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第七章 旅立ちの日

最終話 旅立ちの日

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前回のあらすじ
く ま な べ お い ひ い





 試験及び宴会を終えて一週間ほど。
 私たちは綺麗に片付いた部屋を前に一息ついた。

 来た時よりも綺麗にして帰る。そんな教育を受けたせいか、思いの外に大真面目に掃除してしまった。

「忘れ物はないかな」
「結構適当に《自在蔵ポスタープロ》に放り込んじゃったから、あとで整理しないとね」
「私のなんだけどね」
「いいじゃない。あんたは《三輪百合トリ・リリオイ》の一人なんだから」
「その分返ってくるものがあってもいいと思うんだけど」
「美少女二人に挟まれてるんだから役得じゃない」
「引率の保護者の気分だよ」

 私たちは今日、この事務所を旅立つことになった。
 実質数か月しかいなかったわけだけれど、まあ、なんだか名残惜しくはある。
 私にだってそんな感情くらいはある。いやだって、これから安定した宿もなく、安定した食事も期待できない旅暮らしとなることを思うと、ねえ。

 そう、旅立ちだ。
 私たちはメザーガ冒険屋事務所を、そしてヴォーストの街をきょう、旅立つ。

「俺としちゃあよ、いい稼ぎ頭のお前たちを手放すのはちょっとばかりおしいんだがな」
「危険だからうんぬんより、そっちの方が大きいんじゃないの?」
「ばっか言え。ちょっとだけだ。ちょーっとだけ、な」
「随分大きなちょっとだ」
「その理屈で言えば、お前さんはばかり舌が回るようになったんじゃねえか?」
「むぐ」

 全く、口の減らない男だ。

 それはそれとして、まあ、確かに、私もばかり舌が回るようになったのは、否定できまい。この異世界にやってきてもう数か月。そう、数か月だ。それだけの時間があれば、錆びついた舌も良く良く脂で肥えて回りはじめるという訳さ。

 幽霊が、自分が死んだことにも気づかずうろついて、そうして自分がまだ生きてすらいないことに気づいて、生者に惹かれて生き物の真似をし始めるには、まあ十分な時間だ。
 そういう意味でも、いい旅立ちの日と言えばそうなのかもしれない。
 私がこの世界で生まれ直って、きちんと自覚を持って、流されるままでなく、自分の意志として生きていく、その旅立ちの。

「ウルウ、どうしました?」
「いや、ガラにもなく感傷に浸ってただけ」

 まあ、格好良さそうな事を云った所で、リリオの後をついて回るストーキング生活にかわりはないんだけど。

 思い返せば最初は妙な具合だった。

 目が覚めたと思ったら見たこともない森の中で、おまけにこんなみょうちくりんな、ゲーム内のキャラクターの体だった。元の体に未練がないというか、どうも死因が心臓発作だった辺り、どっちみち長くは持たなかったみたいだけど、それでもいきなりこんなハイカラな格好ってのはびっくりしたよ。

 ゲーム内の《技能スキル》も使えるってわかって、これで今度こそ幽霊として生きて行こうなんて後ろ向きなんだか前向きなんだかわかんない決心を決めたけれど……そうして出逢ったのがリリオだった。
 最初はなんだか食い意地が張っているし、ちょっと頼りないし、森を出たら他の憑りつき先でも探した方がいいんじゃないかなって結構本気で思ってたんだけど、なんだかな。
 私って、結構チョロい奴なのかもしれないな。
 何だかんだ絆されて、何だかんだ放っておけなくなって、それで、姿を見せて、顔を合わせて、私はリリオと出逢った。

 思えばあれが私の旅の始まりだった。

 冒険屋になるんだってはしゃぐリリオの後をついて、保護者みたいな気分で見守って、気付けば隣に居るのが当たり前のようになって、隣に居ない事がとても不安に思う様になって、ああ、そうさ、そうだよ。本人には決して言ってはやらないけれど、私にとってリリオはなくてはならない人になっていた。
 異世界でたった一人迷子になっていた私にとって、リリオは希望の光だった。

 もとの世界でも生きる意味なんてとうに見失って、毎日を過ごすだけが精一杯の亡者になって、生きる事に迷って、死に切る事にも迷って、迷って、迷って、迷うことにさえもう疲れていた私に、一筋差し込んだ光がリリオだった。

 ああ、そうさ!
 それは曙光。朝の光。夜の帳を引き裂いて、亡者の目をも覚ます鮮烈な光!
 私にとってはリリオがそれだった!

