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第九章 静かの音色
第六話 鉄砲百合と亡者街
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前回のあらすじ
ゾンビに回復アイテムを食わせると回復することが分かった。
そしてアドベンチャー・パートは終了だ。
相変わらず生ぬるい活気しかない市で品を買いそろえて、あたしが宿まで戻ってくると、さすがに起き出したらしい商人たちがのそのそと出発の支度を整えているところだった。
「もう出ていくんですか?」
「何しろこの町じゃ大した商売にならないからね。馴染みの店におろしたら、あとはさっさと出ていくのがいいのさ」
ということで、彼らはここ最近は一晩だけ泊まって、もうすぐに出て行ってしまうらしかった。
まあ、あたしだって、売り上げがあるにしろないにしろ、あまり長居したいとは思えない町である。
あたしは商人たちを見送って、それからまた今朝の開門で別の商人がちらほらとやってくるのを眺めながら、ああ、次の犠牲者かと何となく思ってしまった。
犠牲者、犠牲者ね。
そう言えば、この異変で人々は疲れ切っているけれど、人が死んだとかそう言う話は聞かない。
単にあたしが聞いていないだけかもしれないけれど、しかし今日も少ないながら人出はあるし、煮炊きの煙はちゃんと上がるし、人々は静かながらも日々の生活を営んでいる。
あたしは元のこの町を知らないけれど、もしも噂通りに朝から晩まで騒がしい町だったならば、もしかするとこの静かな環境を得たいがために、人々の生気を奪ってしまったのかもしれない。うるさい、だまれ、しずかにしろ、と、あの音色はそう言っているのかもしれなかった。
それは突飛な発想ではあったけれど、しかし、厳かで静けさすら感じさせるあの音色を思い出すに、それは言うほど的外れな考え方ではないのかもしれなかった。
あたしは買ってきた食材を厨房に持ち込み、早速今日の仕込みを終えてしまって、それからパーティ会議に臨んだ。
「さて、今日はどうしましょうか」
「昨夜みたいに我武者羅ってのはね」
「とりあえず、二人ともこれ食べて」
つやつやと奇麗な、林檎に似ているけれどそれよりももっとずっと甘い果実をウルウがくれたので、あたしたちは喜んでこれを頂いた。甘いものを食べると、それだけで頭の働きが良くなる気がする。徹夜で疲れたところに、ありがたい。
「さっき聞き込みしてるときに商人のおじさんにも試したけど、私の持っている品は、音色の衰弱を打ち消せるかもしれない」
「いつもの便利なやつね」
「数に限りがあるからやたらめったら使う訳にはいかないけど、聞き込みでここぞというときに活躍するかもしれない」
成程、それはいい情報だった。
一瞬、人体実験されたのではとも思ったけど、まあ毒ではないしいいだろう。
「他には何か聞き出せた?」
「異変は一年前くらいから起きているらしい」
「一年……長いのか短いのか、微妙な所ね」
「詳しくは町の人に聞いた方がいいとは言われたけど、誰に聞いたものか」
「それに何を聞くのかも大事ですよね。一年前に何が起こったのかって言っても、いろいろありますし」
「何が原因か、さっぱりわかっていないものねえ」
原因がわからなければ、物を尋ねようがない。
何かはっきりとわかりやすい理由があればいいのだけれど、何しろ音楽の町で音楽の異変が起きているというのは、湖で起こったひとつだけ向きの違う波を見つけて来いというようなものだ。
極端な話、もしかすると、どこかの家で朝食の目玉焼きを焦がしたことが理由で異変が起こったりしたのかもしれないのだ。
まあさすがにそこまで極端ではないだろうけれど、ある程度あたりをつけて行かないとどうしようもないのは確かだ。
「何か、何かねえ」
「ある程度目だったこと、変わったことだとは思うんですけれど」
「地震、雷、火事、親父……」
「それよ」
「え、なにが?」
ウルウがぼんやりと呟いた言葉に、まああたしはピーンとひらめいちゃったわけよ。何しろこのトルンペートって言うのは頭も良くて器量も良い三等武装女中なのだ。
「何か目立った事件があったなら、必ず役場に記録が残ってるはずよ」
