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第九章 静かの音色

第九話 鉄砲百合と謎の館

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前回のあらすじ
不動産屋で話を聞いた三人。
錬金術師の館だったというが。





 あたしたちは、もしかしたら音色の正体と何か関係があるかもしれないと説得して不動産屋さんに許可を取り、それから今度は早めに夕食を取ってから、改めて夕時に館へとやってきた。

 昼間はただ優美だった館は、いざ夜のとばりに包まれ始めると、不思議な、淡い燐光に包まれたようだった。館の照明が次々に灯され、そしてあの音色が響き始める。厳かで、静けさすら感じさせる、あの自鳴琴の音色が。

「間違いないみたいね」
「というよりここまで異変たっぷりなのに今まで気づかなかった町の人もどうかと」
「郊外だし、住人も変人だったみたいだしねえ」

 あたしたちは例の耳栓のおかげで、音色の影響を受けはしなかった。
 しかしこの先は、音色だけでなくどんな脅威があるとも知れない。

 リリオは腰の剣を確かめ、あたしも仕込んだ短刀を検めた。
 ウルウだけは、まあ、いつも通りぬぼーっと突っ立ってるだけだけど、こいつをどうこうしようという方が難しいし、いまさら何を言おうとも思わない。
 第一ウルウがどうにかしようと動いた時は、つまり大体が対象を爆破するか破壊するか、もしくは即死させるかという物騒な手段しか持ち合わせていないのだ。

 それならいっそ大人しく見物してくれていた方がずいぶん助かる。

 あたしたちは門扉をくぐり、よく手入れのなされた庭を進み、そして美しい装飾のなされた正面玄関に辿り着いた。玄関先はチリ一つなくきれいに掃き清められていて、それがかえって館の奇妙さを浮き立たせていた。誰も出入りしていないはずの館なのに、いったい誰が。

 あたしはらしくもなく乾いた唇を舌先で舐め、リリオも腰の剣に手をかけたままだ。

 不動産屋さんから鍵を借り受けたウルウはのっそりと扉まで進み――そしておもむろに、鍵を開けなかった。

 開けなかった。

 代わりにウルウはほっそりとした指先を伸ばして、獅子の顔を模した叩き金を丁寧に叩いたのだった。

「ちょっと、何してんの?」
「いや、一応礼儀かなって。ノッカー叩くの」
「住人もいないのに何を、」

 がちゃり。

 と音を立てて扉が開かれたのはそのときだった。
 あたしたちがとっさに身構える先で、扉は油切れの嫌な音もなくしずしずと開かれ、美しく整えられた玄関広間に通されたのだった。

「……迂闊なことはしない方がよさそうだ」
「あんたが言う?」

 ウルウは神妙そうにうなずいて、無造作に玄関広間に踏み入った。あまりにも無警戒すぎるだろう挙動だけれど、しかし、あたしたち三人の中で最も危険に対して対応力があるのはウルウであるのは間違いなく、この無造作な身のこなしでさえも大抵の危険は実際回避しうるのだ。

 まあ、本人は本当に至って無造作で無警戒なんだろうけれど。

 ウルウって臆病なくせに結構顔突っ込みたがるというか、危険だとわかっていても近くで見たがる悪癖があるわよね。リリオに言わせれば、がウルウの定位置ってことなんだけど。

 あたしたちが玄関広間に足を踏み入れると、背後でゆっくりと扉が閉ざされた。
 閉じ込められたか、とも思ったけれど、鍵も開いたままだし、扉が閉まった以外は、魔獣が飛び出してきたり、亡霊ファントーモが現れたりと言うこともなく、至って平穏なものである。

 しかし変化はすぐに訪れた。
 奥の間へと続く照明が音もなくともされ、その先の扉ががちゃりと開いたのだ。

「どうします?」
「あてもないし、行ってみる?」
「まあ罠だって言うなら、今更だしね」

 あたしたちは慎重に辺りを見回しながら問題の部屋に踏み入り、そして絶句した。

「……なにこれ」
「……なんでしょうこれ」
「お茶とお茶菓子」
「そういうことじゃなくて」

 でも、まあ、端的に言うならそう言うことだった。

 扉の先はこじゃれた応接室になっていて、よくよく磨かれた卓には、いま入れたばかりのように湯気を立てる甘茶ドルチャテオの湯飲みが人数分、それに焼き菓子が皿に盛られて置かれているのだった。

「いい香りだ。いい茶葉を使ってるね。淹れ方もいい」
「あんたはいつだって暢気ね」

 甘茶ドルチャテオの香りをそう評するウルウに呆れながら、あたしたちは慎重に室内を見回した。
 いったいどんな仕掛けかはわからない。しかし、何者かが潜んでいるのは確かなのだ。
 あたしたちを先回りし、扉を開け閉めし、明かりをともし、そして今度はこのように茶と茶菓子まで用意して見せた。
 いったい何のつもりかはわからないけど、でも怪しいのは確かだ。

 リリオが意を決して剣を抜き、そしてあたしも短刀を構えた。

 その瞬間、館はあたしたちに牙をむいたのだった。





用語解説

・語るまでもねえ
 わかるな?
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