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第一章 冒険屋
第十八話 亡霊と霹靂猫魚
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前回のあらすじ
餌につられたリリオ。呆れるウルウ。約束された飯テロの序曲である。
すっかり頭に血が上ってのぼせ上ったリリオを宥め、さすがにこれからじゃあ時間が遅くなるからと、一晩宿で休んで明朝早くから仕事に取り掛かることにした。
宿の食事は、あの《黄金の林檎亭》の料理と比べればもちろん劣るは劣るけれど、それでも十分立派な食事と言えた。
街を貫く川で獲れるという魚に衣をつけて揚げたものに、山盛りのフライド・ポテト。それに酢をかけて食べる。
いわゆる悪名高いフィッシュ・アンド・チップスではないかとちょっと気後れしたが、食べてみるとなるほどこれがなかなかうまい。
揚げ油をケチらずきれいなものを使っているようで妙な匂いもしないし、衣はビールではなく林檎酒を混ぜ込んでいるようで、ほんのり甘酸っぱい感じがする。かけ回すお酢も林檎酢で、見た目よりもずっとさっぱりと食べられる。
フライド・ポテトは見た通りの物かと思ったが、芋が違うようだ。もう少しねっとりとした食感で、どちらかというと山芋の類に近いのだろうか。これはこれで面白い食感だし、美味しいが、何しろ量が多かったので、半分ばかりリリオの皿に分けてやると、喜んで平らげてしまった。本当にどこに入るのやら。
湯を借りて体を洗い、歯を磨き、着替えが済んでも、リリオはまだ興奮冷めやらぬようだった。
「遠足前の小学生みたいだ」
「エンソク?」
「はしゃぎすぎて疲れるよって」
「仕方ないじゃないですか! すごく楽しみにしてたんですから!」
リリオに言わせれば旅の楽しみの半分以上は、その土地の食べ物を楽しむことにあるのだという。私なんかは腹が満ちればとりあえず満足ではあるけれど、それでも最近はリリオに引きずられてそういう楽しみに染められてきているので、わからないでもない。
最近と言ってもほんの数日であることを考えると、私という存在はそれほど簡単に染められてしまうほど空っぽだったわけだが。
ベッドの上でごろごろ寝転がりながらえへえへと奇声を上げているリリオを尻目に、私は何となく窓から夜空を見上げてみた。
思えば最初は森の中で、森を出ても暗くなる前に宿に入って眠りについてしまったから、夜空をきちんと見るのはこの世界では初めてだ。
だから、今の今まで、こんなことにも気づかなかった。
「……月だ」
「あ、本当ですね。今日は綺麗な満月です」
異世界の空にも、月があった。
見知らぬ星座が並ぶ、ビロードのような夜空の真ん中に、月が、あった。
私は異世界に来たということを、深く考えないようにしてきた。しかしここまであからさまだと、この世界について、また恐らくは私をこの世界に連れてきたであろう何者かの存在について、考えざるを得ない。
百歩譲って、異世界の夜空にも月があるとしよう。恐ろしく確率は低いだろうが、天体に衛星が存在するのは珍しいことではない。
けれど、たとえ千歩、万歩譲ったところで。
「……コピペってわけじゃないんだろうけど」
月の模様まで同じというのはどうなのだろう。
寸分たがわず元の世界と同じ顔で見下ろしてくる満月から目を逸らし、私はベッドに潜り込んだ。
考えなければいけないことだし、気になることでもある。
しかし取り敢えずのところ、目下の問題として、私は早く寝なければならないのだ。
明日の朝確実に寝坊するリリオを起こすために。
そうして翌朝、案の定寝坊したリリオを叩き起こして、私は日が出たばかりの早朝に川辺に佇んでいるのだった。
