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第八章 旅の始まり
第一話 亡霊と船旅
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前回のあらすじ
青空を背景にポエムを垂れ流したウルウであった。
ヴォーストの町を出て、とはいっても、何も暢気に歩きで出てきたわけじゃない。馬車でもない。
なにしろヴォーストの町は立派な運河が突き抜ける河の町だ。
私たちはメザーガの遠縁の親戚にあたるという商人の船に乗せてもらい、まず東部の町を目指すことになった。
次の町であるランタネーヨまで、歩きなら十日と少し。馬車でも六日程。しかし船旅ならば二日もあればついてしまうのだからこれは全く驚きの速度だった。そりゃあ、歩きや馬車と違って途中で足を止めなくていいし、川の下るままに流されていくのだから、速いか。
それに面白い職業もあった。風遣いという。
多くの船に乗り込んでいる魔法使いで、彼らは風を操って船を押して、普通よりも早く進ませることができるのだ。といっても、風の精霊はあまり扱いの荒い人には懐かないし、そもそも気まぐれで言うことなんか聞きやしないし、調子のよいときにちょっと後押しができるという程度のようだけれど。
彼らのおかげで、船は行きも帰りも大体順調であると言っていい。
ただ、船の旅が早いとはいえ、陸の旅と同じで賊も出た。川賊だ。小さめの船に乗りつけた連中で、鉤縄で乗り込んできては白兵戦を仕掛けるという厄介な連中だという。
多くの場合には荷の一割程度をよこし、多少の乱暴を許す形で、通行をしているらしいが、勿論自衛のために冒険屋を雇っている船もいる。
ただ、冒険屋を雇った場合、危険に自ら顔を突っ込んだということで保険屋が保険金を出し渋るので、どちらがましかというと難しいところのようだった。
この日の川賊は、まあ運が悪い方だったと言っていいだろう。鉤縄で乗り込んで来て早々に、《メザーガ冒険屋事務所》の誇る猛犬二匹とご対面することになったのだから。
私? 私はそう言う乱暴なことは専門ではないし、風の通るところでぐったりと倒れ伏して、乙女塊を虹色大噴出しないようにこらえていたから知ったことではない。
なんでも後から話に聞いたところ、賊どもはまるで相手にならず、リリオにぺいぺいと船の外に放り投げられて、投げナイフがもったいないというトルンペートにもぽーいぽーいと放り投げられて、慌てて船に泳ぎ着く羽目になったようだった。
さすがに賊と言えども、そこまで赤子の手をひねる用にあしらわれては力量が大いに分かったようで、その後は実にスムーズな旅路で幸いである。何しろ私は立って歩くことさえ困難なレベルで船酔いにさいなまされていたのであるから。
小舟に乗っているときはそういうものだと思っていたからか大丈夫だったが、普通に地面に立っているつもりになる規模の船だと、どうにも揺れと認識とがズレてよろしくない。
そもそも人間というものは平地に立って生きている種族なのだからこんな揺れに揺れる環境に適応するようにはできていないのだ。
平気な顔をしているリリオやトルンペートの方がおかしい。
「いやあ、慣れてしまえばこのくらいは」
「武装女中ならこのくらいは耐えられないと」
辺境はまこと人外の地でござりまするなあ。
などと茶化して思う余裕があったかというとまるでなく、最終的には船室で横になって、たらいに向けてえれえれと乙女塊を生み出す羽目になったのである。
まあそんなトラブルもありはしたけれど、一度出すものを出してしまうといくらか楽になった。
「噂の《三輪百合》にも苦手なものがあるんですなあ」
船べりで川面を眺めながら魂の抜けたような状態で過ごしているところに、のんびりと声をかけてきたのは船主で商会の長であるオンチョさんだった。メザーガの遠縁の親戚にあたるという人である。遠縁とはいえ親戚であるからか、何となく目の形など似ているような気もするし、親戚とはいえ遠縁ではあるからか、あんなずぼらな感じはしない。
