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第三章 地下水道

第二話 白百合と氷菓

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・前回のあらすじ
気さくなお兄さんたちを伊達男にしてやった。





 夏です。
 辺境では、そしてこの北部でも、夏は短いものです。しかしその暑さが全く涼しいものであるかと言うと話は別で、南部の人にはそうであるかもしれませんが、私たち北の人間には暑いという他にありません。

 ウルウなどは実にしれっとして汗の一つも流しませんが、これが南の生まれであることの証左なのか、単に鈍感なのか、はたまたくろぉきんぐなる術のおかげなのかはさっぱりわかりませんが、多分術のおかげではないかとにらんでいます。
 その証拠にウルウの外套の中にお邪魔させてもらうとひんやりします。

 あまりにも心地よいのでトルンペートと二人で左右から潜り込んだら思いっきり振り払われました。
 減るものではないしいいじゃないですかと何度か挑戦しましたが、しまいには蹴り飛ばされました。

 曰く、「はずかしいから、やだ」とのこと。

 もう、ウルウったら可愛いことを言います。

 あ、いえ、子供みたいで恥ずかしいので嫌だという意味なのは承知していますのでその冷たい視線はやめてください癖になりそう。

 ともあれ、夏とは熱いものです。
 今日も今日とて迷い犬をスムーズに回収したのち、私たちは行きつけの店で氷菓を頂くことにしました。
 そして今日も今日とて下らない妨害に遭ってしまいました。

 行きつけのお店は冒険屋たちがよく利用する少し荒っぽいお店なのですが、冒険屋が集まると、私たちはちょっと目立つのです。

 というのも、デビューからして乙種魔獣退治に始まり、ポンポンとそれなりに乙種を片付けてきてしまった私たちは、しかしその見た目はと言うと年若い女、それも小柄な女たちであり、おまけに綺麗好きのウルウのせいかおかげかいつも身ぎれいにしているので、とてもそんな荒事が得意には見えないのです。

 冒険屋というものは、見栄も大事な看板の一つです。何しろそれで仕事の入りも違います。
 そういう面倒を避けるために事務所と言う傘の下に入っているのですが、多少の小競り合い程度自分でどうにかできなければその傘も笑われてしまうというもの。
 ままならないものです。

 一人我関せずと、実際姿を消しているので関係することもなく氷菓をつついているウルウを尻目に手早くたたんでしまって、私たちも氷菓を頼んで早速いただくことにしました。

 さすがに荒事に慣れた冒険屋たちを商売相手にしているお店だけあって、動揺もなくあんたたちやるねえとちょっとサービスしてもらえるくらいでした。でも程々にね、とくぎを刺された上で。

 さて、氷菓というものは昨今様々に種類が増えてきました。

 例えばウルウが今つついているのは、木の椀に盛られた氷水ラスペーツァで、これは果汁を糖と煮詰めたものを香料などと混ぜながら凍らせたもので、しっとりとした雪葩ショルベートと比べるとまだ氷の粒が荒く、しゃくしゃくと食感が楽しいものです。

 トルンペートが、器の形に焼かれた焼き菓子である威化ヴァフレートの上に盛られたのを少しずつ舐めているのは、これは雪糕グラツィアージョと言って、果汁ではなく乳を糖などと混ぜながら凍らせたものです。
 果汁や香料などと混ぜることもありますが、トルンペートは雪糕グラツィアージョを好みます。

 そして私が頂いているのが、大きな木の皿にこれでもかと盛り付けられた、大盛りの削氷ソメログラツィオです。これは氷水ラスペーツァに似ていますが、大きく冷やし固めた氷の塊を削ったもので、これにたっぷりの蜜や果汁をかけていただくというものです。しゃくしゃくとした氷の食感や、溶けかけたひんやりした果汁、それらが一体となってたまらなくあたまいたい。

 そうです、頭が痛くなるのでした、氷菓は。ウルウの言うところのあいすくりん頭痛とかいうので、冷たいものを急いで食べると頭痛を引き起こしてしまうのです。これはいくら鍛えても耐えられないもので、冒険屋の猛者たちが、店先に並べられた日傘付きの席でそろって頭を押さえているのはなんだか滑稽な光景です。
 この頭痛もまた、夏の醍醐味と言えるでしょう。

 氷菓は安くはありませんが、真面目に仕事をしている冒険屋なら、仕事帰りに井戸水で冷やした林檎酒ポムヴィーノにするか麦酒エーロにするか、それとも氷菓にするかと選べる程度のものではあります。

 私たちは勤勉な冒険屋ですし、何しろ乙種魔獣退治と称してかなり乱獲してしまったのでちょっとした小金持ちなのです。
 大っぴらにすることでもありませんが、氷菓を頂いた後、《踊る宝石箱亭》で一杯ひっかけるくらいはわけのないことです。えへへ。

 今日もそのようにして氷菓を食べ終え、夕飯をどうしようかと相談している頃合に、今回の面倒ごとはふらっとやってきました。

「やあ、やってるかい」

 それはひょろりとやせ型の土蜘蛛ロンガクルルロで、場を和ませる健康的な笑顔の素敵なおじさんでした。

「あれ、ガルディストさん」
「や」

 軽く手を上げるこの冒険屋は、メザーガのパーティメンバーで、事務所の一員である野伏のぶせのガルディストさんでした。実に気さくな方で、気の荒い冒険屋たちの間でもうまく場を取り持つ才能の持ち主で、そしていくらか気の抜けない油断のならない人でもありました。

「いい仕事を持ってきたんだが、どうだい? 最近退屈してると思ってな」

 私は思わず左右を見てしまいました。

 トルンペートはおすまし顔で雪糕グラツィアージョをなめながら我関せずと私に任せているようです。では逆ではとウルウを見れば、こちらは面倒くさそうに目を伏せています。駄目です。どちらも頼りになりません。

 これはどうも面倒ごとの匂いがするな、と私は心を決めました。

「いえ、申し訳ないですけど、」
「これから飯だろ? 奢るよ」
「是非お聞きします」

 左右から、ため息が聞こえた気がしました。





用語解説

・氷菓
 氷精晶グラツィクリスタロや氷室を活用して作った冷たいお菓子の総称で、夏場は特に好んで食べられる。

氷水ラスペーツァ
 果汁を糖と煮詰めたものを香料などと混ぜながら凍らせたもの。しゃくしゃくしゃりしゃりと大きめの氷の粒が楽しい。グラニテ。

雪葩ショルベート
 氷水ラスペーツァと同様の製法だが、氷水ラスペーツァと比べて氷の粒が細かく、しっとりとした味わい。ソルベ。シャーベット。

威化ヴァフレート
 焼き菓子の一種。小麦粉、卵、砂糖などを混ぜ合わせて薄く焼いたもの。ここでは器の形に焼き上げているようだ。

雪糕グラツィアージョ
 乳、糖、香料などを混ぜ合わせ、空気を入れながら攪拌してクリーム状にして凍らせた氷菓。アイスクリーム。

削氷ソメログラツィオ
 氷の塊を細かく削って盛り付け、シロップなどをかけて食べる氷菓。かき氷。夏の定番。

・あいすくりん頭痛。
 アイスクリーム頭痛。冷たいものを勢いよく食べることで発生する頭痛。ある意味、夏の醍醐味。

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