「うう、眠いです……」
「馬鹿」
「いまのちょっとドキッとするのでもう一回お願いします」
「死ねばいいのに」
「あふんっ」
などという下らない掛け合いをしているうちに、貸し出される船の持ち主で、漁業組合の人だというおじさんが来た。冒険屋の仕事ではあるけれど、漁業組合の仕事場であるし、漁場で変な事されて荒らされても困るので、その見張りがてら来ているらしい。
「おー、別嬪さんが二人も来てくれたねぇありがたいねえ! 大したお構いもできねんだけどよ、今日のとこはよろしく頼んまあ!」
まあ見張りと言っても気のいいおじさんで、実際のところは川に不慣れな冒険屋へのヘルプみたいなものらしい。
「んだばよ、早速船出すから、乗ってくれや。大体出てくるあたりはわかるから、そのあたりで棹突っ込んで底浚えば、その内引っかかるからよ」
大雑把な説明だが、そのあたりの作業はリリオに任せる気なので私は知ったことではない。今回も私は見物を決め込むつもりだ。
ただ一応、何かあった時の為に、ゆっくり漕ぎだされた船の上で霹靂猫魚とやらの話には耳を傾けておいた。
「霹靂猫魚ってのはよぉ、まー名前の通り猫魚の仲間なんだけんどよ」
「しるうろ?」
「ひげのあるお魚です」
「ほんでまあ、これまた名前通りにいかずちを放つんでよ、あぶねえんだなあ」
「あぶねえんですか」
「まあ、まんずあぶねえなあ。水の上まではまあ、あんまり飛ばしてこねえんだけどよ、うっかり水におっこっちまったら、まあまんず助からねえな」
喋り方がのんびりしているからどうにも危機感がわかないのだが、どうやらこの霹靂猫魚とやらはデンキナマズの化物らしい。
ナマズの類は猫のようにひげが生えているので英語ではキャットフィッシュとかいうのだが、間抜け面の割にデンキナマズという生き物は人死にを出すレベルで危険な生き物だ。何しろ名前の通り発達した発電器官から電気を発生させて感電死させるという例が結構ある。
自分自身も感電しているらしいが、そこは絶縁体になっている脂肪組織のおかげで耐えているそうだ。
おまけに繊細な電気の使い方もして、周囲の様子を電場で探ることもできるという器用さだ。
そんな生き物が魔獣とかいうモンスターとして存在しているのだから、これは油断ならない。
よく見かけるのは六十センチくらいのものらしいが、今回駆除してほしいのは二メートルくらいはある良く育ったものらしいので、これは危険かもしれない。デンキナマズは大きくても一メートルちょっとで、二メートルもいくとより強力なデンキウナギレベルのサイズだ。
発電器官は当然体が大きくなればなっただけ増えるし、この生き物は魔獣とかいう魔術を使う生き物らしいので、より強力な電気を使うかもしれない。
思えば、水の中がホームという面倒くささ込みでとはいえ、あのリリオを一撃で沈めた熊木菟と同ランク帯のモンスターだ。あんまり甘く見ると私はともかくリリオはまずいかもしれない。
私はインベントリをあさって一本の棒を取り出して、おもむろにリリオのベルトに差し込んだ。まあ一応これで装備品ってことにはなるだろう。
「な、なんですかこれ?」
「……おまもり」
「いま説明面倒くさくなったでしょう!?」
その通りだ。
だがまあ、リリオも私の奇行には慣れたようで、ちょっと位置を直しただけでそのままにしてくれた。
あの棒、正確には杖は、《フランクリン・ロッド》という装備品で、装備している間、雷属性の攻撃を減衰し、また確率で反射してくれるという耐電装備だ。私が装備すれば幸運値の関係で確実に反射できるが、リリオの場合どうだろう。まあ運はいい方だと思うが。
一応私の方も耐電装備として、《雷の日と金曜日は》というアクセサリー装備を身に着ける。レコード・ディスク型のこれは雷属性の攻撃を受けた時低確率でダメージ分体力を回復してくれるというもので、普通なら気休め程度の装備だ。お察しの通り私が装備すれば確実に体力回復するえげつない効果に早変わりだが。
さて、一応の準備を整えたあたりで、船頭のおじさんもそれらしい地点に辿り着いたようだ。
「よーし、ここらへんだあな。まあ一、二尾もやれりゃあいいかねえ」
「根こそぎにしてやります!」
「私を当てにするな」
「担げるだけ行きます!」
「魚臭くなりそうだな……」
非常にやる気満々のリリオは、川底まで届くという長い長い竿を危なげなく操り、勢いよく川面につきこんだ。そのつきこんだ棹がつきこんだ時と同じくらいの勢いで、はじき返されるように飛び上がる。
「いやまあ……ようにっていうか、はじき返されたんだろうけど」
次の瞬間には、船は下から突き上げるような波に押されて大きく揺れ、一瞬視界が激しい光に覆われた。
そして多分、轟音がした。
多分というのは、その音があまりにも強すぎて、ほとんど耳鳴りのようなものになり果ててしまったからだった。
まるでスタングレネードのような強烈な光と轟音に、リリオの体は完全にすくんでしまっていた。咄嗟に私が腰のベルトをひっつかんでいなければ落っこちていたかもしれない。つくづく刺激に鈍いこの体にいまは感謝だな。
同じくすくんでいた船頭のおじさんは、しかしやはり慣れがあるのだろう、思いのほかに早く立ち直り、素早く船を操って下がり始めた。
「ありゃあ主だあ。引きが強いな嬢ちゃん!」
主、ね。
成程主という位のことはある。
なにしろすでに水の中に引き返そうとしている尾の部分だけで一メートルは越えている。全体ではとても二メートルどころではないだろう。
《暗殺者》の《技能》である《生体感知》で水中を探ってみた結果、ざっくり五メートルはありそうだ。
確かデンキナマズの最大サイズが百二十二センチで二十キログラムぐらい。大体まあ体長が四倍くらいとすると、二乗三乗の法則にしたがえば体積つまり(イコールではないけど)体重は千二百八十キログラム、一・三トンくらいかな。
トンとかいう単位が出てくると途端に重たく感じるけど、カバよりは軽いな。馬だって大きいのだったら一トンくらい行くらしいし。でかいマグロで700キロ弱ぐらい。
まあどれだけ前向きに考えても、そいつと戦うってことを考えたら何の救いにもならないけど。
敵さんの方はどうやら完全に戦闘態勢に入ったようで、船の周りをぐるぐる泳ぎ始めた。時々バチバチと光が上がり、川面が泡立つのは、発電時の熱が水を沸騰させているのだろう。どんなジュール熱だ。
正確に距離を取っているのを見る限り、電場で周囲を探っているっていうのは本当らしいな。
さてどうするか。
用語解説
・月
この世界にも月があるようだ。それも全く同じ大きさ、同じ模様に見える。これはいったい何を意味するのだろうか。
・《フランクリン・ロッド》
金属製の杖の形をした装備品。ゲームアイテム。装備していると雷属性のダメージを三割ほど減衰し、また二割程度の確率で敵に反射して返す効果がある。
『彼のお方の加護を受けし雷避けの杖なれば、雷神とても忽ち退散せしめよう。…………原理は今ひとつわかっとらんのだがね』
・《雷の日と金曜日は》
ゲームアイテム。レコード・ディスク型のアクセサリ。装備していると雷属性の攻撃を受けた時に五パーセントの確率でダメージ分体力を回復してくれる。気休め程度ではあるが店売りの商品なので序盤は買う人も多い。
『雷の日と花の金曜日は、さあ気分を上げていきましょう!』
・スタングレネード
強烈な光と音を発してショック症状に陥らせ、行動を封じる道具。
・《生体感知》
《暗殺者》の《技能》。隠れた生物や、障害物で見えない向こう側の生物の存在を探り当てることができる。無生物系の敵には通用しないのが難点。
