124 / 304
第八章 旅の始まり
第九話 鉄砲百合と田舎町
しおりを挟む
前回のあらすじ
リリオの父の話。
そしておいてこられたペットの数々のお話。
誰が最初に寝入ったかも分からない、夢の入り混じった眠りを経て、あたしたちは牧場での目覚めを経験した。つまり、朝の早い羊たちと、鶏の鳴き声を。
「朝から騒がしいやつらね……」
とはいえ、冒険屋というものは一度目が覚めてしまえばすんなりと起きれてしまうものだ。あたしはするりと寝台から抜け出して、朝の準備を整えた。
「一番冒険屋やる気のないあたしが一番冒険屋らしいっていうのもしゃくだけど」
同じくらいやる気のないウルウがのっそりと起きだしてきて、それでもてきぱきと身支度を整え始め、一番やる気があるはずのリリオが、ひっくり返った蛙のようにのたのたと起き出して、あたしに手伝われながら身支度をする。
何か間違っているような気もするけれど、まあ、世の中そんなものよね。
牧場のご一家に別れを告げて、あたしたちは早朝のランタネーヨを観光し始めた。早朝と言っても、人の起きている時間だ。早すぎるってことはない。
ランタネーヨの町は、言ってみれば小規模なヴォーストの町だった。町の横を運河が通っていて、というよりは、運河に沿うように町ができていて、それを外壁がかこっている。だからヴォーストを半分にしたような印象だ。
港があって、市があって、商店街があって、うん、まあ、ヴォーストの町と何一つ変わるところはない。どんな街にだってあるようなものは、きちんとこのランタネーヨの町にもあった。ただし逆に、ランタネーヨにあって他の町にないものというと、少し探すのに苦労する。
そう言う典型的な東部の町並みだった。
「それにしてもどうして角灯の町なのかしら」
それが不思議だった。
街中を見て回っても、そりゃ少しはあるけれど、別に角灯や提灯が目立つわけじゃあない。工芸品として出回っているわけでもない。何か逸話でもあるのだろうかとあたしとウルウが小首をかしげていると、リリオがふふんと鼻を鳴らした。
「実はですね」
ほーら始まった。
どうせオンチョさんあたりから聞きかじったことを言い始めるに違いないわ。
でもあたしはできた三等武装女中だから、主が自信満々に伝え聞いた話を披露しているときに茶々を入れたりはしない。
ウルウが胡乱げな目で見降ろしているのをなだめてあげるくらいよ。
「なんでも毎年夏になると盛大なお祭りをするらしいんですけれど、そのお祭りの時に、ヴォースト川に提灯を流すんだそうですよ。たくさんの提灯がぼんやり光りながら川を流れていく風景は幻想的で実に見事なものだそうですよ」
「提灯? 沈んじゃわないの?」
「ちゃんと小さな船に乗せてあげるんだそうです。まあだから沈んだりはしないんですけれど、下流の方でごみ問題で騒がれるので、最近は途中で網張って回収してるらしいですけど」
「情緒がないわねえ」
まあでも、想像してみると結構華やかそうなお祭りだ。
いつやるのか聞いてみたところ、夏も盛りの頃の話のようで、さすがにあたしたちも一年近く待つってわけにはいかなかった。
「しかし、またなんで提灯なんか流すのかしら」
「もともとは慰霊のためらしいですよ」
「慰霊」
「大昔の戦争では、このあたりも戦場になったそうです。それで、戦い終わった戦士たちが、亡くなった人々が無事冥府の神のもとに辿り着けるようにって、提灯の明かりに託して川に流したのが始まりだそうです」
ふーん。
なんだかそう言われるとしんみりしてしまう。
昨晩もリリオのお母様のこととか、そう言うの話してたからかしら、なんだか余計に胸にきちゃうわね。
「……灯籠流し、か」
「ウルウの故郷にも似たようなお祭りがあったんですか?」
「私の住んでた辺りではやらなかったけどね。でも、死者の魂を弔って同じような事をする行事は聞いたことがあるよ。お盆って言って、ちょうど同じように夏の頃にやるんだ」