あたしたちは早速連れだって町役場に向かい、たった一人なんとか最後の牙城を護っている受付に話を聞いてみることにした。
「たーんとお飲み」
「うっ、げっほごっほぐふっ……あれ、なんだか肩が……それにかすんでいた目も……」
人参型のガラス瓶からどろりとした橙色の液体を飲ませたところ、亡者その五くらいだった役場の職員が、目に見えて元気になった。目の下の隈もとれ、肌には張りが出て、背筋もピンと伸びて、視線が定まった。余りの激変ぶりに何かやばい薬物だったのではないかと恐れおののくほどだった。
「どうです?」
「まったりとして、それでいてくどくない甘さが、すっきりとした後味とともに」
「味じゃなくて」
「は、そうでした。不思議です。さっきまであんなに疲れていたのに、今はもう全力で走り回れそうです」
やっぱりやばい薬なのかもしれなかった。
でもまあ、話が聞けるようになったのならそれでいい。
あたしたちは早速、一年程前に何か変わったことがなかったかということを調べてもらった。
「変わったこと、ですか……うーん。一年位前………地震もなかったですし、嵐もなかったですし、火事はまあ、ボヤくらいならありましたけどね。特段変わったことというのも……」
まあ早々うまくはいかないかなと思った頃に、ああ、と職員は手を打った。
「そう言えば去年の今頃でしたねえ。落雷に撃たれて亡くなった方がいらっしゃいましたよ。珍しいので記録に残っています」
「落雷に撃たれるって、相当運が悪いわね」
「ああいえ、妙な実験してたみたいで、そのせいじゃないかなという噂が」
「妙な実験?」
首を傾げると、職員は困ったように笑った。
「ええ。錬金術師だったんですよ、その人」
用語解説
・人参型のガラス瓶からどろりとした橙色の液体
ゲーム内アイテム。正式名称《特濃人参ジュース》。
同じくアイテム《特濃人参》を加工すると出来上がる。
飲むと衰弱、毒などの状態異常を回復するうえに《HP》も大きく回復する。
『このとろみはいったいどこから出てきたんだ……?』
・錬金術師
魔術師と錬金術師の区別はこの世界では曖昧なようだ。
もっぱら自分自身を主体として魔法を行使するのが魔術師で、道具や機械を使って、薬や道具の形で魔法を行使するのが錬金術師と言われる。
ゾンビに回復アイテムを食わせると回復することが分かった。
そしてアドベンチャー・パートは終了だ。
相変わらず生ぬるい活気しかない市で品を買いそろえて、あたしが宿まで戻ってくると、さすがに起き出したらしい商人たちがのそのそと出発の支度を整えているところだった。
「もう出ていくんですか?」
「何しろこの町じゃ大した商売にならないからね。馴染みの店におろしたら、あとはさっさと出ていくのがいいのさ」
ということで、彼らはここ最近は一晩だけ泊まって、もうすぐに出て行ってしまうらしかった。
まあ、あたしだって、売り上げがあるにしろないにしろ、あまり長居したいとは思えない町である。
あたしは商人たちを見送って、それからまた今朝の開門で別の商人がちらほらとやってくるのを眺めながら、ああ、次の犠牲者かと何となく思ってしまった。
犠牲者、犠牲者ね。
そう言えば、この異変で人々は疲れ切っているけれど、人が死んだとかそう言う話は聞かない。
単にあたしが聞いていないだけかもしれないけれど、しかし今日も少ないながら人出はあるし、煮炊きの煙はちゃんと上がるし、人々は静かながらも日々の生活を営んでいる。
あたしは元のこの町を知らないけれど、もしも噂通りに朝から晩まで騒がしい町だったならば、もしかするとこの静かな環境を得たいがために、人々の生気を奪ってしまったのかもしれない。うるさい、だまれ、しずかにしろ、と、あの音色はそう言っているのかもしれなかった。
それは突飛な発想ではあったけれど、しかし、厳かで静けさすら感じさせるあの音色を思い出すに、それは言うほど的外れな考え方ではないのかもしれなかった。
あたしは買ってきた食材を厨房に持ち込み、早速今日の仕込みを終えてしまって、それからパーティ会議に臨んだ。
「さて、今日はどうしましょうか」
「昨夜みたいに我武者羅ってのはね」
「とりあえず、二人ともこれ食べて」
つやつやと奇麗な、林檎に似ているけれどそれよりももっとずっと甘い果実をウルウがくれたので、あたしたちは喜んでこれを頂いた。甘いものを食べると、それだけで頭の働きが良くなる気がする。徹夜で疲れたところに、ありがたい。
