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第二章 鉄砲百合

第十二話 白百合の煩悶/亡霊の不安

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前回のあらすじ
信じるということ。









 私は馬鹿です。
 私は嫌な奴です。
 私は、駄目な奴です。

 ようやくウルウとの冒険屋稼業が様になってきて、そんな折にトルンペートが現れて、私、邪魔だなって、そう思っちゃったんです。また邪魔をするんだって、そんな風に、思っちゃったんです。

 本当は私、トルンペートのこと、大好きで、お姉ちゃんみたいに、大好きで、なのに、だからかな、思っちゃったんです。簡単に、思っちゃったんです。
 トルンペートはまた私のことを邪魔するんだからって。

 そんなわけないんです。そんなことが、あるわけないんです。
 私が旅に出るって言って、一番心配してくれて、一番お小言を言ってくれたのはトルンペートでした。
 私が子供のころから、いつだって傍にいて、私の面倒を見てくれたのはトルンペートでした。
 旅は大変だって、面倒くさいことばっかりだって、わかっていたのにお父様に頼み込んでついてきてくれたのはトルンペートでした。

 いつも、いつだって、私のことを一番に考えてくれる大事なお姉さんだったのに、私は、そんなことも忘れていたのでした。

 私は馬鹿です。
 私は嫌な奴です。
 私は、駄目な奴です。

 トルンペートはウルウの腕の中で長いことしゃくりあげるように泣いて、ウルウもまた震えるように泣いて、私は一人ただ馬鹿みたいにその光景を眺めていました。
 きっと二人を泣かせてしまったのは、私のせいで、私のためで、だというのに、なんだか私には、その光景が不思議ときれいなものに思えて、二人が泣き止むまで、ずうっと馬鹿みたいに、馬鹿そのものみたいに、ぼんやりと眺めていることしかできなかったのでした。

 泣き止んだ二人は、帰り道でぽつりぽつりと言葉を交わしているようでした。
 ゆっくりと歩いていく二人の少し後ろを私はとぼとぼとついていきました。

 夕刻近くに閉門間近の門をくぐって、事務所に辿り着くころには、二人とも目元を赤くはらして、それでもピンシャンとしているように見えましたけれど、やっぱり言葉少なで、互いに目を合わせようともしませんでした。

 私は二人を無理やりに寮室に放り込むと、疲れているからきちんと休むことと言いつけて、一人メザーガに依頼の完遂報告を済ませ、クナーボに寮の二人はそっとしておくよう伝え、それから事務所の隅の寝椅子を借りて休むことにしました。

 久しぶりの一人ぼっちの夜に、私はなかなか寝付けないのでした。



             ‡             ‡



 リリオに寮室に放り込まれてしばらく、トルンペートと私はだんまりを決め込んで、ベッドの上に座り込んで、余所余所しく目も合わせなかった。

 というのも、あんまり恥ずかし過ぎた。
 私たちは寄りにも寄ってリリオの前で、あんなに馬鹿馬鹿しい理由で、つまるところ、という理由でけんかして、その上大泣きするという、あまりにもこっぱずかしい青春劇を一幕演じてきたところだったのだ。

 劇ならば幕が下りればそれであとはカーテンコールで何もかもうやむやだけれど、現実はそうはいかない。私たちはこのをどうにかしなけりゃあならなかった。

 とはいえ、何しろ私たちは選り抜きの意地っ張りで頑固者でそれから青春ビギナーだった。立場の変わらないと喧嘩して、それから仲直りするっていう経験が全然なかった。だから私たちはお互いにじりじりと焦れるような心地で、相手が何か言ってくれたらいいのになって思ってたに違いなかった。

 変化があったのは、窓の外ですっかり日が暮れて、寝る時間が近づいてきてしまった時のことだった。
 私はじりじりと焦れながらも、ああ、もうこんな時間だから、といつもの習慣通り歯ブラシを取り出して、水差しの水をコップに注いで、桶を用意して、歯を磨き始めたんだ。

「……ぷっ」
「んぐっ」

 そうしたらこいつ、

 むっとして睨んでやると、トルンペートはなんだか棘の取れたような顔でひとしきりくすくす笑って、それから言うのだった。

「ごめん、ごめん、違うの。ただね、リリオがあんたのこと潔癖症だって言ってたのを思い出して。あたしがこんなに悩んでるのに、なんだか難しそうな顔して歯を磨きだすんだもの。なんだか馬鹿らしくなっちゃって」

 そういわれると私も馬鹿らしくなって、歯ブラシを咥えたまま、唇の隙間からと笑いが漏れた。
 そうするとあとはもうなし崩しだった。
 私たちは二人してしばらくくすくす笑って、それから同じベッドに人一人分開けて隣り合って座って、並んで歯を磨き始めた。それがまたなんだかおかしくて少し笑った。

