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第四章 異界考察
最終話 異界考察
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前回のあらすじ
結局トルンペートも人のことは言えないのであった。
結局あれから、この世界のこととか、神様のこととか、私自身のこととか、ぼんやりと考えるともなしに考えながら散歩して、帰ってきたころにはすっかり日が暮れていた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「トルンペートは?」
「張り切ってご飯作ってます」
「そう」
私のあげた《コンバット・ジャージ》をきてベッドでごろごろしているリリオに声をかけて、私もベッドに腰を下ろす。
「……うん?」
いつもふかふかの《鳰の沈み布団》だけれど、今日はなんだかいつもよりふかふかする気がする。
「あ、トルンペートがお布団干してくれてたみたいですよ」
「ああ、今日、晴れてたからか」
ありがたいことだ。綺麗好きとは言っても布団を干すのはなかなか面倒で、前の世界でも万年床になりかけていたようなものだ。
今度当番の時は私が干してあげようか。
「はー、ウルウ、ウルウ、凄いですよ」
「なにが」
二段ベッドの上の段で、新聞らしきものを読んでいたリリオが、記事を読みあげる。
「『日刊ヴォースト』の号外なんですけど、なんでも孤児を使って掏摸をさせていた盗賊団の元締めが、幹部連中と一緒に簀巻きにされて、衛兵の詰所の前に放り出されていたっていうんですよ」
「ほーん」
「なんか罪状を事細かに書いた紙が、他の悪事の証拠と一緒に縛り付けられてたみたいで、今捜査でてんやわんやみたいです」
「そう言えば帰ってくるとき、なんか騒がしかった気がする」
いつもより衛兵が多くいるなあとは思ったけど、ちょっと考え事にどっぷりつかっていたからあまり意識していなかった。
「しかもその元締めっていうのが、盗賊改方を任ぜられた百人隊長だったみたいで、衛兵の腐敗じゃないかって叩かれまくってるみたいですね。まあ、おかげで残された孤児は街の予算でちゃんと孤児院に入れるみたいですけど」
「いろいろ知らない単語が出てきた」
聞けば、そもそも衛兵というものは警察機構としても機能しており、五人で一班、十人で一組、百人で一隊とざっくり括られているそうだ。
百人隊長というのは文字通り下に百人の部下を抱える士官のようなもので、担当する役職の範囲内で兵を動かす権限を持っているそうだ。
で、盗賊改方というのはその役職の中でも盗賊の類を扱う役職で、本来なら掏摸や強盗、空き巣などそう言った犯罪者を相手にするところなのだが、今回とっつかまった盗賊の元締めとかいうのがその盗賊改方本人だったらしい。
おぬしも悪よのう、とかやってるタイプだったんだろうか。
自動翻訳がクッソ適当なのか、和用語と洋用語が入り混じってて混乱するが、まあざっくりわかっておけばいいだろう。
「しかし、下に百人も部下がいるのにそんなあっさり捕まるんだね」
「まあ、別に百人全員相手にするわけじゃないですし、全員悪事の片棒担いでたわけじゃないでしょうしねえ」
まあ、そりゃそうか。
本人と幹部数名だっけ。くつろいでいるところを襲われたなら護衛とかもいたんだろうけど、それでも十名ちょっとかな。
百人隊長とは言え、「長たるもの従える部下百人より弱いわけがない」とかいう竜騎将理論はさしものファンタジー世界でも持ってこないだろうし、そのくらいなら私でもできそうだな。
というか《隠蓑》使えば楽勝か。
「ウルウを基準にしたら大概のことは楽勝だと思うんですけど」
「衛兵の十数人くらいならリリオでもどうにかなるんじゃないの」
「あのですね、一応衛兵って、訓練された兵士であってですね」
「辺境人より?」
「ゴリラと人間で腕相撲して負けるわけないでしょう!」
「やーいゴリラ」
「むがー!」
まあ実際のところ、街で見かける衛兵は確かに普通の町人なんかは軽く押さえつけられるくらいには強そうだ。でもリリオが真正面から組み合ったらまず負ける要素はない。で、何人でかかろうとも、一度に攻撃できるのは数人くらいだから、結局一対一を繰り返すだけと大して変わらず、阿保かと思うほどのスタミナの持ち主であるリリオは止められまい。