「さっき聞き込みしてるときに商人のおじさんにも試したけど、私の持っている品は、音色の衰弱を打ち消せるかもしれない」
「いつもの便利なやつね」
「数に限りがあるからやたらめったら使う訳にはいかないけど、聞き込みでここぞというときに活躍するかもしれない」
成程、それはいい情報だった。
一瞬、人体実験されたのではとも思ったけど、まあ毒ではないしいいだろう。
「他には何か聞き出せた?」
「異変は一年前くらいから起きているらしい」
「一年……長いのか短いのか、微妙な所ね」
「詳しくは町の人に聞いた方がいいとは言われたけど、誰に聞いたものか」
「それに何を聞くのかも大事ですよね。一年前に何が起こったのかって言っても、いろいろありますし」
「何が原因か、さっぱりわかっていないものねえ」
原因がわからなければ、物を尋ねようがない。
何かはっきりとわかりやすい理由があればいいのだけれど、何しろ音楽の町で音楽の異変が起きているというのは、湖で起こったひとつだけ向きの違う波を見つけて来いというようなものだ。
極端な話、もしかすると、どこかの家で朝食の目玉焼きを焦がしたことが理由で異変が起こったりしたのかもしれないのだ。
まあさすがにそこまで極端ではないだろうけれど、ある程度あたりをつけて行かないとどうしようもないのは確かだ。
「何か、何かねえ」
「ある程度目だったこと、変わったことだとは思うんですけれど」
「地震、雷、火事、親父……」
「それよ」
「え、なにが?」
ウルウがぼんやりと呟いた言葉に、まああたしはピーンとひらめいちゃったわけよ。何しろこのトルンペートって言うのは頭も良くて器量も良い三等武装女中なのだ。
「何か目立った事件があったなら、必ず役場に記録が残ってるはずよ」
あたしたちは早速連れだって町役場に向かい、たった一人なんとか最後の牙城を護っている受付に話を聞いてみることにした。
「たーんとお飲み」
「うっ、げっほごっほぐふっ……あれ、なんだか肩が……それにかすんでいた目も……」
人参型のガラス瓶からどろりとした橙色の液体を飲ませたところ、亡者その五くらいだった役場の職員が、目に見えて元気になった。目の下の隈もとれ、肌には張りが出て、背筋もピンと伸びて、視線が定まった。余りの激変ぶりに何かやばい薬物だったのではないかと恐れおののくほどだった。
「どうです?」
「まったりとして、それでいてくどくない甘さが、すっきりとした後味とともに」
「味じゃなくて」
「は、そうでした。不思議です。さっきまであんなに疲れていたのに、今はもう全力で走り回れそうです」
やっぱりやばい薬なのかもしれなかった。
でもまあ、話が聞けるようになったのならそれでいい。
あたしたちは早速、一年程前に何か変わったことがなかったかということを調べてもらった。
「変わったこと、ですか……うーん。一年位前………地震もなかったですし、嵐もなかったですし、火事はまあ、ボヤくらいならありましたけどね。特段変わったことというのも……」
まあ早々うまくはいかないかなと思った頃に、ああ、と職員は手を打った。
「そう言えば去年の今頃でしたねえ。落雷に撃たれて亡くなった方がいらっしゃいましたよ。珍しいので記録に残っています」
「落雷に撃たれるって、相当運が悪いわね」
「ああいえ、妙な実験してたみたいで、そのせいじゃないかなという噂が」
「妙な実験?」
首を傾げると、職員は困ったように笑った。
「ええ。錬金術師だったんですよ、その人」
用語解説
・人参型のガラス瓶からどろりとした橙色の液体
ゲーム内アイテム。正式名称《特濃人参ジュース》。
同じくアイテム《特濃人参》を加工すると出来上がる。
飲むと衰弱、毒などの状態異常を回復するうえに《HP》も大きく回復する。
『このとろみはいったいどこから出てきたんだ……?』
・錬金術師
魔術師と錬金術師の区別はこの世界では曖昧なようだ。
もっぱら自分自身を主体として魔法を行使するのが魔術師で、道具や機械を使って、薬や道具の形で魔法を行使するのが錬金術師と言われる。
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