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第九章 静かの音色
第八話 亡霊と不動産屋
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前回のあらすじ
住人がいないとはいえ人の持ち家に勝手に侵入しようとする三人組。
事案だ。
「ああ、ブラウノさんですね」
町役場の時と同じく《特濃人参ジュース》を飲ませて回復させた不動産屋は、錬金術師と聞いてすぐにその名前を思い出してくれた。
「エメット・ブラウノさん、いや、博士か。博士、とか、ブラウノ博士って呼ばないと返事しない偏屈な人でしてね」
奇麗に整頓されたファイルを取り出して、ぱらぱらとめくると、不動産屋は屋敷の見取り図を取り出してくれた。
「実際、帝都大学で博士号とった偉い人らしいんですけれどね、あたしらからすれば妙な実験ばかりしてる人って印象でしたねえ」
私は見取り図を覚え終えると、そのままリリオとトルンペートに渡して、会話に集中することにした。
《気さくな会話》というのは私の《技能》の中でもかなり《SP》を消費する方なのだ。ゲーム風に言えば。
「錬金術師ということでしたけれど……」
「まあ、あたしらにとっちゃ錬金術師も魔術師も区別がつかないんですけどね、そう、錬金術を専門にしてるとかで、よく庭先に妙な機械やらいろいろ出して、妙な実験してましたねえ」
「妙な実験というのは……具体的には?」
「学者じゃないんで詳しいことはわかりませんけどね、なんだか変な色の煙が出てたり、爆発したりなんてのはしょっちゅうでしたよ。あの日もねえ、嵐だって言うのに庭先に妙な箱引きずり出して、鉄棒なんておったてるから、そりゃ雷も落ちますよ」
「鉄棒?」
「ええ、ええ、もう片付けちまいましたけど、こう、金属の箱にね、まっすぐ鉄の棒が突き立ってたんですよ。突き立ててる最中に雷が落ちたんですかねえ、それで感電死」
実験とやらのよくはわからないが、もしかするとそれは落雷を捉えようとしたのかもしれなかった。避雷針ならぬ誘雷針で雷をとらえ、落雷の電気そのものか、そのエネルギーを得て、何かしらの実験に用いようとしたのかもしれない。
さすがに専門外どころか、その実験とやらを見ていない私には判断しかねるが。
「遺体の発見はどなたが?」
「あたしです。何しろいい年でしたし、いつも妙な実験やってて危ないですから、あたしも気にかけてましてね。それで、嵐のあった日も爆発音なんかしてましたから、気になって翌朝見に行ったら、ひどい火傷負って倒れてるのを見つけまして。慌てて医者呼びましたけどね、そのときにはもうお陀仏でしたよ」
私はこの世界の葬儀に関しては詳しくはないのだが、どの町や村にも必ず、他の神殿はなくても冥府の神の神殿やお社があり、そこで神官が弔うのだという。
ブラウノ博士の遺体もそのように、冥府の神の神殿へと運ばれ、無縁仏としてささやかながらも葬儀が行われ、荼毘に付されたのち墓地に埋葬されたのだという。思いっきり仏教用語というか元の世界の慣習に基づいて言ってしまったけど、つまり縁者も身寄りもない孤独な遺体として、火葬されて埋葬されたということだ。
一応火葬なんだな、この世界。衛生的ではあるだろうけれど、なんだか意外だ。
勝手な想像だけど普通に土葬で、アンデッドとか出ると思ってた。考えてみれば今までそう言う依頼受けたことないし、もともとアンデッドなんてない世界観なのか、それともアンデッドになるから火葬するのか。
まあいい。
そう言うアンデッド観は、実際にアンデッドが出そうな依頼とか受けた時に考えることにしよう。私ゾンビ映画あんまり見ないし得意でもないから、できれば遠慮したいが。
「えー、その、妙な事をお伺いしますが、その後ブラウノ博士の亡霊が出たりとかは」
「しっかりと葬儀も行われましたしね、そんなことはありませんよ」
一応聞いておいたけど、そういうものなんだ。やはりアンデッド対策としての一面もあるのかな。