 リリオとの旅は毎日が新鮮だった。新鮮! そう、干乾びて腐り欠けた節々に、爽やかな風が通って新しく命を吹き込むように、リリオとの旅は私を亡者から少しずつ生き返らせてくれた。リリオは私を生き返らせてくれた。生きていてもいいのだと、私に進むべき道を与えてくれた。

 リリオが歩む道の先で、私はまた、トルンペートに出逢った。
 リリオが朝の光、煌めく風なのだとすれば、トルンペートは柔らかく私を支えてくれる大地であり、そしてまた眠ることを許してくれる夜の闇だった。私が生きてくれるのをリリオが許してくれたように、私が疲れて死ぬことを許してくれたのはトルンペートだった。

 ただひたすらに眩いリリオに、そっとひさしを作って影を与えてくれるのがトルンペートだった。
 リリオの導いてくれる光まばゆい道を歩く事が時に辛くとも、トルンペートがいざなってくれる薄暗い影の道が私を憩わせてくれた。リリオが私の骨に沁みる程に輝きを向けてくれることに対して、トルンペートは私がはだえの下に押し隠したい事を尊び護ってくれた。

 この二人と共にあることがどれだけ私の心を励まし、また癒してくれたか。ただの亡霊に過ぎなかった私に、どれだけの命を吹き込んでくれたことか。
 私は今もまだ、強い光にかすみ、柔らかな闇に沈む、そんなかそけき影に過ぎない。
 自分だけの力では生きていくことも歩み出すことも出来ない、儚い亡者に過ぎない。

 もはや二人は離れ難く、分ち難き間柄だった。
 友と呼ぶこともまだ弱いと感じる程に、痛烈に私は二人に依存していた。
 二人を失うことがあればきっと私も同じようにして死んでしまうだろうと、そう思う程にそれは強烈な依存だった。思うだけで悲しみ、考えるだけで嘆き、来るべきその時に構えるだけで立ち上がる事さえ出来なくなりそうなほどの絶望!
 この感情を一体何と呼べばいいのか!

 呼ばなくていいんだよ!!!
 ポエットにも程があるだろ!!!

 朝日に目を細めながらなんか気付けばポエムを詠み始めていた自分自身が怖い!
 鳥肌立ちそうなレベルで怖い!
 何これ、ゲームだったらムービー流れたりする特殊演出なの?
 怖っ。異世界怖っ。
 何よりさらっとポエム詠んじゃえる自分のマインドが怖い。
 純国産の死人が詠んじゃっていいポエムじゃないよこれ。

 えーっと、なんだっけ。
 公認ストーカーになって、その後だよ。
 なんだ。うん。
 えー、いまや公認ストーカーになって、ストーカーどころかお仲間に入れられちゃってるけど、まあ、うん、そういうのもいいだろう。生きていくっていうことは、関わっていくっていうことなんだろうし。

 そう、その位ざっくばらんでいいんだよ。

 あー恥ずかし。恥ずかし乙女。

 私が一人で悶絶しているのを見て、周囲も生暖かい目で見てくれている。
 違うんだ。これはあれだ。朝日が目に差し込んで死にかけてるだけなんだ。それはそれで恥ずかしいなオイ。

「ウルウって時々一人でなんか楽しそうですよね」
「わかる」
「わかりみって奴ですね」
「それね。わかりみ深いわ」
「深いですねー」
「わかんな! どっかいけ!」

 なんだか全然締まらないし、ホント切りが悪いし、でも多分、人生っていうのはこういうろくでもない事の連続なんだろう。リリオたちを見ているとそう思う。
 節目節目ってのは無理にそうしなければぜんっぜん締まらないし、切りが悪いし、碌でもないし、でもそういうのを繰り返しながら、私達は成長して、人生なんてもんをやっていくんだろう。

 だから、こういうときは、簡単な挨拶で締めるくらいでいいと思う。

「じゃあ、メザーガ」
「おう、じゃあな」
「いってきます!」
「いってこい!」

 いってきます。

 それが私の、私達の旅の始まりなのだ。





用語解説

・いってきます
 いってらっしゃい
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