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第六章 秋の日のヸオロン

第十話 亡霊と作麼生説破

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前回のあらすじ
マックで駄弁る女子高生のような会話を繰り広げるウルウとトルンペート。
あの口下手なウルウが……快挙です。





 トルンペートとの雑談はなかなかいい収穫だった。
 私とリリオ、リリオとトルンペートっていう組み合わせは結構あるんだけど、私とトルンペートの二人きりっていう組み合わせは、実のところあんまりなかったからね。それこそ、一番初めの頃の、二人で仲直りした時くらいじゃなかろうか。

 別に仲が悪いってわけじゃない。
 多分、単純に付き合いやすさで言ったら、私はリリオよりトルンペートとの方がやりやすいはずだ。
 でも実際のところは、リリオは何かと黙り込みがちな私の面倒を見ようとするし、トルンペートはそのリリオの面倒を見るのが好きでたまらないマゾヒストだし、そうなると私は別に何もしなくても満たされてしまうのでこれと言って仲が進展しなかっただけだ。

 だから今日、これと言った目的もなく、中身もない、本当に雑談のための雑談と言った会話ができたのはちょっと嬉しい。私にもちゃんと会話ができるのだという自信が持てた。心療内科の先生に話したらおめでとうと言われる快挙じゃなかろうか。
 思えばあの人も今となっては懐かしいな。当時は正直薬だけくれという気分だったが、まともに会話をしていたのはあの人くらいだったように思う。

 さて、山と担いだわけでもなくインベントリに薪を突っ込んで帰ってきた私たちは、早速夕飯の猪鍋の準備に取り掛かった。
 正確にはリリオとトルンペートが。
 私に任せると彼女たち曰くの「四角四面の味」がするらしいから、私は食べるの専門で行こう。

 とはいえ、さてどうするかな。
 二人がいろいろ準備しているのを見るのはそれはそれで楽しいけれど、でも人が仕事しているのに自分がぼうっとしているのは何とも手持無沙汰感がひどい。
 リリオたちは私のことをワーカーホリック扱いするけれど、私からすればこの状況で平気でいられるのは人として感性がおかしいと思う。まあ育ちの違いかもしれないけど。

 またどこかふらついてこようかなと思っていると、隣にどっかりと岩が座り込んだ。
 違った。巨漢の武僧、ウールソだ。
 つるりとそり上げた頭に、一方でごわりと豊かな顎髭。それに熊のものであるらしい獣の耳に、いかつい顔。成程、ウールソの名を持つだけあるなと思わせる。

「少しお話をしてもよろしいかな」
「面接の時間かな」
「はて?」
「実技試験の後に口頭面接ってのは初めての流れかな」
「ウルウ殿は慣れておられるのかな」
「職種は違っても、ね。これでも二十六だし」

 今日一番驚かれた。

「ウルウ殿は長命種であられるか」
「響きから想像はつくけど、多分違うと思う」
「これは試験とは関係ありませぬが、実際のところウルウ殿は、ふむ、何と申したものかな」
「何者かって?」
「端的に申せば」
「そうだね。亡霊なのさ」
「亡霊」
「一度死んで、いまだって生きているようなものかよくわかりもしない。亡霊だよ」
「フムン」
「それこそトルンペートあたりが言ってたんじゃないかな。種族:ウルウだよ」
「成程」

 さて、まあ会話は温まった、とみていいんだろうか。いまだに空気の温度はよくわからない。

「本題は何かな」
「そうですなあ。まずは何からお聞きしたものか」

 ウールソはしばらく顎髭を撫でながら考え込んでいるようだった。
 こうして近くで男性の顔を見る機会と言うのはあまりなかったけれど、なかなか渋い顔立ちだな。《一の盾ウヌ・シィルド》の中では一番年食ってそうだけど、渋みもあり、落ち着きもあり、安心感があるな。怖いけど。

「では、そうですな。なぜリリオ殿なのかお聞きしてもよろしいか」
「なぜリリオかって?」
「左様。ウルウ殿があえてリリオ殿にこだわるのはなにゆえか。作麼生いかがか
「ふふふ」
「む?」
「いや、さっきの質問と言い、トルンペートに聞かれたばっかりだ」
「ほう」
「だから今度はもう少し突っ込んだ答えをするとするならば」

 私は少し小首を傾げて、言葉をまとめた。

説破そうだね。私がリリオに命を助けられたから、かな」
「ほほう」

 私はトルンペートにも話した、リリオに助けられた時の話を繰り返した。

「助けられた、それだけでリリオ殿についていくと?」
「厳密には違うかな。助けられたんじゃない。助けられてるんだ。いまも」
「いまも?」
「私は正直な所、人間というものを信用していない」

 いくらか改善されてきたとはいえ、私にとって人間というものは次の瞬間には薄汚れたエゴをさらす生き物でしかない。なぜならそういう生き物だからだ。これは根本的な性質であって、私自身にもそういうところがあり、改善のしようはない。
 だから私は人間が好きじゃあない。
 これはリリオであっても変わらない。リリオは素直であるからそう言った薄暗い面が見えづらいところはあるけれど、エゴの生き物であることに変わりはない。
 エゴの生き物を止めるにはどうしたらいいか。解脱して仏になるか、あるいは死ぬほかない。

「でもねえ、そんな人間であっても、時々まだ生きていてもいいかなと、そう思わせてくれる綺麗なものを見せてくれる時がある」
「それがリリオ殿であると?」
「そう。だからリリオがそういうものを見せてくれる限り、私はついていくよ」
「ふむん」

 ウールソはまじまじと私を眺めて、つるりと頭を撫で上げた。

「では冒険屋になりたいというわけでは、別にない」
「そう言ったことは一度もない。ただ、単にリリオについていくのに便利だからそうしているだけだよ」
「ではリリオ殿が冒険屋を止めるとしても、ついて行かれると」
「リリオがそんなことを?」
「さて」

 まあ、リリオがそういうことをほのめかす程度でもいうとは思えないけれど。
 というか、何となくどういうことを言ったのかわかるけど。

「どうせリリオはやめないって言ってるんでしょ」
「おわかりか」
「何なら理由も当ててあげる」
「では」
「『ウルウに格好悪い所見せられない』とかなんとか、でしょ」
「よくおわかりだ」
「そりゃね」

 そりゃあそうだ。
 いつもそんなことばかり言っているような気がするし、それに、なにより。

「私もリリオの格好いいところばかり見ていたいからね」

 武僧ウールソは目を丸くしてまじまじと私を眺め、それから、少し離れたところの二人が顔を上げるような大きな声で笑い始めた。

「はっはっはっはっは! 成程左様か」
「何がおかしいのさ」
「いやいや、いや。すっかり惚気られてしまいましたなあ」

 私は今更ながらに赤面した。





用語解説

・長命種
 この世界の種族はみなその種族毎の寿命を持っているが、その中でも特に、何百年、あるいは千年といった長い時を生きる種族の事を特にいう。
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