トルンペートだともっと簡単だと思う。レベルもあるけど、トルンペートって《暗殺者》よりの技能職だから、忍び込んで黙らせて気絶させて、っていう風にスニーキングミッションするだけで終わると思う。私が《技能》でやっていることを、純粋に技術だけでやるからね、あの娘。
まあそんなのは私が見たことのある衛兵基準に考えているからであって、実際にはピンキリだと思うけど。
「ご飯できたわよー」
「あ、はーい」
「今日は何かな」
「七甲躄蟹の酒蒸しと丸揚げ」
「なにそれ」
「まず見てみなさいよ」
トルンペートの声にいそいそと食堂に向かうリリオの後に続きながら、私は少し考える。
今日一日この世界のことを考えた。元の世界のことを考えた。私自身のことを考えた。
でも結局のところ、じゃあこの世界って何だろう、私にとってなんなんだろうって考えた時、その答えはこれだと思う。
それは言葉にしづらくて、形にしづらくて、説明しづらいものだけれど、でもきっと、これだと思う。これなんだと思う。
私にとって、これこそが異世界の物語なんだと、そんな風に思うのだった。
用語解説
・『日刊ヴォースト』
ヴォーストの街で刊行されている新聞。
毎朝一部発行されるほか、号外などを出す。
この新聞が活版印刷によるものなのか魔術的によるものなのかは作者もまだ決めていないゾ。
・衛兵
スタァァァァップ!とやるお仕事と思ってまず間違いない。
外壁に勤めるもの、門に勤めるもの、市内を警邏するものなど、所属が異なるが、街中で見かける衛兵的なものは大体衛兵。
一応公務員。
・百人隊長
ざっくり百人程度を率いる上級兵士、或いは士官。
盗賊改方、火付改方、門衛方、見廻方、街壁方など役職を与えられ、その職分において兵を動かす権限を持つ。
・盗賊改方
衛兵の内、特に盗賊や強盗といった犯罪者を相手にする部署。またその長官である百人隊長。
・竜騎将理論
部下を率いるものがその部下たちより弱いわけがなかろうという滅茶苦茶な理論。だが格好いい。
・ゴリラ
この世界にもゴリラがいるらしい。
正確にはゴリーロと呼ばれるが、ここでは煩雑さを避けるために馴染みある名としてゴリラと表記した。
結局トルンペートも人のことは言えないのであった。
結局あれから、この世界のこととか、神様のこととか、私自身のこととか、ぼんやりと考えるともなしに考えながら散歩して、帰ってきたころにはすっかり日が暮れていた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「トルンペートは?」
「張り切ってご飯作ってます」
「そう」
私のあげた《コンバット・ジャージ》をきてベッドでごろごろしているリリオに声をかけて、私もベッドに腰を下ろす。
「……うん?」
いつもふかふかの《鳰の沈み布団》だけれど、今日はなんだかいつもよりふかふかする気がする。
「あ、トルンペートがお布団干してくれてたみたいですよ」
「ああ、今日、晴れてたからか」
ありがたいことだ。綺麗好きとは言っても布団を干すのはなかなか面倒で、前の世界でも万年床になりかけていたようなものだ。
今度当番の時は私が干してあげようか。
「はー、ウルウ、ウルウ、凄いですよ」
「なにが」
二段ベッドの上の段で、新聞らしきものを読んでいたリリオが、記事を読みあげる。
「『日刊ヴォースト』の号外なんですけど、なんでも孤児を使って掏摸をさせていた盗賊団の元締めが、幹部連中と一緒に簀巻きにされて、衛兵の詰所の前に放り出されていたっていうんですよ」
「ほーん」
「なんか罪状を事細かに書いた紙が、他の悪事の証拠と一緒に縛り付けられてたみたいで、今捜査でてんやわんやみたいです」
「そう言えば帰ってくるとき、なんか騒がしかった気がする」
いつもより衛兵が多くいるなあとは思ったけど、ちょっと考え事にどっぷりつかっていたからあまり意識していなかった。
「しかもその元締めっていうのが、盗賊改方を任ぜられた百人隊長だったみたいで、衛兵の腐敗じゃないかって叩かれまくってるみたいですね。まあ、おかげで残された孤児は街の予算でちゃんと孤児院に入れるみたいですけど」
「いろいろ知らない単語が出てきた」
聞けば、そもそも衛兵というものは警察機構としても機能しており、五人で一班、十人で一組、百人で一隊とざっくり括られているそうだ。
百人隊長というのは文字通り下に百人の部下を抱える士官のようなもので、担当する役職の範囲内で兵を動かす権限を持っているそうだ。
で、盗賊改方というのはその役職の中でも盗賊の類を扱う役職で、本来なら掏摸や強盗、空き巣などそう言った犯罪者を相手にするところなのだが、今回とっつかまった盗賊の元締めとかいうのがその盗賊改方本人だったらしい。
おぬしも悪よのう、とかやってるタイプだったんだろうか。
自動翻訳がクッソ適当なのか、和用語と洋用語が入り混じってて混乱するが、まあざっくりわかっておけばいいだろう。
「しかし、下に百人も部下がいるのにそんなあっさり捕まるんだね」
「まあ、別に百人全員相手にするわけじゃないですし、全員悪事の片棒担いでたわけじゃないでしょうしねえ」
まあ、そりゃそうか。
本人と幹部数名だっけ。くつろいでいるところを襲われたなら護衛とかもいたんだろうけど、それでも十名ちょっとかな。
百人隊長とは言え、「長たるもの従える部下百人より弱いわけがない」とかいう竜騎将理論はさしものファンタジー世界でも持ってこないだろうし、そのくらいなら私でもできそうだな。
というか《隠蓑》使えば楽勝か。
「ウルウを基準にしたら大概のことは楽勝だと思うんですけど」
「衛兵の十数人くらいならリリオでもどうにかなるんじゃないの」
「あのですね、一応衛兵って、訓練された兵士であってですね」
「辺境人より?」
「ゴリラと人間で腕相撲して負けるわけないでしょう!」
「やーいゴリラ」
「むがー!」
まあ実際のところ、街で見かける衛兵は確かに普通の町人なんかは軽く押さえつけられるくらいには強そうだ。でもリリオが真正面から組み合ったらまず負ける要素はない。で、何人でかかろうとも、一度に攻撃できるのは数人くらいだから、結局一対一を繰り返すだけと大して変わらず、阿保かと思うほどのスタミナの持ち主であるリリオは止められまい。
トルンペートだともっと簡単だと思う。レベルもあるけど、トルンペートって《暗殺者》よりの技能職だから、忍び込んで黙らせて気絶させて、っていう風にスニーキングミッションするだけで終わると思う。私が《技能》でやっていることを、純粋に技術だけでやるからね、あの娘。
まあそんなのは私が見たことのある衛兵基準に考えているからであって、実際にはピンキリだと思うけど。
「ご飯できたわよー」
「あ、はーい」
「今日は何かな」
「七甲躄蟹の酒蒸しと丸揚げ」
「なにそれ」
「まず見てみなさいよ」
トルンペートの声にいそいそと食堂に向かうリリオの後に続きながら、私は少し考える。
今日一日この世界のことを考えた。元の世界のことを考えた。私自身のことを考えた。
でも結局のところ、じゃあこの世界って何だろう、私にとってなんなんだろうって考えた時、その答えはこれだと思う。
それは言葉にしづらくて、形にしづらくて、説明しづらいものだけれど、でもきっと、これだと思う。これなんだと思う。
私にとって、これこそが異世界の物語なんだと、そんな風に思うのだった。
用語解説
・『日刊ヴォースト』
ヴォーストの街で刊行されている新聞。
毎朝一部発行されるほか、号外などを出す。
この新聞が活版印刷によるものなのか魔術的によるものなのかは作者もまだ決めていないゾ。
・衛兵
スタァァァァップ!とやるお仕事と思ってまず間違いない。
外壁に勤めるもの、門に勤めるもの、市内を警邏するものなど、所属が異なるが、街中で見かける衛兵的なものは大体衛兵。
一応公務員。
・百人隊長
ざっくり百人程度を率いる上級兵士、或いは士官。
盗賊改方、火付改方、門衛方、見廻方、街壁方など役職を与えられ、その職分において兵を動かす権限を持つ。
・盗賊改方
衛兵の内、特に盗賊や強盗といった犯罪者を相手にする部署。またその長官である百人隊長。
・竜騎将理論
部下を率いるものがその部下たちより弱いわけがなかろうという滅茶苦茶な理論。だが格好いい。
・ゴリラ
この世界にもゴリラがいるらしい。
正確にはゴリーロと呼ばれるが、ここでは煩雑さを避けるために馴染みある名としてゴリラと表記した。
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