「その後、館に妙な点などは?」
「そりゃもう、何しろ錬金術の実験やらなんやらで妙な器具やら素材やらがたくさん転がってましたよ。まあ、荒らすのも申し訳ないし、何しろ錬金術の道具なんてものは勝手がわからないもんで、買い手がついた時に処分するなり活用するなりしてもらおうと思って、そのままにしていますがね」
「すると……館にはお入りになられた?」
「そりゃあなた、入らなけりゃ改められないでしょう」
「その後も手入れを?」
「いやあ、何しろ葬儀だの掃除だのどたばたが済んだはいいけれど、その後、例の奇妙な音色が響きはじめたでしょう、あたしどももすっかり生気を抜かれちまって、とてもじゃないけどそんなそんな」
フムン。
これはちょっと妙な話だった。
私たちは館の内部にまでは侵入していないので細かいことはわからないのだけれど、しかし、その後誰も出入りしていないとするならば、いったい誰が庭木の手入れをしていたのだろうか。また一年間も放置されていて、あれだけ優美な外観を維持できるものだろうか。
「その不思議な音色と、館については、関連付けて考えはしなかったと」
「いま言われりゃあ、時期も重なるし、怪しいかもと思いますがね、何しろ美しい音色だったもんだから、怪しむ前に聞きほれちまいましてね」
それで気づけば、気にかけるどころではない衰弱状態に陥ったわけだ。
これは、もしかするとこの不動産屋が特別抜けているという訳ではないのかもしれない。
私だってこうして状況が符合しなければ無縁仏と謎のメロディに関連を持たせようとは思わない。
ただ、この町の住人に関して言うならば、殊更、というべきかもしれない。
「こうしてひどい目にあわされてもねえ、それでも、ああ、いい音色だなと思うもんですよ」
なにしろ、ちょっと感性が、音楽に偏り過ぎている。
用語解説
・エメット・ブラウノ(Emmetto L. Browno)
帝都大学で魔力を他のエネルギーに、他のエネルギーを魔力に変換する論文で博士号を取った錬金術師。
魔力炉の改良などで名を上げたが、年齢と、そして気ままに実験したいということで東部に移り住んだ。
・
住人がいないとはいえ人の持ち家に勝手に侵入しようとする三人組。
事案だ。
「ああ、ブラウノさんですね」
町役場の時と同じく《特濃人参ジュース》を飲ませて回復させた不動産屋は、錬金術師と聞いてすぐにその名前を思い出してくれた。
「エメット・ブラウノさん、いや、博士か。博士、とか、ブラウノ博士って呼ばないと返事しない偏屈な人でしてね」
奇麗に整頓されたファイルを取り出して、ぱらぱらとめくると、不動産屋は屋敷の見取り図を取り出してくれた。
「実際、帝都大学で博士号とった偉い人らしいんですけれどね、あたしらからすれば妙な実験ばかりしてる人って印象でしたねえ」
私は見取り図を覚え終えると、そのままリリオとトルンペートに渡して、会話に集中することにした。
《気さくな会話》というのは私の《技能》の中でもかなり《SP》を消費する方なのだ。ゲーム風に言えば。
「錬金術師ということでしたけれど……」
「まあ、あたしらにとっちゃ錬金術師も魔術師も区別がつかないんですけどね、そう、錬金術を専門にしてるとかで、よく庭先に妙な機械やらいろいろ出して、妙な実験してましたねえ」
「妙な実験というのは……具体的には?」
「学者じゃないんで詳しいことはわかりませんけどね、なんだか変な色の煙が出てたり、爆発したりなんてのはしょっちゅうでしたよ。あの日もねえ、嵐だって言うのに庭先に妙な箱引きずり出して、鉄棒なんておったてるから、そりゃ雷も落ちますよ」
「鉄棒?」
「ええ、ええ、もう片付けちまいましたけど、こう、金属の箱にね、まっすぐ鉄の棒が突き立ってたんですよ。突き立ててる最中に雷が落ちたんですかねえ、それで感電死」
実験とやらのよくはわからないが、もしかするとそれは落雷を捉えようとしたのかもしれなかった。避雷針ならぬ誘雷針で雷をとらえ、落雷の電気そのものか、そのエネルギーを得て、何かしらの実験に用いようとしたのかもしれない。
さすがに専門外どころか、その実験とやらを見ていない私には判断しかねるが。
「遺体の発見はどなたが?」
「あたしです。何しろいい年でしたし、いつも妙な実験やってて危ないですから、あたしも気にかけてましてね。それで、嵐のあった日も爆発音なんかしてましたから、気になって翌朝見に行ったら、ひどい火傷負って倒れてるのを見つけまして。慌てて医者呼びましたけどね、そのときにはもうお陀仏でしたよ」
私はこの世界の葬儀に関しては詳しくはないのだが、どの町や村にも必ず、他の神殿はなくても冥府の神の神殿やお社があり、そこで神官が弔うのだという。
ブラウノ博士の遺体もそのように、冥府の神の神殿へと運ばれ、無縁仏としてささやかながらも葬儀が行われ、荼毘に付されたのち墓地に埋葬されたのだという。思いっきり仏教用語というか元の世界の慣習に基づいて言ってしまったけど、つまり縁者も身寄りもない孤独な遺体として、火葬されて埋葬されたということだ。
一応火葬なんだな、この世界。衛生的ではあるだろうけれど、なんだか意外だ。
勝手な想像だけど普通に土葬で、アンデッドとか出ると思ってた。考えてみれば今までそう言う依頼受けたことないし、もともとアンデッドなんてない世界観なのか、それともアンデッドになるから火葬するのか。
まあいい。
そう言うアンデッド観は、実際にアンデッドが出そうな依頼とか受けた時に考えることにしよう。私ゾンビ映画あんまり見ないし得意でもないから、できれば遠慮したいが。
「えー、その、妙な事をお伺いしますが、その後ブラウノ博士の亡霊が出たりとかは」
「しっかりと葬儀も行われましたしね、そんなことはありませんよ」
一応聞いておいたけど、そういうものなんだ。やはりアンデッド対策としての一面もあるのかな。
「その後、館に妙な点などは?」
「そりゃもう、何しろ錬金術の実験やらなんやらで妙な器具やら素材やらがたくさん転がってましたよ。まあ、荒らすのも申し訳ないし、何しろ錬金術の道具なんてものは勝手がわからないもんで、買い手がついた時に処分するなり活用するなりしてもらおうと思って、そのままにしていますがね」
「すると……館にはお入りになられた?」
「そりゃあなた、入らなけりゃ改められないでしょう」
「その後も手入れを?」
「いやあ、何しろ葬儀だの掃除だのどたばたが済んだはいいけれど、その後、例の奇妙な音色が響きはじめたでしょう、あたしどももすっかり生気を抜かれちまって、とてもじゃないけどそんなそんな」
フムン。
これはちょっと妙な話だった。
私たちは館の内部にまでは侵入していないので細かいことはわからないのだけれど、しかし、その後誰も出入りしていないとするならば、いったい誰が庭木の手入れをしていたのだろうか。また一年間も放置されていて、あれだけ優美な外観を維持できるものだろうか。
「その不思議な音色と、館については、関連付けて考えはしなかったと」
「いま言われりゃあ、時期も重なるし、怪しいかもと思いますがね、何しろ美しい音色だったもんだから、怪しむ前に聞きほれちまいましてね」
それで気づけば、気にかけるどころではない衰弱状態に陥ったわけだ。
これは、もしかするとこの不動産屋が特別抜けているという訳ではないのかもしれない。
私だってこうして状況が符合しなければ無縁仏と謎のメロディに関連を持たせようとは思わない。
ただ、この町の住人に関して言うならば、殊更、というべきかもしれない。
「こうしてひどい目にあわされてもねえ、それでも、ああ、いい音色だなと思うもんですよ」
なにしろ、ちょっと感性が、音楽に偏り過ぎている。
用語解説
・エメット・ブラウノ(Emmetto L. Browno)
帝都大学で魔力を他のエネルギーに、他のエネルギーを魔力に変換する論文で博士号を取った錬金術師。
魔力炉の改良などで名を上げたが、年齢と、そして気ままに実験したいということで東部に移り住んだ。
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