「私は《三輪百合》でも特別虚弱なんですよ」
「しかし保護者のようでもいらっしゃる」
「幸い、素直な子たちで助かってますよ、まだ」
まあ保護者である以上に保護されている部分も多いし、助ける以上に助けられている部分が多いから、こんなのは口先ばかりで、私が一番この三人組の中で役立たずなのは確かだが。
「メザーガからあなた方のことを頼まれた時は驚きましたよ。何しろ新進気鋭の冒険屋たちだ」
「聞いて驚き、見て笑いましたか」
「すこしね。まさか乙種魔獣を朝食代わりにバリバリやっていると噂の《三輪百合》がこんなに可憐な乙女たちだとは」
「待って待って」
どうも妙な噂がついているようだった。この世界、根拠というものもなしに噂話が駆け回るから本当に手におえない。いやまあ、前の世界でだって噂話というものは何の根拠もなしに駆け回っていたものだが。
「最初は名ばかりの看板娘たちで、今度のことも興行か何かなのかなんて思っていましたが」
「随分あけすけにおっしゃる」
「先の賊相手の大立ち回りを見てまだそんなことを考えていられるほど間抜けではありませんからね」
もっともである。
リリオたちは実に簡単に賊たちを放り投げて行ってしまったが、成人男性をただ放り投げるだけでもそれは相当な膂力が必要だし、刃物を持って襲い掛かってくる相手にそれをかますのは相当な胆力が必要だし、すべてこなしてけろりとしているには相当な体力が必要となる。
「まあ、こんなところでお話しするのもなんです。お茶でもいかがですか。船酔いによくきくものがありますよ」
「是非」
用語解説
・風遣い
風の魔法を専門的に扱う魔術師。
また魔術師というほど魔術に精通していないが、風を操れる人々の総称。
・オンチョ(onĉjo)
メザーガの親戚にあたる人物。
本拠地はバージョ。ヴォースト運河流域全体を商売圏としている。
青空を背景にポエムを垂れ流したウルウであった。
ヴォーストの町を出て、とはいっても、何も暢気に歩きで出てきたわけじゃない。馬車でもない。
なにしろヴォーストの町は立派な運河が突き抜ける河の町だ。
私たちはメザーガの遠縁の親戚にあたるという商人の船に乗せてもらい、まず東部の町を目指すことになった。
次の町であるランタネーヨまで、歩きなら十日と少し。馬車でも六日程。しかし船旅ならば二日もあればついてしまうのだからこれは全く驚きの速度だった。そりゃあ、歩きや馬車と違って途中で足を止めなくていいし、川の下るままに流されていくのだから、速いか。
それに面白い職業もあった。風遣いという。
多くの船に乗り込んでいる魔法使いで、彼らは風を操って船を押して、普通よりも早く進ませることができるのだ。といっても、風の精霊はあまり扱いの荒い人には懐かないし、そもそも気まぐれで言うことなんか聞きやしないし、調子のよいときにちょっと後押しができるという程度のようだけれど。
彼らのおかげで、船は行きも帰りも大体順調であると言っていい。
ただ、船の旅が早いとはいえ、陸の旅と同じで賊も出た。川賊だ。小さめの船に乗りつけた連中で、鉤縄で乗り込んできては白兵戦を仕掛けるという厄介な連中だという。
多くの場合には荷の一割程度をよこし、多少の乱暴を許す形で、通行をしているらしいが、勿論自衛のために冒険屋を雇っている船もいる。
ただ、冒険屋を雇った場合、危険に自ら顔を突っ込んだということで保険屋が保険金を出し渋るので、どちらがましかというと難しいところのようだった。
この日の川賊は、まあ運が悪い方だったと言っていいだろう。鉤縄で乗り込んで来て早々に、《メザーガ冒険屋事務所》の誇る猛犬二匹とご対面することになったのだから。
