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第三章 地下水道

第八話 白百合とバナナワニ

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前回のあらすじ
ほら、あーん。この爆弾をお食べ。





 背後から襲ってくるバナナワニよりも、耳を塞いでも聞こえてくる轟音と目を塞いでも瞼越しに感じる閃光に震えが止まらない今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか、リリオです。

 足を止めるなという言葉に従って走り続けた結果、ものの見事に橋を渡り切りそのまま顔面から壁に衝突したりもしたけど私は元気です。

 さて、なんとかふらつく頭を立て直して振り返ったところ、大きく口を開けてのけぞるバナナワニと、その口からもうもうと立ち上る炎と煙が見えました。
 そして一仕事終えてやったぜみたいないい顔で額の汗を拭うウルウ。日頃、鬱憤でもたまってたんでしょうか。

「………なにやったんだ?」
「お腹が減っているようなのでご馳走してやった」
「何を?」
「刺激物」
「よーし、お前とは会話が通じねえ」
「知ってる」

 ガルディストさんとウルウがそんなことを話している間に、何とか私の目の奥のちかちかは晴れてきました。
 大方、またウルウが鉄砲魚サジタリフィーソの時みたいな謎の爆発物を使用したのでしょう。炭鉱なんかで岩盤砕くのに使う爆発魔術みたいです。

「いやー、しかし助かりましたね。さすがにあんな爆発喰らったら」
「ばっか、リリオバーカ!」
「え、な、なんです!?」
「やったか、って言ったらやってないんだよ!」
「何のことです!?」

 フラグとかなんとかいうものの話をウルウがぼやくと同時に、バナナワニの体がぐらりと傾き――そして、確かにこちらをにらんだのでした。

「あ、理解しました。心じゃなく、目で」
「オーケイ、じゃあ胃袋爆発しても平気な化け物を倒すとしようか」

 まあ、そもそも鉄食べても平気な胃袋だったわけですが。

 ともあれ、私たちはそれぞれ得物を構え、ガルディストさんはそんな私たちの背後に退散しました。

「ちょっと!?」
「馬鹿言え、俺は野伏だぞ。いくらなんでもあんなのと正面からやれるかってんだ」
「監督責任ー!」
「骨は拾ってやる」

 ざばん、と大きく水を打ち、バナナワニがその巨体を鉄橋の上に乗りあげました。
 そして手足のない体をのそりのそりとゆっくり揺らしながら、しかし確実にこちらへと迫ってきています。

 こうしてみると、バナナワニはワニというよりは全くバナナでした。頭と尾は気持ち上に反り返り、のっそのっそと動くさまはバナナではないとしても、ワニというよりオットセイです。ただしサイズは私たち全員を丸のみにしてもおかしくないくらいで、バナナワニとしか呼べない脅威です。

 その黄色い鱗は全くの無傷で、艶やかなさまはいっそ高貴でさえあります。らんらんと輝く瞳は怒りと憎しみと空腹とに燃え上がり、ぎちぎちと音を立てて巨大な牙が打ち鳴らされています。美しさと凶暴さが居合わせる様はまさしく貫禄と言っていいでしょう。

 しかし、どうやって攻めたものでしょうか、これは。
 何しろこちらは壁際の通路という狭い足場しかなく、敵は広い水路全てがその足場なのです。

 私は水上歩行が使えるとはいえ、常に魔力を消費しますし、なにより水に潜る敵相手に立ち回れるほど経験豊富というわけにはいきません。

 では今の内に駆け寄って切りつけるか。
 それを否定する材料は、たった今トルンペートが投げた投げ短刀です。
 やわな鎧くらいは貫通するトルンペートの短刀が、鱗に弾かれて呆気なく落ちていきます。

「……駄目ねこりゃ。あたしはお手上げだわ」

 そうなると私の刃も果たして刺さるかどうか。
 悩んでいる間にもバナナワニはのっそのっそと……遅っ! 着実だけど遅っ! 水中と違い陸上ではかなりのろまです。
 時間はあるとはいえ、しかし、うーん。

 悩む私を後ろからそっと抱きしめるものが在りました。柔らかな外套が私を包み込み、安心させてくれます。

「諦めるかい、リリオ」
「え」
「あれは、ずいぶん相性が悪い。仕方がない。面倒だけど、私がやってもいいよ」

 それはあまりにも呆気ない一言でした。気負うでもなく、背伸びするでもなく、ただただ当たり前のように、ウルウはあれをどうにかできるとそう言っているのでした。ウルウがそういう以上、それは確実なのでしょう。私にどうしようもないことを、なんとかしてきてくれたように、今回もどうにかしてくれるのでしょう。

 それは、とても魅力的な提案でした。

「ウルウなら、あれをどうにかできるんですか?」
「容易いね」
「ウルウなら、私たちみんなを助けられるんですか?」
「勿論だよ」
「ウルウなら」

 私はごくりとつばを飲み込んで、それから大きく息を吸い、大きく息を吐き、また大きく息を吸い、また大きく息を吐いて、そしてもう一度息を吸いました。

「ウルウなら、人に任せてそれで良しとしますか」

 ウルウはゆっくりと目を瞬かせ、それからゆっくりと私を抱きすくめる腕を外しました。

「君がであるうちは、私は君を応援しよう」
「きっとあります」

 ゆるりと私から離れて、壁に背を預けるウルウを尻目に、私は改めて剣を握りました。

 バナナワニはいよいよ橋を渡り切ります。
 そうなればもう逃げ場は―――まあいっぱいありますけど、そういうことではありません。心構えが、違うのです。ここで倒す。それが肝要です。

「トルンペート、時間稼ぎを」
「どれくらい?」
「三十秒――いえ、一分」
「高くつくわよ」
雪糕グラツィアージョを奢ります」
「とびっきりのを頼むわよ!」

 トルンペートが飛び出し、私は剣に魔力を預けます。
 ウルウが、私の背中を見ているのです。
 格好悪いことは、できません。





用語解説

・やったか、って言ったらやってないんだよ!
 いわゆるひとつの生存フラグ。

・私がやってもいいよ
 ぶっちゃけた話、相手が生物であるならば、その生命活動を停止させるだけならウルウにとっては朝飯前である。それ以外は致命的に不器用だが。

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