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第八章 旅の始まり

第九話 鉄砲百合と田舎町

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前回のあらすじ

リリオの父の話。
そしておいてこられたペットの数々のお話。





 誰が最初に寝入ったかも分からない、夢の入り混じった眠りを経て、あたしたちは牧場での目覚めを経験した。つまり、朝の早い羊たちと、鶏の鳴き声を。

「朝から騒がしいやつらね……」

 とはいえ、冒険屋というものは一度目が覚めてしまえばすんなりと起きれてしまうものだ。あたしはするりと寝台から抜け出して、朝の準備を整えた。

「一番冒険屋やる気のないあたしが一番冒険屋らしいっていうのもしゃくだけど」

 同じくらいやる気のないウルウがのっそりと起きだしてきて、それでもてきぱきと身支度を整え始め、一番やる気があるはずのリリオが、ひっくり返った蛙のようにのたのたと起き出して、あたしに手伝われながら身支度をする。
 何か間違っているような気もするけれど、まあ、世の中そんなものよね。

 牧場のご一家に別れを告げて、あたしたちは早朝のランタネーヨを観光し始めた。早朝と言っても、人の起きている時間だ。早すぎるってことはない。

 ランタネーヨの町は、言ってみれば小規模なヴォーストの町だった。町の横を運河が通っていて、というよりは、運河に沿うように町ができていて、それを外壁がかこっている。だからヴォーストを半分にしたような印象だ。
 港があって、市があって、商店街があって、うん、まあ、ヴォーストの町と何一つ変わるところはない。どんな街にだってあるようなものは、きちんとこのランタネーヨの町にもあった。ただし逆に、ランタネーヨにあって他の町にないものというと、少し探すのに苦労する。
 そう言う典型的な東部の町並みだった。

「それにしてもどうして角灯の町ランタネーヨなのかしら」

 それが不思議だった。
 街中を見て回っても、そりゃ少しはあるけれど、別に角灯や提灯が目立つわけじゃあない。工芸品として出回っているわけでもない。何か逸話でもあるのだろうかとあたしとウルウが小首をかしげていると、リリオがふふんと鼻を鳴らした。

「実はですね」

 ほーら始まった。
 どうせオンチョさんあたりから聞きかじったことを言い始めるに違いないわ。
 でもあたしはできた三等武装女中だから、主が自信満々に伝え聞いた話を披露しているときに茶々を入れたりはしない。
 ウルウが胡乱げな目で見降ろしているのをなだめてあげるくらいよ。

「なんでも毎年夏になると盛大なお祭りをするらしいんですけれど、そのお祭りの時に、ヴォースト川に提灯を流すんだそうですよ。たくさんの提灯がぼんやり光りながら川を流れていく風景は幻想的で実に見事なものだそうですよ」
「提灯? 沈んじゃわないの?」
「ちゃんと小さな船に乗せてあげるんだそうです。まあだから沈んだりはしないんですけれど、下流の方でごみ問題で騒がれるので、最近は途中で網張って回収してるらしいですけど」
「情緒がないわねえ」

 まあでも、想像してみると結構華やかそうなお祭りだ。
 いつやるのか聞いてみたところ、夏も盛りの頃の話のようで、さすがにあたしたちも一年近く待つってわけにはいかなかった。

「しかし、またなんで提灯なんか流すのかしら」
「もともとは慰霊のためらしいですよ」
「慰霊」
「大昔の戦争では、このあたりも戦場になったそうです。それで、戦い終わった戦士たちが、亡くなった人々が無事冥府の神のもとに辿り着けるようにって、提灯の明かりに託して川に流したのが始まりだそうです」

 ふーん。
 なんだかそう言われるとしんみりしてしまう。
 昨晩もリリオのお母様のこととか、そう言うの話してたからかしら、なんだか余計に胸にきちゃうわね。

「……灯籠流し、か」
「ウルウの故郷にも似たようなお祭りがあったんですか?」
「私の住んでた辺りではやらなかったけどね。でも、死者の魂を弔って同じような事をする行事は聞いたことがあるよ。お盆って言って、ちょうど同じように夏の頃にやるんだ」

 ところ変わっても変わらないものもあるのかもしれないわね。誰だって、故人は悼むものだし、死者は弔うものだわ。

「そうだ、あたしたちもやりましょうよ」
「え?」
「ランタネーヨの、なんだったかしら、灯籠流し?」
「勝手にやっちゃっていいんですかね」
「いいわよいいわよ少しくらい。リリオのお母さんのためにも」
「……じゃあ、私も」
「ウルウ?」
「父の死に向き合えたのは、こっちに来てからだからね」

 あたしたちは早速雑貨店で、提灯や小舟を求めた。
 すこしお祭りを過ぎてしまったけれど、あたしたちが旅人でついたばかりなのだというと、お店の人はそれならと、町の人たちが使うような一式を用意してくれた。

 リリオはお母様の分をひとつ。ウルウはご両親の分で一つずつ。あたしはどうしようかと迷って、結局一つ流すことにした。思えばあたしはリリオと出会って一度死んで生まれ変わったようなものだ。だからその自分を、ここで流していこうと思うのだった。

 本当なら夜まで待たなければならないのだけれど、あたしたちはせっかちな旅路で、今日にはもう町を出る予定だった。だから昼間に提灯を流すっていうちょっと間の抜けた光景だった。
 あたしが想像していた幻想的な風景とはまるで違って、のぺーっとのんびり提灯が川を流れていくだけの、これと言って面白みもない風景だ。まあ、言っても昼間で提灯の明かりが見えやしないし、たった四つじゃこんなものだろう。

「ほらいけトルンペート号、リリオを追い抜け」
「そういうんじゃないでしょこれ」
「それならお母様ー! 狙うは一位ですよー!」
「あ、こらっ、負けるんじゃないわよ!」
「意外とうちの両親頑張るなあ」
「ああっお母様違います逆走してますどこに流れていくんですかー!?」

 結局、さぱさぱとしたあたしの過去が真っ先に見えなくなり、次にウルウの両親が仲良く去っていき、そして奥様は迷走した挙句気付いたら消えていた。
 こうして、あたしたちの灯籠流しは賑やかに終わったのだった。





用語解説

・解説のない平和な回だった。
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