 歯を磨き終えて、寝巻に着替えると、トルンペートは慇懃無礼なあの口調をすっかり止めてしまって、ちょっと蓮っ葉なものの言い方で、いろんなことを語り始めた。

 辺境で幼い頃のリリオの気まぐれで拾われたこと。野良犬なりに恩返ししようと思ったこと。気づけば自分の方が面倒を見るようになっていたこと。御屋形様から認められてうれしくて泣いてしまったこと。武装女中になってリリオを守ると決めたこと。リリオの旅についていったら寝ている間に簀巻きにされて置いていかれたこと。必死で追いかけて何度も空回りしたこと。

 そして、私にこと。

「最初はね、かとおもった」
って言っていいよ」
「それも思った。でも最初はね、全然気配がないのに、いつの間にかリリオの傍にいるし、じっと見ていたら、なんだかどこまでも落っこちちゃいそうなくらい闇が深くて、とにかく怖かったの」
「いまは、怖くない?」


 私がちらっと横を見ると、トルンペートもちらっと私を見て、心配するなと言うように、私たちの間のおしり一個分のスペースを優しく叩いた。

「勿論怖いわ。飛竜と一対一で戦えって言われた方がまだ怖くないかもしれない。でもねえ、でもあんただもの」

 そのスペースを優しくなでて、トルンペートは言うのだった。

「すっごく怖いだけど、でもそれが、パジャマ着て、おっかなびっくり覗き込んでるんですもの。おかしくって仕方がないわ」
「そんなこと言ってると食べちゃうぞ」
「きゃー、食べないでくださーい」

 私たちは二人して笑った。
 なんだか今日はとても笑う日だった。不安や緊張が解消されると、リラックスして笑いやすくなると聞いた。そうなると、私はトルンペートの存在にずっと不安を感じて、緊張して、つまるところ怖がっていたのかもしれない。

 そのことを伝えてみると、トルンペートは不思議そうに眼を見開いて、それからおかしそうに笑った。

「あんたみたいに強いのでも、あたし相手に怖がるのね」
「君というか、君にリリオをとられるんじゃないかって思ったんじゃないかな」
「リリオを?」
「リリオには言わないけどね。私は、この世界で一人ぼっちなんだ。どこから来たのか、どうやってきたのか、なんできたのか、よくわからない。本当はずっと不安だった。いままで住んでいたところは辛いことばっかりだったけど、でも地に足がついていた。こっちに来てからは、私はわからないことばかりだ。リリオはそんな私を助けてくれた。私が勝手に助けられているだけかもしれないけど、でも、リリオは私がどっちに進んだらいいのか、どうしたらいいのか、それを教えてくれる気がする。そんなリリオをとられてしまうかもって思ったら、私は怖かったよ。なんだかんだ言って私はぽっと出だからね。幼馴染には勝てないだろうし……なんで笑うのさ」
「あんたって時々やけに早口でたくさん喋るって聞いてたから」
「リリオめ」
「そんなことを楽しそうに教えてくれるくらい、あの子はあなたのことが大好きよ」
「そうかな」
「そうよ。あの子があんなに楽しそうに話すのは……えーと、まあご飯とか牧羊犬とかいろいろあるけど、でもどれもみんなあの子の宝物よ」
「私はベッドに積み重なったぬいぐるみの一つってわけだ」
「あら、そんなかわいらしいのがお好み?」
「一般論ではね」

 私とトルンペートは随分気兼ねなくいろいろお喋りしたように思う。
 そりゃあリリオとだっていろいろお喋りすることはあるけれど、リリオに話せることと、トルンペートに話せることは違った。同じように、トルンペートに話せることは、リリオに話せることと違うのだから。

 不安と緊張の解消された私たちは、二人きりの夜長をたくさんのおしゃべりで埋めた。それはいわゆるガールズトークなのかもしれない。そんな年ではないけれど、と言うと、大して変わらないじゃないと言われたので、年を告げるとおおいに驚かれた。

「少し年上なくらいかと思ってた」
「そんなに子供っぽいかな」
「若々しいっていうのよ。世の奥様方が羨ましがるわ」
「トルンペートも?」
「私はまだぴちぴちだもの」
「いまはね」
「言ったわね」

 そうして私たちは眠くなるまでお喋りを続け、気づけば一つのベッドに寝入っていた。間に綺麗に人一人分のスペースがあって、それは私の心の距離であると同時に、トルンペートの気遣いの距離であって、それがなんだか無性にくすぐったくて、また面映ゆかった。

 なお、眠そうな顔でやってきたリリオはそれを見るやたいそう憤慨したが、しかたあるまい。リリオがベッドに潜り込むと必ず抱き着いてくるし、そうなると私は気持ち悪くなって蹴りだしてしまうのだから。











用語解説

・きゃー、食べないでくださーい
 食ベチャ駄目ダヨ、ウルウ。

・若々しい
 東洋人は若く見られる、ということだけでなく、ウルウの肉体が最適な状態で保たれている事も理由の一つではあると思われる。
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