私? 私はそう言う乱暴なことは専門ではないし、風の通るところでぐったりと倒れ伏して、乙女塊を虹色大噴出しないようにこらえていたから知ったことではない。
なんでも後から話に聞いたところ、賊どもはまるで相手にならず、リリオにぺいぺいと船の外に放り投げられて、投げナイフがもったいないというトルンペートにもぽーいぽーいと放り投げられて、慌てて船に泳ぎ着く羽目になったようだった。
さすがに賊と言えども、そこまで赤子の手をひねる用にあしらわれては力量が大いに分かったようで、その後は実にスムーズな旅路で幸いである。何しろ私は立って歩くことさえ困難なレベルで船酔いにさいなまされていたのであるから。
小舟に乗っているときはそういうものだと思っていたからか大丈夫だったが、普通に地面に立っているつもりになる規模の船だと、どうにも揺れと認識とがズレてよろしくない。
そもそも人間というものは平地に立って生きている種族なのだからこんな揺れに揺れる環境に適応するようにはできていないのだ。
平気な顔をしているリリオやトルンペートの方がおかしい。
「いやあ、慣れてしまえばこのくらいは」
「武装女中ならこのくらいは耐えられないと」
辺境はまこと人外の地でござりまするなあ。
などと茶化して思う余裕があったかというとまるでなく、最終的には船室で横になって、たらいに向けてえれえれと乙女塊を生み出す羽目になったのである。
まあそんなトラブルもありはしたけれど、一度出すものを出してしまうといくらか楽になった。
「噂の《三輪百合》にも苦手なものがあるんですなあ」
船べりで川面を眺めながら魂の抜けたような状態で過ごしているところに、のんびりと声をかけてきたのは船主で商会の長であるオンチョさんだった。メザーガの遠縁の親戚にあたるという人である。遠縁とはいえ親戚であるからか、何となく目の形など似ているような気もするし、親戚とはいえ遠縁ではあるからか、あんなずぼらな感じはしない。
「私は《三輪百合》でも特別虚弱なんですよ」
「しかし保護者のようでもいらっしゃる」
「幸い、素直な子たちで助かってますよ、まだ」
まあ保護者である以上に保護されている部分も多いし、助ける以上に助けられている部分が多いから、こんなのは口先ばかりで、私が一番この三人組の中で役立たずなのは確かだが。
「メザーガからあなた方のことを頼まれた時は驚きましたよ。何しろ新進気鋭の冒険屋たちだ」
「聞いて驚き、見て笑いましたか」
「すこしね。まさか乙種魔獣を朝食代わりにバリバリやっていると噂の《三輪百合》がこんなに可憐な乙女たちだとは」
「待って待って」
どうも妙な噂がついているようだった。この世界、根拠というものもなしに噂話が駆け回るから本当に手におえない。いやまあ、前の世界でだって噂話というものは何の根拠もなしに駆け回っていたものだが。
「最初は名ばかりの看板娘たちで、今度のことも興行か何かなのかなんて思っていましたが」
「随分あけすけにおっしゃる」
「先の賊相手の大立ち回りを見てまだそんなことを考えていられるほど間抜けではありませんからね」
もっともである。
リリオたちは実に簡単に賊たちを放り投げて行ってしまったが、成人男性をただ放り投げるだけでもそれは相当な膂力が必要だし、刃物を持って襲い掛かってくる相手にそれをかますのは相当な胆力が必要だし、すべてこなしてけろりとしているには相当な体力が必要となる。
「まあ、こんなところでお話しするのもなんです。お茶でもいかがですか。船酔いによくきくものがありますよ」
「是非」
用語解説
・風遣い
風の魔法を専門的に扱う魔術師。
また魔術師というほど魔術に精通していないが、風を操れる人々の総称。
・オンチョ(onĉjo)
メザーガの親戚にあたる人物。
本拠地はバージョ。ヴォースト運河流域全体を商売圏としている。
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