ところ変わっても変わらないものもあるのかもしれないわね。誰だって、故人は悼むものだし、死者は弔うものだわ。
「そうだ、あたしたちもやりましょうよ」
「え?」
「ランタネーヨの、なんだったかしら、灯籠流し?」
「勝手にやっちゃっていいんですかね」
「いいわよいいわよ少しくらい。リリオのお母さんのためにも」
「……じゃあ、私も」
「ウルウ?」
「父の死に向き合えたのは、こっちに来てからだからね」
あたしたちは早速雑貨店で、提灯や小舟を求めた。
すこしお祭りを過ぎてしまったけれど、あたしたちが旅人でついたばかりなのだというと、お店の人はそれならと、町の人たちが使うような一式を用意してくれた。
リリオはお母様の分をひとつ。ウルウはご両親の分で一つずつ。あたしはどうしようかと迷って、結局一つ流すことにした。思えばあたしはリリオと出会って一度死んで生まれ変わったようなものだ。だからその自分を、ここで流していこうと思うのだった。
本当なら夜まで待たなければならないのだけれど、あたしたちはせっかちな旅路で、今日にはもう町を出る予定だった。だから昼間に提灯を流すっていうちょっと間の抜けた光景だった。
あたしが想像していた幻想的な風景とはまるで違って、のぺーっとのんびり提灯が川を流れていくだけの、これと言って面白みもない風景だ。まあ、言っても昼間で提灯の明かりが見えやしないし、たった四つじゃこんなものだろう。
「ほらいけトルンペート号、リリオを追い抜け」
「そういうんじゃないでしょこれ」
「それならお母様ー! 狙うは一位ですよー!」
「あ、こらっ、負けるんじゃないわよ!」
「意外とうちの両親頑張るなあ」
「ああっお母様違います逆走してますどこに流れていくんですかー!?」
結局、さぱさぱとしたあたしの過去が真っ先に見えなくなり、次にウルウの両親が仲良く去っていき、そして奥様は迷走した挙句気付いたら消えていた。
こうして、あたしたちの灯籠流しは賑やかに終わったのだった。
用語解説
・解説のない平和な回だった。
リリオの父の話。
そしておいてこられたペットの数々のお話。
誰が最初に寝入ったかも分からない、夢の入り混じった眠りを経て、あたしたちは牧場での目覚めを経験した。つまり、朝の早い羊たちと、鶏の鳴き声を。
「朝から騒がしいやつらね……」
とはいえ、冒険屋というものは一度目が覚めてしまえばすんなりと起きれてしまうものだ。あたしはするりと寝台から抜け出して、朝の準備を整えた。
「一番冒険屋やる気のないあたしが一番冒険屋らしいっていうのもしゃくだけど」
同じくらいやる気のないウルウがのっそりと起きだしてきて、それでもてきぱきと身支度を整え始め、一番やる気があるはずのリリオが、ひっくり返った蛙のようにのたのたと起き出して、あたしに手伝われながら身支度をする。
何か間違っているような気もするけれど、まあ、世の中そんなものよね。
牧場のご一家に別れを告げて、あたしたちは早朝のランタネーヨを観光し始めた。早朝と言っても、人の起きている時間だ。早すぎるってことはない。
ランタネーヨの町は、言ってみれば小規模なヴォーストの町だった。町の横を運河が通っていて、というよりは、運河に沿うように町ができていて、それを外壁がかこっている。だからヴォーストを半分にしたような印象だ。
港があって、市があって、商店街があって、うん、まあ、ヴォーストの町と何一つ変わるところはない。どんな街にだってあるようなものは、きちんとこのランタネーヨの町にもあった。ただし逆に、ランタネーヨにあって他の町にないものというと、少し探すのに苦労する。
そう言う典型的な東部の町並みだった。
「それにしてもどうして角灯の町なのかしら」
それが不思議だった。
街中を見て回っても、そりゃ少しはあるけれど、別に角灯や提灯が目立つわけじゃあない。工芸品として出回っているわけでもない。何か逸話でもあるのだろうかとあたしとウルウが小首をかしげていると、リリオがふふんと鼻を鳴らした。
「実はですね」
ほーら始まった。
どうせオンチョさんあたりから聞きかじったことを言い始めるに違いないわ。
でもあたしはできた三等武装女中だから、主が自信満々に伝え聞いた話を披露しているときに茶々を入れたりはしない。
ウルウが胡乱げな目で見降ろしているのをなだめてあげるくらいよ。
「なんでも毎年夏になると盛大なお祭りをするらしいんですけれど、そのお祭りの時に、ヴォースト川に提灯を流すんだそうですよ。たくさんの提灯がぼんやり光りながら川を流れていく風景は幻想的で実に見事なものだそうですよ」
「提灯? 沈んじゃわないの?」
「ちゃんと小さな船に乗せてあげるんだそうです。まあだから沈んだりはしないんですけれど、下流の方でごみ問題で騒がれるので、最近は途中で網張って回収してるらしいですけど」
「情緒がないわねえ」
まあでも、想像してみると結構華やかそうなお祭りだ。
いつやるのか聞いてみたところ、夏も盛りの頃の話のようで、さすがにあたしたちも一年近く待つってわけにはいかなかった。
「しかし、またなんで提灯なんか流すのかしら」
「もともとは慰霊のためらしいですよ」
「慰霊」
「大昔の戦争では、このあたりも戦場になったそうです。それで、戦い終わった戦士たちが、亡くなった人々が無事冥府の神のもとに辿り着けるようにって、提灯の明かりに託して川に流したのが始まりだそうです」
ふーん。
なんだかそう言われるとしんみりしてしまう。
昨晩もリリオのお母様のこととか、そう言うの話してたからかしら、なんだか余計に胸にきちゃうわね。
「……灯籠流し、か」
「ウルウの故郷にも似たようなお祭りがあったんですか?」
「私の住んでた辺りではやらなかったけどね。でも、死者の魂を弔って同じような事をする行事は聞いたことがあるよ。お盆って言って、ちょうど同じように夏の頃にやるんだ」
ところ変わっても変わらないものもあるのかもしれないわね。誰だって、故人は悼むものだし、死者は弔うものだわ。
「そうだ、あたしたちもやりましょうよ」
「え?」
「ランタネーヨの、なんだったかしら、灯籠流し?」
「勝手にやっちゃっていいんですかね」
「いいわよいいわよ少しくらい。リリオのお母さんのためにも」
「……じゃあ、私も」
「ウルウ?」
「父の死に向き合えたのは、こっちに来てからだからね」
あたしたちは早速雑貨店で、提灯や小舟を求めた。
すこしお祭りを過ぎてしまったけれど、あたしたちが旅人でついたばかりなのだというと、お店の人はそれならと、町の人たちが使うような一式を用意してくれた。
リリオはお母様の分をひとつ。ウルウはご両親の分で一つずつ。あたしはどうしようかと迷って、結局一つ流すことにした。思えばあたしはリリオと出会って一度死んで生まれ変わったようなものだ。だからその自分を、ここで流していこうと思うのだった。
本当なら夜まで待たなければならないのだけれど、あたしたちはせっかちな旅路で、今日にはもう町を出る予定だった。だから昼間に提灯を流すっていうちょっと間の抜けた光景だった。
あたしが想像していた幻想的な風景とはまるで違って、のぺーっとのんびり提灯が川を流れていくだけの、これと言って面白みもない風景だ。まあ、言っても昼間で提灯の明かりが見えやしないし、たった四つじゃこんなものだろう。
「ほらいけトルンペート号、リリオを追い抜け」
「そういうんじゃないでしょこれ」
「それならお母様ー! 狙うは一位ですよー!」
「あ、こらっ、負けるんじゃないわよ!」
「意外とうちの両親頑張るなあ」
「ああっお母様違います逆走してますどこに流れていくんですかー!?」
結局、さぱさぱとしたあたしの過去が真っ先に見えなくなり、次にウルウの両親が仲良く去っていき、そして奥様は迷走した挙句気付いたら消えていた。
こうして、あたしたちの灯籠流しは賑やかに終わったのだった。
用語解説
・解説のない平和な回だった。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる