100 / 304
第六章 秋の日のヸオロン
第十二話 鉄砲百合と帰ってきた角猪鍋
しおりを挟む
前回のあらすじ
角猪鍋と謳いながらもほとんどキノコの解説で終わった。
ゴスリリは割とそういう回が多いので気長に楽しもう。
さて、そろそろ欠食児童どもの腹の音がうるさいからざっくりといろいろはしょって、角猪鍋が仕上がったわ。細かい工程が気になる子は、いつかこう、リリオの旅を冒険譚とか旅行記として出版するときにレシピでもつけるからそれを読みなさい。保証はしないけど。
さて、大きめの鍋にたっぷりと仕上がった角猪鍋だけど、これ足りるかちょっと不安になってきたわね。
なにしろ身の丈はウルウよりも頭一つは大きくて、幅と言ったら二人分はありそうなウールソさんはまずたっぷり食べることは間違いないでしょ。冒険屋ってのは他所のパーティのご飯でも基本的に遠慮なんかする生き物じゃないもの。
この前の地下水道の時だってそうだったでしょ。割と良識人だった《潜り者》だって遠慮なんか欠片もしなかったし、その冒険屋との付き合いの長い水道局の人だって微塵も遠慮せず林檎酒かっ喰らってたじゃない。仕事中なのに。
神官だし、あの実にできた人っぽい雰囲気といい、ウールソさんに限ってそんなことないって言いたい気持ちはよくわかるけど、あの人あれで自前のどんぶり持ってきてるから。リリオのよりでかいわよあれ。
そのリリオはもう、安定してるわ。あの小さな体にどれだけ入るのかってほどに、本当によく食べるのよね。食べた端から全部消化して魔力にでも変換しているって言われても信じるわ、あたし。
常に何か食べる印象があるってよく言われるリリオだけど、実際間違ってないと思うわ。多分食べてないと死ぬのよ。ネズミと一緒で。
あたしも辺境出だからさ、それはまあ食べるわよ。生粋の辺境人ほどじゃなくても、食べるわ。何しろ辺境って言うのは、生きるだけで体力使う土地だから、竜どもと戦うとかそれ以前に、自然の驚異と戦うために命を削らなきゃいけない。その削った命はご飯食べて満たさなきゃならない。何事もまずご飯なのよ。
だから美味しくて腹にたまるご飯作れる子はモテるし、逆にまずい飯作るやつは私刑にあってもおかしくない。
別にあたしがモテるって自慢じゃないわよ。モテるって言っても限度あるもの。やっぱり人間こう、ないよりはあるほうがいいっていうか、平らなより山の方がいいっていうか、要するに見る目がないやつが多いのよ。
さて、残るウルウはって言うと、まるで小鳥みたいよね。図体の割に。
いやまあ、普通に食べるのよ。ちょっと小食かなとは思うけど、それでも最近は食べ切れないってことはなくなったし、ちゃんとご飯食べられるようになってきたのよ。それでも一般人と言うか、普通の町民くらい。冒険屋ならもうちょっと食べてもいいのよ。体力勝負なんだからね。
でも最初の頃はねえ、それこそ食べるってことにあんまり興味持ってなかったから心配してたのよねえ。無理して食べ過ぎて、あとで隠れて吐いてるってこともあったし。
なんてこと言ってたら本当に鍋がすっからかんになっちゃうからあたしも食べないとね。
まず汁を一口。この汁がね、美味しいのよ。
角猪の肉からあふれ出したどっしりとした旨味を、鹿節の力強い旨味が余さず支えてくれる。支えてくれるだけじゃなくて上乗せして純粋に持ち上げてくれる。そして脂の甘味がもたらす確かな心強さ。
胡桃味噌の甘味と塩気がそこに立体的な輪郭をくれるってわけよ。
キノコってのは、煮込んじゃったらどれも似たり寄ったりのもんって思ってる人いるじゃない。まあ半分くらいは当たってるわ。食感とか似たような感じになるし。でもね、その香りはたっぷりと汁にとけこんで、そして鍋全体に膨らみを与えてくれる。胡桃味噌が大地だとすればキノコの香りは空なのよ。
理解る?
あたしには理解んないわよ。酔っ払いの戯言なんだから。
のたのたとなんやかんやあれこれ喋ってたら鍋がなくなるでしょ。
解説はあとよ。食べるのが先。
理解る?
あたしには理解る。
だから食べる。
そして食べたら解説どころじゃないの。
わかるかしら?
わかるわよね?
だから、いつだって正しいご飯の後には正しくこう続くのよ。
「ごちそうさまでした!」
それで終わり。
ね?
さて、ご飯が済んで、後片付けが済めば、あとは、そう、乙女なら身を清めないとね、というのが《三輪百合》のやり方だ。と言うより、ほとんどウルウのやり方よね。
お風呂に入れない野外活動中も、ウルウは絶対に水浴びを欠かさなかった。どうしても水浴びできない時でも、布を濡らして体を拭いていた。
夏の間はそれでよかったかもしれないけど、さすがにこれから冬になっていくんだし、川で水浴びするのも限度があるんじゃないの。
とあたしが言ったらこの女、わざわざそのためだけに倍以上値段がする温泉の水精晶を箱で購入してきやがったのよ。理解る? ああ、もう、これもいい加減面倒ね。そうよ、全然わかんない……といいたいところだけど。
「うあぁ……気持ちいいですねえ……」
「ああ……もう……駄目になるぅ……」
いやはや、さすがのあたしもダメになるわよ。
ウルウが取り出したのは、巨大な金属の筒だった。筒は両側が同じく金属の蓋で覆われていて、何かの容器みたいだった。
ウルウはこの蓋の片方を綺麗に切り取って、川原に組んだ竈の火にかけて中にたっぷりの温泉水を注いだ。
炊き出しの大鍋みたいねって思っていると、ウルウは温度を見ながら中底に木のすのこを敷いた。
それからこう言ったの。
「お風呂だ」
ってね。
それ以来あたしたちは野外活動の時だって欠かさずにお風呂に入っている。
一度に入れるのは、精々一度に一人か二人。リリオとあたしでちょっときついかなってくらい。以前リリオが無理に三人で入ろうとしたときは、三人そろってのぼせそうになったわね。
「…………」
「さすがの《一の盾》でもやらない?」
「風呂の神官でもいれば別ですが、これは、また、《三輪百合》には驚かされ通しですなあ」
うん、おかしいってことはあたしもわかってる。
わかってるし、これを常識にしちゃうと今後困りそうだってのも理解してるけど、それといま気持ちが良くてとろけそうだってのは話が別だ。
いまを……今を、生きる。それが大事よね。やっぱり。
せっかくなのでウールソさんにもお湯のおすそ分けをすることにした。
のだけれど、さすがに殿方だし、何しろ体が大きい。
「いや、拙僧は最後でよろしい。湯も溢れてしまうでしょうし男の後では嫌でしょう」
潔癖症のウルウはともかくあたしたちはそこまで言わないけど、でもまあ、先に入らせてくれるならその方がうれしい。
というわけで、燃料と時間の節約のため、第一陣はあたしとリリオ、第二陣がのぼせやすいウルウ、第三陣がウールソさんということになった。
あたしたちが入浴している間、ウールソさんは周囲の見回りを軽くしてくると場を外してくれた。なのであたしたちは互いに火の番をしながら遠慮気兼ねなく体を洗い、入浴し、さっぱりと汗を流した。
ウルウが早めにお湯から上がって、あたしが魔術で乾かしてあげて、ウルウ特製の檸檬水で髪を整えていると、ウールソさんが野営地から、たっぷりの蜂蜜を溶かした生姜湯を淹れてきてくれた。
自分が最後であるし、長湯はしないから火の面倒は気にしないでよい、とのことだったので、あたしたちはありがたくこの甘くて刺激的なお茶を楽しみながら、湯冷めしないように焚火の火にあたった。
男の人がそうなのか彼が特別そうなのかはあたしたちはみんな知らなかったけれど、確かに長湯せずウールソさんは早々と湯から上がった。
そしてざっと洗った風呂窯を担いで運んできてくれたので、あたしたちは何の気兼ねもなく就寝することができた。
まあ気兼ねなく、と言うのは明日の準備に関してはと言うことであって、実際天幕に入ってからは少し問題だった。
天幕は二張りあって、一張りはウールソさんに使ってもらって、もう一張りはあたしたち《三輪百合》の三人で使うことになっていた。
さすがにパーティ用とウルウが言うだけあって広く、大きなウルウとちっちゃなあたしたち二人なら随分広く使える大きさだった。
それでも、実際に中に入って、ウルウがこんな時でも例のふわっふわの羽毛布団を敷いて、川の字になってさあ寝ましょうとなると、落ち着かないのが出た。
一人は左端のリリオ。なんだか楽しいですねと遠足気分のこのちびっこはそわそわしてまるで寝そうな気配がない。お腹いっぱい食べてお風呂も入ってあったまって、寝る準備は万端整っているっていうのに。
で、人のことが言えない二人目が右端のあたし。もっともあたしがそわそわしてるのは主に不安からだ。そりゃ、三人で一緒に寝るっていうこの非日常感はちょっとわくわくするわ。訂正。三割くらいはわくわくするわ。でも七割くらいは怖い意味でドキドキしてる。
その原因は間に挟まれて顔色の悪いウルウ。さすがにあたしだって、寝てる間に隣で吐かれたらいやだもの。
「ウルウ、あんた大丈夫?」
「……大丈夫」
「ほんとに?」
「…………本当はあんまりだいじょばない」
あんまり、というか、かなり大丈夫じゃない顔色だ。
でも、とウルウは強がるように唇の橋をひくひくと持ち上げる。それで笑っているつもりなんだから大概だ。
「すこしは、慣れないとね。私も《三輪百合》なんだから、我儘ばかり言ってもいられない。ただ、慣れていないだけなんだ。人の体温に触れるのが」
それは多分余り正しい物言いではないのだろうけれど、でも、それでも、あたしたちはパーティとして、仲間の頑張りを無下にすることはできなかった。
「わかったわよ。無理だと思ったらすぐ言いなさいよ」
「……うん」
「では早速寝ましょう!」
寝ましょうと言いながらもウルウに抱き着くリリオ。
あからさまに顔が引きつって強張るウルウ。あ、鳥肌立ってる。
「リリオ!」
「だ、大丈夫。ただ」
「ただ?」
「ご飯一杯食べたから、押されるとアンコが出るかも」
リリオの手は、目に見えて緩んだのだった。
用語解説
・巨大な金属の筒
正確には巨大な金属の缶。ゲーム内アイテム。正式名称《ドラム缶(輸送用)》。
同じくゲーム内アイテム《ブリキバケツ》と同様、液体系のアイテムを回収、持ち運ぶためのアイテム。バケツよりもはるかに容量がある上、同量の液体系アイテムをバケツに汲んだ時と比べて重量値に明確な差異が出る、つまりお得。商人や素材狙いのプレイヤーなど、同じ素材を大量に必要とする場合に用いられた。
なお(輸送用)とあることからわかるように、《ドラム缶(戦闘用)》も別にある。
『便利なもんだぜドラム缶てのはよ。ふたを開けりゃ風呂釜にもなるし、縦に割りゃバーベキューもできる。叩いてみれば楽器にもなる。こりゃすげえぜ! え? 輸送? なにを?』
・生姜湯
生姜のすりおろしや絞り汁ををお湯やお茶に溶かしこんだもの。砂糖を加えたりする。
この日のものは、甘茶(ドルチャテオ)に生姜を摩り下ろして入れ、蜂蜜を加えたものだった。
体が温まる。
角猪鍋と謳いながらもほとんどキノコの解説で終わった。
ゴスリリは割とそういう回が多いので気長に楽しもう。
さて、そろそろ欠食児童どもの腹の音がうるさいからざっくりといろいろはしょって、角猪鍋が仕上がったわ。細かい工程が気になる子は、いつかこう、リリオの旅を冒険譚とか旅行記として出版するときにレシピでもつけるからそれを読みなさい。保証はしないけど。
さて、大きめの鍋にたっぷりと仕上がった角猪鍋だけど、これ足りるかちょっと不安になってきたわね。
なにしろ身の丈はウルウよりも頭一つは大きくて、幅と言ったら二人分はありそうなウールソさんはまずたっぷり食べることは間違いないでしょ。冒険屋ってのは他所のパーティのご飯でも基本的に遠慮なんかする生き物じゃないもの。
この前の地下水道の時だってそうだったでしょ。割と良識人だった《潜り者》だって遠慮なんか欠片もしなかったし、その冒険屋との付き合いの長い水道局の人だって微塵も遠慮せず林檎酒かっ喰らってたじゃない。仕事中なのに。
神官だし、あの実にできた人っぽい雰囲気といい、ウールソさんに限ってそんなことないって言いたい気持ちはよくわかるけど、あの人あれで自前のどんぶり持ってきてるから。リリオのよりでかいわよあれ。
そのリリオはもう、安定してるわ。あの小さな体にどれだけ入るのかってほどに、本当によく食べるのよね。食べた端から全部消化して魔力にでも変換しているって言われても信じるわ、あたし。
常に何か食べる印象があるってよく言われるリリオだけど、実際間違ってないと思うわ。多分食べてないと死ぬのよ。ネズミと一緒で。
あたしも辺境出だからさ、それはまあ食べるわよ。生粋の辺境人ほどじゃなくても、食べるわ。何しろ辺境って言うのは、生きるだけで体力使う土地だから、竜どもと戦うとかそれ以前に、自然の驚異と戦うために命を削らなきゃいけない。その削った命はご飯食べて満たさなきゃならない。何事もまずご飯なのよ。
だから美味しくて腹にたまるご飯作れる子はモテるし、逆にまずい飯作るやつは私刑にあってもおかしくない。
別にあたしがモテるって自慢じゃないわよ。モテるって言っても限度あるもの。やっぱり人間こう、ないよりはあるほうがいいっていうか、平らなより山の方がいいっていうか、要するに見る目がないやつが多いのよ。
さて、残るウルウはって言うと、まるで小鳥みたいよね。図体の割に。
いやまあ、普通に食べるのよ。ちょっと小食かなとは思うけど、それでも最近は食べ切れないってことはなくなったし、ちゃんとご飯食べられるようになってきたのよ。それでも一般人と言うか、普通の町民くらい。冒険屋ならもうちょっと食べてもいいのよ。体力勝負なんだからね。
でも最初の頃はねえ、それこそ食べるってことにあんまり興味持ってなかったから心配してたのよねえ。無理して食べ過ぎて、あとで隠れて吐いてるってこともあったし。
なんてこと言ってたら本当に鍋がすっからかんになっちゃうからあたしも食べないとね。
まず汁を一口。この汁がね、美味しいのよ。
角猪の肉からあふれ出したどっしりとした旨味を、鹿節の力強い旨味が余さず支えてくれる。支えてくれるだけじゃなくて上乗せして純粋に持ち上げてくれる。そして脂の甘味がもたらす確かな心強さ。
胡桃味噌の甘味と塩気がそこに立体的な輪郭をくれるってわけよ。
キノコってのは、煮込んじゃったらどれも似たり寄ったりのもんって思ってる人いるじゃない。まあ半分くらいは当たってるわ。食感とか似たような感じになるし。でもね、その香りはたっぷりと汁にとけこんで、そして鍋全体に膨らみを与えてくれる。胡桃味噌が大地だとすればキノコの香りは空なのよ。
理解る?