『生命を嗅ぎ取る嗅覚こそが彼の奥義だった。それ故にゴーレムに撲殺されたのだが』
餌につられたリリオ。呆れるウルウ。約束された飯テロの序曲である。
すっかり頭に血が上ってのぼせ上ったリリオを宥め、さすがにこれからじゃあ時間が遅くなるからと、一晩宿で休んで明朝早くから仕事に取り掛かることにした。
宿の食事は、あの《黄金の林檎亭》の料理と比べればもちろん劣るは劣るけれど、それでも十分立派な食事と言えた。
街を貫く川で獲れるという魚に衣をつけて揚げたものに、山盛りのフライド・ポテト。それに酢をかけて食べる。
いわゆる悪名高いフィッシュ・アンド・チップスではないかとちょっと気後れしたが、食べてみるとなるほどこれがなかなかうまい。
揚げ油をケチらずきれいなものを使っているようで妙な匂いもしないし、衣はビールではなく林檎酒を混ぜ込んでいるようで、ほんのり甘酸っぱい感じがする。かけ回すお酢も林檎酢で、見た目よりもずっとさっぱりと食べられる。
フライド・ポテトは見た通りの物かと思ったが、芋が違うようだ。もう少しねっとりとした食感で、どちらかというと山芋の類に近いのだろうか。これはこれで面白い食感だし、美味しいが、何しろ量が多かったので、半分ばかりリリオの皿に分けてやると、喜んで平らげてしまった。本当にどこに入るのやら。
湯を借りて体を洗い、歯を磨き、着替えが済んでも、リリオはまだ興奮冷めやらぬようだった。
「遠足前の小学生みたいだ」
「エンソク?」
「はしゃぎすぎて疲れるよって」
「仕方ないじゃないですか! すごく楽しみにしてたんですから!」
リリオに言わせれば旅の楽しみの半分以上は、その土地の食べ物を楽しむことにあるのだという。私なんかは腹が満ちればとりあえず満足ではあるけれど、それでも最近はリリオに引きずられてそういう楽しみに染められてきているので、わからないでもない。
最近と言ってもほんの数日であることを考えると、私という存在はそれほど簡単に染められてしまうほど空っぽだったわけだが。
ベッドの上でごろごろ寝転がりながらえへえへと奇声を上げているリリオを尻目に、私は何となく窓から夜空を見上げてみた。
思えば最初は森の中で、森を出ても暗くなる前に宿に入って眠りについてしまったから、夜空をきちんと見るのはこの世界では初めてだ。
だから、今の今まで、こんなことにも気づかなかった。
「……月だ」
「あ、本当ですね。今日は綺麗な満月です」
異世界の空にも、月があった。
見知らぬ星座が並ぶ、ビロードのような夜空の真ん中に、月が、あった。
私は異世界に来たということを、深く考えないようにしてきた。しかしここまであからさまだと、この世界について、また恐らくは私をこの世界に連れてきたであろう何者かの存在について、考えざるを得ない。
百歩譲って、異世界の夜空にも月があるとしよう。恐ろしく確率は低いだろうが、天体に衛星が存在するのは珍しいことではない。
けれど、たとえ千歩、万歩譲ったところで。
「……コピペってわけじゃないんだろうけど」
月の模様まで同じというのはどうなのだろう。
寸分たがわず元の世界と同じ顔で見下ろしてくる満月から目を逸らし、私はベッドに潜り込んだ。
考えなければいけないことだし、気になることでもある。
しかし取り敢えずのところ、目下の問題として、私は早く寝なければならないのだ。
明日の朝確実に寝坊するリリオを起こすために。
そうして翌朝、案の定寝坊したリリオを叩き起こして、私は日が出たばかりの早朝に川辺に佇んでいるのだった。
「うう、眠いです……」
「馬鹿」
「いまのちょっとドキッとするのでもう一回お願いします」
「死ねばいいのに」
「あふんっ」
などという下らない掛け合いをしているうちに、貸し出される船の持ち主で、漁業組合の人だというおじさんが来た。冒険屋の仕事ではあるけれど、漁業組合の仕事場であるし、漁場で変な事されて荒らされても困るので、その見張りがてら来ているらしい。
「おー、別嬪さんが二人も来てくれたねぇありがたいねえ! 大したお構いもできねんだけどよ、今日のとこはよろしく頼んまあ!」
まあ見張りと言っても気のいいおじさんで、実際のところは川に不慣れな冒険屋へのヘルプみたいなものらしい。
「んだばよ、早速船出すから、乗ってくれや。大体出てくるあたりはわかるから、そのあたりで棹突っ込んで底浚えば、その内引っかかるからよ」
大雑把な説明だが、そのあたりの作業はリリオに任せる気なので私は知ったことではない。今回も私は見物を決め込むつもりだ。
ただ一応、何かあった時の為に、ゆっくり漕ぎだされた船の上で霹靂猫魚とやらの話には耳を傾けておいた。
「霹靂猫魚ってのはよぉ、まー名前の通り猫魚の仲間なんだけんどよ」
「しるうろ?」
「ひげのあるお魚です」
「ほんでまあ、これまた名前通りにいかずちを放つんでよ、あぶねえんだなあ」
「あぶねえんですか」
「まあ、まんずあぶねえなあ。水の上まではまあ、あんまり飛ばしてこねえんだけどよ、うっかり水におっこっちまったら、まあまんず助からねえな」
喋り方がのんびりしているからどうにも危機感がわかないのだが、どうやらこの霹靂猫魚とやらはデンキナマズの化物らしい。
ナマズの類は猫のようにひげが生えているので英語ではキャットフィッシュとかいうのだが、間抜け面の割にデンキナマズという生き物は人死にを出すレベルで危険な生き物だ。何しろ名前の通り発達した発電器官から電気を発生させて感電死させるという例が結構ある。
自分自身も感電しているらしいが、そこは絶縁体になっている脂肪組織のおかげで耐えているそうだ。
おまけに繊細な電気の使い方もして、周囲の様子を電場で探ることもできるという器用さだ。
そんな生き物が魔獣とかいうモンスターとして存在しているのだから、これは油断ならない。
よく見かけるのは六十センチくらいのものらしいが、今回駆除してほしいのは二メートルくらいはある良く育ったものらしいので、これは危険かもしれない。デンキナマズは大きくても一メートルちょっとで、二メートルもいくとより強力なデンキウナギレベルのサイズだ。
発電器官は当然体が大きくなればなっただけ増えるし、この生き物は魔獣とかいう魔術を使う生き物らしいので、より強力な電気を使うかもしれない。
思えば、水の中がホームという面倒くささ込みでとはいえ、あのリリオを一撃で沈めた熊木菟と同ランク帯のモンスターだ。あんまり甘く見ると私はともかくリリオはまずいかもしれない。
私はインベントリをあさって一本の棒を取り出して、おもむろにリリオのベルトに差し込んだ。まあ一応これで装備品ってことにはなるだろう。
「な、なんですかこれ?」
「……おまもり」
「いま説明面倒くさくなったでしょう!?」
その通りだ。
だがまあ、リリオも私の奇行には慣れたようで、ちょっと位置を直しただけでそのままにしてくれた。
あの棒、正確には杖は、《フランクリン・ロッド》という装備品で、装備している間、雷属性の攻撃を減衰し、また確率で反射してくれるという耐電装備だ。私が装備すれば幸運値の関係で確実に反射できるが、リリオの場合どうだろう。まあ運はいい方だと思うが。
一応私の方も耐電装備として、《雷の日と金曜日は》というアクセサリー装備を身に着ける。レコード・ディスク型のこれは雷属性の攻撃を受けた時低確率でダメージ分体力を回復してくれるというもので、普通なら気休め程度の装備だ。お察しの通り私が装備すれば確実に体力回復するえげつない効果に早変わりだが。
さて、一応の準備を整えたあたりで、船頭のおじさんもそれらしい地点に辿り着いたようだ。
「よーし、ここらへんだあな。まあ一、二尾もやれりゃあいいかねえ」
「根こそぎにしてやります!」
「私を当てにするな」
「担げるだけ行きます!」
「魚臭くなりそうだな……」
非常にやる気満々のリリオは、川底まで届くという長い長い竿を危なげなく操り、勢いよく川面につきこんだ。そのつきこんだ棹がつきこんだ時と同じくらいの勢いで、はじき返されるように飛び上がる。
「いやまあ……ようにっていうか、はじき返されたんだろうけど」
次の瞬間には、船は下から突き上げるような波に押されて大きく揺れ、一瞬視界が激しい光に覆われた。
そして多分、轟音がした。
多分というのは、その音があまりにも強すぎて、ほとんど耳鳴りのようなものになり果ててしまったからだった。
まるでスタングレネードのような強烈な光と轟音に、リリオの体は完全にすくんでしまっていた。咄嗟に私が腰のベルトをひっつかんでいなければ落っこちていたかもしれない。つくづく刺激に鈍いこの体にいまは感謝だな。
同じくすくんでいた船頭のおじさんは、しかしやはり慣れがあるのだろう、思いのほかに早く立ち直り、素早く船を操って下がり始めた。
「ありゃあ主だあ。引きが強いな嬢ちゃん!」
主、ね。
成程主という位のことはある。
なにしろすでに水の中に引き返そうとしている尾の部分だけで一メートルは越えている。全体ではとても二メートルどころではないだろう。
《暗殺者》の《技能》である《生体感知》で水中を探ってみた結果、ざっくり五メートルはありそうだ。
確かデンキナマズの最大サイズが百二十二センチで二十キログラムぐらい。大体まあ体長が四倍くらいとすると、二乗三乗の法則にしたがえば体積つまり(イコールではないけど)体重は千二百八十キログラム、一・三トンくらいかな。
トンとかいう単位が出てくると途端に重たく感じるけど、カバよりは軽いな。馬だって大きいのだったら一トンくらい行くらしいし。でかいマグロで700キロ弱ぐらい。
まあどれだけ前向きに考えても、そいつと戦うってことを考えたら何の救いにもならないけど。
敵さんの方はどうやら完全に戦闘態勢に入ったようで、船の周りをぐるぐる泳ぎ始めた。時々バチバチと光が上がり、川面が泡立つのは、発電時の熱が水を沸騰させているのだろう。どんなジュール熱だ。
正確に距離を取っているのを見る限り、電場で周囲を探っているっていうのは本当らしいな。
さてどうするか。
用語解説
・月
この世界にも月があるようだ。それも全く同じ大きさ、同じ模様に見える。これはいったい何を意味するのだろうか。
・《フランクリン・ロッド》
金属製の杖の形をした装備品。ゲームアイテム。装備していると雷属性のダメージを三割ほど減衰し、また二割程度の確率で敵に反射して返す効果がある。
『彼のお方の加護を受けし雷避けの杖なれば、雷神とても忽ち退散せしめよう。…………原理は今ひとつわかっとらんのだがね』
・《雷の日と金曜日は》
ゲームアイテム。レコード・ディスク型のアクセサリ。装備していると雷属性の攻撃を受けた時に五パーセントの確率でダメージ分体力を回復してくれる。気休め程度ではあるが店売りの商品なので序盤は買う人も多い。
『雷の日と花の金曜日は、さあ気分を上げていきましょう!』
・スタングレネード
強烈な光と音を発してショック症状に陥らせ、行動を封じる道具。
・《生体感知》
《暗殺者》の《技能》。隠れた生物や、障害物で見えない向こう側の生物の存在を探り当てることができる。無生物系の敵には通用しないのが難点。
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