと向かっていった。
するとその茨の魔物とやらが見えてくるのだが、成程奇妙な魔物である。
人混みがある程度距離を取って輪になっているその中心では、ぐったりと少年が倒れこんでいる。この少年の背中のあたりからずるずると墨のように黒い茨が伸びては幾何学的模様を描き、ふらりふらりと周囲を威嚇するように伸び縮みしているのである。
それに向けて、周囲の人たちが、桶や、ひしゃくなどで水をかけている。
「あれは何を?」
「温泉の水をかけてるんですよ。癒しの力が、茨の魔物に効くんです」
近くの人に聞いてみたが、なるほど、致命的とは思えないが、茨はその温泉の水とやらを嫌がって避けるようである。
「人に憑りつくと聞きましたけど、これだけ人が集まっていたら、他の人に憑りついてしまうんじゃ?」
「なんでも心をしっかり構えていると、茨の魔物も取り付けないみたいで、こうしてこっちが強気だと、暴れて怖がらせるしかないみたいなんですよ。とはいえ、近寄れば本当に危ないですから、衛兵や聖女様を待つほかにはないんですけれど」
成程。こうして逃がさないようにはできるけれど、退治するところまでは、普通の人には難しいわけだ。
私が少し背伸びして遠くまで改めてみたけれど、いまだに応援は来そうにない。憑りつかれている少年の衰弱も酷そうだし、ここはひとつ、早めに片付けた方がいいだろう。
「リリオ」
「ええ」
リリオが一歩踏み出して剣を抜いた。
「おい」
「おい、なにをしている」
「冒険屋です! 義によって助太刀いたします!」
「冒険屋」
「冒険屋だ!」
「気をつけろ、手強いぞ!」
東部は事件が少ないから冒険屋が少ない。いても、より事件の多いよそへと出稼ぎに出てしまう。
だから冒険屋に対する期待というものは微妙な所があったが、それでもリリオの剣を構える姿の隙のないこと、また小柄ななりに真剣な顔つきに、周囲も茶化したり、無理に止めるということはない。
とはいえリリオは細かい制御が難しいところがあるからな。
私が手伝ってやった方が確実だろう。
私は《隠蓑》で姿を隠して一足に茨の魔物へ踏み込み、少年の背中から生えた根元をひっつかみ、これを勢いよく引きずりぬいた。私の存在に気付けなかった茨の魔物はさすがにこの突然の暴挙に対応できなかったらしく、ぐるんと内側に丸まりながら放り投げられる。
どこへ?
決まっている。
「はあっ!」
雷精を集めた剣を振りかざした、リリオに向けてだ。
茨の魔物は最後のあがきと言うようにリリオに向けて茨をばらりと吐き出したが、時すでに遅し、白熱した刀身がこの魔物を真っ二つに切り裂き、次いで横なぎの一閃がさらに十字に切り込み、ばらけかけた茨にとどめとばかりに目もくらむような放電が投じられ、これを黒焦げに焼き尽くしたのであった。
さしもの茨の魔物もこの連続技には耐えられなかったようで、ばらばらに崩れては煙のようにかき消えていく。
一泊遅れてわっと沸き上がった歓声から考えるに、どうやらこれでとどめをさせたものとみて、よいだろう。
私は《隠蓑》を解いてリリオのそばに戻ってやった。もみくちゃにされたら、この小さな勇者はあっという間に人込みに埋もれてしまうだろうから。
用語解説
・茨の魔物
異界からやってきたとされる魔獣。
形而下においては黒い茨のような姿で認識される。
人の心に取り付いて毒を育て、凶行に走らせて毒をまき散らし、繁殖するとされる。
ひなびた田舎町レモへと到着した一向。
何事もなく退屈な町になりそうだと思いきや、何やら騒ぎが。
「茨の魔物が出た、ですか?」
遠巻きにしている住人から話を聞けば、なんでも茨の魔物とやらが出て、それをみんなで逃がさないように囲んでいるとのことだった。
茨の魔物とは何かと聞けば、近頃レモの町を騒がしている奇妙な魔獣で、ひとに憑りついては悪さをさせ、やがて育ち切ると宿主から離れて種をまき、またひとに憑りつくのだという。
その繰り返しで増えていくので、もし前兆が見られたらすぐに確認し、また正体を現したら決して逃がさず倒してしまわなければならないという。
成程。それはなかなか聞かない魔獣である。
そしてまた、住人たちが逃げ惑うだけでなく、きちんと当事者として向かい合い、この魔獣をどうにかしようと対処しているのも他では見ない光景だった。大概の場合、冒険屋や衛兵に任せてしまうものだ。
そういうと、話を聞いていた若者は照れ臭そうに鼻をこすっていった。
「へへっ、そんな情けない真似したら聖女様に申し訳が立たねえや」
聖女様というのは何かと聞けば、いや、聞くのはやめた。どうも目つきが実にキラキラと輝いていて、話始めたらとてもではないが短くは済まなさそうだったからである。
ただその聖女様が来ているのかと聞けば、丁度少し離れたところにいて、今もすぐに人が走って呼びに行き、それに応えて駆けつけようとしてくれているはずだが、どうしたって人の脚であるし、混んでいるから、いましばらくかかるということであった。
「ウルウ」
「好きにしなよ」
これを聞いて頷いたのがリリオである。
まあ、わかり切っていた。すぐにでも聖女様とやらが来て解決してくれるならリリオも手を出しはしなかっただろうが、すぐとはいかず、今現在困っているというのなら、手を貸すのもやぶさかではないというか、手を貸したがるのがリリオというやつなのだ。
とはいえ、ここからでは私はともかくリリオは様子も見えない。
「肩車してあげよっか」
「魅力的ですけれど、また今度」
私たちは人込みをかき分け、輪の中心へと向かっていった。
するとその茨の魔物とやらが見えてくるのだが、成程奇妙な魔物である。
人混みがある程度距離を取って輪になっているその中心では、ぐったりと少年が倒れこんでいる。この少年の背中のあたりからずるずると墨のように黒い茨が伸びては幾何学的模様を描き、ふらりふらりと周囲を威嚇するように伸び縮みしているのである。
それに向けて、周囲の人たちが、桶や、ひしゃくなどで水をかけている。
「あれは何を?」
「温泉の水をかけてるんですよ。癒しの力が、茨の魔物に効くんです」
近くの人に聞いてみたが、なるほど、致命的とは思えないが、茨はその温泉の水とやらを嫌がって避けるようである。
「人に憑りつくと聞きましたけど、これだけ人が集まっていたら、他の人に憑りついてしまうんじゃ?」
「なんでも心をしっかり構えていると、茨の魔物も取り付けないみたいで、こうしてこっちが強気だと、暴れて怖がらせるしかないみたいなんですよ。とはいえ、近寄れば本当に危ないですから、衛兵や聖女様を待つほかにはないんですけれど」
成程。こうして逃がさないようにはできるけれど、退治するところまでは、普通の人には難しいわけだ。
私が少し背伸びして遠くまで改めてみたけれど、いまだに応援は来そうにない。憑りつかれている少年の衰弱も酷そうだし、ここはひとつ、早めに片付けた方がいいだろう。
「リリオ」
「ええ」
リリオが一歩踏み出して剣を抜いた。
「おい」
「おい、なにをしている」
「冒険屋です! 義によって助太刀いたします!」
「冒険屋」
「冒険屋だ!」
「気をつけろ、手強いぞ!」
東部は事件が少ないから冒険屋が少ない。いても、より事件の多いよそへと出稼ぎに出てしまう。
だから冒険屋に対する期待というものは微妙な所があったが、それでもリリオの剣を構える姿の隙のないこと、また小柄ななりに真剣な顔つきに、周囲も茶化したり、無理に止めるということはない。
とはいえリリオは細かい制御が難しいところがあるからな。
私が手伝ってやった方が確実だろう。
私は《隠蓑》で姿を隠して一足に茨の魔物へ踏み込み、少年の背中から生えた根元をひっつかみ、これを勢いよく引きずりぬいた。私の存在に気付けなかった茨の魔物はさすがにこの突然の暴挙に対応できなかったらしく、ぐるんと内側に丸まりながら放り投げられる。
どこへ?
決まっている。
「はあっ!」
雷精を集めた剣を振りかざした、リリオに向けてだ。
茨の魔物は最後のあがきと言うようにリリオに向けて茨をばらりと吐き出したが、時すでに遅し、白熱した刀身がこの魔物を真っ二つに切り裂き、次いで横なぎの一閃がさらに十字に切り込み、ばらけかけた茨にとどめとばかりに目もくらむような放電が投じられ、これを黒焦げに焼き尽くしたのであった。
さしもの茨の魔物もこの連続技には耐えられなかったようで、ばらばらに崩れては煙のようにかき消えていく。
一泊遅れてわっと沸き上がった歓声から考えるに、どうやらこれでとどめをさせたものとみて、よいだろう。
私は《隠蓑》を解いてリリオのそばに戻ってやった。もみくちゃにされたら、この小さな勇者はあっという間に人込みに埋もれてしまうだろうから。
用語解説
・茨の魔物
異界からやってきたとされる魔獣。
形而下においては黒い茨のような姿で認識される。
人の心に取り付いて毒を育て、凶行に走らせて毒をまき散らし、繁殖するとされる。
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