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第六章 秋の日のヸオロン

第二話 白百合はここをキャンプ地とする

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前回のあらすじ
懲りずにキノコ狩りに挑戦しようとするリリオ。
それに便乗して試験を持ち掛けてくるウールソ。
なんだこれ、と思わずにいられない閠であった。





「今度は妙な魔獣は出ないだろうね」
「そう言うと思いましてな。場所の選定はトルンペート殿にお任せし申した」
「任されたわ」
「なら安心だ」
「そして今なら可愛いリリオちゃんもついてきます」
「なら心配だ」
「なーにをー!?」

 さて、善は急げと準備を整える必要もなく、我々は早速山へやってきました。何しろ前回ろくにキノコ狩りする前に全員意識を刈り取られるという状況に陥ったため、道具はほとんどそのまま残っていたからです。ならばあとは食い気だけ、もとい勇気だけです。

 さすがに二度目となると私たちも警戒していたのですけれど、ウールソさんは至って鷹揚で、場所決めに関しても私たちの選定にこれと言って口を出すこともなく、精々ここはこれこれこういうものが採れますなだとか、この辺りは鹿雉セルボファザーノを見かけることがありますなだとかそういう助言を頂けたくらいです。
 私は山慣れしていますし、トルンペートも養成所でみっちりしごかれただけあって基本は抑えていますけれど、やはり地元の人ならではの知識や経験は大事です。
 最終的にはウールソさんに角猪コルナプロのよく見かけられる当たりを教えてもらって、その中から選定するという形をとりました。

 私たちはもうすっかり慣れた足取りで山に踏み込み、息の合った連携で見事にぐいぐい進み、目的地へたどり着きました。いろいろはしょったのは私が道を間違えかけたり、好奇心に駆られたウルウが行方不明になりかけたりしたあたりですのでお気になさらず。

 さて、目的地となるのは、川から少し離れた開けた地点でした。
 私たちはここに野営を張り、拠点とするつもりなのでした。

 旅の最中でしたら、野営地というものはもう少し日が傾いてから決めるものですけれど、今日はどっしり腰を据えて狩りをし、採取を行い、腹を満たすのが目的ですから、先に野営地を決めてしまうのが良いのです。

 野営地として開けているというのは大事ですけれど、川から少し離れているというのも大事です。
 川からあまり離れていると水に不便しますけれど、あまり近すぎるとこの季節は冷え込んで仕方がありません。このあたりの塩梅は難しいものですけれど、なにしろここは辺境近くとしては都会にあたるヴォーストのお膝元。すでにたくさんの冒険屋や狩人たちが利用した形跡がある安心安全の野営地です。

「変な魔獣も出ないでしょうしね」
「いやあ、その節はパフィスト殿がご迷惑を」

 ちょっとした毒を吐いてしまいましたが、ウールソさんは鷹揚です。というかもはやパフィストさんの悪行三昧に関してはお手上げのようです。いや、あれで本人は全く悪意も悪気もないどころか良いことをしたと思っているくらいらしいですから、そりゃあお手上げにもなるでしょうけれど。

 さて、私たちは早速手分けしてここを立派な野営地とするべく準備を始めました。

 まず、ウールソさんは監督役として口は出すけれど手は出さないということで休んでいただきます。これはパフィストさんという悪い前例があるのでトルンペートが警戒したのもありますけれど、ウールソさん自身がお手並みを拝見したいとのんびりおっしゃったからで、これはちょっと緊張します。
 何しろ熟練の冒険屋と比べられた時に自分たちの手際がどんなものかというといささか自信がありません。ましてやその熟練の冒険屋にじっくり眺められながらとなると、緊張します。

 トルンペートも少し視線は気になるようですけれど、それでもさすがは教育を受けた武装女中。見ていてほれぼれする程の所作であっという間に竈を組み上げ、道々拾ってきた枯れ枝で焚火を組み、早速火をつけています。今日の夕食は角猪コルナプロ鍋にすることが決まっていますので、いくらか大きめに竈は組まれていますね。

 焚火というものは野営でまず一番大切と言っていいでしょう。何がなくても火は大事です。獣避けにもなりますし、何より暖を取るというのは人間の体にとって不可欠です。いまは秋なので勿論ですけれど、夏であっても夜というものは冷えるもので、寝入っている時の人の体というものは思っている以上に冷たくなるもので、ここに焚火の暖があるとなしとでは大いに変わってきます。
 まして冬場ともなれば、大真面目に命にかかわります。

 さて、こちらは人の視線など全く気にしていないかのようで、その実全てから目を逸らして心の平衡を保っているウルウですけれど、《自在蔵ポスタープロ》をごそごそとあさって何か取り出し、取り出し……ました。はい。取り出しましたけれど。

 えーと。

「ウルウ、それは」
「テント」
「テント」
「えーと、天幕」
「いや、わかりますけれど」

 そりゃあ見ればわかりますけれど、でもまさか組み上げた状態の天幕をそのまま《自在蔵ポスタープロ》から引きずり出すとか誰が思うでしょうか。それも二張り。
 慣れない仕草で、それでもしっかりとした手順で杭を打って固定していくウルウの背中はなんだか初々しくて愛らしいものですけれど、それはそれとして相変わらず出鱈目なウルウにちょっと呆れもします。

「いやはや、話には聞いておりましたが、これは豪快ですなあ」

 ウールソさんもこれには苦笑い。
 そり上げた頭をつるりと撫で上げながら眺めておられます。

 天幕は、ウルウの不思議道具なのでしょうか。つやつやと奇妙な光沢がありながら、しっとりとした暗色で悪目立ちするということがありません。触ってみても、布のようで布でなし、革のようで革でなし、なんだか不思議な手触りです。

「これは《宵闇のテント》」

 あっ、はじまりました。ウルウのいつもの詩吟です。詩吟っぽい独り言です。いや、ちゃんと聞いてますけれど。

「夜の闇に溶け込むこのテントは、魔物の目から逃れ、ささやかな憩いの時を旅人に与えるだろう」

 なるほど。つまり気配を遮断して、魔獣や害獣に気づかれにくくする効果があるようです。

「そして快眠+3」
「快眠+3」

 よくわかりませんがぐっすり眠れそうなのは確かです。

「組み分けどうしましょうか」
「……うーん。図体の大きさ的に、大きいのと小さいので分けようか」
「いや、拙僧も僧職の身なれど男でありますからな、御三方で使っていただいて」
「いや、さすがにそういう不公平は良くない」
「でも無理に同衾するというのも、ウルウの言っていたせくしゃるはらすめんとなのでは?」
「で、あるよねえ」
「これだけ大きい天幕ですし、小さいの二人と大きいの一人なら何とか入るんじゃ?」
「まあパーティ用だしなあ、もともと」

 すこし相談して、結局一張りをウールソさんに使ってもらい、もう一張りを私たち《三輪百合トリ・リリオイ》で使うことにしました。

「見張りは立てなくていいの?」
「この辺りは人の往来も多い故、魔獣も盗賊もまず出ませんからなあ」
角猪コルナプロは?」
「少し歩いて狩りに行く必要がありますな」
「では早速! 早速狩りに行きましょう!」
「血の気が多いなあ」
「食い気の方では?」
「違いない」
「なーにをー!?」

 でもまあ、間違いでもありませんので反論もできません。血の気も食い気も十二分でありますから。
 食い気。そういえば狩りが成功することを前提で考えていましたが、失敗した時のことも考えて罠でもかけておきましょう。鼠の類でも捕れればもうけものです。

「ほう、罠をおかけになりますか」
「やらぬよりはという具合ですけれど。以前、鼠鴨ソヴァジャラートが罠にかかって随分美味しい思いをしました。ね、ウルウ」
鼠鴨ソヴァジャラート……ああ、あれか。あれは美味しかった」
「ほう、鼠鴨ソヴァジャラートが罠に。それは僥倖ですなあ」

 あとでにこにこ顔のウールソさんが教えてくれました。
 鼠鴨ソヴァジャラートは賢い生き物で、まず罠にはかからないのだと。

「きっとどなたかが幸運を仕込んでくだすったのでしょうなあ」

 私はなんだか恥ずかしくなると同時に、きっとその幸運を仕込んでくれただろう背中に何とも言えず嬉しくなるのでした。





用語解説

・《宵闇のテント》
 ゲームアイテム。敵に見つかっていない状態で使用することで、一つにつき一パーティまで、《HPヒットポイント》と《SPスキルポイント》を最大値まで回復させる。
 また快眠+3の効果があり、これは毒や睡眠などのステータス以上の内、中度までのものを回復させる効果がある。
『夜の帳を縫い上げて、張り巡らせる天幕一張り。夜が明けるまではその護りの裡よ』
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