あたしには理解んないわよ。酔っ払いの戯言なんだから。
のたのたとなんやかんやあれこれ喋ってたら鍋がなくなるでしょ。
解説はあとよ。食べるのが先。
理解る?
あたしには理解る。
だから食べる。
そして食べたら解説どころじゃないの。
わかるかしら?
わかるわよね?
だから、いつだって正しいご飯の後には正しくこう続くのよ。
「ごちそうさまでした!」
それで終わり。
ね?
さて、ご飯が済んで、後片付けが済めば、あとは、そう、乙女なら身を清めないとね、というのが《三輪百合》のやり方だ。と言うより、ほとんどウルウのやり方よね。
お風呂に入れない野外活動中も、ウルウは絶対に水浴びを欠かさなかった。どうしても水浴びできない時でも、布を濡らして体を拭いていた。
夏の間はそれでよかったかもしれないけど、さすがにこれから冬になっていくんだし、川で水浴びするのも限度があるんじゃないの。
とあたしが言ったらこの女、わざわざそのためだけに倍以上値段がする温泉の水精晶を箱で購入してきやがったのよ。理解る? ああ、もう、これもいい加減面倒ね。そうよ、全然わかんない……といいたいところだけど。
「うあぁ……気持ちいいですねえ……」
「ああ……もう……駄目になるぅ……」
いやはや、さすがのあたしもダメになるわよ。
ウルウが取り出したのは、巨大な金属の筒だった。筒は両側が同じく金属の蓋で覆われていて、何かの容器みたいだった。
ウルウはこの蓋の片方を綺麗に切り取って、川原に組んだ竈の火にかけて中にたっぷりの温泉水を注いだ。
炊き出しの大鍋みたいねって思っていると、ウルウは温度を見ながら中底に木のすのこを敷いた。
それからこう言ったの。
「お風呂だ」
ってね。
それ以来あたしたちは野外活動の時だって欠かさずにお風呂に入っている。
一度に入れるのは、精々一度に一人か二人。リリオとあたしでちょっときついかなってくらい。以前リリオが無理に三人で入ろうとしたときは、三人そろってのぼせそうになったわね。
「…………」
「さすがの《一の盾》でもやらない?」
「風呂の神官でもいれば別ですが、これは、また、《三輪百合》には驚かされ通しですなあ」
うん、おかしいってことはあたしもわかってる。
わかってるし、これを常識にしちゃうと今後困りそうだってのも理解してるけど、それといま気持ちが良くてとろけそうだってのは話が別だ。
いまを……今を、生きる。それが大事よね。やっぱり。
せっかくなのでウールソさんにもお湯のおすそ分けをすることにした。
のだけれど、さすがに殿方だし、何しろ体が大きい。
「いや、拙僧は最後でよろしい。湯も溢れてしまうでしょうし男の後では嫌でしょう」
潔癖症のウルウはともかくあたしたちはそこまで言わないけど、でもまあ、先に入らせてくれるならその方がうれしい。
というわけで、燃料と時間の節約のため、第一陣はあたしとリリオ、第二陣がのぼせやすいウルウ、第三陣がウールソさんということになった。
あたしたちが入浴している間、ウールソさんは周囲の見回りを軽くしてくると場を外してくれた。なのであたしたちは互いに火の番をしながら遠慮気兼ねなく体を洗い、入浴し、さっぱりと汗を流した。
ウルウが早めにお湯から上がって、あたしが魔術で乾かしてあげて、ウルウ特製の檸檬水で髪を整えていると、ウールソさんが野営地から、たっぷりの蜂蜜を溶かした生姜湯を淹れてきてくれた。
自分が最後であるし、長湯はしないから火の面倒は気にしないでよい、とのことだったので、あたしたちはありがたくこの甘くて刺激的なお茶を楽しみながら、湯冷めしないように焚火の火にあたった。
男の人がそうなのか彼が特別そうなのかはあたしたちはみんな知らなかったけれど、確かに長湯せずウールソさんは早々と湯から上がった。
そしてざっと洗った風呂窯を担いで運んできてくれたので、あたしたちは何の気兼ねもなく就寝することができた。
まあ気兼ねなく、と言うのは明日の準備に関してはと言うことであって、実際天幕に入ってからは少し問題だった。
天幕は二張りあって、一張りはウールソさんに使ってもらって、もう一張りはあたしたち《三輪百合》の三人で使うことになっていた。
さすがにパーティ用とウルウが言うだけあって広く、大きなウルウとちっちゃなあたしたち二人なら随分広く使える大きさだった。
それでも、実際に中に入って、ウルウがこんな時でも例のふわっふわの羽毛布団を敷いて、川の字になってさあ寝ましょうとなると、落ち着かないのが出た。
一人は左端のリリオ。なんだか楽しいですねと遠足気分のこのちびっこはそわそわしてまるで寝そうな気配がない。お腹いっぱい食べてお風呂も入ってあったまって、寝る準備は万端整っているっていうのに。
で、人のことが言えない二人目が右端のあたし。もっともあたしがそわそわしてるのは主に不安からだ。そりゃ、三人で一緒に寝るっていうこの非日常感はちょっとわくわくするわ。訂正。三割くらいはわくわくするわ。でも七割くらいは怖い意味でドキドキしてる。
その原因は間に挟まれて顔色の悪いウルウ。さすがにあたしだって、寝てる間に隣で吐かれたらいやだもの。
「ウルウ、あんた大丈夫?」
「……大丈夫」
「ほんとに?」
「…………本当はあんまりだいじょばない」
あんまり、というか、かなり大丈夫じゃない顔色だ。
でも、とウルウは強がるように唇の橋をひくひくと持ち上げる。それで笑っているつもりなんだから大概だ。
「すこしは、慣れないとね。私も《三輪百合》なんだから、我儘ばかり言ってもいられない。ただ、慣れていないだけなんだ。人の体温に触れるのが」
それは多分余り正しい物言いではないのだろうけれど、でも、それでも、あたしたちはパーティとして、仲間の頑張りを無下にすることはできなかった。
「わかったわよ。無理だと思ったらすぐ言いなさいよ」
「……うん」
「では早速寝ましょう!」
寝ましょうと言いながらもウルウに抱き着くリリオ。
あからさまに顔が引きつって強張るウルウ。あ、鳥肌立ってる。
「リリオ!」
「だ、大丈夫。ただ」
「ただ?」
「ご飯一杯食べたから、押されるとアンコが出るかも」
リリオの手は、目に見えて緩んだのだった。
用語解説
・巨大な金属の筒
正確には巨大な金属の缶。ゲーム内アイテム。正式名称《ドラム缶(輸送用)》。
同じくゲーム内アイテム《ブリキバケツ》と同様、液体系のアイテムを回収、持ち運ぶためのアイテム。バケツよりもはるかに容量がある上、同量の液体系アイテムをバケツに汲んだ時と比べて重量値に明確な差異が出る、つまりお得。商人や素材狙いのプレイヤーなど、同じ素材を大量に必要とする場合に用いられた。
なお(輸送用)とあることからわかるように、《ドラム缶(戦闘用)》も別にある。
『便利なもんだぜドラム缶てのはよ。ふたを開けりゃ風呂釜にもなるし、縦に割りゃバーベキューもできる。叩いてみれば楽器にもなる。こりゃすげえぜ! え? 輸送? なにを?』
・生姜湯
生姜のすりおろしや絞り汁ををお湯やお茶に溶かしこんだもの。砂糖を加えたりする。
この日のものは、甘茶(ドルチャテオ)に生姜を摩り下ろして入れ、蜂蜜を加えたものだった。
体が温まる。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる